英傑との対話
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──英傑との対話
アレステアたち葬送旅団はフサリア作戦の失敗で撤退する帝国陸軍B軍集団の撤退支援と負傷者救出に向けて動いていた。
葬送旅団の移動拠点であるアンスヴァルトは魔獣猟兵が航空優勢を握ったことで行動不能なため、地上を車両で進み、アレステアたちは前線を目指す。
「全車両、警戒せよ。前線が近い。敵と接触する可能性がある」
シーラスヴオ大佐が指揮車から車列に指示を出し、魔道式機関銃を据えた車両が周囲に警戒の視線を向けながら友軍が撤退した道路を走る。
「道路が凄く荒れてますね。砲撃のせいでしょうか?」
「フサリア作戦が発動されたときにはここには魔獣猟兵がいましたからね。砲撃したのは帝国軍ですよ。まさか彼らもここをまた通ることになるとは思わなかったでしょう」
道路には砲弾の爆発でできたクレーターがあり、軍用車両は頑丈なタイヤでそれを乗り越えて力強く進んだ。
「魔獣猟兵は最初から全部計算してたってことだよね。帝国軍の攻撃を誘って、要塞化されたカエサル・ラインから出撃させて長距離を進軍させることで砲兵と前線の歩兵を切り離した。そこで反転攻勢だ」
「ええ。空軍も支援できないように空中艦隊を繰り出して拘束。陸空が見事に連携した作戦です。敵ながら優秀と評価せざるを得ません」
シャーロットが語り、レオナルドが同意する。
「なら、僕たちが司令部を襲撃したことも無意味だったんでしょうか?」
「どうだろうね。意味がなかったとは思いたくないけど。けど、戦局を左右できるほどの結果はなかったってのが現実かなー」
「そうですよね。こうなってしまったのですから」
シャーロットが渋い表情で語るのにアレステアは落胆した様子で外を見る。
道路の脇には放棄された火砲がちらほらと転がっていた。爆破処理する暇すらなかったらしく、まだ使える状態で残されている。
「戦争というのはひとりの兵士が頑張っても変わらないものだよ。昔からそうだ」
そこで同じ軍用トラックに乗っていたルナが告げる。
「大勢の意志が戦争を動かす。戦争の残酷さも、非人道的な行いも、勝利と敗北も、ひとりが生み出すものではない。大勢がそれを望み、引き起こすんだ。英雄ですら大勢が作り出す虚構の存在だ」
「カーウィン先生はさ。ひょっとして従軍経験ある? 妙に銃創の治療とか手慣れてるし、戦場でも平然としてるし、どこかの軍隊にいたりした?」
ルナの言葉にシャーロットがそう尋ねる。
「昔の話だよ。戦争が起きた場所に住んでいた。軍にいたことはない」
「そっか。まあ、その方が頼りになるからいいけどさ」
ルナが首を横に振りシャーロットがそう言った。
「戦争が起きた場所、ですか?」
「ああ。詳しくは聞かないでほしい。とても辛くて嫌な思い出なんだ。もう思い出したくない……」
「すみません」
ルナが言うのにアレステアが申し訳なさそうな顔をした。
「前方に友軍と思しき兵士を確認!」
そこでケルベロス擲弾兵大隊の兵士が叫んだ。
アレステアたち葬送旅団の車列の前方に手を振っている帝国陸軍の戦闘服姿の兵士が2名いた。魔道式自動小銃で武装しているが、敵意はないように見える。
「止まれ! ここから先は危険だ!」
「我々は救援部隊だ! そちらの所属を明らかにせよ!」
兵士たちが必死に車列を止めようとするのにケルベロス擲弾兵大隊の兵士が油断せずに魔道式機関銃を握って問いかけた。
「第46自動車化擲弾兵師団だ! ここから先には地雷を敷設した! 進めない!」
「そちらは救援が必要か!?」
「負傷者を抱えている! できれば助けてくれ!」
「分かった!」
葬送旅団は遅滞戦闘のために留まっていた帝国陸軍部隊が陣取る場所に入る。
「少将閣下。葬送旅団です。救援に参りました」
