161 アナゼギス症
ミナトはサラキアの書を開くと、タロと一緒にそのページを読んだ。
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【アナゼギス】
海の魚介類に寄生する極小の魔物。
数が少ないうえ、魚介類が死ぬと数時間足らずで死ぬため、人の口に入ることは極めてまれ。
生きたまま人の口に入った場合、食中毒や風邪に似た症状【アナゼギス症】をひき起こす。
【アナゼギス症】
人の体内に入った魔物アナゲギスが、体内を攻撃することで引き起こされる症状。
主な症状は激しい腹痛、悪心、嘔吐、下痢、発熱、咳。
体力が弱っている者ならば命に関わるが、健康な者が死ぬことはまれ。
アナゼギスは弱い魔物であり、人の体内では数日しか生き延びられない。
一般的に一週間ほどで、軽快する。
【不死者のアナゼギス症】
不死者となったアナゼギスに寄生された際に引き起こされる症状。
主に不死者のアナゼギスに汚染された食べ物を口に入れることで感染する。
主な症状は、表面的にアナゼギス症とほとんど同じ。
治癒魔法や薬は基本的に効果がない。
不死者となったアナゼギスは、宿主の内臓にかみつき、一体化する。
そうして時間をかけて宿主を不死者へと変える。
根本的に治療する方法はない。
宿主の体内に深く入り込んでいるため、不死者のアナゼギスだけを退治することはできない。
宿主ごと退治することは可能。
宿主の体力が尽きると、宿主は不死者となってしまう。
対症療法としては、体力の回復を図り、進行を遅らせ、時間を稼ぐしかない。
治癒魔法やレトル薬では症状を抑えることは出来ないが、体力回復に効果あり。
※※重要※※
不死者のアナゼギスは、本来は巨大な生物。
口に入るぐらいの小型の不死者のアナゼギスは、本体の眷属に過ぎない。
本体を倒せば、小型の不死者のアナゼギスは死ぬ。
不死者のアナゼギス症を治すには、本体を見つけて倒すしかない。
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「こ、これは、まずい」
「わ、わふ……」
ミナトとタロは思わずつぶやいた。
「コリン。こっちきて」
「どしたです?」「んにゃ?」
ミナトとタロはコリンとコトラを連れて、部屋の隅っこへと移動する。
「…………これ読んで」
「はいです。…………まずいです」
「うん、まずい」
アニエス達は不死者のアナゼギスにとりつかれてしまった。
このままだとアニエス達は不死者になってしまう。
「きっと、リザードマンの村で流行っているのもこれです?」
「僕もそう思う」
「ぁぅぁぅ」
タロもそう思うと言っている。
「急いで、本体をみつけないとだね」
「それしかないです」「ばう」
コリンは険しい顔でアニエス達を見て、小声で言う。
「……魔法と薬が効かないなら、安静にするしかないです?」
「そうみたい。でも、治癒魔法とレトル薬を使えば、しばらく時間稼げるかも」
ミナトも小声で返す。
アニエス達に、不死者になりつつあるとを、聞かせたくなかったからだ。
「……不死者って、ゾンビとかだもんね?」
「あと死霊とかです」
ミナトはこの前マルセルから教えてもらったことを思い出した。
不死者には、自分の意思はなく、ただ術者の言うことを聞く機械となってしまう。
不死者になった時点で、既に死んでいる。もう助けることはできない。
そうだとしても、不死者になったアニエス達を退治できるとはミナトには思えない。
きっと、大切な人が不死者になったら、戦えずに殺されてしまう人は沢山でるだろう。
「なんとかしないとだね」
「そうですね。どこにかくれているですかね? 風の大精霊の島ですかね?」
「わかんないけど、可能性は高そう? 死神の神獣もいるっぽいし」
「なんとかして、風の大精霊の島に行かないとですね?」
ミナトは具合の悪そうなアニエス達を見る。
「……アニエス達は連れていけないね」
「……そですね」
「オーガスにお願いに行こう」
「一緒にいくです」
「ありがと。タロとコリンもお願いね」
