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反転攻勢、そして──

……………………


 ──反転攻勢、そして──



 帝国空軍と魔獣猟兵が空中艦隊決戦を繰り広げる中、地上でも動きがあった。


 これまで順調に前進していた帝国陸軍B軍集団がついに作戦目標であるザルトオードラント領を占領することに成功しようとしていたときだ。


 それは突如として起きた。


「少尉殿! 前方に民間人です!」


「民間人?」


 魔獣猟兵の塹壕陣地を突破した擲弾兵小隊が最初にそれに出くわした。


「あれです。あそこです」


「あれは……」


 即席士官である少尉の前に現れたのはシンプルな黒いワンピースに同じ黒い軍用外套を羽織った白い髪の少女。赤い爬虫類の瞳をした存在。


 そう、カーマーゼンの魔女セラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガーだ。


「勝利を味わったか、雑兵ども? 勝利に酔えたか? だが、その勝利は仮初のものであり、我々が与えたものだ。お前たちが勝ち取ったものではない」


 セラフィーネはそう言うと騎兵のサーベルを前に構えた。


軍団(レギオン)


 セラフィーネの言葉とともに無数のゴーレムが出現した。


 その数は膨大。あまりにも膨大。10万、50万を超える規模。


 まさに軍団(レギオン)だ。


「少尉殿! 敵です! 命令を!」


「う、撃て!」


 セラフィーネを前にした擲弾兵小隊が一斉にセラフィーネを射撃する。


「無駄だ。私はそんな玩具より恐ろしいものを相手にしてきたのだ」


 セラフィーネは空間断裂で飛来するライフル弾を全て弾き、剣呑に笑う。


軍団(レギオン)突撃(チャージ)。蹂躙し、鏖殺せよ」


 膨大な数のゴーレムたちが一斉に前進を開始し、帝国陸軍に牙を剥いた。


 最初に遭遇した擲弾兵小隊はゴーレムが構える口径12.7ミリ重機関銃で全員が蜂の巣にされた。そして、ゴーレムたちはザルトオードラント領に進出した帝国陸軍B軍集団全軍に襲い掛かる。


「銃弾が効きません! 効果がありません! 地雷もです!」


「クソ! 砲兵に支援を要請しろ! 急げ!」


「我々を支援可能な砲兵は存在しません!」


「なんてことだ!」


 フサリア作戦のために永久陣地化されていたカエサル・ラインを出撃し、戦闘を伴う進軍による影響で前線部隊と砲兵などの後方部隊に距離が生じていたタイミングで起きたセラフィーネ個人による大規模反攻。


 帝国陸軍の部隊は次々に踏みにじられ、撃破されていく。


「ガルベス上級大将閣下! 魔獣猟兵の大規模反攻です! 我が軍は総崩れになっています! どうなさいますか!?」


「どうなっているのだ……。何が起きたというのだ……」


 帝国陸軍B軍集団司令官ガルベス上級大将は茫然としてた。


 奇襲は想定していた。備えてもいたし、情報収集も行っていた。


 だが、魔獣猟兵の奇襲は成功した。


 何故ならば文字通りセラフィーネが無から生み出した軍勢による奇襲だったからだ。想定などしようがないものだったのだ。


 現代の戦争は個人の素質にはさして影響されない組織された軍隊同士の戦いである。だが、セラフィーネはそれに旧神戦争時代の個人の武力による戦争を仕掛けてきた。そして、それが通じることを証明したのだ。


