番外編1 僕の嘘12(コンラート視点)
よろしくお願いします。
ようやく離れに着いたが、ユーリにとりあえずオスカーだけでも紹介しておきたい。
僕はこの屋敷で彼が一番信用できると思っている。
オスカーの父は僕の祖父の代に執事を務めてくれていて、幼い頃からオスカーを執事にするために教育を施していた。どちらにも共通しているのは、シュトラウス家への忠誠心だが、ひょっとしたら僕の両親以上かもしれない。だからこそ、ニーナのことを知れば、シュトラウス家の利益に繋がると思って父に報告するか、逆に打撃を与えると思って僕に協力してくれるか、見極めるのが難しい人物でもある。
きっと彼は次期子爵夫人に相応しいか、ユーリを試すだろう。そう思っていたら、早速オスカーがユーリの丁寧な挨拶に苦言を呈した。
「ユーリ様、こちらこそよろしくお願いいたします。ですが、執事である私にそのように丁寧にお話しされてはユーリ様の威厳に関わります。どうぞ、オスカーとお呼びください」
ユーリは戸惑いながらも、オスカーに言われた通りに言葉遣いを改めた。
「あの……それじゃあ、よろしくね、オスカー」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
オスカーの表情が和らぐ。ユーリを認めたのだ。
ユーリが認められて嬉しい反面、僕は面白くなかった。未だにユーリは僕に壁を作っている。せめて以前のような友人関係に戻れないかと、ユーリに自分に対する言葉遣いも変えて欲しいと話した。
だが、ユーリは頷かない。
「あなたはいずれ子爵家当主になります。わたくしはそんなあなたを支える立場にいなければなりません。ですから使用人の前であなたにぞんざいな口を利いては示しがつかないと思います」
理路整然と述べられて、僕はぐうの音も出ない。更にオスカーがユーリを援護する。
ユーリの言い分が正しいのはわかっている。それでも家族になれないのなら、せめて友人になりたいと願うことは間違っているのだろうか。
言い募る僕に、オスカーが助け舟を出してくれた。
「人前でなければよろしいのです。二人きりの時になさいませ」
その言葉がありがたかった。長年この屋敷に勤めていてくれる彼だ。両親や僕の歪な家族関係を見てきて思うところがあるのかもしれない。雇い主に家の利益には関係ない諫言をすることは憚られ、こうして僕に助言してくれているのだろう。
「ああ、そうだな。ありがとう、オスカー」
また昔のような関係に戻れるように僕なりにユーリとの関係を詰めていこう、そう思ったのだった。
◇
離れに入ると、ユーリは驚きすぎてぐったりとしている。この後更にユーリが驚くだろうと思って、にやけそうになる顔を抑えるのが大変だった。
きっかけは僕がエリオット様に話したことだった。ただ何気なく、結婚まで時間がなくてユーリの準備ができてないだろうから、せめて慣れた使用人を何人か寄越して欲しいとお願いしたのだ。
すると、エリオット様がサラという侍女と、下働きの男を連れて行って欲しいと言った。
侍女ということは貴族ではないのかと不思議だった。だが、サラは爵位を返上して平民になったがユーリが望んでそのまま侍女として働いていたそうだ。そういう事情もあって、サラはユーリに恩を返したいと子爵家に来ることを二つ返事で引き受けた。下働きの男は、そのサラの恋人だそうだ。伯爵家の財政が厳しいから雇い止めを考えていたのでその申し出に甘えさせて欲しいと、反対にエリオット様に頭を下げられてしまった。
正直、この大切な時に身元を保証されているとはいえ、人を迎え入れることには不安が残る。だから、僕はこれまで以上に屋敷にいる時は気が抜けなくなることもわかっていた。
それでも、僕のわがままに振り回されるユーリのために、少しでもできることをしたかったのだ。
