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第4章 島の真実(2)

その話を聞いて、最初に頭に浮かんだのは、「俺に居場所はない」ということだった。


「なんだよ、それ……」


全身から力が抜けていくのを感じ、いつの間にかその場に座り込んで遠くを見つめた。


 ここにいたらサトラゲに殺されて、元の世界に帰れば地獄の様な日々が待っている。どっちの選択を取っても人生は真っ暗だった。蘇ってくるのはいじめを受け、世界から逃げ出したいと思い続けてきた悲しくて苦しい日々ばかり。


 そうか、だから俺が選ばれたんだと納得してしまう。逃げ出したいけれど、逃げるべき世界に絶望している。この状況を理解しても、簡単に逃げられないし、俺と同じように絶望した人間なら、きっとここでの死を選ぶのだろう。


 結局生き易い世界なんてどこにもなかったんだ。人生を楽しめるなんてただの願いでしかなくて、世界に絶望した人間の楽園なんて、夢物語だったんだ。そう思ったら、もう力が出なかった。最後の希望だったタソガレ島ですら生きていくことはできない世界だったのだから。


 ヤサが心配そうに座り込んだ俺に声を掛けてくれる。


「大丈夫。心配ないよ。きっと元の世界に戻れる」


正直、あの世界に戻るなんて考えられなかった。それならいっそここで楽に人生を終わらせてしまった方が良いかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。帰っても結局居場所なんてない。毎日死を考える、あの地獄に戻るぐらいなら、もうこのまま人生を終わらせてしまおう。


「だから、少し休んだら島の出口に――」


「ヤサ」


ヤサの言葉に被せるようにして声を掛けた。


「俺はいい」


その言葉に驚いて目を見開いた。


「いいって、どういうこと?」


「せっかく助けてくれたけど、俺はここにいる」


「だから、ここにいたらサトラゲに食べられるんだって」


そこまで言って、ヤサは焦ったような表情になった。


「まさか、このまま死のうって言うの? それはダメだ。命を粗末にしちゃいけない」


「サトラゲに見つかって食べられる前に、楽に死にたい」


人生は終わったのだ。早くしないとサトラゲに見つかってしまうかもしれない。それぐらいなら、楽に死ぬことができる方法を探したい。


「なんでそんなこと言うんだよ。元の世界に戻ればいいじゃないか」


悲痛に顔を歪めるヤサに、何も感じなかった。


「元の世界に帰ったところで俺に居場所なんてない」


「そんなことない。見えてないだけで、居場所は必ずあるはずだよ。それに、居場所がなければ作ればいいじゃないか」


「無理だ。あの世界じゃもう生きていけないんだ」


「そんなことないさ。現実は辛いこともあるけど楽しいことだってたくさんあるんじゃないか。ほら、見方を変えればうまくいったりとか」


ヤサが必死に言葉を連ねても、俺にとってはただの綺麗ごとだった。ふつふつとこみ上げてくるのは、ヤサの言葉に対する怒り。それで何とかなってるなら元々タソガレ島になんて来ていない。居場所がないから、絶望したから俺はここに来たんだ。


「だから、もう無理なんだよ俺は!」


誰かに対して怒鳴るのはこれが初めてだった。今までずっと気持ちを押し殺して生きてきたから、こうやって自分の主張を通すことに抵抗があった。それでも1度タガが外れると心にもない言葉が次々と出てきた。これはヤサに対して言っているというよりも、ずっと心の中に押し込めてきた気持ちが爆発した、そんなものだった。


「何したってダメだった! いっつも俺の事バカにして、助けてって言った途端厄介者扱いして! 俺が一体何をしたっていうんだよ! ヤサには分からない! 俺の気持ちなんて分からない!」


抵抗はどんどん無くなっていった。だって俺はずっと苦しんでいたんだ。何をしたってうまくいかなかった。何度も何度も裏切られて、苦しくて、悲しくて、助けて欲しくて、楽になりたくて、居場所が欲しかった。何度やり方を変えても、その度に絶望を味わってばかりで、人生期待したって無駄なんだって思ってた。でも、本当は期待してた。もしかしたら明日、何かが変わるかもしれないって。タソガレ島はその最後の希望だった。その希望も、今無くなったのだ。


 涙はどんどん溢れてくる。もう感情なんてないんじゃないかって思っていたけれど、涙なんて枯れてなくなったって思ってたけど、次から次へ頬を伝い、顎から地面に落ちていく。


「ヤサに俺の気持ちが分かるか!? 毎日毎日死ぬことばかり考えて、生きてるのももう辛くて、生きてる実感だってなくて、こうやって、自分で自分を切る気持ちが分かるか!?」


ヤサに自分の腕をめくって突き出した。手首につけられた無数の傷は辛い過去を思い出させるものだった。深く切りつけた痛みがいつも心を癒してくれた。俺は今生きてるんだって実感を得る唯一の感覚だった。手首から溢れる赤いものはまるで血の涙のようで、俺の代わりに涙を流しているようだった。その瞬間だけが心安らぐ時間だった。


 平等な世界なんてただの理想論で、一部の人間にしか保証されていなかった。平等だとか、暴力はダメとか、当たり前の様に考えている連中に腹が立つ。


「ヤサに笑うことの辛さが分かるか? どんなに理不尽なことをされても笑って耐えないといけない苦しみが分かるか? 俺には帰る場所なんてないんだよ! だから俺はタソガレ島に来たんだ! 居場所があるならこんなところに来ない。こんな場所だって知った時点ですぐに帰る! でも、俺には帰る場所がない。それにヤサだってタソガレ島にいるじゃないか。自分の事は棚にあげて知ったようなこというなよ!」


自分の怒りを思う存分ぶつけて立ち去ろうとした俺の肩を、ヤサが突然強く掴んだ。


「それでも! 裕はタソガレ島から出なきゃならない! 君は生きないといけない! たとえ、その世界がどれだけ苦しみに満ちていても!」


そう怒鳴ったヤサの表情があまりにも悲しそうで、苦しそうで、俺は何も言えなかった。


「だって君は、君には……」


そこまで言ってヤサは唇を噛みしめると、それ以上何も言わなくなった。やがて、俺の両肩を掴んだまま力なく俯いた。その姿を見て、さっきまでの勢いなんて消えてしまった。それどころか、なんだかとんでもないことを言ってしまったという焦りに似た気持ちと罪悪感がこみ上げる。


「ヤサ……?」


恐る恐る名前を呼んでみたが、ヤサは悲しげに俯いたままだった。


 俺は自分の気持ちをぶつけたが、ヤサの気持ちも事情も何も知らない。彼には彼の事情があるのに、それを知りもせず、今まで溜まっていた不満や怒りを一方的にぶつけていた。ヤサもまたタソガレ島に来たのだから、俺と同じように何かを抱えている。それなら君は、一体何を抱えているんだ?


「ヤサ」


「出よう、裕。タソガレ島から出るんだよ」


質問をする前にヤサは無理矢理笑顔を作って優しく言ってくれたけど、苦しみを押し殺しているのは明らかだった。


「分かった……」


戻った先でどうだとか考えるよりも先に、いつの間にかそう言ってしまっていた。


「うん」


優しく微笑んだヤサに何故かほっとしていた。

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