「空軍の支援は?」


「空軍は現在敵空中艦隊と戦闘中につき支援は不可能です」


 ガルベス上級大将の質問に帝国空軍から派遣されていた連絡将校が答える。


「……図られた。完全に敵の罠に嵌ってしまった。敵は我々をここに誘い込み、我々が偽りの勝利に酔ったところを刺しに来たのだ。何もかも敵の計画通り」


「ガルベス上級大将閣下。どうなさるのですか?」


「全軍に撤退命令を発する。重装備は放棄しても構わない。人命を最優先しろ。迅速にカエサル・ラインへと撤退するのだ!」


 そして、帝国陸軍B軍集団全軍に撤退命令が発令された。


「火砲は放棄していい! トラックには負傷者を乗せろ! 急げ!」


 重装備の放棄を許可された帝国陸軍B軍集団隷下部隊は牽引用のトラックに負傷者を乗せ、進軍してきた道を大急ぎで戻り始める。


 ザルトオードラント領を走る道路のあちこちに放置された火砲が残り、故障して放棄された車両が撃ち捨てられている。


「敵の進軍が速い。このままでは追いつかれる」


「足止めが必要です。遅滞戦闘を行わなければ全滅してしまいます」


「だが、この状況で殿をやれというのは死ねと言うようなものだぞ?」


 撤退を行う帝国陸軍の中でももっとも前線に近く、セラフィーネの鋼鉄の軍団が近づいている第14自動車化擲弾兵師団司令部では師団長と参謀が話し合っていた。


「師団長閣下。我々は志願兵です。こうなることも覚悟して軍に志願しました。それに対して他の師団には徴集兵が大勢います。彼らは望まずに軍での兵役を課せられ、家族と引き離されています」


「……我々がやらねばならんということか。いいだろう。我々はこれより遅滞戦闘を実施し、友軍の撤退を支援する」


「了解」


 帝国陸軍B軍集団の撤退を支援するためにいくつかの常設師団が自主的な遅滞戦闘を開始。迫りくる鋼鉄の津波を相手に抗った。使えるあらゆる武器を使って、セラフィーネという旧神戦争最強の魔女と戦った。


 彼らの犠牲の末、帝国陸軍B軍集団はカエサル・ラインまでの撤退を完了した。


 最終的に帝国陸軍B軍集団は戦力の3割を喪失。そのほとんどが撤退の際に遅滞戦闘を実施した常設師団であった。帝国陸軍は貴重である高度な訓練を受けた職業軍人を大勢失ったのである。


 一方、完全な撤退が遂げられる前。葬送旅団には友軍の撤退支援と負傷者の救出が命じられていた。


 だが、彼らの作戦拠点であるアンスヴァルトが満足に動けない状況にあった。


「空軍としての状況を説明させていただきます」


 アンスヴァルト艦内の葬送旅団司令部でアンスヴァルト艦長であるテクトマイヤー大佐がアレステアたちを前に説明を始めた。


「現在帝国空軍は航空優勢を喪失しました。フサリア作戦に付随して発生した魔獣猟兵の空中艦隊との決戦において帝国空軍は敗退。主力艦を複数喪失し、撤退しました。現在作戦空域には魔獣猟兵の空中戦艦が飛行中です」


 帝国空軍は空中戦において敗退。第1艦隊と第2艦隊は主力艦複数を喪失して、残存している戦力は撤退した。


 それによって帝国軍は航空優勢を喪失。


「そのため現在葬送旅団に友軍の撤退支援及び負傷者の救援が指示されていることは了解していますが、アンスヴァルトとしては行動できません」


「テクトマイヤー大佐が説明した通り、アンスヴァルトは動けません。ですが、我々は任務を行う必要があります。そこで我々は車両を利用して行動することとします。幸い、車両には余剰がありますので」


 テクトマイヤー大佐に続いてシーラスヴオ大佐が発言した。


「了解です。けど、機動力には欠けてしましますね……」


「それに加えて撤退している友軍で道路は一杯のはずだよ。あたしたちが邪魔になるかもしれない。その点は大丈夫なの?」


 アレステアが頷くが、シャーロットはそう尋ねる。


「その点は問題なく。友軍のほとんどの部隊が車両を喪失したため、道路を進んでいるのは徒歩で移動する歩兵がほとんどです。ただ、前線に近い位置では橋が爆破されていることや、砲爆撃によって道路が破損しているとのこと」


「撤退の際がもっとも損害を出すとはいいますね。具体的に我々はどのような活動を? 友軍の撤退支援と負傷者救出とありますが」


「現在帝国陸軍B軍集団は全面的な撤退作戦を実施しております。ですが、複数の部隊が負傷者を多く抱え、車両を喪失したことで撤退が遅れています。我々は予備軍から動員された部隊とともにそれらの救出を行うことになりました」


