反転攻勢の衝撃
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──反転攻勢の衝撃
フサリア作戦の失敗とその後の魔獣猟兵による反転攻勢の結果は皇帝大本営に報告された。陸軍からはシコルスキ元帥が、空軍からはボートカンプ元帥が、全体としてはトロイエンフェルト軍務大臣がそれぞれ報告を行った。
「……つまり、フサリア作戦は大損害を出して終わったと」
「そうなります。帝国陸軍と帝国空軍は装備と兵員の両面で大規模な損害を出しました。これから立て直すには簡単にはいかないでしょう」
報告を受けたメクレンブルク宰相が力なく言うのにトロイエンフェルト軍務大臣が憔悴しきった様子で告げた。
列席しているハインリヒも渋い表情のまま固まっており、何も発せずにいる。
「陸軍としては常設師団の多くが撤退戦の際に殿を務めたことで深刻なベテラン兵不足が起きることを懸念しております。装備は帝国の産業力であれば補充できますが、訓練され、経験豊かな兵士の補充は困難です」
「今の徴集兵の訓練期間を延長することは不可能なのか?」
「予算と時間的な問題があります。訓練期間を延長すればそれだけ戦えず、そして労働もできない兵士への費用が掛かりますし、時間的に前線はすぐに兵士を求めています」
メクレンブルク宰相の質問にシコルスキ元帥が返す。
「ベテラン兵が減少し、訓練不足の徴集兵が主力となった場合、具体的にどのような問題が生じるのかを説明してほしい」
「まず戦闘における損害が増大します。戦死者の増加はもちろん負傷者の発生によって部隊の行動が制限され、戦闘に敗北することもあるでしょう。また即席士官の士気を補助する下士官の不足はこれらの影響を増大させます」
メクレンブルク宰相が質問を続け、シコルスキ元帥が説明する。
「それを解決する方法としてひとつ陸海空軍で話し合いましたが、現在海軍の有する海兵コマンドは戦闘に参加しておらず、損害も出ていません。海軍から将兵を引き抜き、陸軍に補充するという解決策があります」
「リッカルディ元帥はそれに納得したのか?」
シコルスキ元帥が示した解決策をメクレンブルク宰相が疑問に思う。
「海軍としては異論ありません。海軍は現在直接的な戦闘が発生せず、輸送任務のみに従事していることに将兵が不満を覚えています。陸軍へ将兵を提供することは、これらの不満の解決にもつながりますので」
「それならば結構だ。三軍が連携して戦わなければならない」
海軍司令官のリッカルディ元帥の答えにメクレンブルク宰相が頷く。
「ですが、今回の敗北は明らかに我々司令部のミスが招いた結果です。私は陸軍司令官の地位を辞し、元帥の階級を陛下に返上したく思います」
「私も同様です。空軍司令官の職と元帥の階級を返上します」
シコルスキ元帥とボートカンプ元帥が相次いでそう言った。
「ダメだ。人材が不足しているということを話したばかりではないか。帝国は危機に瀕しており、あらゆる脅威に晒されている。敗北の責任を私は軍に求めない。前線指揮官にもあなた方将官たちにもだ」
ハインリヒはそれを明確に否定する。
「寛大なお言葉、感謝いたします、陛下」
「戦闘における敗北の責任をいかなる人物にも追及しないように私は求める。敵は強大で我々は国家存亡という未曽有の危機にある。今は責任を問うべきではない。失敗した人間はそれを学ぶ。それが重要だ」
シコルスキ元帥とボートカンプ元帥が頭を下げるのにハインリヒがそう言った。
「その上で責任を果たしたいというのであれば、帝国の勝利に貢献できるよう努力してほしい。今問題になってるのは兵員の不足だ。これを解決するように努力してくれ」
「畏まりました。この命を懸けて帝国のために働きます」
ハインリヒとしては今になって司令官が更迭されるようなことがあり、指揮系統に混乱が生じることを望まなかった。
「三軍の司令官に尋ねるが、今後はどのような方針で進めていくつもりだ? カエサル・ラインを維持するとしても、いずれは奪われた領土を奪還しなければならない」
