帝都に向けて
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──帝都に向けて
アレステアたち葬送旅団はハインリヒの命令で帝都に向けてアンスヴァルトに乗って進んでいた。
「どうなるんでしょうか、この戦争」
アレステアはアンスヴァルトの医務室にいた。ルナに会うためだ。
「これまでの人間同士の戦争とは常識が異なる戦争になったね。君は旧神戦争のことをどれくらい知っているかな?」
「あまり。孤児院にいたときに神様の話を聞かせてもらったときにちょっと学校でちょっと教わっただけです」
「では、昔話をしよう。旧神戦争とそれ以前の話」
ルナが優しく語るのにアレステアはルナが出してくれたココアのカップを握ってルナの語る物語に耳を澄ませた。
「旧神戦争の前。世界にはまだ神と人間を区別するものはなかった。かつては人に死という概念はなく、永遠に生きていた。そして、神々は人と交わり、人を愛し、子を成すことあったんだ」
大昔。神代の時代において神々は特別な存在ではなく、人とともに生きていた。
「最初に明確な神となって世界の理を作ったのは大地の神だった。それから様々な神々が理を定め、司り、力を持ち、あやふやだった世界に明確な秩序を与えた。そのころから神々と人は支配する存在と信仰者の関係になった」
無秩序だった世界に秩序が生まれ、神はそれを司ることで力を持ち、人はその神々を崇拝するようになる。それが今に続く神々と人の関係だ。
「カーマーゼンの魔女のひとりであるセラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガーは秩序が定められる前に生まれたと言われている。彼女はずっと昔の人類だと。神と人間の子だとも言われている」
「そんなに昔の人なんですか?」
「ああ。大勢の神々より古い時代に生まれたそうだ。ゲヘナ様よりも長く生きている」
旧神戦争最強の魔女セラフィーネは古い人類。
「だが、神々が秩序を作っていくと対立する秩序が生まれ始めた。例えば戦争の神モルガンは敵対者を殺すことを讃えたが、秩序の神テミスは殺人を忌むべき行いと定めた」
「神々が対立を始めたのですか?」
「そう。君の知っている冥界の神ゲヘナは人が病み、傷つき、老いて苦しむことを終わらせ、地上に人が溢れないように死という秩序を作った。だが、医療の神ケリュケイオンは病気を癒し、傷を癒す方法を生み、生を永遠にしようとした」
ゲヘナは苦しみを癒すために死という秩序を産もうとし、ケリュケイオンは生物の生理学的な衰えを克服させようとした。
「やがてその対立が高まって行き、ついに衝突した。それが旧神戦争」
神々の作った秩序同士の対立は戦争に至る。旧神戦争という大戦へと。
「神々は自らの信仰を拡大するために対立する神々を攻撃した。神々といえど俗な話だよ。結局は自分たちの権力のために戦争を起こしたのだから。そして、その身勝手な戦争のせいで大勢が死んだ」
「そうですね……。身勝手な理由で戦争が起きて、大勢が巻き込まれる。嫌な話です。でも、“竜狩りの獣”が代表する人狼や吸血鬼、ドラゴンはいつ生まれたのですか?」
ルナが語るのにアレステアがそう尋ねる。
「“竜狩りの獣”が生まれたのは旧神戦争が勃発してからだ。狩猟の神であるウルが自らの半身を裂いて生み出した。かつてウルは大きな力があった。人々はまだ農耕によって生きる社会を作れておらず、狩猟に頼っていたからね」
“竜狩りの獣”と恐られる存在も神々が生み出していた。
「しかし、“竜狩りの獣”は自分の産みの親であるウルに歯向かい、ウルを殺した。そして残る半身を得て、強力な存在となった。旧神戦争において魔女として最強なのはセラフィーネだが、戦士として最強なのは“竜狩りの獣”だ」
「でも、その“竜狩りの獣”はどうして他の人狼を生み出したのですか?」
