巫女って呼ばれることになっちゃいました
気がつくと、あたしは元の神殿の下層にいた。
さっきまでのレイヌに誘われていた異空間から、いつの間にか元の場所に戻されていたらしい。正直、まだ頭がぼんやりしている。あの冷たい瞳、底冷えするような声、そして生死を彷徨った感覚。けど。
「……生きてる」
元々、死ぬ覚悟でいた身だ。終始現実感がなかったけど、こうして石造りの壁と月明かりの世界に戻ってきて、改めて生き残れたことを噛み締める。
「……とりあえず、村に戻ろう」
とりあえず、レイヌが当面生け贄なしでも加護をくれそうなことを村の人たちに報告しなきゃいけない。気乗りはしないけど、避けては通れないだろう。
重い足取りで階段を降りながら、レイヌとの会話を思い返す。
『痛みを忘れた人間は、いずれ感謝を忘れ我を裏切る』
レイヌはそう言った。あたしを生かしたのは、その様をあたしに見せつけたいかららしい。ゲームの中の彼女は、世界の全部を呪う怨念みたいな存在だった。でも、さっき言葉を交わしたレイヌはなんというか……あんまり人間が好きじゃなさそうなのは同じだけど、憎しみというよりは人間不信の方が近いように見えた。
「なっ……貴様! なぜ戻ってきたのだ!」
「……やっぱこうなるよねぇ」
階段を下りきると、見送り兼監視の村人があたしの顔を見るなり血相を変えて向かってきた。ミナちゃん曰くレイヌの生け贄で生き残った人間はいないらしいので、この反応も仕方がない。
「なんで……まさか失敗したのか……!? それとも逃げて……」
「春乃さぁん……!」
「み、ミナちゃん」
どう説明したものかと悩んでいると、一人涙を流した小さな影があたしに向かって一直線に駆け寄ってきた。
「めっ、目が覚めたら……もう春乃さんがいなくて……! お別れもできずにいなくなっちゃったのかと思ってぇ……!」
「ご、ごめんね? ほら、付き合いも浅いしさ? あんまりあたしのこと重く受け止めてほしくなかったっていうか……」
本当のところはミナちゃんが寝静まった後に連れ出されたといったところだけど、今の言葉も嘘じゃない。あたしはミナちゃんの傷になりたいわけじゃないんだ。
この子の泣き虫なところばかり見ているなぁなんて思いつつ背中を撫でていると、ミナちゃんに続いて村人たちが集まってくる。
「どういうことだ……」
「なんで生け贄が」
「失敗したのか!?」
「そんな……村は終わりだ……」
生け贄が帰ってきたという異常事態。あたしの姿を認めた村人たちは半ば恐慌状態に陥っていく。ぎゅ、とあたしを抱きしめるミナちゃんの力が強くなる。みんな不安になっているんだ。あたしが事態を説明するしかない。
「あの! 皆さん!」
「客人……レイヌ様は、一体なんと……?」
意を決して声をあげたあたしに、村長が代表して事情を尋ねてくる。すぐに説明して、この事態を収めなければ……と思って、言葉が詰まる。
『異邦人は生け贄として認められなくて危うく神罰が下りそうになったけど、あたしがゴネた結果、人間がつけあがる様をあたしに見せつけるという名目で実験的に生け贄なしでも現状維持にしてくれるようになった』なんてことを正直に言ってしまって良いのだろうか。
彼らがレイヌをどういう存在だと認識しているのか詳しく分かっていないし、女神様がそんなことを言うはずがないと否定されるかもしれない。彼女が厳格で気難しいことが知れ渡っていたとしても、今度はちゃんと村人の生け贄を捧げようという方向に話が進んでもおかしくない。そうなったら、結局ミナちゃんが犠牲になる。それじゃ意味がない。
そうしてあたしが答えに窮している間にも村の人たちの不安はどんどん伝播していく。
「ど、どうするんだ……! この村のすべてはレイヌ様の加護あってのものなんだぞ! それがなくなったら……」
「作物も、狩りも、採集も、全部レイヌ様の恩寵……!」
「怒りを買えば、ここはすぐに不毛の土地に……」
尋常ではない不安ぶり……というか、もはや絶望に近しい様相だった。
「それ……ほんとに全部レイヌ様の……?」
