魔獣猟兵の戦争指導
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──魔獣猟兵の戦争指導
アイゼンラント領を攻撃発起地点として世界協定会議の国々に侵攻した魔獣猟兵。
彼らに占領された土地は暗黒地帯と世界協定会議側から呼称された。
その中心部と言えるアイゼンラント領。そして、その政治中枢であるアイゼンラント城の城主たる真祖吸血鬼にして魔獣猟兵大将、魔獣猟兵第1戦域軍司令官ソフィア・ベッテルハイムは城の広間で紅茶を味わっていた。
「よう、ソフィー。お邪魔するよ」
そこにひとりの若い男が現れた。
狼のような灰色をした髪をツーブロックに纏めた青い瞳の20代前半ごろの青年。長身で鍛えられているだろう体格の体に黒いシャツと灰色のジャケットを纏い、ジャケットと同じ色のカーゴパンツを履いている。
「エリヤか。スズ、茶を用意してやってくれ」
「畏まりました、ご主人様」
ソフィアの言葉にクラシカルな白と黒のメイド姿の女性が頭を下げた。黒い髪をミディアムヘアにした帝国には珍しい東方の顔立ちをした女性である。その唇が僅かに開くだけで鋭い犬歯が見える。吸血鬼だ。
「でさ、俺は魔獣猟兵統帥会議を開きますよって連絡したはずなんだけど誰が来た?」
「お前以外来てないぞ」
エリヤと呼ばれた青年が広間の椅子に腰かけながら尋ねるのに、ソフィアが肩をすくめて返した。
「はあ。俺たちって本当に団結力というか協調性がないよな……」
「そんなものをエゴの塊のような我々が持ち合わせているはずもあるまい」
エリヤががっかりしながらうなだれるのにソフィアは呆れた様子だ。
「そりゃそうだよな。俺が魔獣猟兵を組織したのは旧神戦争で地上に残されて行き場のない連中を支えるためだった。共通点は旧神戦争を戦ったこと。それだけだ」
「我々は異なる神のために殺し合い、神々とすら意見を違えて地上に残った。それをひとつの組織にしようなど無謀もいいところだ」
「けど、今までは上手くいってただろ? お互いに協力し合うことで生き延びられた。旧神戦争からもうずっと経ったっていうのに生き残っているのは魔獣猟兵って組織のおかげだとは思わない?」
「どうだろうな」
エリヤの問いにソフィアはあいまいに返した。
「お茶をどうぞ、エリヤ様」
「サンキュー、スズちゃん」
そして、メイド服の吸血鬼が紅茶のカップをエリヤに差し出す。
「そもそもこの戦争に意味があるのかってのが疑問なんだよね。そりゃあ暴れたい連中はいっぱいいるけど戦争して何が得られるんだって話だよ」
「領土。権利。財宝。得るものはあるだろう」
「戦争しなくてもそれは手に入るだろう? 戦争に使った金を真っ当なことに使えばいいだけだ。空中戦艦作るのにどれだけ金使ったのさ」
「それもそうだが、私は戦って土地を得たから何も言えん」
「鉄血蜂起がダメな成功体験になってる。戦えば人間は折れるってみんな思ってるし、自分たちは負けることはないとも思ってる。勝者の驕りって奴そのもの」
ソフィアが言い、エリヤが紅茶をカップを傾けながら言う。
「そもそも我々に共通した勝利のヴィジョンがあるのか? 戦争をやりたがっていたセラフィーネの婆などただ戦いたいだけだぞ。本当に戦いたいだけだ。もはや勝利したいのかすら疑問だ」
「セラフィーネお婆ちゃんはしょうがない。彼女もなんだかんだで旧神戦争の犠牲者だし。今、彼女はどこで何しているんだっけ?」
「空中戦艦ウィル・オ・ウィスプを旗艦にして第3戦域軍の指揮を執ってる。最後に見たときは年甲斐もなくご機嫌だったぞ」
エリヤが尋ねるのにソフィアがうんざりしたように返した。
「ご主人様、お客様です。アザゼル様がいらっしゃいました」
「通せ」
メイド服の吸血鬼スズが告げるのにソフィアが手を振る。
「魔獣猟兵統帥会議があると聞いてきたのだが」
「誰も来てないよ、アザゼル」
