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若君様と鬼の気配(4)

 猪瀬くんが再び真っ赤な目を見開いて叫んだ。


「お前さえ居なければ!いつもいつも、お前が邪魔をする。勉強も、サイキも、何一つ敵わない。お前に遠く及ばないと、俺は言われ続ける……。一族に蔑まれ続ける者の気持ちが分かるか!?何をしても、何を言っても、お前ほどではない、お前には勝てないと、そう言われ続ける人生が、想像出来るか!?」


「出来ないな」


 猪瀬くんの叫びに若君様が即答する。

 若君様は片足をベッドの上に叩きつける。ひっと猪瀬くんの悲鳴が上がる。若君様は顔を猪瀬くんに近づけると楽しそうに言った。


「さぁ、続けて」

「……っ」


 動揺した様子の猪瀬くんは言葉を失い、そしてこちらをちらりと見た。


 陽奈と目が合うと、少し表情が固まる。


「INO……」

「……」


 縋るような瞳が陽奈を見上げている。陽奈が一歩前に足を踏み出して言う。


「INOはカッコいいよ。私知ってる」


 二人は、オンラインのゲームでずっと遊んで来た仲らしい。


「INOは頭が良くて、パーティを指示してくれて、いつもINOのおかげでBOSSを倒せていたでしょう?6PT合同の戦闘の時なんて、36人だよ。INOがリーダーやサブリーダーのときに、負けたことある?どれだけ周りを見れて頭が良ければ、あんなに的確な指示ができるのか、私には想像も出来ないよ」


 36人のパーティって一体どんなゲームをしてるんだ。


「ずっと、凄いって思ってた。カッコよくて、尊敬してて、私も少しでも近づきたいって思ってた。本当だよ」


 猪瀬くんは赤い瞳のまま、無表情で陽奈を見つめている。


 彼は妖鬼に飲まれたのだと、若君様は言っていた。だけどちゃんと言葉が通じているように思う。


「外に出れなくなって……だけどこのままじゃダメだと思えた。私には足りないものばかり。少しでも変わって行きたい。そう思えたのはINOのおかげだよ」


 陽奈はもう一歩足を前に出す。


「蔑まれてなんかいない。尊敬してる。INOはカッコいい。インテリ眼鏡のゲームキャラ作るところもすごく好き」


 陽奈が急に好みを語り出した。そうなのだ、陽奈は腹黒参謀タイプがいつも好きなのだ。なるほど、猪瀬くんはそのタイプなのか。ならば別に、若君様ともキャラかぶっていないじゃないか。そして陽奈のタイプだ。


「INOは、すごく、かっこいいよ」


 その言葉は猪瀬くんに届いているように思えた。

 彼の瞳から赤色が一瞬消える。けれど、彼は俯き震えだす。


「……嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」


 彼の叫び声とともに、世界が再び真っ赤なフィルターに包まれる。そして炎のような塊が私たちを襲う。


 飛んでくる火の玉に、あっと思う間も無くぶつかりそうになる。すると若君様が私の前に立ちはだかる。火の玉は若君様の体の中に消えて行く。


「これは、我らの力の源、サイキの力が暴走したものだ。猪瀬だけではない、かつて存在した、もういない誰かの思念の作り出したものも含まれる」


 低い若君様の声が響く。

 これは私に説明しているんだって、理解する。だけどどうしてこんな時まで、丁寧に説明してくれようとするのか分からない。


「強すぎる力を含んだ念は、ただ人にも影響を与える。廊下に居た女中のように」


 確かに廊下には気を失っている方が倒れていた。


「我ら犀河原の血を引くものは、この力に翻弄される。抑えが効かなくなれば、意識を乗っ取られ、状況によっては、他者に危害を加えたり自身の死に導かれることもある」


 私のお父さんは、赤の妖鬼に襲われた時に対処が出来ずに亡くなった。


「今、猪瀬を飲み込んでいる妖鬼は、この屋敷のもの全てに影響を与えるほどに大きく育っている。この状態でもまだ話が出来る猪瀬は、強い自制心と高い能力の持ち主であるのだが、本人には自覚がないようだ」


