22、いつの時代にも
小一時間後、衣装が出揃ったようだ。
ここで島津の機転でお店をクローズにし、道路に面した店内が見渡せるショーウィンドウガラスのところもカーテンが下された。
誰の目にも入らないように配慮されたことに2人は安堵した。
店員が各自の衣装を店内中央のカウンターの上で並べている最中に亮介は島津に近づいた。
「俺たちはありがたいですが、お店的には利益が落ちるしまずいのでは?」
亮介の言葉に島津は「いいえ」と笑った。
「お二人が広告塔になって下さるなら今後の利益を考えればお安いものです」
その言い分に亮介は首を傾げた。
一般人の自分達が着たところで芸能人のような収益など微々たるものだろうに、と。
「大した利益にはならないと思いますが?」
「あなたは自分の価値を正しく理解されていない。あの天下の三田様が好んで着る服と評判になれば、あやかろうとする者も出てくるでしょう」
好々爺の言葉に亮介が警戒すると島津はさらに表情を崩した。
「聞いていた通りのお方のようだ。ここには一果さんも来られたことがありましてね。いろんな意味で兄と杏樹様はよく似ているとおっしゃっておられました。杏樹様の横には兄以外は排除するとも意気込んでおられましたので、カマをかけたのですが当たったようで安心致しました」
ぐうの音もでねぇ。ってか食えないなこのおっさん・・・・。
「警戒することはいいことです。特に杏樹様の周りにはハイエナような者がわんさか湧いて出て来ますので、あなた様はどうぞそのままでよろしいと思います」
「忠告感謝します」
食えない人だが間違いなくこの人は杏樹の味方のようだと亮介も島津は大丈夫とインプットされた。
その後杏樹に呼ばれて一着一着と鏡の前で衣装を合わせて行った。
どれも杏樹に亮介にも似合っていて、店員のテンションは爆上がり状態だった。
何より皆センスがよく、さりげないペアルックに好感が持てるものばかりで、このままいけば全て頂くことになるかもと誰もが思っていた。
最後の一着を目視した時点で皆、その場が静まり返った。
杏樹の衣装はやる気がないとばかりにピチTシャツにジーンズの短パンだったが、お尻が半分出るほど食い込んだ衣装だった。
片や亮介の衣装はこの店の高級ブランドのもので埋め尽くされ、統一感も全くないもので、杏樹とのペア差も皆無だった。
「ちょっと!若林さん!このセレクトってなんなの!?」
「いくら新人だからってこんなセンスはないんじゃないの!」
「それにこれって・・・・全部あんたが発注した小物類じゃない。せめてここから衣装に合うものだけをチョイスして持って来なさいよ」
「悪いけどここは品評会じゃないのよ!」
喧々轟々の四人の先輩の言葉にも耳を傾けずに鼻高々に上から目線でその若林という人物は言い放った。
「先輩たちこそ何を言ってるんですか。セレブっていうのはたくさんの中から一つのものを選ぶんですよ。だから私はそうしただけです」
?????
「セレブって誰のこと?」
杏樹の言葉に若林は馬鹿にしたように顔を歪めて言い放った。
「あんたが垂らし込んだこの方よ!」
シーンとする中、若林はさらに杏樹に言い放った。
「あんたちょっと顔がいいからって体使って色んな男誑かしてんでしょう。今日は大人しめの格好だけど普段着てる衣装をセレクトしてあげたわよ。男を惑わす二点セット。それ着て他の男を誘惑してとっとと振られなさいよ」
言いたい放題の女性に杏樹も他の先輩店員も真っ青になって佇んでいる間に女はエスカレートする。
「その点あなたは悪くないですもの。こんな女に騙されて寧ろ被害者。ここの先輩の中にもこの女の外見に惑わされて理想の女性などと言われていますが性悪女ですから、今すぐに別れた方がいいですわ。お客様」
言いたいことを言って、鼻息を荒くしている女を冷めた目で見ていた亮介はブチギレそうな頭で冷静に話を進めた。
「悪いが俺は一般家庭の人間でな。セレブとは無縁の人間なんでこんな高級品は必要ない。それと自己紹介が遅れたな。一果の兄で杏樹の婚約者の三田亮介だ。妹がお世話になった人間には俺はおなじみだろうからあえてどんな人間か言う必要はないだろう」
その情報だけでここにいるほとんどの人間が亮介が何者であるか気づく中、目の前の女は怪訝顔になった。
その表情を見た亮介は桃子の名札を見て質問した。
「宇田さん一果は最近いつここに来ましたか?」
「年明けた頃だから約5ヶ月前です」
桃子が答えれば、亮介は新人はその後に入社したのだろうと憶測した。
「一果を知らないなら可笑しなことはいくらでも考えつくな」
亮介の言葉に、意味がわかっていない表情を向ける女に亮介は魔王顔で見下ろした。
「あんたが何をしたいのか大体想像がつくが今ここで杏樹を排除したところであんたが望んでる男は手には入らないぞ」
?????
