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一水四見(いっすいしけん)  作者: 虹乃懸橋


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16/16

15、不可侵領域な2人



毎週日曜日投稿作品です。



 

 一生・・・暗闇の中、だと?

 不穏な言い分に亮介の顔が強張る。


 その気配を杏樹が敏感に察したのか「どうしたの亮ちゃん!」と杏樹の声が響いたが、部屋の端にいる亮介と研究室中央で研究員に囲まれている杏樹とでは距離もあれば視界を合わていないのに、なぜ分かった?

 

 ゴホンと咳払いして、振り返りながら「なんでもない」と誤魔化した。

 

「フフ、天下の三田くんも彼女の前では形無しだね」

 肩を寄せ合う形で窓辺に立っていた教授と元教え子は顔を見合わせた。

 

「どういう意味です」

「っていうか残念(ざーんねん)。君、父性の方が先に芽生えっちゃったんだね。まぁ彼女の内面を真正面から受けたからの反応なんだろうけど」


 否定はせん。と虚無顔になった亮介に教授はさらに軽快に話す。


「あ、君たちのことはある程度辻褄合わせとしてここの子達には説明しておいたよ、感謝したまえ」

 得意気に言う教授に、亮介は眉間に皺を寄せた。

 

「・・・・余計なことは言ってないでしょうね」

「え、余計なこと?」

 とぼける教授に、亮介はさらに顔を近づけ小声で抗議に近い言葉を吐いた。

 

「俺たちが共有し得ないことをペラペラ言っていたら辻褄どころか矛盾が生じて、偽装だと気づく者が出て来ても困るんですよ」

「ふーん・・・困るんだ」

 意味深な表情の教授に亮介の方が視線を外した。

 

「異性関係に関してはこれほど効果があるとは思いませんでしたから」

「まあそうだろうね。相手が加賀見さんだから効果があるんだよ。相手がその辺の普通の女の子だったらもっとトラブルになってただろうけど、そういう意味では同じ不可侵領域の相手がいてよかったよね」

 

 どういう意味だ?

 

「それよりこの後買い出しに行くんだって?彼のことはこの学校内でも問題になってて今教員同士で手分けして対処に当たっているけど彼女がいると緊張具合が違うしからね。早めにここ、発った方がいいよ」

 

「任せて大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。君の登場で大学側もいい加減な対応が出来なくなったからね。君の普段の行いの結果だから期待していいと思うよ。ただ・・・」

 

 ジッと正門前で騒いでいる男を睨みつけながら教授が警戒しながら言う。

「相手は一枚岩でない可能性がある。そうなるとあの男は抑えられても、他は別の行動に出てくるかもしれない」

 

 そこまで言った教授は珍しく真剣な表情を亮介に向けるた。

「三田くん、できるだけ彼女を1人にさせないように」

 

 思ってもみなかった言葉に亮介の方に緊張が走った。

 ストーカー男を退けただけでは問題解決にはならないと?

 

 確かに玲香の言葉も気になる。

 ここは慎重に行動しようと亮介は、教授にはっきりと頷いておいた。

 

 指示された通りに彼女を連れてここを離れようと研究員達に囲まれている杏樹を迎えに行けば、磁石でも着いているのかと言わんばかりに杏樹にものすごい勢いで抱き付かれた。

 

 ただ先ほどとは違い腕は背中側に回っていない。杏樹は自身の顔や腕を亮介の胸元に収めるように縮こまってるようだった。

 その原因は囲んでいる研究員の中にサムがいつの間にか戻って来ており、口早に言う言葉を聞いて亮介もああ・・・・と項垂れた。

 

 教授からある程度2人のことを聞かされた研究員達が自分たちの持論を交えて周囲にそれを拡散させたらしい。

 サムはあの後その事を聞いて彼女に詰め寄ったようだ。

 

 ただその内容は非難ではなく賞賛。

 圭吾も言っていたが、杏樹は元々亮介を目標に追いつけ追い越せで勉学に励んでいたようだが、それが亮介の横に並び立つための努力だった(嘘)と聞かされた研究員達は努力のベクトルが違うと分かって、生意気な後輩から健気な後輩にシフトチェンジしたらしい。

 

 彼女に対する態度が180度変わったようで、戸惑った杏樹はそれを(さば)ききれずに、相当困っていたのに亮介がすぐに返ってこなかったことで限界を迎えたらしい。

 

