ヴァルムートにて
宿泊はヴァレンシアの系列ではなく他の宿屋を使うことにした
ヴァレンシアは今シンシアとして行動しているし基本的にはお忍びだからだ
「今日はここに泊まりましょうか」
「ウチの系列じゃないけどわりと評判良いのよね」
シンシアは町の伝令屋で各地に対する指示を書いた手紙を出していた
この伝令屋は飛脚のようなもので人や馬が中継点を使って各地を走って繋いでいる
こう言う情報システムがある事に違和感を覚えるがそれも転生者が多いためなのだろうか?
「一先ずこの毛皮を売りに行こうか」
町へ繰り出すと道具屋や雑貨屋が建ち並ぶ通りに向かう
通称「冒険者通り」安直なネーミングだが分かりやすくて良い
武器屋や防具屋の店舗はこの辺りに有るが工房は防壁の近くに有る
火を使い危ない上に音が煩く臭いも酷い
とてもじゃないが中では出来るものではない
ヴァルムートには東西南北に4つの門がある
北に主に兵士や狩人の冒険者が使う「兵士の門」
東は中央都への街道と繋がる「暁の門」
西は私達が入ってきた「薄暮の門」
南には田園地帯の広がる「豊穣の門」
武器や防具の工房は町の北部に集中している為素材の買い取りは兵士の門付近の工房で買い取って貰い肉などの食料品は加工工房の多い南の豊穣の門へ向かう
防壁のすぐ内側には各門を繋ぐ道が整備されておりどの門にも馬車でアクセスできる
この作りは殆どの防壁都市に共通する作りらしい
「いらっしゃい」
「見ない顔だな商隊の護衛で来たのか?」
いかにも職人と言う風体の男が話しかけてきた
白髪頭の上にボウルのような鉄の帽子を乗せているがアレでは防具の役割を果たすとは思えない
「そんなところです」
「狼猿と鎧猪の皮を買い取って欲しいんだけど」
「狼猿ね・・・」
「鎧猪もか」
彼は立ち上がり奥のテーブルに来るよう合図してきた
立つと彼の大きさが際立つ
180・・・いや190cmはあるだろう
筋肉質で丸太のような腕は赤銅色に焼けている
皮のズボンを身に付けているが上半身は裸に近い薄着だった
男は気の乗らない仕種で毛皮広げ始めると見る間に眼を見開き食い入るように見入る
「アンタこれを何処で?」
「俺はてっきりボロボロの皮かと思ってたがコイツは・・・」
「出所は聞かないでね」
「でないと他に売る事になるわ」
「ウグッ」
「わっわかったもう聞かん」
「許してくれ」
「しかし見事だ・・・」
「狼猿の方は一部切り取ってあるな」
「アンタのその靴、見慣れない形だが素材はコイツじゃないのか?」
「そのズボンは何だ?」
「見たこと無い作りだな・・・何処で売ってる?」
思った以上に目端が効くようだ
気に入ってるのだが靴の形を変えた方が良いのだろうか?
「この形はギルドで特許を取られてる物だよ」
「最近ノッキングヒルで作られた試作品の一つ」
「そうか」
「もう登録されてるのか」
「なら近い内に売りに出されるのか?」
「それは分からないわ」
「この娘は試作品の耐久力を見るために履いてるだけだもの」
「そうか・・・」
どうもこの職人はこのカーゴパンツと靴が欲しかったらしい
靴は女物のデザインなんだけどね
「それでコレはいくらで買い取って下さるの?」
「すまんな」
「こんな上物は俺の一存では買い取れない」
「買い取ったとしてもだいぶ安く買い叩く事になるがそれじゃあ申し訳ない」
「店の方で店長に直接掛け合って貰えると助かるんだが」
「仕方無いわね」
たぶん何処の工房でも同じような対応されるか安く買い叩かれるのが関の山
素直に言ってくれた分この職人には好感が持てる
「もう少ししたらここの買い取り金を持って店から使いが来る筈だ」
「ソイツに話をつけるから一緒に店まで行ってやってくれんだろうか?」
と言うことはこの毛皮は少なくとも金貨レベルと言うことか
リグルですらノッキングヒルの持ち金では何枚もの金貨を出せずにいた
店主のいない工房ならば金貨等置いていないのも無理からぬ事か
「こんにちはオルドンさん」