「ばう」「んにゃ」
ミナトはタロとコリンのことを撫でた。
「とりあえず。時間稼ぎにレトル薬を配らないとね」
「そですね。時間を稼いでいる間に本体を倒さないとです」
治癒魔法とレトル薬では、不死者のアナゼギス症を治せないが、体力回復効果はある。
体力さえあれば、進行を食い止めることができる。
「リザードマンの村にもレトル薬をくばらないとだね?」
「そですね」
「薬を配って、風の大精霊の島に行って風の大精霊を助けて……
「死神の神獣を倒すですね?」
「うん。そして、アナゼギスの本体をたおす」
「急がないとですね」
ミナトとコリンは相談を終えると、アニエスの元へと歩いて行く。
「アニエス、サラキアの書で調べたのだけど……アナゼギス症みたい」
「アナゼギス症?」
「そう。寄生虫で、対症療法しかないんだって」
「そう……ですか」
「だから、レトル薬を飲んで安静にしていてね?」
今、まさに不死者に体がむしばまれつつあるなど、恐ろしすぎる。
それに教えたところで何もできない。
だから、不死者については、ミナトは何も言わなかった。
次にミナトは、アニエス達の看病をしていた村の女性に言う。
「あのね、この薬を飲んで安静にしているしかないかも」
「……えっと」
女性は「この子供は一体何を言っているのだろう?」といった表情でミナトを見た。
五歳児が急にそんなことを言えば、そう思うのも当然だ。
「……ミナトは私と一緒に製薬や治療の技術を磨いているのです」
アニエスが女性にそう言ってくれる。その言葉に嘘はない。
「そうだったのですね。聖女様のお弟子様だったのですね」
女性はアニエスの狙い通り誤解してくれた。
「……ミナトは非常に優秀ですから、治療をまかせても大丈夫ですよ」
「聖女様がそこまでおっしゃるとは! わかりました」
ミナトはアニエスと女性が話している間に、全員にレトル薬を五本ずつ配っていった。
同時に治癒魔法もかけておく。
「体力さえあれば死なないから安心して。一日一本ずつ飲んでね」
ミナトはサラキアの書を手に持ちながら、皆に言う。
それだけで、ジルベルト達も、サラキアの書でこの症状を調べてくれたのだと理解した。
サラキアの書に死なないと書かれていたなら、死なないと確信できる。
それだけで、みな精神的にかなり楽になった。
アナゼギス症は死ぬかもと思うほど辛い症状だったからだ。
「治癒魔法とかお薬だと、症状は抑えられないけど、体力は回復するからね」
「ミナト、ありがとう。ちなみにどのくらいで治るんだ?」
「大体一週間だって。うん、一週間で治せるようにがんばるね?」
ミナトは嘘をついた。治らないと言えば、それだけで精神的に辛いからだ。
ミナトは心の中で、一週間で不死者のアナゼギスの本体を見つけて、退治することを決めた。
「そうか、一週間か。結構かかるな」
「わかってる」
ジルベルト達に薬を配って嘘の説明をした後、ミナトは尋ねる。
「ジルベルト、たくさんあるレトル薬、村の人達に配ってもいい?」
ジルベルトは神殿の予算でコボルト達からレトル薬を沢山仕入れた。
そのレトル薬はミナトが持つサラキアの鞄のなかに入っている。
「もちろんだ。そのためにたくさん仕入れたんだからな」
「ありがと!」
次にミナトは女性に頼む。
「村長達のところに案内して」
「私が倒れている以上、ミナトに任せるしかありませんね。お願いします」
アニエスがそう言うと、女性は真剣な表情で頷いた。
「ミナトさん、ついてきてください」
「うん!」「ぁぅ」「りゃ」
「手伝うです」「んにゃ」
ミナト達は女性について歩いて行った。
ピッピとフルフルもタロのもふもふの中にこっそり隠れてついてきている。
数分歩いて、大きな部屋の前につく。
「村長、ミナトさんが診療に来てくれました」
「え? 聖女様ではなく? おえぇぇぇぇぇ」
部屋の中から、戸惑う声と、嘔吐する音が聞こえてきた。
ミナトは気にせず中へと入る。
それなりに広い畳の部屋で、布団が敷かれていた。
村長は、その布団から体を起こして、バケツに嘔吐している。