 胸に引っ付いてどうしていいか分からず震えている所は小動物のそれだが、ここでの元々の杏樹はどこか1匹狼的な態度に、違和感を覚える。

 本来は人懐っこい子なのに、壁を作らざる負えない環境に身を置くほど辛いものはないのに敢えてそうしていた杏樹に亮介の方が心苦しくなった。


 杏樹をそっと腕の中に入れ、背中をポンポンと優しく叩いた。 

 すると彼女から「戻って来るのが遅い」と恨み節が溢れた。

 

 埋めている顔は見れなかったが、先輩達に好意的な感情を向けられて恥ずかしかったのか嬉しかったのか耳が真っ赤になっていた。

 亮介は杏樹の腰に腕を回しグイッと持ち上げた。

 

 嫌でも顔を突き合わせる形になった杏樹は驚いたが、兄の顔の亮介にはなんでもお見通しかと、ムッとして腕をモゾモゾと伸ばし亮介の頬を挟んだ。

 グニグニと動かす杏樹に亮介は笑った。

 

「教授と積もる話があったんだ。悪かったよ」

 杏樹の手から逃れるために顔をのけ反らせたが杏樹の気が収まらないと言うより人の好意に動揺が収まらないのか、その手を止めない。

 仕方ないと逆に顔を近づけ額と額をくっつけた。

 

「落ち着け。もう用は済んだしここを出よう。一果が良さそうなお店をピックアップしててな。ここに来る前にそのお店に予約を入れておいた。アン、シーフード好きだろう」

 

 なん知ってるの?と見つめてくる杏樹に亮介は、当たったなと目を細めた。

 自分の情報が一果経由で亮介に入っていたことに気がつき、シーフード、と頬を染めた。

 

 そんな彼女をヨイショっと抱き直し縦抱きにすると周りにいる研究員を見て、先ほどとは違う雰囲気に首を傾げたが時間は惜しいと杏樹を見上げた。


「アン、彼らに言うことがあるだろう」

 黙って亮介を見る杏樹に「嬉しかったならちゃんと伝えなさい」と言われ、モジモジとしながら目の前の研究員達を見た。

 

 ここでは必要最低限の対応しかしてこなかった。容姿を理由に近づく人には警戒し、親切で手を貸してくれようとする人もいただろうが頑なに殻に篭ったように接してきた。


 その為杏樹はどこか浮いた存在として研究室内にいたが教授が間に入ってくれていたこともあり学校生活には困っていなかった。

 

 それでも他の研究員達のやり取りを見ていると羨ましいと思うこともあった。

 日本にいた頃の一果との思い出があるから尚更だった。

 

 腫れ物に触られるような対応しかされていなかった杏樹にとっては先ほどの研究員達の行動は突然で内心パニックになっていたが、嬉しかったかと言われ、そうだと思った。

 

「Thank you for accepting me as I am.」

(こんな私を受け入れてくれてありがとうございます)

 

 恥ずかしくなって言うや否や亮介の首にしがみつき顔を隠した杏樹に、亮介はよく出来ましたと頭をポンポンと撫でるように手を置いた。

 その後研究員達に視線を向けると一言、保護者としてお願いを言っておいた。

 

「I'm counting on you to look after her.」

(今後も彼女のことを頼みます)

 

 そう言って研究室を後にしようとした時、ジェシカが杏樹に言葉を投げかけた。

 

「アンジュ、ユウガタにマタ、アイマショウ」

 ちょうど亮介が杏樹を縦抱きにしたまま研究室扉の方に向きを変えた事で彼の肩越しに杏樹の顔(頭)が研究室員達に向き直る事になった。


 真っ赤な表情のまま亮介の肩に顔を埋めたまま、チラリとジェシカにだけ視線を向けると、回していた腕の片方をほどき挨拶代わりに小さく手を振った。

 

 パタンと閉まった室内は杏樹の可愛さと亮介の彼女に向ける優しい表情にわっと室内が盛り上がった。


 ジェシカは「ガンプク、ガンプク」とご満悦で微笑んだ。

 ただ、内心あれでお互いその気がないって本気で言ってる?と(いぶか)しんだ。

 ジェシカは悪戯な表情を浮かべ、このまま行けば近々いい知らせがありそう、と心を踊らせた。


 教授はというと退出する2人を見て別の感想を持っていた。

 家庭環境のせいで親の愛情を知らない杏樹は、一果の兄と言うポジションに加え、彼が無条件に受け入れてくれる包容力に安心し、兄を通り越して父を連想しているように見えた。


