雨の中で
「うわぁ」
「まだ降ってるわね」
雨は結構な勢いで降っている
こうなる事を見越して弓を作るために切った竹の残りを編んでおいた
ろくな雨具も無しに旅をするのは気が滅入る
旅人の基本はマントとフードで雨を凌ぎながら歩くか雨が止むまで雨宿りするかの2択だ
「ところで器用なアリエルさん」
「今度は何を作ってるの?」
「竹の肩当て」
「竹で肩当て???」
「クジラの髭の代わりね」
「マントの下に付けておく事で身体からマントやフードを浮かせて体温が下がるのを防ぐのよ」
「中々の発明家ね」
「傘は作らないの?」
「ずっとさしておくわけにはいかないでしょ?」
「なるほど」
「たぶんもう暫くしたら出発するんじゃないかな?」
「荷台の荷物の中に馬用の覆いがあったもの」
「それよりも」
「なにそれ?」
「要らなかったら使わなくて結構よ♪」
「これは・・・」
「まさかっ!!」
「竹バネのクッションだよ」
「あー」
「神様仏様アリエル様!!」
「ドリーの分も作ってあげたの?」
「まぁね」
「こりゃ確実に技術革命起きるわw」
「何故に?!」
熱烈に抱きついてくるところを見るとシンシアも荷馬車の乗り心地には辟易していたようだ
竹のクッションに鹿の毛革を乗せる
「これで大丈夫でしょ」
「それとコレね」
「平原豹の毛皮?」
「マントの上から被ると雨避けになる筈よ」
「アリエルのは?」
「アタシのはコレ」
「鞄から狼猿の毛皮を出した」
「あw」
「なんか似合うわw」
「ほっとけ!!」
「アリエル、シンシア」
「雨の中悪いがそろそろ出発する」
「よっぽど急いでるのね」
「どうしても早く帰らないといけないんでね」
外に出ると既に馬に鞍が乗せられ荷馬車に繋がれていた
上から雨対策の毛皮をかぶせてある
ドリーも毛皮を身に纏い雨対策は万全のようだ
「馬は雨ぐらい平気なんだが身体を冷やすといかんからな・・・」
「じゃあコレを先に積んでて」
私は荷物を担ぐとシンシアにクッションを渡した
「さて・・・と」
「アタシ達はもう行くから」
「後は好きにしなさい」
そう言いながら3人の縄を解いていく
「俺達はどうすれば・・・?」
「自分で決められない人間に冒険者なんか到底無理」
「言った通り身元保証が無ければどのギルドでも入れない」
「アウトローになりたいなら今ここで成敗したって構わない」
ほどいたロープを束ねながら続ける
「ちゃんと生きたいならどんな道を歩くにしても一度故郷に帰ることね」
「正しい行動には正しい手順と正しい動機が要るのよ」
「それぐらいは覚えておきなさい」
それだけ言い捨てると小屋を後にした
燻製室に鹿の脚を1本置いてきたのは我ながら激甘だと思う
それに気づかない程の間抜けならどのみち長くは生きられないだろう
マントの上から毛皮を羽織ると馬車の荷台に飛び乗った
「お待たせ」
「アンタも存外世話好きみたいだなw」
「ドリーこそ」
「鉈の刃が欠けてるとか言いながら置いていったでしょ?」
「さて」
「なんの事かな?」
「とぼけるつもりならコレはあげない」
「なんだそれ?」
「竹籠か?」
「御者台用のクッションよ」
「要らないなら枕にでも使うわ」
「本当に世話焼きだなw」
「ありがとう、恩に着るよ」
「刃物の1本も無しでは村にも帰れないだろ?」
「俺には次の町まで必要無いからな」
「おっきな鉈が2本もぶら下がってるものねw」
「鉈どころかもっと上等だろうよ」
「料理の腕も良いし俺が独身なら嫁に欲しいくらいだ」
「結婚してるんだ」
「もうすぐ1人目の子が産まれる」
「それで兎に角早く帰りたいと?」
「予定日が近いからな」
暫く道なりに進んでいくと川が見えてきた
ここの川はそれ程大きくない
しかし石造りの橋は増水で冠水しかけていた
「今橋を渡るのは危険だが待っていては更に増水して危なくなるだろう!」
「あまりやりたくないが一気に橋を渡る!!」
ドリーは一度馬車を下り嫌がる馬に跨がると宥めて落ち着かせた
「頼むぞ!!」
ドリーの掛け声で一気に馬車は加速していく
最悪の事態に備えて身構える私とシンシア
ドゥドゥドゥドウドウドウ!!
ガゴッ!!ガッ!ガッガゴッ!