やってきたアザゼルが困惑した様子で広間を見渡すのにエリヤがそう言った。
「それよりカーウィン先生は来てないわけ? 君が来たの?」
「……今は私が偽神学会を任されている」
「事情がありそうだね」
アザゼルが言うのにエリヤが目を細めた。
「偽神学会として何か言いに来たのか?」
「そちらから要請があれば動くということを伝えに来ただけだ」
「ふん。どうにも分からない連中だな、お前たちは」
アザゼルの言葉にソフィアがそう言い放つ。
「まあ、そっちの傭兵であるスピアヘッド・オペレーションズには世話になったから感謝してるよ。旧神戦争を戦ったロートルたちが現代戦について理解して、戦えるようになったから」
「そうであれば結構だ。スピアヘッド・オペレーションズには金がかかったからな」
エリヤが笑顔で礼を言い、アザゼルは何でもないというように返した。
「しかし、分からないこともある。偽神学会はどうして俺たちに協力するんだ?」
「それを知ってどうする?」
「戦争に何を求めるのかを知っておかないと戦争をどう終わらせるのかにかかわる」
「我々はこの戦争に求めるものはない。ただ、そちらに共感しただけだ」
「そうかい」
エリヤはアザゼルの様子をじっと眺めていた。
そして、不意に居心地に悪い沈黙が訪れた。エリヤもソフィアもアザゼルもただ黙り込んでしまった。
「やあやあ! 諸君! 何を景気の悪い顔をしてるんだい?」
それが突然騒々しい人物の乱入で破られた。
それは12歳前後の年頃の少女で濡れ羽色の長髪をくるぶしまで長く伸ばし、その瞳は血のように赤い。その小柄で、とても細い体にはフリルとリボンで彩られた黒いドレスを纏っていた。
「ラルヴァンダード。また五月蠅いのが来たな……」
「久しぶり、ラルちゃん。相も変わらず元気そうだね?」
ソフィアが見るからに嫌な表情を浮かべ、エリヤも苦笑いを浮かべている。
「みんな揃ってると思ったんだけどな。誰も来てないじゃないか。君たちの協調性のなさにはボクもびっくりだよ」
「まあね。君は何しに来たわけだい?」
ラルヴァンダードと呼ばれた少女が呆れたように広間を見渡し、そんな彼女を見ながらエリヤがそう尋ねてくる。
「ちょっとしたアドバイスに来ただけだよ。君たちの戦争についてね」
「それはそれは。ご意見を伺いましょうか?」
ラルヴァンダードが勝手に椅子を座ってにやりと笑うのにエリヤはそう言った。
「君たちは最悪の戦争の始め方をしたということ。今とりあえず勝てるから戦争を始めた。そんなところでしょう。それで戦術的な勝利は得られるだろう。そう、最初は勝てる。けど、最終的な、戦略的な勝利は得られない」
「どうして?」
「だって、とりあえず勝てるから始めてたってだけで、何を以てして勝利とするかを定めてないじゃないか。勝利の条件がないのにどうやって勝利するんだい?」
エリヤの言葉にラルヴァンダードが肩をすくめてそう返す。
「それはそうだな。ただ戦いだけの奴、ただ人間が憎いだけの奴、自分の信じる神のために今も戦っていると思っている奴、人間のように国家を作りたい奴。それぞれが戦争に何を求めているかが統一されていない」
「それでも戦争を始めた。戦争ってのは終わり方を考えて始めるものだよ。戦争を始めるのは簡単だけど終わらせるのはとても難しいものだから」
戦争を始めるのは簡単だ。ただ相手に銃弾をぶち込めばいい。1発の銃弾で戦争は始めることができる。
だが、終わらせるのには数万発の銃弾でも足りない。
「君たちは人類を滅ぼしたいの? 彼らを根絶やしにして、そしてどうするの?」
「さあ? そもそも俺たちは人類を皆殺しに出来るだなんて思ってないし、そうする気もないよ。ただ始まってしまった戦争をどう終わらせようかって今になって頭を悩ませているだけ」
「それは随分とのんびりしてるね」
エリヤはうんざりした様子で言い、ラルヴァンダードは小さく笑った。