「INOは屈折してますから!」


 陽奈がなぜだかドヤ顔で答えた。そんな間にも猪瀬くんから赤い火の玉が陽奈に向かって飛んでいくけれど、陽奈の体を覆う白い膜のようなものがそれを、弾いている。


「俺たちがあの火に襲われたらどうなると思う?」


 若君様は後ろに立つ私を振り返り、笑みを浮かべて聞く。


 いや、今そんな状況じゃない気がしてるのですけど……。とはいえ、聞かれたからには答えなくてはと、頭を働かせる。


「火の玉……赤の妖鬼に、影響される?」

「そうだ。赤は攻撃、怒り、憤怒、様々な感情を心に生み出す妖鬼だが、今猪瀬はまさに、抑圧していた怒りを解放している状況だ」


 能力者は、猪瀬くんみたいに影響されて、心に怒りの感情が膨らむってことなのかな。


「そして美月さん」

「はい」

「君にあれが触れたら、どうなると思う?」

「私にですか?」

「ああ」


 のんびり会話してる状況じゃないのは、猪瀬くんの鬼のような形相から伝わってくるのだけど、若君様は湖畔に佇むような穏やかな表情で私を見下ろしている。一人だけ異次元にいる方のようだ。


「私は……普通の人ですから、気を失うのでしょうか?」


 私の答えに、若君様はおや、というふうに楽しそうに微笑む。


「なぜそう思う?」

「えっと……無能の、普通の人間なので……」


 ふむ、と若君様は言う。


「歴代でも稀に見る能力者である陽奈さんの双子の君が?」

「……」

「誰よりも高いサイキを体内に抱え持つ、君が?」


 どうして……無能の私に、若君様がこんな問いかけをするのか分からない。混乱しながら答える。


「私は……普通の人じゃないんですか……?」


 私の言葉に、若君様は正解だと言うように微笑んだ。


「……なら、私は……?」


 声を絞り出す。

 無能だと、恥ずかしい存在だと、おばあちゃんに言われて育った。なのに今更……。


 え、今更?ってなんだろう。

 自分の中に湧いた不思議な感情に違和感を覚える。


「考えて」


 若君様が答える。


「君は、能力者の家系に生まれた者。体内に、莫大なサイキを抱え持って、けれどただ人のように生きて来られた者」


 若君様の穏やかな漆黒の瞳がただ私を映している。


「君は何者?君は誰?君は何が出来る?」

「……」

「これは特別なことじゃないんだ。誰もが……陽奈さんも俺も、俺たち能力者は、幼い時から考え続けて生きている。そうしなければ、力を使いこなすことが出来ないからだ」


 自分に出来ることを、考えること……。


 陽奈を見つめると、ゆっくりと頷いた。彼女にも思うところがあるようだ。


 私はずっと、記憶に蓋をしていた。

 恐ろしくて、どうしようもなかった記憶から。きっと抱えられなくて逃げ出したんだと思う。だけど仕方がないことに思う。だって、パパとママが亡くなった。私は幼すぎた。抱え持つことなど無理がある。