流されてきた流木や岩が橋に叩き付けられ不気味な音を響かせている
上流の方ではかなりの雨が降っているようだ
これは下手すれば橋がもたないかもしれない
ドリーもそう感じたのだろう
だから危険を承知で強行突破を選んだのだ
ガラガラガラガラガラ
ガンッガガンッ!!
石橋に刻まれた僅かな轍に車輪をとられて跳ねる荷台
落とされないよう捕まりながら川を見ると嫌な影が踊っている
「シンシア!!」
「水の中!!」
「3体!!」
揺れる荷台に立ち剣を抜き放つ
シンシアは立つことを諦め座ったまま両手を広げて構える
ザバッ!!
「ギシャーーーー!!」
川から飛び出た魚の魔物に刃を突き立てそのまま上へと切り上げる
ズシャッ
「グギィェエーーー!!」
荷台に落ちて断末魔の悲鳴をあげる魚
続けて2匹が濁流から飛び上がり追ってくる
「・・・」
「足付いてるんだ」
「見た目より速い!」
馬車は橋を渡りきり対岸へ乗り入れる
しかし魚の魔物は走って追いすがる
魚系の魔物の癖に速い
このままでは追い付かれるかもしれない
「ドリー!!」
「止めて!」
「迎撃します!!」
「わかった!」
「気を付けろよ!!」
既に川から30mほど離れているのに追うのを止めようとしない
「アリエル!!」
「先制をかける!!」
ガカッ!!
シンシアの呪文と振りかざした手を合図に雷が敵を襲う
雨のせいで電撃の影響は周りにも及ぼす
革の靴が中まで濡れてなくて良かった
でなければ私も感電しかねない威力だ
一気に間合いを詰めると手前の魔物の首をはねる
2体目もまだ電撃の痺れが残っているようで動きが鈍い
「今更逃げるなら初めから襲ってくるな!!」
逃げようとする魔物の足に斬り付けそのままの勢いで頭へと回転斬りを叩き込み止めをさした
「捌いてる時間は無いな・・・」
倒した2体から素早く魔石を抜き取ると保管魔法で収納して馬車へと走った
先に戻っていたシンシアの手をとり荷台に登る
「お待たせもう大丈夫」
「よしっ!」
「出すぞ!」
しかし
良く見るとこの魔物の顔
グロいな
頭を剣で切り落とし道の脇に捨てる
そのまま走る荷台の上で魔石を取り出し腹を裁き内臓を捨て去る
このまま着くまで雨に晒しておけばある程度血も抜けるだろう
「ねぇシンシア」
「魔物って食べられるの?」
「そうね・・・」
「食べられる魔物もいるけどコレがどうかはちょっと分からないわね」
「顔は美味しくなさそうだけど魚だしね」
「こんな魔物はこの辺りには出ない筈なんだけどな・・・」
「豪雨のせいもあるんだろうけど上流の湖で何かあったのかな?」
「湖があるんだ」
「ロスガルン山の中腹に大きな湖があってね」
「コイツらはそこに棲んでるわ」
「猿並みの知能があるから槍なんかも使う危険な魔物よ」
雨の中ではあまりペースを上げられない
休憩も1時間ほどでとるようにして進んでいく
昼休憩はとらずに走り続けると再び小屋が見えてきた
「雨の日はあまり魔物や獣に襲われなくて良い」
「例外はあったがなw」
「あの魚以外は何にも会わなかったわね」
「そら他の魔物だって濡れたくはないさ」
「よっぽどの事が無けりゃだれも外には出たがらない」
「俺達も出産の事が無かったら1泊してたさ」
「普通はそうよね」
「それにしてもアンタ」
「このクッションは凄いな」
「売りに出したら言い値で売れるんじゃないか?」
「町に着いたらギルドに行ってくるわw」
「他のアイデアも図面化する必要あるんじゃない?」
「クッションとしてもそうだろうけど竹バネでも申請しないと直ぐ真似されるわよw」
「あはははは」
「それ言うなら竹バネと一緒に鉄の板バネもやらなきゃなんないじゃん」
「大変ねぇw」
「他人事だと思って・・・」
鉄の板バネなんて鍛冶屋の工房借りないといけないレベルじゃんか
あーもう
板バネの火入れ条件覚えてたかな?
どうでも良い気はしないでもないが特許で枷をかけないとそれこそ技術革命が起きかねない
と言うより
私からすればこれだけ馬車が普及しているのになんで板バネが発明されてないの?
異世界召喚してるんだよね?
その割に文化レベル低くない?