 2人が入って来た時には、一瞬面白いことになってる!と思ったのにその後の2人の行動に()は一切感じられず、あれでは幼児と保護者じゃないか。と呆れた。


 求めていたのは、そこじゃないんだけどねぇ、お2人さん。

 落胆しながら教授は研究室を出て正門の方へと足を向けた。

 

 ⚠️ここから日本語表記ですが話している言語は英語です。

 

 教授が席を外した直後の研究室では良い意味での阿鼻叫喚だった。


「加賀見さんは鼻持ちならない女かと思ってたけど、三田先輩という彼氏がいたから頑なに男性を寄せ付けなかったんだな!」 

「勉強にしてもすごい集中力だと思ってたけど、確かにあの三田先輩が相手だと顔だけじゃ横に並ぶのにも勇気は確かにいるよ!」

 

「彼女外見だけじゃなくて中身も良い女なんだな。だから三田先輩も健気な彼女に落ちたんだろう」 

「俺、見知ってるはずの三田先輩のあんな顔見たことないよ!」

 

「俺も最初はショックだったけど、先輩が彼女を大事にする気持ちわかるわ!自分のために努力する姿を見たら誰だって心奪われるだろう!」

 

 その後2人の世界に浸る男女(偽)を思い出し、頬を染める研究員達がそれぞれの教室でそんな話をたくさんした事で、2人の話が一気に拡散された。 

 噂が噂を呼び、2人は晴れて大学内で公認の仲になったのはその日の午後の事だった。 

 

 

 ⚠️ここから日本語表記そのままです

 

 研究室を出た亮介は先ほどのジェシカの言葉に首を傾げた。

「夕方何かあるのか?」


 建物3階の端にある階段を使って下に降りながら質問した。

 杏樹はその言葉に顔を上げ、「ああ、そうだった」と前置きした上で、説明します。と言った。


「今朝車の中で買い出しの話をした時に足りない家電はどうするか言ってたじゃない」

 そんな話をした記憶があった亮介は「うん」と頷いた。


「そこで私、思い出したの。玲香叔母さんと一緒に住んでいた時に使ってた家電製品を家を引き払った時に全部ジェシカにあげたんだけど、一部は喜んで使わせて貰うけど後は足りてるから要らないって言われたの。残りは私が社会人になって1人暮らしでも始めたら使えばいいって保管してくれてたものがあったのを」


 そんな都合のいい話があるのかと驚いていると杏樹はさらに言葉を続けた。


「買うとなると金額高いし注文して設置まで数日かかること考えたら中古品だけどそれらを回収して設置の方が合理的かと思って今朝ジェシカに聞いたら冷蔵庫以外は使ってないから倉庫に置いてあるってだって。ジェシカママも夕方には自宅に戻ってるらしいから今日買い出しの帰りに取りに行きたいってお願いしたの」

 

 先ほどの事が余程恥ずかしかったのか顔が赤いまま饒舌に話す杏樹はまだ動揺が隠せないようだ。


「家電を買う前に思い出してよかったよ。ジェシカの家でもずっと置いておくとなると家電製品も傷んでくるから、あれらをどうしようか悩んでたんだって。だから今朝、引き取るって話をしたらホッとしてたよ。ジェシカから預かるって言ってもらったとはいえ負担になること頼んでたのかと申し訳なく思ってたところなの」

 

 階段の踊り場を通っている時に、眉を下げて言う杏樹に確かにジェシカが良いと言ったにしても大胆なお願いをしていたもんだと亮介も感じた。

 

「そうか、それなら引き取りに行く時に何か手土産持って行った方がいいな」

 亮介の言葉に杏樹はぴくりと体を反応させた後、視線を反らせた。

 

「あー・・・ジェシカ曰く亮ちゃんが来るだけで十分ご褒美になるから気にしないでって言ってたよ」

 杏樹の揺れを感じ、怪訝そうな顔を亮介は向けた。

 

「どう言う意味だ?」

 2階から1階に続く階段の踊り場で降りながら質問すれば杏樹は戸惑いながら真実を口にした。

 

「・・・イケメンが大好物だそうです」

 ・・・・・。

 言われた俺はどう反応をすればいいのか。

 

「特にジェシカママは男性に限らず美しいものが好きらしくて、私や一果が行った時もキャーキャー言ってたから大丈夫だと思う」

 杏樹のみならず妹までジェシカ宅にお邪魔していた事に亮介は驚いた。

 

