63.すべての根底が……
社長と小巻主査が帰ったあとしばらくの間、誰も口を開かなかった。
話の口火を切ったのは飛島先輩だった。
「どうするよ」
このことばに青木が反応した。
「まいったなあ、また就活か」
「そういうこと?」
と玲夢が食いつく。
「そりゃそうだろ梨田、社長が廃業するって言ってんだから、次の仕事を心配するのが当然だ」
「でもですよ、対外的に発表したわけでもないんだし、それに、グルーヴさんのはどうするんですか。さっき最終チェック終えたばっかりですよ」
と玲夢はパソコンを指さした。
「んなもん、今さらエントリーしたってしょうがないだろ。社長だって辞退の方向でよろしくって言ってたし。仮に通ったって実行する会社がなくなるんだぞ」
このことばに、戸田嶋は反射的に言い返した。
「いいじゃないですか、出しましょうよ」
職務命令違反になるかもしれない。でも玲夢だってきっと出したいって思っているはず。何しろ昨日だってワタナベエステートさんと協業の道を探っていたのだ。『辞退しろ』と言われて『はいそうですか』と飲めるわけがない。
「廃業がわかってて応募するなんて無責任だろ」
「大丈夫ですよ、ウチらが廃業で企画の遂行能力がないってわかったら、その企画をどっか他がやるだけですって。そりゃアイディアだけ持ってかれるのは癪ですけど、そうなれば、別にグルーヴさんには迷惑掛かんないんですから。まあこれ、勝つ前提の話ですけど」
「でもな、どうなんだろうな、そういうのって」
「もし最優秀を獲得して、それから降りる、となったらそのときは小巻主査に頭下げてもらいましょうよ。そういうのがあの人の仕事なんですから」
「でも何かなぁ」
このあと、多少の意見の応酬はあったものの、『廃業』のカウンターパンチに足下がぐらついているメンバーは戸田嶋の意見に抗う気力も乏しく、方針は成り行きのような形で『応募』と決まった。
ただ気力の減退は如何ともし難く、全員でグルーヴさんに出向いてプレゼンする計画は白紙撤回され、エントリーは、メールに提案資料を添付して送信、という、それまでに投入したエネルギーに比べると、あまりにも軽い、投げやりな形で行われた。
大切にしていたことが、ゆっくりと崩壊していく。砂浜に作った砂の城が、打ち寄せる波に崩れていくような感覚だ……。
ワイズデザインが廃業すれば仁と赤ちゃんを迎え入れる計画は、土台から潰える。
それどころか自分の生活をちゃんと立て直さないと出産さえままならない。
『仁さんには何としても大学に進んでもらいます。(足りない学費は奨学金を借りて)ふたりで返します』
仁のお父さんに、こう大言したのは、ほんの数日前のことだ。この状況では何と罵られても反論できない。




