二人の決意
四人は、ビガラスの屋敷にやって来た。中に入ると、リビングで先に来ていた智と、ベルが居て暖かく迎え入れてくれる。
「智さん、ベルさん、こんにちは!」
「みんな、来たのか」
「こんにちは」
ベルは四人を見てソファーから立ち上がり、キッチンの方に向かい、紅茶とスコーンを持ってきた。
「皆さん、お茶を飲んでゆっくり話しましょうか」
「悪魔が来てるのに、何呑気そうにしてるんだよ」
ビガラスは肘を机に置き、ベルを睨みつけた。
「ビガラス、焦っても何も変わらないわよ」
「そうだけど…」
苛立っているビガラスに対してリトはかなり呑気そうで、何も言わずにティーセットとスコーンを取って、美味しそうに食べていた。
「しかし…、この紅茶とスコーン美味しいですね!手作りですか?」
「そうなの、家に居る時よく作ってて…」
真由と有沙と智も、スコーンに手を伸ばし、食べ始めた。皿に盛られたスコーンには色々な種類があり、ナッツが混ぜられているものや、レーズンやドライクランベリーが入っているもの、更には抹茶味や黒豆が混ざっているものもあった。どれも美味しく、紅茶によく合った。
「ホントだ、美味しい!」
「イギリスでは、優雅にアフタヌーンティーとかするんですか?」
「そう、仕事の合間にするのよ」
「そういえば…、ベルさんのお仕事って?」
「通訳をしてるのよ、今はパソコンを使って家でしてるけど…」
ベルはクスクスと笑いながら、バラの模様が書かれたカップを手に取った。
「リトさんは昔村を治めていた死神の子孫なんですよね?」
「そうなんですよ、最もボクはその当時の事を知りませんがね」
「ご先祖様が迷惑をかけましたね」
ベルがそう言ってお辞儀をすると、リトは首を振った。
「そんな事ないですよ、あの地は冥府にとっても重要な場所ですし…」
「悪魔を追ったから、あの地から消えましたか?」
「そうですが…、でも、あの村の事はずっと見張ってましたよ?」
「そうなのですね…」
ベルはなるほどと頷き、リトに向かってもう一度お辞儀をした。
ベルとリトの話が終わった後、真由はベルにずっと気になっていた事を聞く事にした。
「そういえば…、ビガラス君はお母さんに、陰陽師と死神には気をつけろって言われたんだよね?」
「うん、そういう人が居るって話はしたけど…、何も憎めとは言ってないわ…。多分、ビガラスの中にあった悪魔の本能が、陰陽師や死神を嫌がっていたのかも…」
悪魔が抜けてからビガラスは真由の事を変に嫌ってない。乱暴な態度を取ることも、冷たい顔をすることも無くなった。だが、力が今までに比べてない事に、ビガラスは落ち込んでいた。それなのか、ビガラスは目の前にあるスコーンや紅茶に手を出そうとしない。
「ビガラス君はスコーン食べないの?」
「いらない」
「ビガラスが好きなベルギーチョコレートのスコーンもあるけど?」
すると、ビガラスは急に態度を変え、興奮気味の声でベルにこう言った。
「いる!てか、なんで最初から出さないんだ?!」
「そう、いるのね、分かったわ」
ベルは立ち上がり、ビガラス用にチョコレートのスコーンを盛った皿を持ってきた。ビガラスはすぐさまそれを手に取り、両手に持って必死そうにせっせと口の中に運んでいた。
「お腹空いていたのね」
「ビガラス君チョコ好きなんだね…、意外」
有沙は紅茶のカップを手に取った。
「元気そうで良かったわ、魂の欠片だけになった時は心配したけど…」
「ベルさん、その件なんですが…」
智がスコーンから手を止め、姿勢を正してこう言った。
智は、五人の視線を集めてこう言った。
「実は…、ビガラスの魂は元々完全なものじゃないんです…。蔦の悪魔の魂の一部が身体に植え付けられていて、それが少しずつ大きくなっていきました。そして、肥大化した魂を悪魔は吸収し、真由の力によって残された僅かな欠片だけが、ビガラスに残っています。悪魔の力はもうありませんが、ビガラス自体の力は残っています。ですが、欠片だけの状態なら、魔力を使い果たした瞬間、命を落としてしまう危険性が…」
ビガラスは自分の胸を押さえた。
「悪魔の魂を俺に移せば、完全な魂になれるんですか?」
「まぁ…、それが出来るならな」
「でも、悪魔の力が戻ってしまうかもしれないよ」
リトはビガラスに悪魔の力が戻る事を危惧していた。リトの家族は長年悪魔に悩まされいる。もし、ビガラスによって悪魔の力が増してしまえば、自分達で抑えられなくなってしまう。
「自分や他人を傷つけてしまう力なんて、いらない」
悪魔の力が無くなって落ち込んでいるはずのビガラスが、悪魔の力はいらないと言う事に真由と有沙は驚いた。
「俺は、自分の力がどんなものか、何に使えるか見たいんだ。
