156 ユーリスとアニエス
◇◇◇◇
ミナト達がお風呂に入っている頃、アニエスとユーリスもお風呂に入っていた。
「はい、ユーリス様、目をつぶってくださいねー」
「一人で洗えるのじゃ」
「さすがはユーリス様です」
「次はわらわが、聖女様の背中を流すのじゃ!」
「聖女様ではなく、ただアニエスとお呼びください」
「ならば、わらわのことはユーリスと呼ぶがよい! 敬語も不要じゃ! 同い年じゃしな!」
「それもそうね!」
外見年齢は全く違うし、精神年齢も違うが、アニエスもユーリスもともに十七歳なのだ。
「人族は成長が早くていいのう」
「そのかわりあっという間に年をとって死んじゃいます」
「ふむ~。だから、人は急いで成長するのやもしれぬのう」
「そうかも」
アニエスとユーリスは互いに髪や背中を洗うことで仲を深めたのだった。
体を洗った後、アニエスとユーリスは湯船に一緒につかる。
ミナト達が入っているお風呂よりは小さいが、充分に広いお風呂だ。
「それで……ミナトとやらは何者なのじゃ? ただの子供ではあるまい?」
「やっぱり気づいちゃいましたか。さすがユーリスね」
「うむ、あれは【竜の咆哮】じゃ。しかも並の竜のそれよりはるかに強力なのじゃ」
ユーリスはうなりながら、推理を進める。
「ううむ、どこぞの竜王の子かや? いや、竜という感じでもないのじゃ。うーむ」
「ユーリス。秘密を守れる?」
アニエスはユーリスの正面に回って、じっとその目を見つめた。
「うむ。至高神と先代海竜王に誓うのじゃ」
「ありがとう。実はミナトはサラキア様の使徒なの」
「使徒? 使徒というのはあの使徒かや? 神の代理人たる、あの?」
「その使徒なの。驚いた?」
「驚いていないわけではないのじゃ。だが、腑に落ちることが多いのじゃ」
サラキアの使徒ならば【竜の咆哮】も、絶大な威力の神のベールも説明がつく。
「使徒でもミナトはまだ子供なの。だから目立たないよう私が表に出ているってわけ」
「なるほどなのじゃ」
「村長にも内緒ね?」
「もちろんじゃ。あ、あのタロというのもただ者ではあるまい?」
「そうね。タロ様は至高神の神獣なの」
「なんと! どうりで立派な面構えをしていると思ったのじゃ」
「もちろんこれも秘密」
「わかっておるのじゃ!」
そう言った後、ユーリスは真剣な表情でアニエスを見た。
「代わりにわらわの重大な二つの秘密を明かすのじゃ。他言無用じゃぞ?」
「ユーリスの秘密? 実は王ではないとか?」
「な、なぜそれを!」
「だって、氷竜王が、まだ王は決まっていないっていってたもの」
「そうだったのじゃな。せっかく王の振りをしていたのに、無駄じゃったか」
ユーリスはふぅと大きく息を吐いた。
「先王陛下が、わらわを次の王に指名したのは本当じゃ」
だが、それは成長してからのこと。
成長するまでは、海竜達と相談して、何事も決めるようにと命じていた。
「だが、オーガスは皆を連れて村を出て行ってしまったのじゃ……」
一頭残されたユーリスは、村長に言われるまま、王を名乗ることになった。
「オーガスが出て行った理由はなに?」
「先王崩御の後、わらわが本来の姿に戻れなくなったのじゃ。それでやもしれぬ」
「え? 本来の姿って、竜になれないってこと?」
「それがもう一つの秘密じゃ」
竜にとっては当然竜形態の方が自然で楽なのは間違いない。
人の形態をとれる竜は非常に力の強い一部の竜だけだ。
幼いのに人の形態になれるユーリスの方が異常と言える。
「……何か原因はあるの?」
「わらわは幼い頃から人形態になれたのじゃ。それでずっと人形態になっていたゆえ……」
「戻れなくなったかもしれないの? 」
「かもしれぬのじゃ。いや、そんな話は聞いたこともないし、全くわからぬのじゃ」
そう、ユーリスは寂しそうに言った。
「ちょっと診ていい?」
「ん? いいのじゃ」
「じゃあ、失礼して」
アニエスはユーリスのことを診察した。
「病気というわけではなさそうね」
「そうなのじゃ。治癒術師もそういっていたのじゃ」
「呪いでもないし……。死の風の影響かしら。ユーリスはどう思う?」
「わからぬのじゃ。そもそも死の風とはなんなのじゃ? 村長達は毒だというのじゃが……」
「うーん。私にはわからないわね」
それでも、ミナトならわかるかもしれない。
そんなことをアニエスは思った。
「お風呂からあがったら、ミナトにも相談してみましょうか」
「そうじゃな! 使徒だとばれたら困るゆえ、こっそり相談しにいくのじゃ!」
そういうと、ユーリスは子供っぽくむふーと鼻息を荒くした。
そんなユーリスを見て、アニエスは思わず頭を撫でていた。
「子供あつかいするでないのじゃ! 同い年なのじゃし」
「でも、竜は成長が遅いから。人族年齢に換算すればミナトと大差ないでしょ?」
「そ、それはそうなのじゃが!」
「……幼い間は、もっと大人を頼っていいはずなのだけど」
ユーリスは幼児なのに、王としての役割を求められている。
それは幼児が背負うには重すぎる役目だ。
かわいそうになって、アニエスはユーリスのことを思わずぎゅっと抱きしめた。
「む、むう」
子供扱いするなと文句を言うかと思ったが、ユーリスは大人しく抱きしめられている。
お湯の中でユーリスの太くて立派な尻尾が、ゆったりと揺れていた。
「本当は、子供なんて、何も難しいことを考えなくていいのに」
海竜の十七歳など、五歳児と一緒だ。聖竜は特に成長が遅いので、もっと幼いかもしれない。
五歳児など、数年前まで言葉も話せず、トイレも自分できなかったぐらい幼いのだ。
それが王の役割など果たせるわけがない。
「でも……ミナトもしっかり使徒をしているのじゃ」
「……そうね、でも、私たちはミナトにあまり背負わせないようにしているのよ?」
ミナトは使徒で、王にも勝るとも劣らない重大な役割を持っている。
だからこそ、ミナトに重い物を背負わせないようにするために、アニエス達は頑張っていた。
だが、ユーリスには、アニエス達の役割を果たしてくれる大人はいないようだ。
「ユーリスにも頼れる大人がいればいいのだけど」
「……村長かや?」
「…………村長は、どうなんだろ」
アニエスは、村長をいまいち信用できなかった。
根拠のないただの勘に過ぎない。
(きっと先王は、オーガスにその役目を果たしてほしかったのだと思うのだけど……)
そんなことをアニエスは思った。
◇◇◇◇