 それでも……。

 何もかも忘れている私を、おじいちゃんとおばあちゃんはどう思っていたんだろう。


「猪瀬」


 いつの間にか若君様は猪瀬くんの前に立っていた。体の前にかざした片手が、猪瀬くんから放出される火の玉を弾いている。そうして、真っ直ぐに彼を見据えながら言った。


「言いたいことは、俺に直接言え」

「お前が!欲しいものを全部持っていく!いまも!」

「欲しいもの……?」


 猪瀬くんの無意識の視線を追うように、なるほど、と言いながら若君様が陽奈を見つめる。


「え?」

「陽奈さんが欲しいそうだ」

「う、ええ!?」


 陽奈が素っ頓狂な声をあげる。


「次の花嫁が決まったと!話していた!」

「そうか。残念だがまだ決まっていない」

「moonが!花嫁になると……決まったと……」

「決まってないと言っている」


 陽奈が顔を真っ赤にして叫んだ。


「ば、ばっかじゃないの!?花嫁なんてならないわよ!まだ16にもなってないのに、恋人だっていないわよ!?」

「急に学校に行くって言い出すし……」

「さっき、変わりたいんだって言ったじゃない」

「ずっとお前が花嫁だとみんなが言っていた」

「みんなって誰よ!」

「学校のやつらも、母さんも、親戚も、一族みんなだ」

「私も若君様も言ってないわよ!聞きなさいよ、私の好みのタイプは、腹黒参謀タイプよ。インテリ眼鏡キャラ作るような、気障ったらしいやつよ。あんたみたいなタイプなのよ!」


 陽奈の言葉に、猪瀬くんは動きを止めると、その瞳の色を赤から青に変えた。


 ――青?


 不思議な色をしていた。吸い込まれそうな、深い青色。


「青の妖鬼は、不安や恐怖を増幅させる」


 若君様の低い声が響く。

 きっとまた私に説明をしてくれている。


「猪瀬をずっと、蝕んできた色だ」


 若君様の声は、どこか物悲しく感じる。


 若君様は見つめ合う猪瀬くんと陽奈の横に立つと、猪瀬くんの肩に手を置いた。


「なぁ、猪瀬。お前こそ、鬼として生まれ、人として生きる者の気持ちなど分からないだろう」


 静かに、猪瀬くんは若君様を見上げる。その瞳は澄んで見えた。


「お前、本当にそんな理由で、妖鬼に飲まれたのではないだろう。子供のころ、俺たちは友人だった。なんでも話してくれたな。いつからだ。お前が怯える視線を俺に向け出したのは。お前、まさか忘れたのではなかろうな。おのれの剥き出しの恐怖心を、違うもので上書きしてはいないだろうな?」


 猪瀬くんは固まったように動かずに若君様を見上げている。


「なぁ、イノ、思い出せ。お前を閉じ込めたのはなんだ」

「俺……」


 猪瀬くんの瞳が黒色に変わり、そして、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「慧……ごめん。俺。俺、俺……怖かった……」

「ああ」

「お前が……怖かった……!」

「知ってるよ、イノ」

「友達なのに。同じ能力者なのに。全く違うのが怖かった……」

「いいんだ、イノ」

「ごめん、慧……」

「良いんだ」


 怖かったのはお前が本当に友達だったからだよ……そう言う若君様の小さな声が聞こえた。











 落ち着いてきた猪瀬くんを介抱していると、本家の応援の人たちが着いた。屋敷の方たちも無事目を覚まし、私と陽奈は帰っていいと言われる。


 大人たちに囲まれていた若君様は私のもとに駆け寄ると、肩に手を触れながら、最後に言った。


「今日はお疲れ様……よく休んで」

「はい、慧十郎様」


 触れた肩から伝わる彼の熱は、変わらず私の心を温かくした。





 陽奈の車で家まで送ってもらう途中、私は聞いた。


「妖鬼は、祓えたの……?」


 私にはよく分からなかった。

 話しているうちに、猪瀬くんが落ち着いてきて元に戻ってきたように思えたのだ。


「うーん」


 陽奈が少し悩んで答える。


「普通はもっと強制的に祓うんだけど。なんかね、能力者たちは、思春期に不安定になることがよくあるらしくて。心の根底に潜んでいるものは、無理やり祓っても、また憑かれちゃうから意味がないって話は聞く」

「ふうん」

「だから若君様は話し合いをしようとしたのかも」


 陽奈は若君様のことがよく分かってるな、と思う。


 私には何も分からない。彼の言葉の意味も。どうしてこんなにも、私に関わろうとしてくれるのかも。


「ねぇ、美月ちゃん」

「うん」

「美月ちゃんは、無能じゃないと思う」

「……」

「私にも分からないけど……それだけは違うと、ずっと思ってたの」

「陽奈ちゃん……」


 能力者の中に生まれた、無能の私。


 だったはずだけど、もしかしたら違うのかもしれない。私は、もっともっと考えなくちゃいけないんだ。

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