もしも、俺に力があるのなら…その力というものを一度信じてみたい」
「ビガラス君…」
「真由とビガラスが協力して、悪魔の力を抑える事が出来るなら、いけるかもしれない」
「でも、それで死んでしまうかもしれないんでしょ?本当にいいの?」
「正直、自分が生きたいか、生きたくないか分からない。だからこそ、やりたいんだ」
「ビガラスがそう言うのなら…、俺達も協力しよう。な、リト?リトも協力するだろ?」
「智さんの頼みでしたら…、是非とも協力しますよ!」
リトはすぐさま乗り気になった。
「智さんって…、凄いの?」
「まぁ…、冥界でも一目置かれる存在みたい」
真由は智の事を遠目で見た。
「私、頑張るよ!」
「真由、協力してくれるのか?」
「ビガラス君が向き合ってる事に、私も向き合いたいよ!」
ビガラスはビガラスの手を掴んだ。
「そうか…、ありがとう」
ビガラスが真由にお礼を言う事は初めてだった。
四人は、屋敷から出ていき、帰って行った。
「それじゃあ、俺達は一度冥界に戻るからな」
「ありがとうございました!」
真由は二人に対って手を振り、有沙と一緒に歩いた。
「でも、真由ちゃん本当に大丈夫なの?」
「うん?」
「本当に悪魔に敵うと思ってるの?」
「仲間が居る事に越した事は無いよ」
真由は平然とそう言った。
「戦うんじゃなくて、向き合うんだよって、太一さんは言ってたよ」
「凄いね…、自分の事じゃなくて、他人の事に向き合おうって思うのは…」
「有沙ちゃんだって、充分私の事に向き合ってるじゃないの」
「えっ?」
真由は、有沙の先を歩いていた。
「それとおんなじだと思うよ」
真由は有沙の方を振り向いてそう言った。
「とは言ったものの…、本当に大丈夫かな」
家に帰ってソファーに座ると、真由はため息を吐いた。真由は珍しく考え過ぎて頭が疲れている。普段、真由は何も考えず無鉄砲に行動している。父親である晃譲りで頭が良いが、人に理解されない考えや行動に走る事がある。そんな真由を有沙は心配し、ずっと支えてきた。また、ビガラスは真由の力を信じて、自分を信じようとしている。真由は、二人が自分に期待していると思い、それを重荷に感じていた。
「あぁ…本当にやれるのかな…、自分で言った事に自信無くしてきた…」
「真由、どうしたの?」
母親である陽和は、そんな真由を見かねて、ソファーの隣に座ってきた。
「私、期待や心配されてるけど、それが重荷なんだ…」
「真由は真由が出来る事をすれば良いだけよ」
陽和は冷たい麦茶を真由に差し出した。
「私だって、朝日に敵わないって思う事は多々あるわ。何で自分自身はそこまで強く無いんだろうって思った時もあった。だけど、それに決して焦らずに、自分が何が出来るか考えて、行動していったわ」
「私、本当にビガラス君の力になれるのかな…」
「真由なら出来るんじゃないか?」
二人の間にひょっこり現れたのは、晃だった。
「お父さん?!今日は早いね」
晃は普段会社員だが、ごく稀に町のイベントに参加して、ごく稀に町のイベントに参加して、一芸を披露している。頭は良いらしいがやる事成す事が、一部の人間にしか理解出来ない。真由は、晃の事を面白い人間で、陽和とは別の部分で憧れていた。晃が幼馴染の陽和や朝日、雪花を振り回すのは相変わらずだが、昔のようにすぐに忘れる事は無くなった。
「朝日君は昔、自分の力を信じてみようって言ってたな」
「そういえば…、ビガラス君もそんな事を言ってたような…」
晃はラッパとバトンを混ぜたような手作りの楽器、ラッバトンを取り出した。
「何でそれを造ろうと思ったの?」
「造りたいから造っただけだよ」
晃がそれを吹こうとした時、ラッパの部分の先から花が咲いた。それは、『風の花』で仄かな光を放っている。
「真由!」
真由も意識してそれをした訳では無かったので、驚いていた。
「えっ、どうして…」
「凄いじゃないか、真由!そのいきだよ!」
「お父さん…」
晃の、子供のような無邪気な笑顔に、真由は救われたような気がした。
「私も、自分の力を信じてみようかな…」
真由は、晃に向かって笑い返し、ラッバトンの先を花束のように花で一杯にした。
「凄い、力が強くなってる…」
「真由!次はこっちだ!」
「合点承知!」
真由のテンションは、普段の調子に戻り、晃に似た無邪気な笑顔で晃にどんどん花を咲かせていく。そして、真由は陽和と晃の腕を掴んでこう言った。
「お父さんもお母さんも、私は好きだよ!」
陽和は晃に向かって困った顔をした。
「別に好きで結婚した訳じゃないのに…」
「まぁまぁ、良いじゃないの」
晃の方はというと、相変わらず二人に向かって笑っていた。