「助かる、大佐。救いの女神だ」
現場で指揮を執っていたのは帝国陸軍少将だ。将官自ら魔道式自動小銃を握り、部隊の指揮を行っている様子だった。彼の目にはまだ戦う意欲が見える。
「第46自動車化擲弾兵師団と聞きましたが、負傷者の所属も?」
「いいや。第46自動車化擲弾兵師団は既に壊滅したよ。ここにいるのは寄せ集めだ。撤退しながら将兵を集めて臨時に編成した足止め部隊だ」
ここにいる帝国陸軍部隊は魔獣猟兵の反転攻勢で離散した部隊を、この帝国陸軍少将が掻き集めて臨時編成したものだ。
「負傷者が多い。そちらで救援してもらえるならば助かる。もう医療品は底を突いた。負傷者を後送できるなら我々も撤退する。それまでは動けない。負傷者を置いていくわけにはいかないからな」
「了解です。こちらにお任せください」
「頼むぞ」
シーラスヴオ大佐が帝国陸軍少将に告げ、早速負傷者の救援を開始する。
「負傷者をトラックに載せろ! ただし、自分で歩けない負傷者だけだ! 歩けるものは歩いて撤退するように! 急げ、急げ! いつ敵が来るか分からんぞ!」
寄せ集め部隊の将校が叫び、将兵たちがケルベロス擲弾兵大隊と一緒にトラックに負傷者を乗せていく。
「この負傷者は急いで手当てしないといけない。敗血症を起こす可能性がある」
「手伝います」
ルナはすぐに治療が必要な負傷者にケルベロス擲弾兵大隊の衛生兵とともに必要な処置を施し、後送できるようにしていた。
「酷い状況ですね……」
臨時に開設された野戦病院には軍医はおらず、衛生兵たちが辛うじて所持していた医療品で止血程度の最低限の処置をしただけの負傷者で満ちている。
手足の傷から壊死が始まり、異臭を放つ負傷者。既に死んでいるが衛生兵が忙しすぎてそれに気づかず、ハエが飛び交っている死体。鎮痛剤もないため苦痛にただ耐え、呻いているものたち。
そこに人間としての尊厳はなかった。
「この負傷者を運ぶ! 手の空いている人間は手伝ってくれ!」
「今行きます!」
アレステアは負傷者をトラックに載せる作業を手伝い、何名もの負傷者をトラックに運び込んだ。自分で移動できない負傷者を葬送旅団が後送すれば、この部隊は移動して撤退することができる。
「監視所より通報! 敵部隊が迫っている! 戦闘配置に就け!」
そこで帝国陸軍の寄せ集め部隊の将校が叫んだ。
「シーラスヴオ大佐さん! 僕たちはどうしますか!?」
「このまま負傷者の後送を。今はこれが最優先です」
「分かりました!」
アレステアたちは負傷者の後送を急ぐ。負傷者は戦えない。このまま戦場にいれば犠牲になるだろう。
その頃帝国陸軍の寄せ集め部隊は前進してくるセラフィーネが生み出したゴーレムとの戦闘を始めていた。
「敵部隊、地雷原を突破!」
「速射砲射撃準備! 急げ!」
ゴーレムたちは敷設されていた地雷の爆発をものともせずに前進を続け、帝国軍の陣地に向けて迫ってくる。
既にゴーレムに歩兵が携行する小火器が通用しないのは判明しており、火砲として唯一戦場に残されていた口径37ミリの速射砲だけが頼りだった。
陣地に据えられた速射砲がゴーレムたちに砲口を向け、十分な距離になるまで待機する。砲弾は限られている。撤退の際にこの手の砲弾はほぼ放棄されているからだ。
「大尉殿! あれを見てください!」
「あれは……!?」
寄せ集め部隊の下士官が呼びかけるのに将校が双眼鏡で迫りくるゴーレムの中に脅威が潜んでいるのを確認した。
「カーマーゼンの魔女……!」
そう、ゴーレムとともにカーマーゼンの魔女であるセラフィーネが迫っていた。
セラフィーネはその手に騎兵サーベルを握り、戦列歩兵のように密集した横陣を組んで進むゴーレムたちの先頭を進んでいる。
「どうしますか!?」
「あの化け物に我々が勝てるはずがない。あれはたったひとりで戦況をひっくり返しやがったんだぞ、畜生……!」