「あらお客さん?」
裏口から入ってきたのは栗色の髪を後ろで束ねた小柄な少女だった
ソバカスはあるが愛嬌のある顔立ちで人懐っこい笑みを浮かべている
「おぉ良いところに来たな」
「マリーメイヤこの方達を店長かダンテ会長の所に連れていってくれんか?」
「会長に?」
「あぁ」
「上質の毛皮の持ち込みなんだが状態が良すぎてワシの判断じゃ買い取れんのだ」
「オルドンさんがそこまで言うとは珍しいですね」
「分かりましたご案内します」
「それとこれが買い取り金です品物はいつものようにアレクに持って行かせますね」
「いつもありがとう」
「ダンテにもよろしく言っといてくれ」
「了解です」
「私はマリーメイヤと申しますタオ商会の雑用です」
「では参りましょうか」
軽く会釈をした彼女は藍色のスカートを翻し裏口の方へと誘った
雑用と名乗りはしたが買い取り用の代金を運ぶくらいなのだからそれなりに信用されているのだろう
彼女の案内で店まで行くことにした
ー・ー
「オルドンさんが買い取れないってどれくらいの物なのかしら?」
「今日お金を持っていく日だったから手持ちが少ないのは確かなんだけど・・・」
「会長に推薦するなんてよっぽどの物ですよね♪」
「傷が殆ど付いてないからね」
「嘘でしょ?」
「だってソレ鎧猪じゃないですか」
「鉄の鎧並みに硬い鎧猪相手に殆ど傷を付けないなんてどんな達人がやったんですか?」
「魔法使いかなぁ?」
「出所は聞かないって約束で売ることにきめたのよ」
「だからソレは秘密」
「あっ」
「ごめんなさい気になったからつい聞いちゃいました」
「普通は気になるよねw」
シンシアはこう言う時こちらの情報を伏せるのに慣れているようだ
大きなお店の主人なのだからある程度の腹芸は得意なのだろう
「町の方に行くなら着替えてくれば良かったかな」
「ソレはそれで目立つと思うよw」
シンシアの言う通りかもしれない
何気なく作った服ですら色や作り方で注目を浴びてしまう
何の変哲もない服は持ち合わせていないのだから買うか作るかした方が良いのかもしれない
お店は思ったよりも遠かった広い裏道を歩くため一本道ではあるもののかれこれ10分は歩いている
後ろを振り向くと遠くの方で荷車を引く青年がいた
「彼は見習いのアレクです」
「何か気になることでも?」
「あの荷車重そうだなーって」
「あれも彼の仕事ですからお気遣い無く」
何かの視線を感じた気がしたのだが・・・
少なくとも彼ではないと思う
となると気配を消した誰かが人外の何かか
襲ってくれば返り討ちに出来るのだがそんな気配は無い
「マリーメイヤさん」
「何処か美味しいお店はご存知?」
「そうですね」
「評判が良いのは〈エルフの泉亭〉ですがお値段も相応にするみたいです」
「他にも〈ドワーフの宴亭〉は冒険者や荷役の男性に人気ですね」
「マリーメイヤさんのお薦めは?」
「わっ私ですか?」
「私はあまり外食しないので・・・」
「そうなんだ」
「でもたまには行くんでしょ?」
「・・・・・はい」
言いにくそうに俯いてしまった
私達のような冒険者や羽振りの良い商人ならいざ知らずただの使用人は頻繁に外食は出来ないと言うことか
それは現代社会も同じだ
やがて裏から見ても大きいと分かる建物についた
裏口から入ると通路を抜けて2階へと通された
そこは違った雰囲気のする大きな部屋で中央には大きなテーブルがあり壁際にはカウンターや大小様々なトルソーが置いてある
トルソーと反対際の壁際にあるソファーに座るよう勧められマリーメイヤは部屋を出ていった
「この部屋窓が無いわね」
「ここは試着室ねそれも高級な所」
「わざわざ魔道具の明かりを付けてるもの」
「あのテーブルの装備を置いてトルソーに用意した防具を試着するのね」
「そう言うこと」
「たぶん採寸なんかもやるんじゃないかな?」
「試着室ってどこもこんなに広いの?」
「あははっw」
「そんなわけ無いじゃん」
「ここは特別だと思うな」