「一果も行ったことがあるのか」

「うんあるよ。3人で女子会しに泊まりがけでジェシカの家に行ったこともあるから。亮ちゃんが一果のお兄さんってだけでママさん喜ぶと思う」

 

 その時のことを思い出したのか、本当に楽しそうに嬉しそうに話す杏樹に、亮介は戸惑いながら感想を口にする。

 

「そうか。それはよくよくお礼を言っておかないとな」

「固く手を握って挨拶したら真っ赤になって、またいつでも来てねー!って言われるよ」

 

 先ほどまでの動揺は消え去ったのかケラケラと笑う杏樹に安心し、その話の内容から一果と杏樹が行った時のジェシカの母親の対応がそうだったのだろうと察した。

 

「二人が行った時にそんな対応をされたのか」

 一階に到着し出入り口に向かいながら聞けば肯定する言葉が聞こえた。

 

「一果がね、同性だからってジェシカママに抱きついて挨拶したの。ママさん超ハイテンションになって勢いで私に抱きついてあなたもよろしく!って言ってくれたの。帰る時なんかずっと居てもいいのよって泣きながら言われたんだけど、当時私は叔母さんと暮らしてたし一果は日本に帰らなきゃいけないしで後ろ髪引かれながらお別れしたんだよね」

 

 ずっと居て良いと言われたと聞きいた亮介は疑問を口にした

「ちょっと待て。それならジェシカの家にホームステイさせて貰えばよかったのでは?」

 

「そうしたいのは山々だったんだけど、ジェシカの家にはすでにホームステイしている人がいたんだよね。女性ならよかったんだけど、お相手があのサム先輩だからこっちが遠慮したの」

「は?Sam!」

 

 そう。ジェシカの恋人サミュエルだ。元々2人は2年前からホストファミリーの家族と滞在者として同じ屋根の下で暮らしていた。

 1年程その生活を送っていた最中(さなか)、サムからジェシカに付き合ってほしいと告白され今では公認の仲になっていた。

 

「最近は何か。ホストファミリーと滞在者がくっつくのが流行っているのか?」

 研究室の建物の出入り口を通って外に出たタイミングで苦言を言ったが杏樹は首を横に振った。

 

「他ではそんな話聞かないし、ごく稀な話だと思うよ。でも休日とかも四六時中一緒にいるから身近な異性と思ったら意識するんじゃないかな?まあお互いが同じ気持ちなら何の問題がないからご自由に、とは思うけどね」

 

 一方的な感情は頂けない。

 杏樹の表情で例の男を思い出させたと感じた亮介はよしよしと頭を撫でておいた。

 

 気が滅入ると杏樹がポテンっと亮介の肩に顔を乗せて疑問を口にした。

「それより亮ちゃん裏道じゃないけどいいの?」

 

 抱っこされたまま研究室から教員対象の駐車場に正規のルートを使って向かう亮介に質問した。

 例の草むら裏道に行くのかと思ったら人の多い方に移動していて杏樹は驚いたが、亮介の足取りは迷いがなかった。

 

 建物の周りを囲む樹海のような木々を抜け、たくさん生徒が出入りする本棟が立ち並ぶエリアに足を踏み入れていた。


 しかし正規ルートなだけに当然いくつもの人の目が存在し、芝生の上で休憩している人も建物の中から見ている人もあの三田亮介が女性を抱いて大学を闊歩(かっぽ)していると注目の的で視線を感じていた。

 

 当然亮介もその視線には気づいていたが、あえて正規ルートを通っていた。

「これでアンが誰の恋人で誰が嘘つきかはっきりするだろう。そうすれば正門前で騒いでいる奴を締め出す大義名分が出来てアンの周りも少しは静かになるだろう」

 

 そこまで考えて行動してくれるとは思ってなかった杏樹は歓喜した。

「ありがとう亮ちゃん!」

 子供のようにはしゃぎ、抱きついている腕に力が入る杏樹に、やっぱり女性というより子供に近いと眉が下がる。

 

 よしよしと頭を撫でながら棟を2つ抜け、バスケットコートの横を通って駐車場を見下ろせば、見慣れた車が見えた。

 

 駐車場に続く降り階段を前に、見晴らしも良く危険な人物はいないと判断し杏樹を下ろすと、「海鮮!」と言って駆け降りて行く彼女に慌てて追いかける亮介は、何をしでかすか分からない杏樹はやっぱり抱っこ移動が最適かもと思わせた瞬間だった。

 

 


次回の作品UPは一週間後です。

よろしくお願いします。


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