第9章 新しい都市伝説(1)
規則的な電子音が聞こえた。一体なんの音だろう。目を開けようとして、眩しさに慌てて目をつむった。指先を動かしてみる。なんだかふかふかしたものに触れた。ゆっくりと目を開けてみると、真っ白な天井が見えた。ぼやけているけれど、辺りを見回してみれば白いカーテンと並んだベッドが確認できた。ここは、病院? 俺はどうしてここに? 朦朧とした意識の中で振り返ってみる。思い出されるのは泥で覆われた地面と、そこで前へと進んだ俺。目の前には巨大な化け物。隣には――。
「ヤサ!」
名前を叫んで飛び起きた。そのまま周りを見回すと、隣のベッドにヤサが寝ていた。消えてしまうはずのヤサが。信じられない気持ちでヤサのベッドに飛びついて、ヤサの両肩を掴むなり強く揺すった。
「ヤサ! ヤサ! 起きて! 起きてくれ! 出られたんだ! ヤサも消えてない!」
俺の声によってゆっくりと意識を取り戻したヤサは、周囲の状況を虚ろな目で見回してから、急に目を見開いた。
「まさか……」
と、言いながら身を起こし、手足を見る。両手を握っては開いてを繰り返し、信じられない様子で辺りを忙しく見回している。そうして最後に、自分の頬をつねった。
「い、痛い。……痛いよ、祐」
ヤサの目に涙が溢れた。急にヤサの顔がぼやけたと思ったら、頬を何かが伝い落ちていった。ヤサは、今度は俺の頬を両手で引っ張った。
「泣き虫か、祐は……」
ヤサの声は震えていて、泣いていたのは両方同じだった。今は声がうまくでなくて、音程が一定にならない。それに、俺は正反対の気持ちだったけど、それでもあえて言った。
「いだだだだだ。やーめーろー」
随分不恰好な抵抗だったけど。
俺達の目覚めはすぐに周りに知れ渡った。医者と看護師が大喜びし、すぐに親が病室にやってきた。きっとお金の文句でも言うんだろうと、病室に入ってきた時は正直目を合わせられなかったが、母さんの口から出てきた言葉は真逆だった。
「良かった! 2人とも目が覚めて!」
母さんが俺の心配をしてくれていた。他人を拒絶していた過去の俺ならきっと形だけだと思っていただろうが、今なら分かる。俺はちゃんと愛されていたんだと。大切な家族を持っていたんだと。何よりも、見方によって見える世界は大きく変わるのだと。
でもそれ以上に母さんの言葉の内容が気になった。2人とも? 俺とヤサは思わず顔を見合わせてから、俺が尋ねた。
「2人とも? 母さん、ヤサのこと知ってるの?」
その問いに、母さんと父さんも顔を見合わせた。
「知ってるも何も、2人は私達の双子の息子じゃない」
「いつから?」
「いつからって、お前達は生まれる前から一緒じゃないか」
そんなはずはない。ヤサは、都市伝説なのだから。もしかして、と、俺は2人に聞いてみた。
「病弱な男の子で、友達になるとあの世に連れていくって有名な都市伝説知ってる?」
両親共に少し考えてから、首を横に振った。
「そんな都市伝説聞いたことがないな。」
「じゃ、じゃあ、孤独な人間に幻を見せて惑わせ、その人を食べてしまう女の化け物サトラゲのことは?」
「そんなの、誰でも知ってるよ」
「に、しても、本当にびっくりしたな。2人同時に交通事故に遭うなんて。無事で良かったよ」
はっとして自分の体を見ると、身体中傷とアザだらけだった。最後にサトラゲの手が掠めた背中に触れてみると、そこには分厚いガーゼが当てられ、包帯がしっかりと巻かれており、手当てがされたあとだった。ふとヤサのベッドを見ると、そこには田原優一という名前があり、それを見るなり俺達は互いに抱きあって、誰の目も気にすることなく声をあげて泣いた。