やっぱりなにがしか調整されてる気がしてならない
なんせ女神がアレだもの
と言うことは革新的な特許を出せば調査されるのだろうか?
それはそれで嫌だな
ただ板バネには言い逃れが出来る
弓からの着想と言う点だ
今回はソレでいこう
それにしても・・・
生活を豊かにする発明が少ないと言うのはそれだけ生きるのに必死だと言うことなのだろうか?
ある意味絶えず戦争をしているようなものなのだが、逆に戦争は文明を加速させたりもする
相手が魔物だから勝手が違うと言うわけでもないだろう
やはり女神の介入があるとしか思えない
しかしそこまでやるのか?
そこに何のメリットが?
謎が謎を呼び悪い予感しかしなかった
ー・ー
雨は本降りのまま夜はふけていく
一行は旅人の小屋に到着していた
「しっかしデカい魚」
「見た感じ肉質は魚より獣ね」
「手足は細いからほとんど水の中で生活してるんでしょうね」
「一応魔石が有ったから魔物なんだろうけど」
「とりあえず皮と爪は素材として使えそうね」
「牙も使えたんじゃない?」
「あんまりキモいから道端に棄てちゃったわよw」
「それは言える」
手早く皮を剥ぐ
やはり獣に似た感じだが硬い鱗があるので獣より剥ぎにくい
あえて鱗は取らずに皮ごと剥ぎ取った
「身の付き方は魚ね」
大きな身体を3枚におろす
小柄な大人ぐらいの大きさがあるのでまるで鮪を解体している気分になる
包丁代わりの短曲刀では役不足なので剣でおろしているのが更に鮪感を醸し出す
「太い尻尾ね」
「ヒレの刺にも気を付けないと・・・」
この魔物
手足はヒレが進化した物らしく肩甲骨も骨盤も無い
まさか魚と同じで痛覚も無いのだろうか?
「もし美味しくてもコレの活け造りは食べたくないかもw」
「ちょっとグロすぎかなぁ」
解体は鹿よりも大変でシンシアと2人で行っている
この小屋には先客がいて他に2つの商隊がいた
それぞれ東西逆側から合流していて見張りはその商隊が受け持ってくれている
「凄い雨だがこの先は大丈夫か?」
「アンタら3人は向こうから来たんだろう?」
「川がかなり危ない」
「上流から木や岩が流れてきているから石橋がもてば良いんだが・・・」
「そんなに危ないのか」
「俺達は渡った頃に降り始めてここで雨宿りしてるから状況が分からなくてな・・・」
「まいったな」
「この分じゃ俺達はここで足止めか別ルートを行くはめになるな」
「それだけじゃない」
「上流から魚の化け物が流されてきたみたいで橋周辺は危ない」
「アンタらが仕留めたアレか」
「大きいな・・・・」
「半魚人と言うのか魚人と言うのか?」
「アイツらは陸の上でも足が速い」
「追い付かれたら厄介だと思う」
「ウチの護衛はとびきり強いから難なく振り切ったが・・・」
「嘘だろw」
「あのお嬢ちゃん達がそんなに強いのか?」
「少なくとも俺が知る中では一番強い」
「それも断トツだ」
「信じられんな・・・」
「だがエルフは魔法使いが多いから当たり前と言えば当たり前か」
ー・ー
肉を3枚におろし骨と手足を分割して鍋にほりこみ出汁を取る
出汁にしてしまえば魚か獣かハッキリするだろう
「匂いは悪くないわね」
「あんまり生臭い匂いはしないね」
「意外だわぁ」
念のため鑑定スキルで確認しているが毒はない
手足の感じは鰐や恐竜博に近い感じだがひょろ長く鋭い鉤爪が付いていた
荒出汁?をとっている間おろした半身を皮と一緒に燻製室へ持っていく
「なんかこの皮だけで鱗鎧が作れそうね」
「硬くて光沢があってそれなりに人気有りそうね」
皮は熱の上がりにくい隅っこの床に伸ばして置き肉はどんな味か分からないのでとりあえず塩を刷り込むだけで吊るしておく
「味見がてら塩焼きにしますか」
ハラス?の辺りを切り取り塩をふって網焼きにする
脂の焼ける香ばしい薫りが立ち込め食欲をそそらせる
「いけそうね」
「お先にどうぞ」
「私が毒味?」
「まぁ良いけど」
皮肉は口にするがシンシアの口許は綻んでいる
焼ける薫りにお腹がすいていたのだろう
「はふっあつっ」
「んっんんっ!」
「これは・・・」
シンシアの反応に私も一口食べてみる
「なかなかイケるわねこれ」
「思ったより臭みも無いし・・・」
「歯応え有るけど基本的には上質な白身魚ね」
「クエを思い出すわ」
「んーまっ」
「クエなんて高級魚食べたこと無いから分かんないですよーだっ」
「こんな感じの味だよ」
「出汁の方は・・・」
「こっちは魚と言うよりパンチのある牛骨に近いわね」
「どれどれ」
「ホントにこってりした感じ」
「まぁこれなら鍋で良いでしょ」
「ちょっとドリー呼んできて」
「りょうかーぃ」
既に時刻は18時をまわったくらいではないだろうか?