「さて、始まってしまったものはしょうがない。どんな戦争も永遠には続かないから、ぐだぐだの泥沼になればどっちかが降参するだろうさ。だけど、ボクにはどうしても引っかかる点があるんだよね?」
ラルヴァンダードがそう言って見たのはアザゼルだ。
「アザゼル。君たち偽神学会はどうして魔獣猟兵に協力しているのかな? 君たちの目的はなんだろうね? 死霊術師たちは神に背いている存在だ。対する魔獣猟兵は神々を信じすぎた存在。どうして同盟できるの?」
「死霊術師を裁くのは神ではない。国が定めた法であり、人間の司法だ。そう、神聖契約教会は死霊術師を糾弾し、国の警察機関も死霊術師を逮捕する。それだけだ。そのどこに神が関わる?」
「へえ。そういうこと言うんだ。どうしてそんな法ができたのかは無視するの? それは結局のところ、人間たちが神々が作った協定に従っているからだよ。死霊術が違法な理由はそういうこと」
アザゼルの反論にラルヴァンダードが嘲るようにそう言った。
「では、聞くが神々は地上に残った神々の戦士たちに人類と争えと命じたか? 神々は人類世界の基盤である世界協定会議を祝福した。なのに魔獣猟兵はその秩序を破壊しようとしているではないか」
「痛いところを突くね。確かに神々はこの戦争を祝いはしないだろう。だが、明確に禁止してもいない。死霊術と違ってね」
「命じられていないのはそれが暗に禁止されているからだ。ラルヴァンダード、お前は何が言いたいのだ? この世界の部外者でありながら、神々ついてどのような口で語っているというのだ?」
アザゼルがラルヴァンダードを睨みつける。
「別に。一方的にルールを押し付けてくる神々と付き合って生きていくのは苦労するって思ってるだけ。だって、誰だってルールは自分で決めたいじゃないか。誰もが支配者に憧れるのにそれを奪われているのは気の毒だよ」
「ふん。どうでもいい意見だな」
ラルヴァンダードがにやにやしてアザゼルを見るのにアザゼルが吐き捨てる。
「ラルちゃん、アザゼル。喧嘩はやめてくれよ。美人が争ってるのを見ると悲しくなっちゃうからさ。今は目的がどうあれ一緒に戦ってる。戦友だ」
言い争うふたりにエリヤが苦笑いを浮かべて告げる。
「君たちがそれでいいならボクは何も言わないよ。けどね。昨日の友人が明日も友人であるとは限らない。それだけは忘れずにいておいて」
「一般論ではあるけど君が言うと酷く胡散臭く聞こえるよ」
「酷いなあ」
エリヤが肩をすくめてそう言い、ラルヴァンダードが笑う。
「まあ、仲良くやりたいならそうしなよ。ボクは別にダメだとは言わないから」
「そういうお前自身はどうなのだ? 我々魔獣猟兵に加わるわけでもなく、それでいて我々に接触している。どういうつもりだ?」
「ボクとしては君たちの仲間のつもりなんだけど? 仲間はずれにしちゃうの?」
「あくまで道化を装うか。嫌な奴だ」
ソフィアがラルヴァンダードにそう言い放つ。
「それではボクはそろそろ退散するね。戦争、頑張って!」
ラルヴァンダードはそう言って椅子から立ち上がり、そっとアザゼルに近づく。
「アザゼル。君は愛というものを抱いているね。それはいいものだ。愛とは甘く、温かいものだからね。ボクはそれを実に尊いものだと思っているよ。だけどね」
ラルヴァンダードがアザゼルの耳元でささやく。
「だけどその愛が執着に変わったとき、それは君の身を滅ぼすよ。気を付けることだ」
「何を……」
ラルヴァンダードはアザゼルにそう言ってすっと離れた。
「じゃーね。また来るよ」
そして、そのままラルヴァンダードは暗闇に消えた。
「騒々しいのがいなくなったな」
「で、やることもなくなった。俺も帰るよ。もう戦争は勝手にやればいいや」
ソフィアが言い、エリヤも席を立つ。
「アザゼル。カーウィン先生によろしく」
「ああ」
そして、ソフィアとスズを除く全員がアイゼンラント城を去った。
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