「この店は上級者や貴族も利用してるんじゃないかな?」
「裏口からここまで来客を意識してちゃんとした廊下になってたもの」
確かにシンシアの言う通りだろう
裏口から来る客もいると言うことか
待っているとドアがノックされ先程のマリーメイヤが木製のカップに入った葡萄ジュースを運んできた
「もう暫くでいらっしゃいますので寛いでいて下さいね」
「冷たくて美味しいわね」
この世界で冷たい飲み物を飲もうとすれば冷却系魔法を使える人が必要になる
だから冷たい飲み物は高い
それを待ち合いで出すと言うことは予想より高額なのかもしれない
コンコン
ちょうど飲み干したのを見計らったようにドアがノックされる
今度は直ぐにドアが開かない
「どうぞ」
声をかけるとドアが開きマリーメイヤが入って来る
「お待たせいたしました」
ドアの横でお辞儀をするマリーメイヤの前を通り3人の男が部屋へと入って来る
「失礼いたします」
礼から直ると再び会釈して出ていくマリーメイヤ
先程の屈託無い振る舞いとは違い上品なメイドのような所作に眼を奪われる
「お待たせいたしました」
「当店主人のダレス・レム・タオと申します以後お見知りおきを」
「上質な素材をお持ちとの事ですが・・・」
「あちらですかな?」
真ん中に立つ初老の男性が話す間両側の2人は軽く一礼しただけで微動だにしなかった
この2人はおそらく向かって右側の痩せぎすな男が副店長で左側の屈強な男は護衛だろう
「見ていただけますか?」
予め大テーブルに広げておいた鎧猪と狼猿の毛皮を見て貰う
「これは・・・」
「素晴らしい」
「ここは・・・?」
「スターク持ち上げてくれ」
スタークと呼ばれた男は鎧猪の皮を垂直に持ち上げ乱暴とも言える動作で揺らす
「素晴らしい」
「鎧猪の鱗が一枚も剥がれていない」
「刀傷もないぞ?!」
「旦那様これは想像を絶する品物ですね」
「お前もそう思うか」
「オルドンが値をつけられないわけだ」
「ですが旦那様」
「これだけの品に相応の値を付ければ販売価格が見合いません」
「それは仕方無いだろう」
「勿体無いがこのままタペストリーにした方が良いかもしれん」
「多少値が下がっても構いませんよ」
「こんな物は定期的に出るんですから鎧にしてしまった方が得策です」
2人の会話に割って入ったのだがシンシアから肘で脇腹を小突かれる
「こんな上物が定期的に出ると言うのか?」
「ここまで傷がないのは奇跡に近いのだが・・・」
ため息混じりにリュックを下ろすとその下にくくりつけていたもう一つの皮を取り出し無造作のテーブルへと投げ出す
「うわっっとっ」
「なんだ?」
テーブルに当たった拍子に広がったのは礼の魚人モドキの皮である
「何と美しい」
「これはロスガルン湖に出没する魔魚人の皮か?」
「頭は無いが・・・・」
「カルマン私は夢を見ているのか?」
「それとも幻術で化かされているのか?」
「魔法は感じません旦那様」
「信じられませんが現実です」
「頭が無いと言うことは一撃で頭を切り飛ばしたのか?」
「あの魔魚人の頭を?」
「コイツは毎年討伐クエストが発令されて死人も出る危険な魔物だ」
「それを・・・」
「コイツってそんなに強かったの?」
「ロスガルン近郊ではドラゴンに次いで危険な魔物なのよ」
思わず小声でシンシアに聞くと良く無い答えが返ってきた
「実は・・・」
「口止めされてたんですがコレを討伐したのは私達じゃないんです」
「ちょっと何を言い出すのよ!」
シンシアの制止を無視して言葉を続ける
「この魚人を倒したのは全身鎧を着た剣士でノッキングヒルから来たことぐらいしか分からないわ」
「コレを解体して素材を渡そうとしたら私達の手持ちの干し肉と交換で良いって言うのよ」
「こんな高価な物を干し肉と交換?!」
「その上日が暮れるから一緒に小屋で泊まろうって言ったのに・・・」
「夜は魔物も活性化するから危ないって言ったんですけどそのまま先へ進んで行っちゃったんです」