 レオナルドが尋ね、シーラスヴオ大佐が説明を始める。


「もちろん、全ての部隊の救出は不可能です。B軍集団司令部からは優先して救出する対象を指示されています。それらは常設師団の部隊です」


「常設師団、ですか? つまり、正規の兵隊さんたちですよね?」


「はい。この戦闘で彼らは徴集兵を守るために殿を務めました。そのせいで多くの犠牲を出しています。B軍集団司令部も陸軍司令部もこのまま訓練されたベテランの将兵を多く失うことを恐れています」


 特に指揮を執る将校はすぐには補充できないため、陸軍は常設師団将校が失われることを心配しているとシーラスヴオ大佐が説明した。


「確かに。即席士官だけでは不安ですな」


「ですので、救援を実施します。作戦は車両で行うため移動することになります。移動開始は15分後です。準備しておいてください」


 シーラスヴオ大佐はそう言って司令部を出た。


「僕たちも頑張って司令部を襲撃したのですが、敵は上手でしたね……」


「反則だよ、こんなの。戦局をひとりでひっくり返せるなんて向こうは何でもありじゃん。こっちが一生懸命戦争しているのに向こうは遊んでるようなものだよ」


 アレステアが落胆するのにシャーロットが愚痴った。


「ゲヘナ様の眷属であるアレステア君ですら、“竜狩りの獣”の直系であるフェリシア・アルビヌスに勝てませんでした。それなのに敵にはその“竜狩りの獣”そのものや、それと競ったカーマーゼンの魔女がいる」


「かつて神々すら殺した旧神戦争の英傑たちですね。僕たちの戦っている相手はそんな恐ろしい存在ということ」


 レオナルドの言葉にアレステアが呟くように言う。


「さてさて。それはどうあれ任務だよ。準備できてる?」


「はい。行きましょう!」


 シャーロットが尋ねアレステアが意気込んで出発した。


 葬送旅団はケルベロス擲弾兵大隊が装備する軍用四輪駆動車と軍用トラックで移動することになっており、アンスヴァルトから降ろされた車両が飛行場のエプロンに並んでいて、将兵が準備を始めていた。


「あれ? カーウィン先生!?」


 そこに軍医であるルナもいた。


「カーウィン先生。まさか先生も一緒に行くんですか?」


「ああ。負傷者を救助するのだから軍医は必要だろう? 医療品もケルベロス擲弾兵大隊の将兵たちと準備した。現地ですぐに手当てができれば助かる命もあるかもしれない。だから、一緒に行くよ」


 アレステアが動揺するのにルナはそう返す。


「でも、危ないですよ! まだ魔獣猟兵の部隊がいるかもしれませんし、敵の飛行艇も活動してるってテクトマイヤー大佐さんが……」


「知っているよ。それでもだ。助けられる命は助けたい」


「先生……。じゃあ、僕が先生を守りますね。絶対に守りますから!」


 ルナの言葉にアレステアが必死にそう宣言した。


「ありがとう。じゃあ、君に守ってもらおう。よろしくね」


「はい!」


 ルナが微笑むのにアレステアは決意を込めて返した。


「葬送旅団、出撃だ! 車両に乗り込め!」


「了解!」


 ケルベロス擲弾兵大隊を含め、アレステアたち葬送旅団が軍用四輪駆動車や軍用トラックに乗り込んだ。複数の車両は魔道式機関銃などをマウントしてあり、車上から応戦できるようになっている。


 葬送旅団を乗せた車列はカエサル・ラインから前線に向けて出撃した。


「大勢の兵士の人たちが歩いてる……」


 カエサル・ラインに続く道路は憔悴しきった帝国陸軍の将兵たちが背嚢を背負い、帝国陸軍正式採用の魔道式自動小銃や魔道式機関銃を握って長い列を作り、歩いていた。


 誰もが泥まみれで傷を負っている。目にもはや戦意はなく、士気など存在している様子もなかった。それでも彼らは秩序を維持して撤退を続けていた。


「敗北って奴だね」


 シャーロットがそう呟き、葬送旅団は撤退する多くの兵士たちとは逆の方向に向かって車列を進めた。


……………………

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