杏樹を含め店員達も何を言っているのかわからないと亮介の顔を見る中、目の前の若林だけが真っ赤な顔になって叫んだ。
「本当のことを言って何が悪いの!?こんな女、顔以外に何が優れてるって言うのよ!」
杏樹は日本にいた頃から言われて来た言葉に自己肯定感が低い故に心が萎縮し何も言えなくなったが、亮介は冷え切った感情が身体中を巡り腹が立った。
「本当に嫌になる。なんでいつの時代にもこういう自分の見たことだけ信じたことだけを盲信して行動に移す馬鹿な人間がいるんだろうな」
「な!馬鹿!?」
私は日本のY大学を出た優秀な人間だと叫んでいたが、亮介は相手にしなかった。
「俺も杏樹もその何倍も高い偏差値の州大学出身だ」
何倍は盛りすぎだと杏樹は思ったが口に出すことはなかった。
だが世界的に見てもY大学よりも上の州大学出身と聞いて驚いた表情の馬鹿女に亮介はさらに現実を突きつける。
「それと彼女はここの社長の姪で正真正銘のセレブだが、俺は一般家庭の出身でセレブとは縁遠い家系だ」
社長の姪と聞き、青ざめた女は嘘だと首を振ったが桃子が「事実よ」と捕捉したことで震え始めた。
「杏樹はその容姿と同じくらい心が綺麗な人間だ。俺に相応しくあろうと大学でも勉学を頑張って一途に俺だけを見てきた子だ」
あれ、それってそういう設定みたいなもので事実ではないが、虫除けにも役に立ちそうだからと杏樹も黙って亮介を見守った。
「穿った見方しかできない女がいくら杏樹を排除したところであんたが好きな人間はあんたを見ることはない。なぜなら他人を蔑み自分を大きく見せようとしても相手の気持ちを汲むこともできない人間に誰が側におこうと思うのか、考えつかない時点であんたは誰からも相手にされないよ」
杏樹はこの時の亮介の言葉が若林に向けたものなのか、昔自分の身の回りのお世話をしながら狂気な行動を取った女性に向けたものかわからなかったが、色んな意味で悲しくなった。
杏樹を庇って擁護してくれたことよりも、亮介が当時のことを思い出し気持ちが沈んだことが悲しかったのだ。
若林は真っ青になったままその場に立っていられなくなってヘナヘナと座り込んだ。
その隙に杏樹は亮介の腕の中に飛びついた。
亮介も自分の心が冷え切っていながら昂った脳を鎮めようと杏樹を抱きしめた。
それは側から見れば一途な彼女を庇った彼氏に感動して杏樹が感動して抱きついたように見えただろうが、二人の心情はそんなものではなかった。
その間にも店内の時間は過ぎていく。
お店の奥からケアマネージャーである若い男が出てくると若林の前まで来た。
「自分の思い込みでここまで騒ぎを起こすとはな」
「・・・・志村さん・・・私は」
「聞きたくもない。社長の姪御さんに悪態ついた上にまだ助けを求めるとは。それとも言い訳か。そのどちらもこちらは聞き入れるつもりはない。しかも彼女の名誉を傷つける数々の暴言。社長が知ったらタダでは済まないだろうな」
「志村さん!私はただあなたが騙されていると思って!」
「黙れ!彼女はお前が思うよりも純粋な人だ!心に決めた人がいると分かっていて俺が年甲斐もなく恋慕していただけだ!」
え!?ケアマネージャーまで杏樹に恋慕していたの!?
