017 俺もロードナイトになった
魔獣猿は呻き声を上げて痙攣した後、動かなくなった。
「よし! ラストアタックを取れたぞ。ソウルオーブは持ってるな? 次はその魔獣のソウルをソウルオーブに格納するんだ。そうすりゃ、ソウルオーブはロードオーブになるからな」
テオドの指示に従って、俺はソウルオーブを取りだした。ソウル格納の魔法を発動すると、銀色だったオーブが金色に変わった。スロンエイブロード(魔獣猿)のソウルをオーブの中に封じ込めることができたのだ。
「ロードオーブだ。俺の……」
思わず口に出してしまった。
「そうだ。おまえのロードオーブだ。魔力が分かるか?」
俺は頷いた。手のひらに乗っているロードオーブから強い魔力を感じる。
「これでおまえはロードナイトになった。よかったな」
テオドからそう言われて嬉しさが込み上げてきた。俺もロードナイトになったのだ。
「ありがとう」
「ウィンキアソウルとのソウルリンクが形成できたから、これでいつでも魔力〈100〉までの魔法が使えるようになったぞ」
テオドの言う意味は〈知識〉の中から情報を得てすぐに理解できた。
ソウルリンクというのはウィンキアソウルなどの魔力の源泉から亜空間内のパイプを通して魔力が供給される働きのことだ。ロードオーブに格納されたソウルはウィンキアソウルとソウルリンクと呼ばれるパイプで常に繋がっていて、そこから供給される魔力を俺は自由に使うことができるようになったのだ。しかも魔力は尽きることなく供給される。ソウルリンクは亜空間を通っているから当然目には見えないし、触ることもできない。
魔獣のソウルをソウルオーブに格納すると、それを利用する人族の魔力は格段に高まることになる。ウィンキアソウルから見れば、自分の魔力を敵である人族が勝手に使っているわけだから、さぞかし不愉快なことだろう。それなら魔力の供給を断てば良いと思うが、それはできないらしい。ウィンキアソウルは多数の魔獣にソウルリンク経由で魔力を供給している。その数が何十万か何百万かは分からないが、供給する相手が生きている魔獣のソウルなのか、それともソウルオーブに格納されている魔獣のソウルなのか、ウィンキアソウルからは区別がつかないと考えられるのだ。むやみに魔力を断つと、生きている魔獣のソウルまで殺してしまう可能性が高い。だからウィンキアソウルはこの状態に手出しができないのだろう。
おっと、考えが逸れていきそうだ。俺のロードオーブのことをしっかりと確認しておこう。
〈知識〉によると、ソウルオーブにソウルが格納されるときにウィンキアソウルとのソウルリンクが弱まるため、その魔力は本来の半分になるとのことだ。スロンエイブロードの本来の魔力は〈200〉だから、俺のロードオーブの魔力はその半分の〈100〉になったといことだ。
俺がオーブの魔力を感じたということは、俺がこのロードオーブのオーナーになったことを意味する。他の者がこのオーブを触っても魔力を感じることはない。つまり、俺だけがこのオーブからソウルリンクを通してウィンキアソウルの魔力を使うことができるということだ。
俺は試してみたい魔法があった。さっき、テオドが使っていた浮上走行の魔法だ。この魔法を使うには魔力が〈100〉以上必要だ。つまり、今の俺ならこの魔法が使えるはずなのだ。
ロードオーブのメニューを開いて魔法一覧を調べてみた。しかし、浮上走行の魔法は暗い表示のままだ。メニューには自分の魔力が〈100〉と表示されているから、魔力には問題はないはずだ。
「あれ? おかしいな。浮上走行が使えないぞ?」
「浮上走行を使えないって? それは、おまえがバリアを張ったままだからだ」
俺の独り言にテオドが答えてくれた。そうか……。浮上走行は〈100〉の魔力が必要だから、このロードオーブの魔力でギリギリなのだ。俺がバリアを張ってると浮上走行の魔法は使えないということになる。
俺がバリアを切ると、浮上走行の魔法メニューが明るくなった。さっそく使ってみる。おぉ! 体が浮上して草藪の上を歩けるようになった。走ることもできる。色々試してみたが、浮上できるのは地上から2メートルくらいの高さが限界のようだ。
「この程度の高さしか浮上できないのなら、雑木とかに阻まれると進めなくなるな」
「魔力が上がれば、もっと高くまで浮上できるようになる。だけどな、おまえの場合は浮上走行の魔法を使うのはまだ早い。浮上走行の魔法を使ってしまうと、それだけで魔力〈100〉だ。おまえの全魔力を使っちまうからバリアを張れなくなる。浮上走行で原野や魔樹海へ行くと、おまえはあっという間に殺されるってことだ」
たしかにテオドの言うとおりだ。バリアを張らずに原野や魔樹海の中を浮上走行するのは自殺行為だ。
「と言うことは、魔力が〈100〉くらいじゃダメだってことか?」
