34.狂犬の名は……
作業を終えた青木は肩の力を抜き、細く長い息を吐いた。
そして、
「ここの通信環境だとここまでです。条件のいいとこで、も一回やってみますけど」
と前置きして青木は説明を始めた。
「半場隊長が狂犬って呼んでる女の名前は宮野麻衣。取り巻きは五人いて、うち四人は男です。これがそう」
青木がパソコンの画面を示した。
コンビニの駐車場らしきところに若い男女が屯っている。合わせて十人以上いるからこのなかの五人、ということか。なかには、けっこうワルそうなのもいる。
画面の端に高校の制服を着た女が写っていた。駐車場のガードパイプに腰掛けてスマホに目を落としている。何となく場違いな雰囲気。
ていうかここどこなんだ。
「どっからこんな画像もってきたの」
青木は何も答えない。でも顔がちょっと自慢げだ。
玲夢が訊いた。
「ここに写ってんのが宮野ってのの仲間なのね」
「そうです。一部ですけど風貌から見て、えっと、たぶんこいつと、こいつはそうですね」
青木が示した人物は、どれもごく普通の、まじめな高校生にしか見えない。
そのうちのひとりは、あどけない顔でお握りを頬張っている。傍らには大きなエナジードリンクの缶。あんなのでお握りを流し込んだらどんな味になるんだろう……。
青木が指さした残り三人の口元には笑みが浮かんでいた。でも少しも楽しそうに見えない。心、ここにあらず、みたいな。
動画はずっとループ再生を繰り返している。それにしても、
「どっからこんな画像引っ張ってくんの」
「安い防犯カメラってわりと簡単にハッキングできるんで。あと画像検索使えば顔も追えますし、だいたいの場所も。そりゃ警察のリレー捜査のようにはいきませんけど、それなりには」
「こっわ」
「で、青木君、宮野麻衣ってのはどれ? リーダーなんでしょ」
「これです、たぶん、っていうか間違いなく」
と指さした人物は、離れた場所でスマホをいじっている少女だった。
「これぇ?」
思わず玲夢とハモっていた。
だって、どっちかといえばターゲットにされそうなタイプだ。狂犬というイメージとはかけ離れている。
「どうします。脅迫だったら警察に持ち込む手もありますけど」
警察を頼りたい。仁の安全を考えたらなり振りをかまっている場合ではない。
でも、その思いを玲夢が止めた。
「無駄よ、今んとこ被害はないんでしょ」
「あってからじゃ遅いでしょ!」
思わず睨みつけてしまった。
だって。
もし誘拐だったら交渉が必要になるし、それなのに悠長に待っていて「何かあったら……」と絞り出した声は、意に反して震えてしまった。
でも玲夢は落ち着いていた。
「よく考えてヘタ子。今んとこ拉致られた証拠はないし、あったとしてハッキング映像でしょ? 警察ってそういう、怪しげな情報だけだと動かないよ」
言われてみればそうかもしれない。でも、
「じゃあどうすればいいのよ」
「妹さんからはその後何も?」
「うん」
「え、ちょっと待って、妹さんって」と青木が身を乗り出した。
「仁の妹。中三で真鈴っていうの」
「妹さんのアドレスとか電話番号、わかるんですか?」
「あ、うん、わかる。今送るね」
青木に持っている情報を送信した。
それにしても、この国の情報セキュリティーはどうなっているんだろう。
アドレスと電話番号、それにSNSやチャットの履歴を技術のある人間が探れば、顔や所在、行動まで追えてしまう。
ハッキングという性格上、合法かどうかは微妙だとはいえ、仕組みとしては可能な状態が放置されているのだ。
「そういえばこいつらのチャットルームでの会話が残ってるんですけど」
見せてくれた画面には、使い捨て、狩り、タタキ、葉っぱ、といった犯罪ワードが示されていた。隠語ならわからないと思ったのか、意外に不用心だ。
「けっこうヤバいことやってますね。恐喝とかたかり? あと集団で暴行。単純な破壊行為。一個一個はわりとチンケですけど、恐喝も暴行も金目当てっていうよりゲームです。狩りみたいなもんじゃないのかな」
暴行、というワードに背中が凍り付いた。
「あと、こいつらの背後に別の集団がいます。言葉遣いから考えて本職か、少なくとも年上で、暴力関係はたぶんそっちがやってます。幹部はさっきお見せした通りガキですばっかけど。
ツムギって親衛隊長はあれですよ、ただの純粋なファンで、好き好きが闇落ちして一線越えちゃった感じの」
それで宿舎にまで忍び込む、か。なんだか半場ツムギがかわいい女に思えてきた。
「宮野麻衣の立ち位置は?」
「指示役ですね。それも、別の女の子を通じてです。表には出てこないですけど、トップは間違いなく、この宮野麻衣です」
「闇バイトとか、の線は?」
「可能性はなくはないですけど。でも本物なら秘匿性の高い通信手段を使うからなー、ないかなー」
もっと悪いヤツは、もっと頭がいい、ということだ。でも青木は間違いなくその上をいく。仕事だと抜けてるけど、こういう仕事ならほんと、頼りになる。
「青木、今見してくれた画像、あたしと玲夢に送っといて。解説付きで」
情報は集まった。でも今の時点では待つほかない。
それにしても宮野麻衣。
目的がわからない。
何なんだいったい、仁をいったいどうするつもりだ。