ハインリヒに代わってメクレンブルク宰相がシコルスキ元帥たちに尋ねる。
「今回の件で分かった重大なことがあります。今回の反転攻勢を引き起こしたのは、カーマーゼンの魔女。それはひとり単独で引き起こしたのです。これはいくら我々が人間同士の戦争の常識で戦っても意味がないということです」
シコルスキ元帥が深刻そうに語った。
「これから我々が本格的な反転攻勢に転じ、領土の奪還を進めたとしても、敵は単独でそれをひっくり返せるのです。敵を追い詰めれば、また今回のようなことが起きてしまう。そうなると反転攻勢は困難です」
「では、我々は勝利できないのか?」
「そこまでは言いませんが、困難であることは確かです。もし、これから勝利を目指すのであれば敵が単独で戦況を逆転できるということを、敵が個人に頼った戦いをしていると捉えて行動すべきでしょう」
「なるほど。敵はひとりで戦況を変えるが、それは違う面から見ればひとりに頼っていて代替が効かないということだな」
シコルスキ元帥の説明にメクレンブルク宰相が頷いた。
「まずは戦力の強化を進めるべきでしょう。カエサル・ラインを強化し、継続的な防衛を可能にし、現在の防衛線を維持することで戦力を増強します。徴集兵の動員と訓練。即席士官の育成。装備の増産」
「軍務省が現在軍備の拡充計画について各関連省庁と協議しています。統制経済への移行については迅速にお願いしたい。軍需品の生産を増やせば、民需品の不足が起きます」
シコルスキ元帥とトロイエンフェルト軍務大臣がそれぞれ発言。
「分かった。迅速に法整備を行い、実行しよう。空軍はどう動く?」
「今回の戦闘で空軍は主力艦を多数喪失しました。空軍が計画している艦隊整備計画の実行を急がなければなりません。また以前のように防空任務に集中し、敵による戦略爆撃を始めとする航空攻撃の阻止に注力します」
「飛行艇を生産するドックが不足していると聞いたが」
「ドック不足は否めません。そこで軍務省と協議したのですが、アーケミア連合王国から飛行艇を輸入する。あるいはこちらの技術者と工員を派遣して、彼らのドックを借り、飛行艇を建造するという選択肢を考慮しています」
ボートカンプ元帥がメクレンブルク宰相にそう説明した。
「軍務省としてはアーケミア連合王国との協力は必要であると考えます。同国と我が国の関係は悪いものではありません。また同国の空軍は強力であり、主力艦の数も多い。空軍力に余裕はあるでしょう」
「分かった。外務省にアーケミア連合王国との二国間協定の締結を急がせる」
トロイエンフェルト軍務大臣が意見し、メクレンブルク宰相は同意。
「その上で申し上げますが、やはり化学兵器を使うべきです。今回の戦いで明らかになったのは我々の敵は死霊術師ではなく、旧神戦争の敗残兵どもだということです。そして、その連中に化学兵器は有効です」
「我々が使えば敵も使うということは説明したはずだ。まだ納得していないのか?」
「魔獣猟兵の獣どもが化学兵器を保有していると思っているのか? 軍務省で検討したが魔獣猟兵は現代戦に関するノウハウをスピアヘッド・オペレーションズの傭兵たちから手に入れている。連中の頭は旧神戦争時代のままだ」
メクレンブルク宰相の指摘にトロイエンフェルト軍務大臣が大声で主張する。
「数の不利は我々が連中に勝っている点によって覆さなければならない。我々の優れた点はその科学力だ。化学兵器はまさにその象徴である。我々が勝利するにはこれを使うしかないのだ!」
「敵は我々の飛行艇と互角に戦い、撃破できるほどの飛行艇を建造する高度な技術を持っている。どうして向こうの科学技術が劣っていると断言できるのだ」
「これ以上将兵が犠牲になってもいいというか! これは戦争に勝つだけでなく、将兵を守る意味もあるのだ!」
メクレンブルク宰相とトロイエンフェルト軍務大臣が激しい口論を始めた。
