表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/80

42.これしかない

 梨田玲夢(なしだれいむ)は進退(きわ)まった。


 時間は刻々と過ぎていく。

 『連中、時間指定してきたってことはそれまでは動かないと思う』と青木君に言ったのは、楽観的な憶測に過ぎない。


 試しにもう一度、ヘタ子に電話してみた。

 〈電源が切れているか、電波が届かないところに……〉

 電話は切られたのではなく、自分で切ったと思いたい。


 こうしてはいられない。

 ひとりで行くか、この格好で、と自分の格好を見下ろして首を振った。

 いや、ひとりでこれじゃ、コントだよ。

 どうするか。



 迷いながらも、玲夢の頭には『もう、これしかない』という考えが、実はあった。

 実はあるのだが、ただ踏ん切りがつかない。


 その考えというのは。


 同郷の後輩で、今、上野の須藤建設で働いている海斗に頼ることだ。


 芦原海斗。

 このあいだ二十歳になったばかり。

 一応、彼氏だ。一応。


 あんまりぐいぐいくるので、少し冷ます意味もあって、本人には『仮採用だからね』と言ってある。

 でも本当は……、ちゃんと男として見てるし、惚れてる。

 体型は厳ついし、目つきもあれなんで誤解されやすいけどあいつ、本当は優しくて、いい奴なのだ。

 はぁ~、と長いため息が漏れた。


 どうしよう。


 高校中退で、ど田舎の元暴走族、という暗ダサい過去を断ち切って上京し、定時制高校に編入して勉強しながらまじめに働いてる彼を、巻き込んでいいものか。


 やっぱりだめだよ。


 レディスで総長を張ったことに後悔はない。

 微塵も。

 でもいつまでも喧嘩してるわけにもいかない。

 ヘタ子と違ってセンスも才能もないけど、これでも必死に生きてるんだ。目の前の仕事を全力でやってる。だって、失いたくないんだよ、居場所を。こんなブラックな会社だって、とりあえずは真っ当な社会人の地位だ。

 それは、海斗だって同じはずだ。

 彼のことを思うなら頼るべきじゃない。

 そう思っているのに、手にしたスマホの画面には、既に、 “海斗♪” と表示されていて、さっきからその上で、親指が行ったり来たりしている。


 だめ。

 頼っちゃだめ。

 ぜったい。

 と心では思っているのに、気が付くと、玲夢の親指は音声通話の受話器マークの上に乗っていた。


 呼び出し音が三回鳴って海斗が出た。


 〈玲夢さん、珍しいっすねこんな時間に。空いてますよ俺、てか会いてぇっす〉


 「……」


 〈もしもし〉


 「……」


 〈もしも~し〉


 「ごめん、やっぱいいわ」

 爆笑!


 一拍おいて、

 〈何すかそれ。意味わかんねえんですけど〉


 「……ふぅ」


 〈何か困ったことですか。言っちゃってくださいよ〉


 「海斗」


 〈はい〉


 「あたしさ」


 〈うん〉


 「海斗のこと、仮採用の彼氏っつってんじゃん」


 〈はい〉


 「あれ、やめる」


 〈ちょっと待ってくださいよ、何か悪いとこあったら直しますから。今はまだ無理ですけど、ちゃんと資格取って稼げるようんなりますし、したら〉


 「待って」


 〈……はい〉


 「違うの」


 〈違う?〉


 「仮採用の仮、を外そうと思って」

 あたしは汚い女だ。こんなときに交換条件みたいにこの話を持ち出すなんて。


 〈それって、本採用ってことですか〉


 「うん」


 〈……。玲夢さん俺、別に報酬なんかなくても。てか、そりゃあ本彼(ほんかれ)の話は飛び上がるほど嬉しいっすけど、困ってることがあるんなら、そっち先に言っちゃってください〉


 「あのね、仮採用を外そうってのは、ずっと思ってたの。言うタイミングがなかったってだけ。それは本当。信じて」


 〈はい〉


 「で、困ってるってのも、ほんとなんだ。ごめん、あたし汚いよね」


 〈きれいっすよ、玲夢さんは〉


 「そういう話じゃないの」


 〈わかってますよ。そうじゃなくって、八代目黒百合のれいなの美しき正義を、俺は誰よりも信じてるってことです〉


 視界が涙で揺れた。

 だめだこういうの、どうしよう、死ぬほど嬉しいんだけど。涙が止まんないよ海斗。よかった電話で。泣いてるとこ見られたら超恥ずかしい。


 〈玲夢さん〉


 声が震えないように、しっかり心を落ち着けてから返事した。

 「ありがとう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