悪魔との戦い
翌日、ビガラスは目が覚めても自分が生きていないような感じがした。身体は変異した後のように脱力していて、視界も音もぼやけている。
「何で…、俺は…」
身体の何処を触っても温かく、感触もあった。
「何で俺、生きてたっけ?」
ビガラスは身体に着いていた花弁に気づき、それを取った。『風の花』にはまだ力があるらしく、光を放っている。何かに気づいてビガラスは包帯を外した。すると、腕の蔦の文様が消えている。
「俺は…、真由に助けられたんだよな…?」
ビガラスはベッドから起き上がると、顔を洗って外に出た。
朝の教室で真由は、ビガラスを不思議な目で見た。
「ビガラス君、どうしたの?」
「別に何でもない」
ビガラスは真由の方をチラッと見た後、もう一度自分の腕を見た。
「やっぱり…、消えてる」
ビガラスは何度もそれを見て確認していた。
「何が消えてるの?」
真由がビガラスの所へやって来る。ビガラスは真由に腕を突き出してこう言った。
「蔦の悪魔の紋様だよ、あいつが抜け出してから消えたんだ。やっぱり…、今の俺には悪魔の力が無いんだ…」
「へぇ…、良かったね」
「良くない!今の俺には、何も…」
「そうじゃなくても、ビガラス君の力があるじゃん」
「俺の力って…、何だよ」
ビガラスは腕を掴んで溜息を吐いた。
「ビガラス君にもビガラス君の力があるんだよ、だから…」
「俺に力なんてないのに…」
ビガラスは、ブレスレットを握り締めた。
「あの悪魔強そうだよね…、倒せるのかな」
真由はそう考えながら、自分の席に座った。
その休み時間の間、有沙は二人を置いて花の水やり当番に行っていた。最近、真夏の陽天気のはずなのなのに、花が元気を失くし、萎れている。
「今年は猛暑なの?にしても大丈夫かな…」
有沙はジョウロにたっぷり水を入れ、花に撒いた。ところが、花はどんどん元気を失くし、枯れていく。
「えっ…?!」
有沙は驚き、他の花壇を見に行った。すると、花だけでなく草木も萎れていた。普段は緑に溢れ、活気に満ちた学校が、まるで元気がなかった。
「真由ちゃんに相談した方が良いのかな…」
有沙は、ジョウロを倉庫に返すと、教室に走って行った。
次の休み時間、有沙は早速真由とビガラスにその話をした。
「学校中の植物が枯れてる?」
「うん、朝水やり当番に行ったら…、花も草木もみんな元気なくて…」
「蔦の悪魔が、活動を始めたんだな」
ビガラスは窓の外を見ながらそう呟いた。外はいつの間にか曇り、遠雷が聞こえる。だが、今日の天気予報では、白浜町は一日中晴れだったはずだ。この時期の雨は、成長を続ける植物達にとって恵みの雨のはずだ。だが、枯れた植物達にとっては、悲しくもそれを受け取れず、涙の代わりにしかならなかった。
「蔦の悪魔って、植物を枯らす力があるんだね」
「ついさっきまで俺だったものが勝手に行動してるなんて、変な気分だよ」
ビガラスは、蔦の悪魔が自分に戻ってこないかと、ぼんやり考えていたが、また苦しむのはごめんだと思ってやめた。
「このままじゃ、町の植物がみんな枯れる…」
真由は、椅子にもたれて、学校の植物達と同じようにぐったりとした。その時、休み時間の終わりのチャイムが鳴ったので、有沙とビガラスは自分の机に戻って行った。
授業中、真由はずっと雷雨の音を聞いていた。予報外れなので、雨はすぐに止むと思っていたが、予想とは裏腹にどんどん強くなっていく。
「うわっ、傘持ってきてない…」
担任の二宮先生がそう呟いたのが、真由の耳に入った。
「先生が帰る頃には止んでるんじゃないですか?」
クラスメイトの一人が、手を上げてこう言った。
「まぁ、そうだな」
二宮先生は頭を掻いて、何事もなかったように授業を再開した。
真由は黒板を写しながら、自分達が帰る頃には止んでるのだろうと考えていた。
真由の心配通り、放課後になっても雨は止まなかった。たまたま有沙が折りたたみ傘を持っていたので、真由はその中に入り、ビガラスは一人で雨に濡れていた。
「ビガラス君も入れば良いのに」
「俺は良いよ」
この雨によって、植物の緑が一層映えるはずだが、町のどの植物を見ても元気がなかった。
「蔦の悪魔って、ビガラス君から出た後の方が強いの?」
「本来の力を取り戻したって言ってたからな…」
ビガラスが、二人に向かってそう言ったその時、目の前に蔦の悪魔が現れた。
「俺の話をしてるのか?」
蔦の悪魔はビガラスが変異した姿に非常に似ており、身体中に蔦の紋様が浮かび上がっていた。
「お前…、何をしようとしてるんだ?」