「よせ。化学兵器は使用するべきでない。これは敵を思ってのことではなく、我が帝国の前線で戦う将兵のためであり、後方を支える国民のためだ。もし、空軍が主力艦を完全に喪失し、敵が我が国の都市の上空を飛ぶようなことがあれば」
「そのときに化学兵器が使われた場合、大惨事となりますね」
ハインリヒがそう言い、メクレンブルク宰相が付け加えた。
「戦争は何をしてもいいわけではない。相手がどうであれ。一線を越えれば、残虐行為の応酬が始まる。それで被害を受けるのは我々ではなく、我々が下した決断に従うしかなかったものたちだ」
ハインリヒはそう言って議論を終わらせ、トロイエンフェルト軍務大臣は極めて不快そうな表情を浮かべていた。
「失礼します」
そこで陸軍少佐が入室し、シコルスキ元帥に耳打ちして去った。
「何事だ、シコルスキ元帥?」
「……先ほどB軍集団司令官であるフアン・ガルベス上級大将が拳銃自殺しました。憲兵隊が遺書を確認しています。今回の作戦の失敗の責任を取ると残されていたそうです」
「なんてことだ」
フサリア作戦を指揮したガルベス上級大将は責任ゆえに自殺したことが、陸軍の憲兵隊によって確認された。
「シコルスキ元帥。ガルベス上級大将に不名誉な扱いをしないように求めたい。責任を取るべきなのは彼ではなかったのだ」
「畏まりました、陛下」
力なくハインリヒが言い、シコルスキ元帥が頷く。
皇帝大本営はそれから終了し、ハインリヒは執務室に戻った。
「陛下。メクレンブルク宰相がお見えです」
「ん? 首相官邸に帰ったのではないのか?」
「それが陛下にお話があるということで」
エドアルド侍従長が報告するのにハインリヒが怪訝そうな顔をする。
「なら、通してくれ。話を聞こう」
「では、お呼びします」
ハインリヒの言葉を受けてエドアルド侍従長がメクレンブルク宰相を通した。
「陛下。急なことで申し訳ありませんが、お知らせすべきことがありまして」
「皇帝大本営では話せなかった話なのか?」
「ええ。重要なことです」
ハインリヒの言葉にメクレンブルク宰相が頷く。
「国家憲兵隊が調査した結果ですが陸軍内に不穏分子が存在するとのことです。現在の指導体制に不満を持ち、軍主導の政府を樹立することを目論むものたちです」
「何だと? 反乱の可能性があると言うのか?」
「国家憲兵隊は以前から陸軍内において非民主的な政権を望む一派がいることを把握していましたが、今回の戦争でその規模が拡大したとのことです。早期に摘発する必要があるとも言っています」
「摘発すれば解決するのか?」
「問題はあります。まず陸軍はどうあれ不満を覚えるでしょう。この戦時に軍人を逮捕することに対する反感はあるはずです。それにより軍の士気の低下などが起きる可能性が考えられます」
「そうか。だが、反乱を起こされては困る。摘発するようにしてくれ」
「畏まりました」
ハインリヒの指示にメクレンブルク宰相が了承して退室した。
「はあ。この戦争で何人死ぬんだ……」
ハインリヒはそうひとり呟いた。
それからハインリヒは退室したエドアルド侍従長を呼ぶ。
「お呼びでしょうか、陛下?」
「葬送旅団を帝都に戻してほしい。少しばかり不穏なことが起きそうになっている。こちらとしても備えておきたい」
「それはシコルスキ元帥に命じられるべきかと」
「葬送旅団は近衛部隊扱いだ。私の権限で動かせる。頼むぞ」
「では、連絡しておきます。念のためシコルスキ元帥にもお知らせしますがよろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
エドアルド侍従長はハインリヒに命じられた葬送旅団の呼び戻しのために退室した。近衛部隊は一応形式上は皇室及び皇帝の指揮下にある。もっとも実際の運用が陸軍が担っているのだが。
「我が友はどうしているだろうか」
ハインリヒがアレステアのことを思う。
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