「……はい。本当のことです。レイヌ様は私たちには欠かせない存在で……生け贄も、本当は必要だって分かってるんです」
あたしが小さく呟いた疑問に、ミナちゃんが小声で答えてくれた。あたしの無事を喜んでくれたミナちゃんとて、今の状況が良くないということは分かっているらしい。
「あの、みなさん! あたし、レイヌ様に会いました!」
言った瞬間、辺りが静まりかえり、この場の全員の視線があたしに向く。さっきまで絶望に打ちひしがれていたはずの人たちまでもが黙ってあたしを見つめている。怖い。
「ほ、本当ですか……? 春乃さん、レイヌ様に会ったって……」
「え、あ、うん」
控えめに沈黙を破ったミナちゃんの問いに頷くと、今度はどよめきが周囲に起こった。
「レイヌ様にお会いしただって……!?」
「長でさえお目通りが叶わないのに……」
「しかもこうして戻ってきているなど……ありえるのか!?」
……どうやら、あたしがレイヌと対面したこと自体がこうまで騒がれることだったらしい。ごく自然にレイヌのいる空間に誘われたから、割と普通のことだとおもっていたんだけど……予想外ではあるけど、ここで撤回するわけにはいかない。レイヌに会ったのは本当なのだ。
「それで……レイヌ様はなんと……?」
「それは……」
当然の流れで、村長はあたしにレイヌとのやりとりの詳細を尋ねてくる。ここからが勝負だ。レイヌの真意は伏せて、うまーく解釈した内容を伝えてこの場を収める。それしかない。
「レイヌ様は……生け贄はもう必要ないと仰りました」
「なんだって?」
生け贄に意味などないなんてことを言ってしまえば、レイヌへの不信に繋がりかねない。だから、あくまでレイヌが善良な神であることにしておく。
「人々がレイヌ様への感謝を忘れさえしなければ、これからも変わらず加護をくださる、と。あたしを返してくれたのも、それをみなさんに伝えるためなのです!」
実際のレイヌの意図は真逆で、むしろ人々が裏切る方に賭けているんだけど……表面的には、これで間違いはないはず。そんなことを考えて内心ドキドキしていると、いつまで経っても返事がなく、周囲は静まりかえったまま。もしかして予期せぬ地雷を踏んでしまったのかと思い始めていると、村長がようやく口を開いた。
「……本当か?」
「……はい。レイヌ様は……人々の感謝の気持ちこそが大切だと仰っていました」
もうほとんど嘘のようなものな気がするけど、あえて自信満々に言い切って正面から村長の目を見返す。すると、次第についさっきまでとは別種のざわめきが広がりはじめた。
「レイヌ様のお言葉を……直接……」
「そんな例今まであったかよ……!」
「レイヌ様の啓示って言ったら普通、豊穣か災厄で判断するしかないってのに……」
「そういやあの客人、最初から見たこともない服を着ていたぞ……」
それは、なんというか驚愕というか、畏敬の念というか。徐々にあたしを見る目が畏れ多いものを見る目に変わっていく。
「春乃さん……レイヌ様と直接お話しできるなんて」
ミナちゃんがあたしを見上げる。その瞳には、新たに尊敬の色が加わっていた。
「レイヌ様に、選ばれたということか……」
「……神の、御使い……」
「巫女様……!}
呆気に取られているうちに、村人たちの間であたしの存在がどんどん格上げされていっている。慌てて口を挟んで訂正しようとするけれど、もう手遅れのようで。
「ちょ、ちょっと待って……あたしはそんな大それた……」
「巫女様……!」
村長に深々と頭を下げられ、続いて他の村人たちも次々とあたしに向かって頭を下げ始める。どう考えても、ただの女子高生には重すぎる肩書きを背負わされそうになっていることに、思わず逃げ出したくなってくる。けれど。
「春乃さんは……巫女様だったんだ……」
「み、ミナちゃんまで……」
……あたしを見上げるミナちゃんの瞳を見て、他の子供を生け贄にさせないためには、都合が良いのかもしれないと思い直す。
それに、こうして巫女の立場に立てば、人々がレイヌを裏切らないよう誘導することもできるはずだ。
「……やるしかない、かぁ」
そうして、あたしは頭を下げる村人たちに自分が巫女であると宣言したのだった。