「そうは言わない。どの国へ行っても〈100〉以上の魔力を持ってるロードナイトは数えるほどだろう。だが、その魔力では魔樹海の中では戦えないと言うことだ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「さあな。おれがアイラ神様から命じられたことは、おまえを早くロードナイトにすることだ。その命令は果たした。あとは、おまえが頑張って自分を鍛えるんだな」
俺は急に心細くなった。テオドがもっと付き合ってくれると思っていたからだ。
「しょぼい顔をするな。言っておくが、おまえのように短期間でロードナイトになったヤツはいないぞ。ロードナイトになれる者は極少数だし、なれたとしても何十年も掛かるのが普通なんだ。それにな、ロードナイトになったとしても魔力が〈100〉を超える者は少ない。それが現実ってことだ」
「分かった。テオド、心から感謝している。もう一度言わせてくれ。ありがとう」
俺は本心で感謝の気持ちを述べた。
「あぁ、礼ならアイラ神様に言ってくれ。それと、このロードオーブは無くさないようにおまえの体に埋めちまおう。背中にマヒの魔法を掛けるぞ」
テオドは慣れた手つきで俺の体に簡単な手術をしてロードオーブを埋め込んでくれた。肩甲骨の間に埋め込んだらしい。マヒとキュアの魔法で、たいして痛くもなく、治療も終わった。傷は数日で塞がり、手術の跡も消えるらしい。
俺はロードナイトになったら確認したいことがあった。メニューにあった「ロードナイト機能一覧」の確認だ。何ができるようになるのだろう? テオドが死体の処理をしている間に確認しよう。
そう思ってメニューを開くと、今までは暗い文字で表示されていた「ロードナイト機能一覧」が明るい文字で表示されている。それを開くと〈現在、使用できるロードナイト機能はありません〉と表示されただけで、それ以外は何も無かった。なんだか肩すかしを食らった気分だ。この意味は何かの条件を満たせばロードナイトの色々な機能が使えるようになるということだろうか? うーん、考えても分からないから当面は放置しておくしかないな。
魔獣猿の死体を分解魔法で土に戻し、分解できなかった皮や骨と一緒に埋めた。魔獣猿からは大魔石が取れた。ビー玉くらいの大きさだ。
「これはおまえにやろう。街で換金すればソウルオーブ2個になるぞ」
「え? 実質的にはテオドが倒したんだから、あんたの物だろ?」
「おれは大魔石は腐るほど持ってるんだ。無くさないように、おまえの亜空間バッグに入れておけ」
おぉ! そうだった。ロードナイトになったから、亜空間バッグも使えるようになったはずだ。メニューを開くと「亜空間バッグ」の文字が明るく表示されていて、それが使えるようになったことを示している。
テオドから手渡された大魔石を亜空間バッグに保管するよう念じると、俺の手から大魔石が消えて亜空間バッグの一覧の中に現れた。大魔石の図柄が現れて、その名前は「大魔石」となっていた。
今度はそれを取り出すよう念じると俺の手の中に再び大魔石が現れた。亜空間バッグにもう一度入れ直すと、ちゃんと保管されていた。保管も取り出しも簡単だ。これは便利だ。
「亜空間バッグも使えるようになったようだな。だが、箱を用意して、その中に入れておかないと、取り出したときに入れおいた物を全部を床にぶちまけることになるから注意しろ」
「分かった。でも、亜空間バッグの中の一覧と図柄が表示されるから全部をぶちまけることはないと思うが、注意するよ」
「なんだそれ?」
俺が亜空間バッグのメニューについて説明すると、テオドは呆れた顔をした。
「この世界の者は血がにじむような思いで魔法やスキルを修得しているし、旅をするときは四苦八苦しながら荷物を運んでいるんだ。誰もが死ぬほど苦労してる。おれも苦労してきた。それなのに、おまえは……。まぁ、おまえが悪いわけじゃないが、面白くない。なんか無性に腹が立つぞっ!」
「すまない。余計なことを言ってしまった……」
「いや、おれには正直に言ってくれ。おれは理性的だから大丈夫だが、ほかの奴らには余計なことは話さない方がいいぞ。たしかにおまえはソウルオーブで色々なことを簡単にできる能力がある。だがな、それをほかの奴らが知ったら、おまえにとって良いことは何もない。分かるな?」
俺は頷いた。たしかにそうだ。妬まれて嫌がらせをされたり、実験台にされたり、もしかすると妖魔扱いをされて殺されるかもしれない。俺の能力はできるだけ隠すようにして、普通のロードナイトと同じように振る舞うほうが無難だな。
「さて、訓練もこれで最後だ。そこにスロンエイブを十頭ほど眠らせてある。本当はこの猿の魔物たちで実戦訓練をしてからボス猿と戦ってもらう予定だったが、順序が狂っちまった。訓練を再開するぞ!」
「なに!? まだ、やるのか?」
