エピローグ(?)
家族にレイヌ様のことを……その、恋人として認めてもらって、一緒に過ごす毎日はあっという間に過ぎていった。
レイヌ様はあたしが卒業してからもあたしの時間が仕事に取られることが嫌だったみたいで、ある時期からお金を稼ごうと画策し始めた。ギャンブルとか投資でズルはダメですからね! と念押ししたんだけど、なんとレイヌ様は買い手がつかないような田舎の土地を買ってそこに油田を創ってしまい、それはもう大騒ぎになった。
レイヌ様は素知らぬ顔でその土地を会社に売って資産を築いたんだけど、それが全部あたしの名義だったものだから、あたしはすっかり石油王だ。
ありがたいけど、下手に宝くじを当てるとかよりもずっと目立ってしまって、面倒な目にもあった。レイヌ様となるべく静かに暮らせるように、普通に働くよりも頑張らなきゃならなくなったような気もする。
……まぁ、大変なこともあったけど、そんな幸せな生活にも終わりは来る。
あたしは老いない。
みんなが普通に歳をとってきて、誤魔化しきれずに居心地が悪くなってきたのを感じると、あたしとレイヌ様は地球においての終活を始めた。
今も封印空間にある神殿へと持ち帰るものを選んで、資産を処分して、一部の友達や家族に、正体と別れを告げる。もっと驚くと思ったのに、黒い羽根を出して見せた時の友達が似合わないとか合点がいったとか言ってきたのは、ちょっと納得がいっていない。
……本当に、楽しい日々だった。
今ではもう、神殿に持ち帰ったいくつかの思い出の品だけがその証だ。別に、戻ろうと思えば地球に戻ることもできるけど、それはしないと決めていた。知り合いが老いて、いなくなった故郷に戻っても、寂しいだけだろうから。
再び、いや真の意味で二人っきりになったあたしとレイヌ様は、途方もない日々を神殿で過ごした。
最初の頃は、日本で集めに集めた娯楽を消費して過ごした。ゲーム、漫画、アニメ、映画。何年でも引きこもれる量の娯楽を集めたつもりだった。
「……中々どうして、人間の描く空想というのは良いものだな。もちろん、取るに足らぬものも、唾棄すべきものもあるが……その分良いものには目を見張るものがある。人間にこんなものを創れる力があるとはな……いや、人間の内に秘める醜さあればこその美しさ、ということか……」
「な、なんか難しい感想ですね……それより次、何見ます? 映画とか! あたし、アクションとか好きなんですけど!」
「我は荒唐無稽であればあるほど好みだな。人間の現実は見飽きている……が、選り好みをする必要はないだろう。時間の制約もないのだ。それに、良きも悪きも、春乃と共に味わうことに価値がある」
「……そうですね!」
一緒に映画を見たり、並んで(完結済みしか持ってきていない)漫画を読んだり、ゲームをしたり。
「レイヌ様、上手すぎません……?」
「操作を間違えなければクリアが可能な類のゲームは、どうしてもな。苦戦のしようがない」
「そ、そりゃあたしじゃ対戦ゲームでも勝てないわけですね……」
「今の春乃であれば、充分同じことが可能だと思うがな」
「ほ、本当ですか? あー……でも、それでもレイヌ様には勝てそうにないので……RPGとかやりましょう!」
そうやって、あたしたちは永い時を過ごした。
⭐︎
最近、なんとなく新しいコンテンツに手を伸ばす気力が薄れてきた。
……オタクが好きなものに飽きる日が来るなんて、とも思うけど、無理もないかとも思う。気に入った作品は二周以上したり、初心に帰って料理に勤しんだり、思い出話をしてみたり……そんな生活も、百年以上続けていたら、ちょっとは休憩したくもなると思う。
「……春乃」
「……なんですか、レイヌ様?」
「幸せか?」
珍しい問いだな、と思った。けど、あたしはレイヌ様に寄りかかったまま、改めてレイヌ様の顔を覗き込むようなことはしなかった。
「なんで、そんなこと聞くんです?」
「永遠というものを、春乃も実感する頃だと思ってな」
心地の良いレイヌ様の声を反芻しながら、あたしは次の言葉を待つ。
「我には……春乃が必要だった。おまえに人間を辞めさせるのは決めていたことだったし、後悔もしておらぬ。だが、あの時春乃には確認も取らなかった。それで、どう思っているのか……不安になった」
「なるほど」
レイヌ様は変わったと思う。抱いた不安を、こうして素直に口にしてくれるから。
「……幸せですよ。レイヌ様の側にいられるだけで」
レイヌ様の身体に腕を回して、二人一緒にベッドに倒れ込む。
「……そうか」
もう、愛を確かめる必要もなかった。二人でいるだけ、触れ合っているだけで、あたしの中を、温かな麻酔のような幸福が巡っていく。
あたしはこの幸福に身を委ね、目を閉じる。
この温もりがあれば、大丈夫。いつまでもこうしていられる気がした。
⭐︎
ぬるま湯に沈むような、穏やかな日々。
今日もレイヌ様と抱き合ったまま、時間が流れていく……はずだった。
「……え?」
突然、不可分になっていたはずのレイヌ様の手応えが消える。
驚いて目を開ければ、視界が一変していた。
神殿じゃない、見知らぬ場所。
そして目の前には……跪く少女がいた。
「……召喚に、成功した……?」
跪いた少女が、あたしを見上げてそんな言葉を口にする。少女の容姿と声に、記憶の、奥の奥の奥の奥の方が騒ぐ。
この子、どこかで…………あ、思い出した!
『コントラスト』の悪役令嬢、リューネ・リハイム・ジルニッチ。
原作では悪霊ラスボスになってしまったレイヌ様に取り憑かれ、悪事を働いたかわいそうな子だ。懐かしいなぁ、救いはないのかって、よく話題に上がってたキャラだっけ。
……ん? ってことは、あたしまたあの世界に来てるのか……? なんで……?
そんなことを考えていると、リューネちゃんはあたしの手を取って、めちゃくちゃ必死なのが良く伝わる顔で口を開く。
「どうか……どうか我々をお助けください! 『暁霞の花嫁』様!」
「…………なんて?」
この時のあたしはまだ知らない。
姿を消す直前のスルグ様が、あたしとレイヌ様の話をものすごく美化して広めたせいで、この世界ではあたしが神話の存在として大人気であること。
そして、この後あたしはリューネちゃんと共に、なんで魔物が生まれないはずなのにゲームに似た世界線に収束してるのかとか、どうやらレイヌ様の代わりのラスボスがいるらしいとか、あと急にいなくなってレイヌ様にどういう説明をしよう、なんとかリューネちゃんが怒られない言い訳を考えなくちゃとか、そういう色んな問題をなぜか学園生活を送りながら向きあっていくことになるなんて──
──でもそれは、また別のお話だ。
〈完〉