「何って、決まってるだろ?俺の力を更に強くする為に植物の生気を奪っているのさ。そういえば…、俺の魂はまだ完全じゃない、お前の中に入っているのさ。お前の魂、奪ってやるよ」
蔦の悪魔は枯れ蔦を伸ばし、ビガラスを襲う。
「真由ちゃん、風月華は?!」
「今持ってない!」
真由はビガラスの手を引き、蔦から逃れた。すると、塀の隙間から小さな黒猫が走って来た。
「あっ、黒大豆!」
黒大豆は威嚇して、蔦の悪魔の目の前に立った。
「あんな黒猫、恐るに足りんな」
蔦の悪魔は黒大豆を蹴飛ばし、茨で締め上げた。黒大豆は茨に苦しみ、抜け出す事が出来ない。
「あっ!」
「ビガラス君!何とか出来ないの?!」
真由はビガラスを揺さぶったが、ビガラスは頑なに手を出そうとしなかった。
「今の俺には何も出来ない…」
「そんな…」
「『毒花雨』」
蔦の悪魔は三人に近寄り、毒の花を降らす。雨は止んだが空は一層暗くなり、雷も近くで鳴っていた。
「真由ちゃん、風月華を今すぐ持ってきて!」
「そうは言っても!」
三人は毒の花を必死に避けていった。すると、花が突然消え、蔦の悪魔目掛けて黒い砲弾が飛び、見事に当たった。
「こんな極東に悪魔が現れるなんて、珍しいね」
砲弾が飛んできた先には、紺色のタイツにパンプスを履き、ミニスカートの上に灰色のローブを纏った格好の少女が立っていた。髪の毛は灰色で短く、前髪を三つ編みにして黒いリボンで留めてある。また、頭のバレッタにはドクロが付いていた。少女は死神なのか、鎌を持っており、それには黒と紫のリボンに銀色の鎖、ドクロのマークで装飾されていた。
「お前は、闇の魔法を扱う死神だな?」
「それはどうかな?『暗黒砲』」
少女は現れた蔦を鎌で斬り裂き、闇の砲弾を出した。
「フッ…、相手が悪いな」
蔦の悪魔は吐き捨てるようにそう言い、砲弾を避けて姿を消した。空は、いつの間にか晴れ、日差しが強く感じる。だが、植物達は枯れたままで、その恩恵を受け入れられなかった。
真由は、少女に駆け寄り頭を下げた。
「あの、ありがとうございます…」
「礼には及ばないよ」
少女は額の汗を拭き、鎌を仕舞って真由の方を見た。
「あいつ…、冥府の回し者か」
ビガラスは少女を睨みつけ、拳を握った。
「ボクはリト、死神だよ。普段は西洋の方で仕事をしてるんだけど、悪魔の話を聞いて来たんだ」
「そうなんですか…」
リトは三人より年上、と言っても高校生くらいの見た目をしていた。
「君は…、ジューン家の息子さんだね?お会い出来て光栄だよ」
ビガラスは、リトが自分の家族を知ってる事に驚いた。
「お前はまさか…、かつて村を治めていた死神?!」
「…の、子孫だけどね。どうやら村を荒らして何処かに行った悪魔を追って行ったらしい」
リトがとぼけた顔でそう言うと、ビガラスは急に怒り出した。
「ふざけるな!お前のせいで…、母さん達は死霊使いの力を持たされ、俺は悪魔の子になったんだ!」
「死神の本来の業務は魂の管理だよ、人間の代わりに町を治めるのは仕事じゃないからね。あの時は仕方無かったんだ、誰もあの村を治めようとはしなかったから。確かにあの場所は死人が多いから今でも見張りはしてるよ?後…、あの村が滅んだから君はここに引っ越してきたんじゃなかったの?」
「くっ…!」
ビガラスは、リトの言葉に納得していたが、怒りが煮えきれなかった。
「冥府の事情なんてどうでも良いんだ!どうして…、俺達が被害を被らなければならなかったんだ?!」
「ボクの家族も君達もあの蔦の悪魔の被害者なんだね。あいつが来ると、動植物だけでなく、集落自体も滅んでしまうらしいんだ」
「お前らと一緒にするな!」
ビガラスはそう叫ぶと、ゼエゼエと荒い息を吐いた。
「どうして…、ご先祖様は悪魔なんかと契約したんだ?どうして俺が産まれてしまったんだよ?!」
「恐らく…、悪魔を止めようとしたんじゃない?悪魔とは対称の力を手に入れて、悪魔の暴走を抑えようとしたんじゃないかな?」
「そんな…」
ビガラスはこれ以上は何も言い返さなかった。
「ビガラス君?」
ビガラスはやり場のない怒りを抱え、どうしようもなくなっていた。リトはそんなビガラスの肩を叩いてこう言った。
「そうだ、君の母さんと智さんにも話をしないといけないんだ。案内してくれない?」
ビガラスは嫌そうな顔をしたが、仕方がないと思ってリトを屋敷まで案内した。
「えっと…、ひいひいおじいちゃんは今どこに居るか分からないのに…」
「先に来てると思うよ?」
リトはビガラスと初対面のはずなのに、馴れ馴れしく手を繋ぎ、歩いていた。最も、ビガラスの方は苦い顔をしていて、今すぐにでも離したいと思っていたが。