セラフィーネが陣地に迫るが発砲する兵士はいない。全員が恐怖に凍り付いている。
「ほう。まだまだ抗うか。それでこそだ。戦争とは一方的な蹂躙ではない。力と力がぶつかり合うことだ。全てのものが血に飢え、誉ある戦士の誇りを持ち、死ぬまで戦う。それぞ戦争」
鋭い犬歯を覗かせ、赤い爬虫類の瞳を輝かせ、セラフィーネが獰猛に笑う。
「だが、どうして穴を掘って籠っている? どうして私に挑まない?」
セラフィーネが陣地に立て籠もる帝国陸軍の将兵に呼びかけた。
「クソ。どうすればいい……? どうあっても勝てる相手ではないが、我々が防がなければ友軍に大きな犠牲が出る……」
前線指揮官が呻く中、ゴーレムはセラフィーネに率いられて一歩、一歩陣地へと接近してくる。あまりにも膨大なゴーレムに対して帝国陸軍の寄せ集め部隊はあまりにも非力である。
「セラフィーネさん!」
そこで少年の声が響いた。
「おお。ゲヘナの眷属。また会えたな。嬉しく思うぞ」
「そうですね。できればこういう会い方はしたくなかったですが」
“月華”を構えたアレステアが陣地の前方に立ってセラフィーネと対峙する。
「ここでお前の相手をしてもいいのだが、我々としてはこの反転攻勢はそろそろ終わりでな。私だけが獲物を狩るのを楽しむのは許されないということだ。獲物は残してやらねばならない」
「狩りのつもりなんですか? この戦争で何万人も死んでるのに!」
「だから何だ。旧神戦争ではもっと死んだ。命あるものは死ぬ。それを認めているのがゲヘナであろう? 人に永遠の生命を与えることを拒んだのはゲヘナであり、命あるものは必ず死に、地上から冥界に渡るように協定を結んだ」
「だから、殺してもいいというんですか? ゲヘナ様はこんな戦争で殺されるために死者の協定を結んだわけではありませんよ!」
セラフィーネが嘲るのにアレステアが叫ぶ。
「どうでもいい。戦って死ぬのだから戦士として不満はなかろう。強者が殺し、弱者は殺される。それが世界の理だ。昔から変わらない。殺すのは強者の権利だ」
「それに何の意味があるんです? ただ殺すだけですか?」
「戦争がしたいと言っただろう。魔獣猟兵は旧神戦争の敗残兵たちだ。今のその心には闘争心がくすぶっている。戦いを求めている。我々は戦いによって目的を達するのではない。戦いこそが目的」
アレステアが尋ねるのにセラフィーネが平然とそう返した。
「勝利も敗北も我々は受け入れよう。勝利のために戦うが、敗北によって滅ぶのであればそれを受け入れる。命乞いはしない。お前たちが我々をひとり残らず殺すと言っても私はそれを批判などしない」
「共存するという選択肢はないんですか?」
「この戦争が我々の共存のありかただ」
アレステアが言い、セラフィーネが笑う。
「我が同志カノンはお前は我々の敵ではないと言っていたが、やはりお前は勇気がある。いくら不死身の肉体を有するといえどカーマーゼンの魔女たる私を前に怯えもせず、私を批判することすらできる。英雄の素質がある」
そして、セラフィーネは満足そうにアレステアを評価した。
「見逃してやる。強くなれ、童。そして、私を殺せるほどになるがいい」
セラフィーネはアレステアにそう言い、背を向けるとゴーレムを引き連れて陣地の前から去っていった。
「撤退した……」
「助かったのか……?」
陣地にいる帝国陸軍の将兵たちが混乱していた。
「すぐに司令部に知らせろ! 敵の攻勢は停止した!」
「了解!」
前線指揮官が叫び、通信兵が無線を操作して報告する。
「あなたは命の恩人だ、少年」
「そんなことは……」
前線指揮官はアレステアに礼を言うが、アレステアは険しい表情を浮かべていた。
彼はこの戦争がそう簡単に終わるものではないことを知ったのだ。
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