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祈りの先の奇跡

『そ、れは……』

 取られた手をそっと外そうとする仕草を見せながら、アリアは「できない」と首を横に振る。

 悩んで悩んで悩み抜き、覚悟を決めて選んだ結末(ミライ)だった。

 なにより、あちらの世界の家族を――母親を求めている子供を悲しませるわけにはいかない。

 世界が本来の姿に戻るだけ。

 戻さなくては、ならない。

 自分のエゴで、彼女(・・)の家族から母親を奪うような真似を。母親である彼女を犠牲にするわけにはいかなかった。

 これが、正しい世界の姿なのだから。

『私は、私の望みのために、彼女の家族を犠牲にできないから』

 まさか、ここから〝戻る〟という選択肢が現れるなど思ってもいなかった。

 リヒトはすでに消えてしまった。

 つまりは、二つの世界の衝突は回避され、神との〝賭け〟には勝ったと思っていいのだろうか。

 だからといって、今ここでユーリたちの元へ戻ったなら、〝彼女〟と〝彼女の家族〟はどうなるのだろう。

 アリアが還らなければ、〝彼女〟の目が覚めることはない。

 彼女たち家族を犠牲にすれば、アリアはシオンとの未来を築けるかもしれない。

 けれど、わかっている。そんな選択をした未来には、生涯消えることのない罪が残るだろう。

『アリア……!』

『お母さん……!』

 アリアを呼ぶユーリの声と、アリアの記憶の元である〝彼女〟を母と呼ぶ声が同時に聞こえた。

『お母さん! 嫌だよ! 目を覚まして……!』

 ベッドの横で彼女に縋りついているのは、中学生の娘だろうか。

 おそらく、世界が救われたことによって失われるはずだった時間が動き出し、魂とでも呼ぶべき記憶が抜き取られた彼女の器だけが残された状態なのだろう。

『お母さん……!』

 同じく、悲痛の声を上げているのは、中学生の息子だ。

(待ってて。今、〝お母さん〟を還すから)