「分からない。もしかしたら彼は寂しかったのかもしれない。生みの親を殺し、“竜狩りの獣”と恐れられる彼に友人はいなかっただろう。だから、彼は自分を恐れない仲間を求めたのかもしれないね」
「いくら強くてもひとりなのはやっぱり寂しいですよね」
ルナの語りにアレステアが頷く。
「君はひとりではないね。大勢の仲間がいて、愛されてる」
「カーウィン先生もいてくれますしね」
ルナが微笑み、アレステアも笑った。
「吸血鬼たちはどこで生まれたのですか? 続きが知りたいです!」
「彼らは夜の神ニュクスが自分の影から生み出した。最初に生み出された真祖吸血鬼と言われるものは7名。その真祖たちが人間たちに血を分けて、同胞を増やした。吸血鬼たちはニュクスと彼女が同盟した神々のために戦った」
一日の中で夜という時間を司る神。その影から吸血鬼たちは生まれた。
「最後はドラゴンたち。彼らは神々とともに生まれた存在だった。旧神戦争以前は神になるドラゴンもいたし、神の秩序を広める伝道者でもあった。彼らは旧神戦争の中で自分たちも神になろうと戦った」
ドラゴンたちはゲヘナのように神に至るほどの存在だった。
「神々とそれを信仰する戦士たちは旧神戦争という戦争を戦った。敗れた神の秩序は消え、世界の秩序が変化しながら戦争は続いた。大地は荒れ果て、大勢が死んだ」
ルナが寂し気に語る。
「でも、戦争は終わったのですよね?」
「ああ。神々は戦いによって狂った人々と荒れ果てた大地を見て、己の行為を恥じた。和平が呼びかけられ、今の神聖契約教会の中央神殿が位置するセプティモンティウムの丘で和平が行われた」
神々自分たちの起こした戦争の被害を前に戦争を終えようと決意した。
「神々はそれぞれの司る秩序の範囲を譲歩して調整し、今の世界を構築する秩序とした。そのことは墓守であった君ならば知っているだろう?」
「ええ。地上の神々のために死者をすぐには冥界に招かず、別れを告げる眠りの時間を作ることをゲヘナ様は承諾なさったのですよね」
「そう。そうやって神々は今の世界を作った。そして、これ以上秩序を生み出すことやまた神々同士で争うことを阻止するために地上を去った。神々のために戦った戦士たちも神々は自分たちとともに来るように言った」
「でも、残った人たちもいる」
「それが魔獣猟兵。どうして彼らが地上に残ったのかは分からない。彼らが本当に神々のためを思っているならば神々の秩序を受け入れ、神々とともに去るべきだった。なのに彼らは地上に残り、今世界の秩序を脅かしている」
アレステアの言葉にルナがそう語る。
「セラフィーネさんは戦いたいと言っていました。戦うことが目的であって、戦いから何かを得ようとしているわけではないのだと」
「彼女は戦争の神モルガンの戦士だったからね。モルガンは戦いを美徳とした。死を讃え、殺人を推奨し、略奪すら美化した。そのモルガンの戦士である彼女は戦うことが、神を讃える一番の手段なんだ」
「神々を崇拝することではあるのですね。けど、そんな教えは」
「時代にそぐわない。過去の価値観だ」
アレステアが険しい表情で言うのにルナがそう断言。
「この戦争において魔獣猟兵側に大義などないよ。彼らには旧神戦争の終結の際に神々とともに去るという選択肢がちゃんとあったんだ。それなのに彼らが地上に残った時点で彼らはこの世界の秩序に従う義務がある」
ルナはそう言った。
「でも、彼らは戦っている。セラフィーネさんは負けてもいいと言っていました。それによって滅ぼされてもいいと。まるで死に場所を求めているかのような……」
「ある意味では彼らも神々の犠牲者だ。神々が争わなければ旧神戦争は起きず、神々は今も地上にいて、魔獣猟兵など生まれなかった。神々も身勝手だよ。ゲヘナ様の眷属である君にこういうのは申し訳ないが」
アレステアの言葉にルナは少し忌々し気にそう語った。
「でも、魔獣猟兵は死霊術師と協力しています。死霊術師は明らかに世界の秩序に歯向かっている存在ですよ」
「君は死者の声を聞くことができるから死による別れをそう恐れてもいないのだろう。それに君は親しい人が亡くなったことがないのではないかな?」
