番外編1 僕の嘘13(コンラート視点)
よろしくお願いします。
事が済むとユーリは僕に背を向けて眠ってしまった。その背中が義務は果たしたと言わんばかりで、寂しい気持ちになる。
だが、そこにつけ込んでユーリに手を出してしまった手前、僕にはそんなことを思う資格なんてない。まんじりとしないまま、夜が明けるのを待った。
そして、使用人たちが起き出す時間に合わせて、僕も自室に戻ることにした。ユーリを起こさないようにゆっくりベッドから出ると、ユーリの背中に向けて一言だけ告げる。
「……ごめん」
この一言に僕の思いは集約されていた。
君の義務感につけ込んでごめん。
君に選ばせてごめん。
好きな男がいる君の思いを踏みにじってごめん。
──そして何より、それでも手放せなくてごめん──。
きっとユーリは優しいから義務を果たしただけだと許してくれると思う。だが、僕は許しは望んでない。やましい思いがあったのは事実なのだから。
そんな思いを振り切るように、僕は自室に戻った。
◇
「……おはようございます」
朝食の席についたユーリは、なんだか元気がなかった。その様子にやっぱり覚悟していてもユーリにとっては耐え難いことだったのかもしれないと密かに落ち込んだ。
「元気がないようだけど大丈夫かい? もしかして昨夜の……」
暗に嫌だったのかと聞いたつもりだったが、ユーリは違う意味で否定する。
「……いえ、大丈夫です。優しくしていただきましたから……」
「それならどうして……いや、何でもないよ」
もう聞かなくてもわかった。そうやって誤魔化したのがその証拠だろう。決定的な言葉を避けようと僕はまた嘘を吐いた。
「……嘘つき」
ユーリから発せられた言葉に、思わず僕は息を呑んだ。だが、ユーリも意図して口にしたわけではなかったようで、一瞬しまったという表情になった。
それからユーリは何故か人払いをした。僕はこれから何が始まるのかと、戦々恐々としていた。ユーリは逡巡していたようだが、僕を見据えて口を開く。
「……どうして謝ったんですか?」
予想もしていなかったことを問われて僕は困惑した。返事に窮していると、焦れたユーリが更に続ける。
「……今朝、仰いましたよね。わたくしの部屋で。どうして謝ったんですか?」
「……起きていたのか」
「ええ、だから知りたいんです。どうしてなのかを」
ユーリはどうあっても聞きたいようだ。もう聞かなくてもわかっているだろうに。そうやって言わせようとするくらい嫌だったということか。
「……ごめん。やっぱりするべきじゃなかった」
やっぱり口にするのは辛い。僕は真っ直ぐなユーリの視線がいたたまれなくて、目を逸らした。
「あなたは、昨夜のことを、後悔していらっしゃるのですか……?」
「……ああ、後悔している。本当にごめん」
「……もう、いい」
どう謝ればいいのかわからずに項垂れると、ユーリは低い声で告げた。それからユーリは立ち上がり食堂を出て行こうとする。
──ユーリは何かに傷ついている。
今引き止めてちゃんと話をしないと後悔すると思い、僕は慌ててユーリに駆け寄った。
「ユーリ、待ってくれ!」
「触らないで!」
僕がユーリの腕を掴むとユーリは思い切り振り払い、涙を滲ませた目で僕を睨みつけて叫ぶ。
「……私はこんなにあなたを好きなのに……!」
それはまるで悲鳴のようだった。ユーリの心からの悲鳴。私を見て、私に気づいて。その姿は幼い頃の僕と重なった。僕は何が起こっているのか理解できずにぼうっとしてしまった。
気づいたらユーリがドレスの袖で涙を拭ってまた歩き出そうとしていた。腕を掴むとまた振り払われそうだったから、今度は逃げないように腕の中に閉じ込める。
「ユーリ! 違うんだ!」
正直まだ気持ちの整理が追いつかなかった。ユーリが言った言葉の意味を理解できなくて。僕にはあまりにも馴染みのない言葉だったから。
それでも誤解を解きたいと、僕は必死に言葉を紡いだ。
「……後悔してるのは、義務に縛られた君につけ込んで抱いてしまったことだ。君ならそう言うだろうと思っていたから、断るべきだった」
「どうして? あなただって私に言ったでしょう。後継さえ産んでくれればそれでいいと」
「それは……君が僕のことを好きじゃないと言ったから。政略結婚だとしても、気持ちの整理をする時間が必要だと思ったんだ。だけど、さっきの言葉は本当かい?」
一度では信じられなくて、もう一度確認する。
「……ええ、あなたが好きです」
「……そうか。だけど、君には別に好きな男がいたんじゃないのか?」
「わたくしにですか? 心当たりが全くないのですが……」
「え……でも、気持ちを伝えたい人がいるとか、認めてもらいたい人がいるとか、言っていただろう? だから僕はてっきり……」
「……あなたのことです」
ユーリが伝えてくれる言葉に僕は心底驚いていた。弱みにつけ込んだ自分を好きになってくれるとは思わなかったのだ。絶句している僕に、ユーリは問う。
「……あなたはわたくしのことをどう思っていますか?」
ここで好きだと一言言えばいいだけだ、そんなことはわかっていた。だが、僕自身を否定されてきた過去が僕にその言葉を言わせまいと僕を縛りつける。
そして、僕の頭の中を両親や乳母との思い出が駆け巡る。初めから背を向けたままの両親に、僕を愛してくれたのにいなくなってしまった乳母。
一度は手に入れて失う方がより辛いと乳母がいなくなった時に初めて知った。こんなに辛いなら大切な人なんて作らない方が幸せなのかもしれないとも思った。
ユーリの気持ちがすごく嬉しいのに、素直に喜べない自分がどこかにいる。だけど、そんなことは僕の心の問題でしかない。僕はそんな本心を言えずにユーリに笑いかける。
「……僕も君と同じ気持ちだよ。だから君の気持ちは嬉しい。ありがとう」
「嘘……」
ユーリは呆然と呟く。ユーリも僕と同じように期待していなかったのだとわかり苦笑してしまった。
「そんな悪趣味な嘘は吐かないよ。信じて欲しい」
「……っ、はい……!」
大切なのは言葉ではなく思いだと、僕は自分に言い聞かせる。言葉にできない分、行動でユーリを大切に思っていることを伝えていこうと思っていた。
だが、自分の本心から目を逸らした結果、そのツケはより酷い結果になって戻ってくるとは、この時の僕には予想できなかったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