 決意が揺らがないうちにと、アリアは彼女の器に向かって動き出す。

 記憶という名のアリアの魂を戻せば、眠り続ける彼女の目は覚めるに違いない。

『アリア! 待って! オレたちの話を聞いて……!』

『アリア……! 俺たちは……!』

 くい、と。左右両方から腕を引かれるような感覚があって、ユーリとシャノンが必死にアリアを引き止めてくる。

 耳を、傾けたらいけない。

 二人を振り払えなくなってしまうから。

 けれど。

『どっちも救ってみせるから……!』

『……え?』

 力強いユーリの宣言に、アリアはぴたりと動きを止めると半信半疑で振り返る。

 ユーリが嘘をつくとは思えなかった。

 だからといって、いくらユーリでもそんなことができるとは思えなかった。

 つまりそれは、今まで数々の奇跡を起こしていたユーリの願望ということだろうか。

『鍵は、記憶だ』

 必死さが窺えるユーリの一方で、シャノンの冷静な声が聞こえてきて、アリアの気持ちは揺らぐ。

 神との賭けに勝つだけでなく、彼女たち家族を救い、かつ、アリアもみんなのところへ戻る、などということが本当にできるのだろうか。

『それなら、オレたちであれば奇跡を起こせる』

 力のこもった声で断言したユーリは、「いや」と軽い否定を口にしてから再度声を上げる。

『起こしてみせる!』

 ここまでがすでに充分奇跡の連続だったにもかかわらず、さらなる奇跡を起こすことなど可能なのだろうか。

『だからアリア。少しだけ立ち止まって』

『今ならわかる。俺の能力(ちから)はこのためにあったんだ』

 ユーリの説得の声に続いて、シャノンの独白が響いた。

 シャノンの精神感応能力という、魔法とも違う奇跡の能力(ちから)。残留思念は、いわば「記憶」でもある。

 ユーリとシャノン。二人の奇跡の力が重なったなら、神が定めた世の理さえひっくり返すことができるのだろうか。

『必ず、両方救ってみせる』

『シャノン……』

 目の前に、真っ直ぐ自分を見つめるシャノンの姿が現れた。

『だから、信じてくれ』

 その隣から、ユーリの姿も浮かび上がった。

『アリア。オレたちを信じて』

 真摯な瞳がアリアを射貫き、二人が手を差し出してくる。

『アリア』

『……っ』

 アリアは一瞬だけ動揺で瞳を揺らめかせ、それから恐々と二人へ手を伸ばす。

『大丈夫』

『任せろ』

 左手はシャノン。右手はユーリと繋がって、驚くほどの安心感に包まれたアリアは、促されるでもなくそっと両目を閉じた。

 ――やはり、この二人は〝世界の主人公〟なのだ。

 そんな二人が同じ想いで奇跡を願ったなら――……。



 *****



『シャノン……!』

『大丈夫だ! 俺の能力(ちから)のすべてを賭ける……!』

 ユーリからの強い呼びかけに、シャノンはぐ、とお腹に力を込める。

 シオンやギルバートを中心に、アリアに関わった者たちからアリアの思念を取り出して、アリアの中のアリアだけの記憶に繋ぐ。

 決して、できない、とは思わなかった。

 アリアの記憶の元となった女性が目覚めた時、「アリア」の記憶はどこにいくのかと考えた時、きっと「長い夢を見ていた」という感覚になるのではないかと思った。

 女性に「アリア」の記憶は必要ない。

 ならば最初から「アリア」の記憶だけ分断してしまえばいいのだ。

 そうして「アリア」を「アリア」たらしめる記憶や思念や感情をすべて集めてアリアへ戻せば、アリアは「アリア」の姿を取り戻すことができるのではないだろうか。

『……っ……。二つの記憶が……っ、思念が……っ、複雑に絡み合って……っ』

 だからといって、もはや一つとなった記憶からアリアの思い出と思念だけを取り出すことなどできるはずがない。

 それは例えるなら、複雑に絡み合った二色の数千・数万の糸をほどいていき、それぞれの色の糸だけに戻すような作業だ。

『上手く抽出できない……っ』

 理屈としては可能でも、現実味のない途方もない作業を実際に実行できるはずもなく、シャノンの口からは悔しさと絶望の混じった叫びが洩れた。

『シャノン……ッ』

 絶望に負けることなく踏ん張ってくれ、と言わんばかりのユーリの声が響く。

『オレの持つ力をすべて失ってもいい……っ。奇跡を……!』

 それは、ユーリだけでなく、シャノンも……、きっと、シオンやギルバートたちも同じ願いを抱いているに違いない。

『オレたちに、奇跡を起こす力を……!』

 奇跡を神には祈らない。

 こんな試練を自分たちへ与えてきたのは神だ。

 神はどこまでも無慈悲で残酷で、エゴイストな存在だと知ってしまった。

『絶対に、奇跡をもぎ取ってみせる……!』

 アリアを思う仲間たちの気持ちを背負って。

 自分たちの奇跡(ちから)を信じる。

 自分たちだけが持つ他にない力は、今日、奇跡を起こすために与えられたものだと思った。

『奇跡を――……!』

 誰に向けるでも、どこかに向けるでもなくユーリが祈ったその時。


 ――『あげる』

『!?』

 アリアの身体から光が溢れ、ふわふわとした発光体が二つ、ユーリとシャノンの元へ近づいて来た。

 ――『探し物はこれだよね?』

 幼い少女のような声は聞こえるが、姿は見えない。

 ――『これと、これと、これ』

 ――『あと、こっちも』

 二つの無邪気な声は、なにかを取り分けるようにして、その取り分けたなにかを差し出してくる。

 ――『これは、こっち』

 ――『これはそっちだから持っていって』

 幼い小さな手が見えるわけでも、人の姿が見えるわけでもないのに、シャノンに向かってキラキラと輝くなにかを手渡してくる気配があって、ユーリはいったいなにが起こっているのだろうと動揺する。

『そ、れは……』

 シャノンもシャノンで困惑しながら、それでも差し出されたなにかに向かって手を伸ばす。

『君、は……?』

 正体を問いかけて、シャノンは「いや」と言い直す。

『君たちは……?』

 人、というよりも、存在としては天使に近い印象を受ける白い発光体は二つ。

 その疑問を受け、無邪気な声はくすくすと楽しそうに笑い合う。

 ――『ラッキーだったよね』

 ――『ね。さすが、運の良さはピカイチだよね』

 なんだか、仲の良い双子の姉妹のようだ。と感じたのは、ユーリの思い違いだろうか。

 ――『私たちはまだ魂の存在だから』

 ――『だからここに存在できる』

 悪戯っぽい笑みを向けてくる二つの声は、その間にもなにかを取り分ける作業を続けているようだった。

 ――『はい、これも』

 次から次へとシャノンのほうへ送り届け、見えない二つの存在は互いの顔を見合わせる。

 ――『これで全部かな?』

 ――『かな?』

 小首を捻り合いつつも、無邪気な声は自信に満ちていた。

 ――『全部集まったなら早く還らないと』

 ――『肉体を持つ二人にはかかる負担が大きすぎるから』

 アリアの身体から抜け出てきた二つの光は、にこにこと別れを告げてくる。

 まだ魂だけの存在だという二つの声は。

『……ま、さか……』

 ふいに頭の中に浮かんだ憶測に目を見開けば、幼い二つの声は無邪気に内緒話だと告げてくる。

 ――『しー』

 ――『だめだめ、秘密だよ』

 ――『私たちだけの秘密』

 ――『近い未来にきっと会えるから』

 確信する。アリアの中から、アリアを助けるために――シャノンの〝お手伝い〟をするために――ほんの少しだけ顔を出した存在。

 アリアの中にいる存在だからこそ、本来できるはずもない干渉が可能になっているのだろう。

『楽しみにしてる』

 近い未来、きっとこの子たちに会う日がやってくる。

 そんな明るい未来を想像し、ユーリは柔らかな笑みを浮かべた。

 ――『ほら、早く』

 シャノンの手の中には、溢れんばかりに光る、砂のような輝きがあった。

 それは、アリアの中にあった、アリアを構成するために必要な記憶の欠片たち。

 アリアの記憶の元になった女性には、本来なくていいものだ。

『わかった』

 元の世界に戻ることを促され、アリアの記憶たちを丁寧に胸に抱いたシャノンが静かに頷いた。

『産まれてくるの、楽しみに待ってる……!』

 ユーリもまた、満面の笑みを浮かべると二つの光へ別れを告げる。

『アリア』

 そうしてユーリとシャノンはアリアに向かって手を差し出した。

『アリア』

『一緒に帰ろう』

本日4/1より、コミカライズ連載が開始しております!

コミックシーモア様先行配信です。

紙面で動くアリアたちを見てくださいますととても嬉しいですm(_ _)m

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