「診察しに来たよ、村長つらそうだね?」
「こど……」
「ミナトさんは聖女様のものすごく優秀なお弟子様です」
村長は子供が生意気を言うなとか、子供になにができると言おうとしたのかもしれない。
だが、言い出す前に、無事女性が遮ることに成功した。
「聖女様は……」
「聖女様も全く同じ症状でお倒れになっています」
「……なんと」
ミナトはそんな会話を無視して、村長の元へ向かい、さりげなく手首を握った。
「ふむふむ」
ミナトは脈をとる振りをして、魔法で診察する。
「他の倒れている人は?」
村の幹部が軒並み倒れたと聞いている。
「みな、自宅で同様の症状で苦しんでいるらしいです」
この部屋に案内してくれた女性が教えてくれた。
「聖女様のお弟子様と言うがとても、そのよ……」
「そうだよ? 診察は得意だからあんしんしてね! うん、聖女様と同じだ」
「わしは一体? きっとリザードマンの奴らが毒を……」
「これはね。アナゼギス症っていって、生魚を食べるとたまになるの」
「ありえない! わしらはずっと生魚を食べてきた! リザードマンの仕業以外――ごほごほ」
興奮して咳き込む村長の背中を、ミナトは撫でる。
「ものすごく珍しい症状だからね? これまでかかったことがなくても普通かも」
「しかし、ごほごほ……おぇぇぇぇぇ」
「落ち着いて聞いてね? 興奮するとよくないよ?」
そういいながら、ミナトは一般的なアナゼギス症について説明していく。
魔物が引き起こす食中毒に似た症状であること。
ほとんどの場合、一週間で軽快するが、治癒魔法や薬が効かないこと。
ただし、不死者のアナゼギス症であることは語らなかった。無駄に怯えさせるだけだからだ。
ミナトの冷静な説明に、村長も少し冷静になった。
ミナトが聖女の優秀な弟子というのは本当かもしれないと思い始めたのだ。
「体力さえあれば、死なないから安心してね」
「た、体力なんて、この老人には、もはや……」
「大丈夫。治癒魔法や薬は、症状を抑えられないけど、体力回復に効果があるんだ」
「だが、聖女様がお倒れになって……」
「安心して。僕も治癒魔法を使えるから。聖女様におしえてもらったからね!」
ミナトは堂々と胸を張る。
村長も、そしてこの部屋に案内した女性も信じられないと言った表情でミナトを見た。
「いくよ~えっと、確か……いと高きところにおわすサラキア神。汝の奴隷たる、えっと……」
ミナトはアニエスの祈りの言葉を真似して、ぼそぼそ喋る。
もちろん、ミナトが治癒魔法を使うのに、祈りは必要ない。
だが、普段通り「ちゃ~」といって、発動すれば村長が怪しむと思ったのだ。
「ミナトの願いを聞きとどけたまえ~」
ミナトは適当に祈りの言葉を真似してから、治癒魔法を発動させた。
「どう。少し元気になった?」
「は、はい。ほんの少し楽になったきがします」
そういいながら、ミナトはコボルト作のレトル薬を五本取り出して、枕元に置いていく。
「これ、聖女様が認めたもふもふ氷竜村産の体力を回復する効果もあるお薬。一日一本飲んでね」
「もふもふ……氷竜村?」
ミナトは宣伝を兼ねて、もふもふ氷竜村の事をアピールしておく。
「一気に飲んだら沢山効果がでるっていうようなものじゃないからね? 一日一本だよ?」
「わ、わかりました」
「他の重症の人にも、もふもふ氷竜村のレトル薬を渡して、一日一本ずつ飲むように言ってね」
村長達も、これで死ぬことはあるまい。
「お、ミナト! ここにおったのじゃな!」
そのとき、村長の部屋にユーリスが入ってきた。
「村長、調子はどうじゃ?」
「いまだ辛いままですが、ミナト様の治癒魔法を受けて……少し楽なりました」
村長はミナトをただの子供ではなく、聖女の弟子と認めたようだ。
様をつけて呼び始めて、敬語を使い始めている。
「ほうほう。ミナトの治療をうけたのじゃな? ならば安心じゃ」
そう言ってから、ユーリスはミナトの手を取った。
「話があるゆえ、わらわの部屋についてきてほしいのじゃ」
「わかった」
ミナト達は、ユーリスに連れられ、海竜王の部屋と向かうことになった。