店員全員がざわつく中、杏樹も数々ここの男性店員に声をかけられたが、長い間ここに勤めている志村までそんな感情を持っているとは知らなかった。
どんな状況になっているのか好奇心から杏樹は亮介から離れて志村を見ようとしたが、亮介が情けをかけるなと身動きが取れない状態で杏樹を拘束したままじっとしていた。
相手がどういう理由かは知らないが玲香の虚勢を信じて、杏樹には心に決めた人がいたと思われているならこのまま退場してもらう方が円満だ。
情けをかけて感情を引きづらせない方が相手のためだ。
と、とにかく杏樹の好奇心を抑えた。
杏樹はなぜ亮介が離してくれないのか理解できずに強硬手段に出た。
数時間前に亮介が嫌がった筋肉を確かめるように背中に回っていた手を動かした。
!?
驚いた亮介が杏樹猫を摘み上げるように服の首根っこ捕まえて引き離した。
「それはするなと言ったはずだぞ」
「亮ちゃんが離してくれないからでしょう」
シャーッと猫の如く威嚇する杏樹にズイッと顔を近づけて耳元で囁いた。
「いいのか、ここで好奇心を全面に出して相手を見たら、相手の恋心に終止符を打つどころか未練を残すことになるが、アンはどっちがお望みだ?」
・・・・え、相手を見ただけで未練を残す結果に繋がるの?
杏樹は引き離された亮介の体にピッタリ引っ付いた。
「その心理は?」
「あんたなんて眼中にないという行動で相手には一切の感情はなく諦めざる負えないと思わせるのか、知らなかったとはいえこんな身近に自分を想ってくれる人がいたのかと顔を向けれたなら相手は勇気を出して告白していれば勝機はあったのかもと思わせ今後も意味深な視線を送られ続けられたいのかという話だ」
恋心を知らない杏樹はその行動一つで天と地の差があることに驚いたが、前者一択である。
ごめんねと腕を伸ばして見つめれば意図を受け取った亮介は杏樹を抱き上げた。
そこに島津が近づき店内がざわついている間に店員が出入りす裏口に案内された。
「表は先ほどの騒ぎには気づいておりませんが、お二人の姿を目にしてまだ店内を伺っている者がいるようですので、こちらからお帰り下さい」
実際外では撮影か何かが始まったと思われたのか、入店した頃よりも人が増えザワザワ感が増していた。
「何から何までありがとうございます」
亮介の言葉に島津は笑顔で応えた。
「とんでもございません。一果さんも含めてあなた方三田家の方々には頭が上がりません。今後も杏樹様のことよろしくお願い申し上げます」
馬鹿丁寧な言葉に杏樹が引いたのか「島津さんここは伏魔殿じゃないわよ」
(約:加賀見の実家じゃないわよ)と呆れていえば、なぜか涙ぐまれた。
「申し訳ありません。私に取っては杏樹様は孫のようなもの。どうぞそのまま真っ直ぐに邁進ください」
その言葉の中には加賀見に屈するなという言葉が見え隠れし、杏樹は「ありがとう」と返事した。
「三田様今日中に双方4着分の衣装はご指定の住所にお送りいたします。また今後季節ごとにいくつか服を見繕って送ることをご了承ください」
それは今後も2人の関係が続くと見込んでのことだろうか。
いやこのおっさんのことだ俺と杏樹の本当の関係を知った上で末長くよろしく頼むと言っているのか。
どちらにしろこの関係を維持するなら拒否する理由にはならないな。
「採算取れなくなったら切り上げてください」
逃げ場を用意したはずが笑顔で返された。
「またのお越しをお待ちしております」
綺麗なお辞儀をされ島津に「ではまた」と挨拶をして、裏口からお店の裏側に移動すれば杏樹は見えなくなるまで島津に手を振っていた。
「あの人とは付き合いが長いのか?」