「いえ。帝都で墓守をしていた時にお世話になった人がひとり……」
「そうか。それで君はその死をなかったことにしたいと思わなかったかい? 彼が死ななければよかったとは」
「それは思いました。親しい人でしたから。でも、今はその人も冥界で安らかに眠っていると思うと受け入れられます」
「君は優しいね。本当に優しい。けど、多くの人間は死による別れを受け入れられないものなんだ。なかったことにしたいと望むもの。だから、人は死霊術を生み出した。死霊術が生むのは偽りの生だと理解していても」
「人は皆理由があって行動する。そうですよね。理由もなく人を殺したり、法を犯したりする人はいない……」
ルナの言葉にアレステアが呟いた。
「そして、理由があれば人から理不尽に奪うことを正しいと言えるのか。君はどう思う、アレステア君?」
「分かりません。けど、奪う人がいれば当然奪われた人もいる。その人にとっては正しいとしても許せないとは思います」
「私もそう思うよ」
アレステアの言葉にルナはゆっくりと頷いた。
『総員に次ぐ。本艦は間もなくムートフリューゲル空軍基地に着陸する』
スピーカーからテクトマイヤー大佐の声が響き、アンスヴァルトが着陸態勢に入り、降下を始めた。
アンスヴァルトは帝都最大の空軍基地ムートフリューゲル空軍基地に着陸し、爆撃などから飛行艇を守るバンカーへと向かう。
「さあ、君も葬送旅団の仲間たちのところに戻るといい。私はまだここでしなければならない仕事があるから」
「はい。では、後でカーウィン先生」
ルナが言うのにアレステアが頭を下げて医務室を出る。
「どうなってるのー? 空軍基地から出ちゃダメって何?」
すると、アンスヴァルトの後部ランプでシャーロットが帝国空軍の基地警備の兵士と何やら揉めているのが見えた。
「どうしたんです、シャーロットお姉さん?」
「なんかさ。非常事態とかで空軍基地から出るなってさ。何が起きてるのか聞いても全然説明してくれないんだよ。今、シーラスヴオ大佐が確認してるみたいだけど」
アレステアが尋ねるのにシャーロットがそう言って自棄になったようにスキットルのウィスキーを喉に流し込んだ。
「僕たちって皇帝陛下に呼ばれたんですよね? でも、基地から出ちゃダメなんですか? 何かあったんでしょうか?」
「分かんない。少なくとも帝都のお店に飲みに行けないから、どこかで暇をつぶさなきゃ。カーウィン先生は?」
「医務室ですることがあるそうです」
「そっか。じゃあ、アレステア少年はあたしに付き合うのだ! 遊びに行こう!」
「はい!」
シャーロットはアレステアを連れて空軍基地の中にある売店などがある施設に向かった。売店にはいろいろな品が売られており、食堂も設置されている。
アレステアとシャーロットたちがそちらに向かっていたとき、シーラスヴオ大佐とレオナルドは葬送旅団の司令部にいた。
「つまり、帝国国防情報総局の指揮下に入れ、と?」
「そういうことです。以前任務を合同で行ったワルキューレ武装偵察旅団の部隊が合流します。密かにです。どうも妙な感じですな……」
レオナルドが唸りながら尋ねるのにシーラスヴオ大佐が答える。
「この空軍基地のゲートを含め、帝都の軍事施設には全て国家憲兵隊が派遣されているようなのです。そして、近衛部隊扱いである我々が帝都に呼び戻され、陸軍の指揮系統からはずされ、帝国国防情報総局の指揮下に入った」
「まるで反乱を警戒しているようですな。この戦時にこのような措置とは」
「そうなのです。しかし、軍の反乱を警戒するとは。確かな情報でもあるのでしょうか。不確かな情報で軍をこのように扱えば指揮に響くのですが」
「今は備えておきましょう」
ムートフリューゲル空軍基地のゲートには国家憲兵隊の暴動鎮圧用の装甲車などが配備され封鎖されている。
帝都で何かが起きようとしていた。
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