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第3章 遭遇、逃亡(3)

「君はうつ伏せになってて。イメージした所に取っ手が出てきてくれるから。振り落とされないようにだけ気をつけて。さ、行くよ!」


蔓が俺の体を固定し、まるでバナナボートにでも乗るような格好悪い姿で俺は葉にしがみついた。葉は俺の体に上手く合うように変形してくれて、それだけで安定した。


 葉は急発進すると同時に強い圧がかかった。葉は上空を飛ぶのではなく、低空飛行で木々の間を縫うように飛んでいく。ただ飛ぶだけなら良かったが、問題はそのスピードだった。まるでジェットコースターにでも乗った時のようで、スピードが上がるほど強くなっていく。猛スピードで森の中を飛び、俺はもうただしがみついていることしかできなかった。そんな俺とは裏腹に、少年は涼しい顔で体の重心を動かしながら器用に木を避けていた。


「うわあぁぁぁぁ!」


何度も悲鳴を上げる俺に、少年は笑顔で言った。


「絶対にぶつからないから、静かにしててね」


その落ちついた声に、悲鳴を必死に押し殺してただ振り落とされないようにだけ神経を集中させた。さっきの化け物はまだ追いかけてきているのだろうか。そう思うと後方を見ることはできなかった。


 突然葉が方向転換し、俺は目を何とか細めて開けた。化け物の腕が一瞬見えて息が詰まる。


「しっかり掴まって!」


化け物が速度を上げて並走してきて、大きく腕を振り回してきた。葉はまた急に高度を下げ、地面とギリギリのところを飛ぶ。振り回される腕を間一髪で避けていく少年。俺はもうただじっと落ちないように耐えるしかなかった。できるだけ早く安全な場所に行きたかった。


何度も方向と高度を変え、ただ強く目を瞑った。


 突然葉が急停止し、俺が目を開けた時には少年は既に葉を降りて手を伸ばしていた。


「さぁ降りて!」


急停止しきれない化け物が目を離した隙に、俺は少年が指差した巨大な樹を目指して走った。その樹は俺と笠野さんが泊まったあの巨大な樹だった。俺達が葉から降りると、突然それは色が変わり、土へと変わっていった。


 少年は樹の根元に来るなり反対側に身を隠し、そっと来た道を見た。


「あいつは近くにいる。声は出さないで。大丈夫だから」


俺は激しく頷いた。来ないでくれと祈りながら息を殺していた。荒い息が聞こえたかと思うと、徐々に近づいてくるのが嫌でも分かった。少年は、隣で俺の手を掴みながら真剣な目で様子を伺う。怖かったが、見えないのも怖くて、恐る恐る少年の見ている方に顔を伸ばしてみた。そこには、あの化け物が3メートルほどのところにいて、驚きのあまり1歩下がった。


 そこにあった枝を踏んでしまったらしく、パキッと乾いた音がした。注意しなければ聞こえないくらいの小さな音が、このときは恐ろしいほど大きく聞こえて、頭の中はもう逃げ出したい気持ちで埋め尽くされた。荒い息が近づいてきて、心臓が胸の中で狂ったように脈打っている。やつが一歩近づけば、少年がそっと一歩下がってきて、俺もゆっくりと後退した。


 逃げ出したくても、少年がそれを制止した。すぐ近くで豚の鳴き声のような息づかいが聞こえる。突然、俺の正面にあった樹にそいつの腕がのび、まるで雑草でも抜くように軽く根ごと引き抜いたかと思うと、辺りの樹にぶつけ始めた。樹の皮や枝が飛び散り、ゆっくりと倒れた樹が斜めに倒れて俺達の行く手を阻んでしまった。これ以上は進めない。進もうと思ったら木を乗り越えていくしかないが、乗り越えている間に見つかってしまうだろう。祈るような思い出少年を見ると、少年は注意深く様子を窺いながら冷静に地面を手探りした。手先が転がっていた小石に当たると、すぐにそれを拾い、化け物を見たままそっと体勢を整える。


 その間も、俺の手をしっかりと繋ぎ、目が合うとにっこりと笑って口元に人差し指をつけた。俺は頷いてただ息を殺す。いや、もう息を止めていたかもしれない。呼吸音がさらに近づいてくる。心臓の音が大きく聞こえて、心音すらうるさいぐらいだった。


 頼む、頼む、きづかないでくれ! 俺の左耳に吐息がかかってきて、目に涙が溢れてくる。樹に化け物の腕がかかる。信じたこともない神様に全力で祈りを捧げた。目を強くつむって、ただじっと息を殺す。




化け物がこっちにくる。



さらに強く目を瞑った。



 その時、遠くの樹の幹に小石が当たる音がした。小さな音ではあったが、過敏になっている俺にははっきりと聞こえた。隣に迫っていた化け物が咆哮しながら、方向を変えて音の方へと突進するように向かっていったのを見ていた俺の手が不意に引っ張られた。化け物から目を離すと、少年がもう一度手を引いた。


「チャンスだよ」


この少年を信用していいのか分からないが、どうすることもできず、この少年についていった。


 走ってその場を離れ、何とか撒ききった俺と少年は、太い樹の幹にもたれかかって息を整えた。ここは笠野さんと来た食べ物の生る樹が密生している場所で、見覚えがあったことで少し安心した。頭の中はパニックだったが、息を整える間になんとか落ち着いてきていた。少年は俺よりも息が上がって、額からは玉のような汗が噴き出していた。


「大丈夫?」


と、尋ねてみる。少年は辛そうに肩を上下させながら、それでも笑顔を向けた。


「ありがとう。僕は、大丈夫。やっぱり、体は、動かさないと、ダメだね」


この少年が味方だという保証はないけれど、命懸けで俺の事を救ってくれたからだろうか、自然と少年の身を案じていた。


「水とかいる?」


少年は笑って首を横に振った。


「ありがとう。今は、いいや。それに、ここのものはあんまり、口に入れたくないんだ」


少年の息が整うまで、静かに待つことにした。

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