本来ならばとっくに夕飯時である
しかし私達がこのデカブツを捌いていたせいで他の商隊も料理が作れないでいた
「アリエルどうしたんだい?」
「20人分くらいは作れるから野菜類を貰えれば皆に振る舞うって交渉してきて欲しいのよ」
「わかった」
「もし無ければ見張りの代価で良いか?」
「もちろん」
「ならいってくる」
ドリーが行くと直ぐに2人の男を連れて戻ってきた
「食材を出すのは構わないが味見をさせて欲しいそうだw」
「俺は心配してないんだがねw」
「野菜が入ってないから未だ味はいまいちですよ」
2人が差し出す椀に少しずつよそう
「んっ?!」
「なんだこれっ!!」
「これってさっきの魚の魔物だよな?」
「このスープは魚ってより肉のスープみたいだ」
「だが肉はやっぱり魚だぜ?」
「なんだこれっ!」
「旨いな!!」
「野菜が入れば甘味も出てもっと美味しくなりますよ」
「わかった!!」
「食材を提供する上に見張りもこっちでやろう」
「もともと俺達でやる予定だったからな」
「こんな旨いもん食えるなら見張りぐらいでガタガタ言う奴はいねぇよw」
商隊の提供してくれた食材は日持ちのするジャガイモ・人参・玉葱に小麦粉だった
ジャガイモを晒してアクを抜いている間に人参を刻んで鍋に入れる
続いてアク抜きを終えたジャガイモを入れて一煮立ちしたら玉葱を入れてコトコトと煮て塩と醤油で味を整える
野菜を煮ている間に小麦を練ってすいとんを作り鍋へと入れる
ここでメインの登場
魔物の切り身を先ずは5人分入れる
「ドリー」
「先に食べたい?」
さりげなく呼びつけ小声で聞いてみる
するとドリーの目の色が変わり鋭い眼光を向けてくる
「わざわざ小声で話すってことは」
「やっぱりアレだな?」
「後の方が身の脂が乗って旨くなる・・・」
「やはりな」
「俺は後で良い」
ニヒルに笑っているがコレは飯の話である
「次の見張り番から食べてくれ!」
さりげなく場をしきり自然に我々が全員分取り分けるように段取りした
5人分を取り分け次の5人分を入れて煮たたせる
頃合いを見計らい取り分けると次を入れる
「アンタら先に食べないのか?」
「良かったら中に入ってる白いヤツの作り方を教えてくれ」
「私達は後で大丈夫ですよー」
「あの白いのはアタシの田舎の郷土料理です」
「小麦粉に一つまみの塩と水を入れて練るだけです」
「そうか」
「この料理の作り方は教えて貰えないか?」
「教えるのは良いですけどあの魚の魔物が要りますよ?」
「そらダメだなw」
「あんなの滅多にお目にかからねぇ」
評判は上々でおかわりをせがまれたがそれは丁重にお断りした
さて
「やっと自分の番だよ」
「待ちわびたわ・・・」
「腹がへって死にそうだ」
先ずは呻くドリーに一杯
続けてシンシアに
最後に自分に注ぐと綺麗に無くなってしまった
「いただきます」
「うっ!!」
「旨いが脂が濃いな」
「この脂で胃もたれとか言ってたら年寄りって事よ」
「あー」
「染みるわぁ~」
「最後まで待ったかいがあるわ」
「見てこのすいとんの色!!」
「出汁をたっぷり吸って良い色♪」
「ジャガイモが正体無くなってスープがドロッとしてるわね」
「でもそこが良い」
「ドリーもわかってるじゃん?」
「初めは濃いかと思ったが食べ続けると癖になるな」
我々の姿を見ていた商隊の料理番が近付いてきた
「やっぱり長く炊いた方が旨いのか」
「俺も最後の組にして貰ってたが・・・」
「ソイツは更に旨そうだなw」
「煮込み料理は最後の方が美味しいよねw」
「違いないw」
暫く料理番と話をしてこの料理のレシピも教えたが再現する魔物が手に入らない
だがアレンジで他の獣でもイケるだろう話は盛り上がったのだった