私の意図を察してかすかさずシンシアがフォローに入った
「助けて貰ったお礼がしたいって言ったんですけど私達を置いて行っちゃました」
「名前は確か・・・」
「ラックって言ってました」
「全身鎧を着た剣士ラック・・・」
「カルマン聞いたこと有るか?」
「いいえ存じ上げません」
「スタークは聞いたこと有りますか?」
「私の知る限りこの辺りのAランク以上の冒険者にラックと言う名前の剣士はいません」
「ノッキングヒルから来たのであれば問い合わせてみよう」
「これ程の腕前ならば是非専属のハンターとして契約したい」
「了解です直ぐに手配致します」
「失礼します」
カルマンは直ぐ様部屋を退出していった
武装解除しておいて良かった
もしこの人達に私の装備がバレたら面倒な事になりかねない
「ところでお嬢さんは得物を持ち歩いていないのですか?」
「町中と言えど丸腰は物騒でしょうに」
流石に商会の会長と言うだけあってこちらを良く観察している
「あっその・・・」
「この娘の得物は弓なんです」
「近接用の小剣もその魚人に襲われた時に壊されてしまってこの皮を売ったお金で新しいのを買いに行くところだったんです」
言葉を詰まらせた私にかわりシンシアが流暢な嘘で誤魔化してくれた
「武器を・・・ね」
値踏みするように私を見るタオ
鑑定スキルでも持っているのだろうか?
スキルが無くても職人ならばある程度の見分けは出来るようだし・・・
着替えなかったのは迂闊だったようだ
「その靴・・・ズボンも変わったデザインですね」
「そのビスチェもマントも変わった素材をお使いでのようで・・・」
「この娘の装備は里に立ち寄った時私の両親がプレゼントしたものです」
「この娘は私の娘のような者ですから」
「エルフの秘蔵の品ですか」
「興味深いですね」
「詳細は御遠慮頂きたく思います」
「なにぶんエルフの事ですから」
「確かに」
「エルフには色々と厳しい戒律があると言う話でしたね」
「御察し頂けて幸いです」
シンシアは煙に巻くのが上手い
伊達に長生きしているわけではないと言うことか
「しかしこの魔魚人の皮は見事ですね」
「鋼の硬さと鞣革のしなやかさを持つこの鱗皮は鋼の刃が通らない」
「魔魚人は雷耐性が強く水系や冷却系は無効」
「倒すには火炎系で焼き殺すか鈍器で殴るかしか無いと聞いてます」
「ですがこの鱗は高温に晒されると赤黒く染まってしまう為火炎系で討伐されると斑模様になってしまう」
「鈍器で殴り殺すと鱗が歪んだり剥離したりして鎧の素材としての価値が低くなる」
「しかしこれはどうだ・・・」
再びスタークに持ち上げさせた魔魚人の鱗皮を見て溜め息混じりに感想を吐露するタオ
既に鎧猪や狼猿の事等忘れてしまったかのようだ
「スタークもう一度鎧猪を持ってくれ」
今度は鋭く値踏みするような視線で皮を見ている
「腹皮が有りませんね」
「ふむふむ」
「攻撃は腹からのようですね」
「こちらも傷がなく美しい・・・」
腕を組み顎に手を当て暫く考えあぐね虚空を見ながら指先がピクピクと動き何かを計算しているように見える
10分ぐらい考えていただろうか?
満面の笑みで此方を見るとこう告げた
「お待たせいたしました」
「狼猿が金貨10枚」
「鎧猪が金貨25枚」
「魔魚人は申し訳ありませんが金貨40枚が限界です」
あまりの金額にピンと来ない
しかしシンシアの目が一瞬見開いた所を見るとどうやら破格のようだ
「どれも相場の3倍以上・・・」
「総額で見れば10倍ぐらいですが良いのですか?」
「それだけの価値はある」
「特にこの魔魚人の鱗皮は奇跡のようなものだ欲しがる人間はいくらでも積むだろう」
「仮に後々数が出回ったとしても稀少な事には変わりはないこの値段は安いくらいだと思う」
「合計で75枚・・・」
「普通の農家なら一生遊んで暮らせるわよ」
「なんなら一生遊んでくれて構わない」
「スターク」
「用意してくれ」
「了解しました」
こうして予想より遥かに高い金額で買い取って貰えることになった