「アメリカに来て叔母さんと一緒に暮らし始めてから顔を合わせた人だけど昔加賀見に勤めていたからなのか、どこかお祖父ちゃんに似てて、四六時中一緒にいたから最初はすることなすこと干渉されてね。衝突ばかりしてたんだけど、その行動原理が心配してくれていることだと知ってからはちゃんと話をしてから行動するようにしたの。それからは見守ってくれるようになって落ち着いた生活になったんだけど、その行動も祖父を彷彿とさせるから正直あの人に強く出れないの」
「玲香さんの屋敷に島津さんも住んでいるならそのままの生活でも困らなかったんじゃないのか?」
叔母はこの近くに一軒家を所有しており、そこに夫と島津と暮らしていた。
そこに私が加わって4人で生活をしていたが思いの外楽しい生活だった。
だからこそ叔母が日本に帰ると言われた時に決心したことがあった。
「相手はあの加賀見だからね。島津さんの娘さんの件もあったし私のことでまた加賀見のいざこざに巻き込む可能性はゼロじゃないから残ることに私が拒否したの」
叔母もそのことが頭をよぎったのか一軒家を売り払い、夫と島津は現在あのお店の奥にある事務所で寝泊まりするほどの徹底ぶりだ。
警戒するに越したことはない、叔母はそう言ってアメリカを発ったが、ホームステイ側が裏切るとは想っていなかったようだ。
そのことを思い出しギュッと亮介に抱きつけば頭をポンポンと優しく叩いた。
「玲香さんと連絡が取れないと言っていたな」
「うん、でも叔母さんの夫なら連絡手段があるかと思って昨日連絡はしておいたんだけど、返信がなかったから確認したらやっぱり海外に行ってたー。そうなると1週間以上返信はないかな」
「そんな忙しいのか、買付けって?」
「と、いうより海外に行く時電源を落とすんだよ。あの人も意外性で人の目を引く人だからトラブル防止で叔母さんがそうさせてるの。1週間の間に決まった時間に連絡したりする2人のルールがあるらしくて徹底して実行してるみたい」
「随分警戒してるんだな」
「叔母さんが加賀見に戻った以上、弱みは見せないに越したことはないからね」
それにもしかしたら島津が彼をあえてここに置いていない可能性もある。
玲香の弱みになる者を徹底的に隠す。
島津は娘が亡くなってからかなり慎重になったと言われている。 玲香が日本で加賀見の中心に身を置いた以上、足を引っ張ろうとするものは必ずいるから・・・・。
「縁を切ったはずなのに、面倒な一族だわ」
そういう意味でも私がここにいることが亮介を危険な思いをさせることにも繋がってくる。
そう考えたら抱きついていた腕を外しかけた時、亮介がギュッと抱き締めてきた。
「アン、今考えていることを俺が考えないと思ってるのか。理解した上でそれでも君のそばにいるんだ。俺の覚悟を無駄にしないでくれ」
「危険と隣り合わせでも?」
「そこも理解した上でだ。それに橘全体でバックアップしているんだ。アンは1人じゃない」
ここまで弱ったこの子をここで放って逃げるわけにはいかない。
それに一果の親友を抜きにしても橘の人間がかなり動いている今、かなり複雑に人間模様が絡んでいる。
俺の知らない深い事情が加賀見と橘にはあるのかもしれない。
強力な力に対抗するには同じかそれ以上の力がいる。
教授がわざわざ杏樹を亮介に預けたのは、そこを念頭に置いてのことだろう。
それぞれの役割が相手の抑止力になるなら俺が盾、橘は剣か。
まさかと思うが一果のやつ、それも念頭に置いた上で俺に体を鍛えさせたんじゃないだろうな。
今度会ったら追求してやると意気込み杏樹を抱えたまま人混みに紛れて行った。
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次回投稿は未定です。
できるだけ早く戻って来ますので、お待ちください。
現在メインで挙げている推理もの小説もぼちぼち投稿予定ですので、そちらもよろしくお願いします。
それでは、また〜。