そして、部屋に案内したユーリは心から喜んでくれた。侍女との再会を喜ぶユーリを見て、エリオット様もこうなることを望んでいたのだとわかった。
──エリオット様には敵わない。
僕がどんなに頑張っても、そんな強い兄妹の絆には勝てないと思うと、少しばかり悔しい。だが、彼女の自然な笑顔を見るだけで、そんなことは瑣末なことだと思ってしまうのだった。
◇
「え、あの、一緒の部屋ではないのですか?」
僕の部屋は隣だと説明していたら、不意にユーリが言って、僕は思わず目を逸らして片手で口元を覆ってしまった。
これだと一緒の部屋でよかったのにと聞こえる。嬉しくて思わず口元が緩んだのを隠したのだ。
「……一緒がよかった?」
そう問うと、ユーリは慌てて弁解する。慌てた時の素の表情が見たくて、僕はついユーリをいじってしまうのだ。
もうこれで今日が終わりならいつまででもやっていたいが、まだまだ話しておくことがある。
「それじゃあ、この後簡単に案内するから普段着に着替えるといいよ。僕は自分の部屋にいるから、着替え終わったら呼んでくれるかい?」
「わかりました。ありがとうございます」
そして部屋に戻り、用意されていた普段着に僕も着替える。
それにしても不思議な気分だった。今日から壁の向こうにはユーリがいるのだ。
これまではずっと本邸で暮らしていても、両親がいるのかいないのかわからなかったし、いつのまにか気にすることもなくなった。どうでもよかったからだろう。
これからはそうして気にかける人がいると思うと、胸が弾む。こんな気持ちは子どもの頃以来だ。
それに、先程別れたばかりだというのに、またすぐに会いたくなる。逸る気持ちを持て余していたら、隣の部屋からノックが聞こえて僕は飛びつきそうになった。
だが、扉の前で考える。
すぐに開けたら待ち構えていたみたいでカッコ悪いし、待たせたら不快な気分にさせてしまうかもしれない。
結局、普通がわからなくて諦めて開けた。こんなことを考えるだけで情けないのだが。
幸いにもユーリは気づかず、僕はユーリを連れて屋敷内を簡単に案内し、初めての夕食も終えた。
◇
夜になるにつれ、僕の心に葛藤が生まれた。
今夜は結婚して初めての夜。僕はユーリと信頼関係を築いてから閨事をするべきか悩んでいた。だが、早く後継を産んで義務から解放されたいとユーリが望むのなら、僕が今夜きっかけを作るべきなのか。
悩んだが、女性に恥をかかせるわけにはいかないと、僕はユーリの部屋を訪ねた。
「ユーリ、入るよ」
「……ええ、どうぞ」
声をかけると緊張したような返事があり、意を決して僕は扉を開けた。
ユーリはベッドに所在無げに腰掛けていた。その頼りなげな体に纏うのは、同じように頼りない薄衣でできた夜着。見てはいけないものを見てしまったような、やましい気持ちになる。
こうなってもまだ僕は決めあぐねていた。だから、僕は卑怯だとわかっていながら、ユーリに答えを委ねることにした。
「……今日は疲れているようだから日を改めようか」
この時点で僕はユーリに止めて欲しかったのかもしれない。僕自身の意思では彼女を求める心を止めることなんてできなかった。
ずっと望んでいた人が目の前にいるのだ。当たり前だろう。だが、ここで無理強いをすれば、一生彼女の心が手に入らないかもしれないと思えば、情けないが怖くて手を出せない。
そして結局ユーリが出した答えは──。
「……無理はしていません。ですから……」
恥じ入ったように、小さな声で了承を伝えてくれるユーリに、たまらない気持ちになった。
それまでの悩みは吹き飛び、ただ彼女に触れることに夢中になった。嫌がる素振りも見せずに、恥ずかしそうに身をよじる彼女に更に夢中になる。
その間は気持ちが通じ合ったようで本当に幸せだった──。
読んでいただき、ありがとうございました。