俺の問い掛けに返事をする代わりに、テオドは飛礫猿たちに眠り解除の魔法を放った。
「始まってるぞ! ぼやっとするな!」
テオドはそう言いながら低木の陰に隠れた。
くそっ! 一斉に飛礫猿たちを目覚めさせるなんて、酷くないか? 自分の鬱憤を訓練で何気に俺にぶつけてないか? どこが理性的だ!? しかし、ぼやいている時間は無い。
俺は急いでバリアの魔法を張り、筋力強化と敏捷の魔法を自分に掛けた。
飛礫猿たちは目覚めた直後はボヤーっとしていたが、俺に気付くと「キィキィ」と騒ぎ始めた。
最初に俺に気付いた猿が飛礫の魔法を放ってきた。石は俺のバリアに当たって光って消えた。バリアは数パーセント削られたみたいだが、すぐに修復されて元の状態に戻った。さすがに魔力〈100〉は伊達じゃない。バリアに回しているのはその半分だが、威力は強力だ。これなら、猿たちが一斉に飛礫を放って来てもバリアは十分に持ち堪えるだろう。
猿たちから飛礫が次々と飛んでくる。今度はテオドが使っていた蜂落としのスキルを使ってみた。これは単発の熱線魔法で飛んでくる蜂を撃ち落とすスキルだ。飛翔体の軌道を予測して当てるのだから、その技を身に付けてないと命中させるのは極めて難しいはずだ。
10個くらいの石が俺に向かって飛んできたが、スキルを発動させると半分くらいは撃ち落とせた。残りは撃ち漏らしてバリアに当たって消えた。俺は無詠唱で魔法を発動するからテオドよりも動きが速いが、テオドのようにすべてを撃ち落とすことができなかった。俺のスキルがまだまだ低いからだ。
次々と石が飛んでくるが、俺は動かず、蜂落としの訓練を続けた。やがて、飛礫が途絶えた。猿たちの魔力が切れたのだろう。
攻撃手段が無くなった猿たちは魔樹海に向かって逃げ始めた。今度は俺が攻撃する番だ。
複数の敵を同時に攻撃するスキルを試そう。飛礫連射のスキルだ。さっき魔獣猿が使った特殊魔法と同じように飛礫は敵に向かって飛んでいく。自動追尾だ。
全弾命中! 猿たちは頭や胸にゴツゴツした石が当たって昏倒した。何頭かはまだ息がある猿もいるだろうが、生死に関わらず熱線魔法を撃ち込んだ。これで十頭ともすべて確実に殺した。
「この実戦訓練で、おまえに少し苦しい思いをさせようと思ったんだが、不発に終わっちまったな。実戦訓練と言うより、おまえに実験場を提供しちまったみたいだな」
「実験場って?」
「この場が結局、おまえが自分自身の能力を確かめるための実験場になっちまったということさ。魔力〈100〉だったとしても、初めて魔物と戦うんだから、普通はもっと苦戦するはずだぞ。くそっ! まったく面白くねぇぞっ!」
やっぱりわざとだったか。悔しがるテオドを横目に、俺は仕上げに入った。分解魔法で猿たちの死体を土に戻した。土の中にビー玉より少し大きいくらいの魔石があったが、そのサイズだとほとんど価値がないらしい。テオドにそう言われて拾うのをやめた。
「今日の訓練はこれで終了だ。日が暮れる前に帰るぞ」
いつの間にかそんな時刻になっていたのだ。テオドにそう言われて初めて気付いた。どうやら魔樹海からテオドが戻るのを待っている間、俺は3時間くらい居眠りをしてしまったようだ。
「同じ川岸を通って帰るのは時間が掛かる。おまえも浮上走行を使えるようになったから、草藪の上を走って帰ろう。そうすれば1時間も掛からずに帰れるぞ」
「そうだな……。でも、浮上走行を使うと俺はバリアを張れなくなる。危ないからやっぱり来た道を戻ろう」
「いや、日が暮れるともっと危険だ。今は浮上走行で近道をしたほうが良い。バリアはおれに任せろ。俺のバリアを共有してやるよ。手を出せ」
「え?」
「手を繋がないとバリアは共有できないだろ」
「あ、そうか。わるいな」
俺はテオドのバリアに包まれて、浮上走行で草藪の上を走ってベースキャンプに戻った。
日が沈む前に俺たちは運動場に降り立った。小屋の前ではフィルナたちが夕食の準備をしていた。
「ダイル、早くフィルナさんたちに知らせてやれよ。おまえがロードナイトになったって」
お! テオドもたまには良いこと言う。
「おーい!」
俺は声を掛けながらフィルナたちのところへ走り寄った。
フィルナとダリナさんがこっちを見た。
「ダイル、そんなに引っ張るなよ!」
なんだ? あ! テオドと手を繋いだままだった……。俺は急いで手を離した。
「相変わらずね。仲がいいこと」
「いや、違うんだ」
「何が違うの?」
フィルナからのジト目が痛い。
「テオド、なんとか言って……」
俺は助けを求めようとテオドに顔を向けた。ヤツの小鼻がヒクヒクしているのを見て俺は悟った。はめられた。俺はその日の疲れがどっと出て、その場に崩れ落ちた。
※ 現在のダイルの魔力〈100〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈50〉。




