初の戦場に向けて
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──初の戦場に向けて
葬送旅団にケルベロス擲弾兵大隊と特務空中巡航戦艦アンスヴァルトが加わり、いよいよ戦力化がなされた。
そして、改めて部隊に必要な装備と物資が調達され、前線に向かう準備ができた。
「いよいよ我々に戦場に向かう命令が出ました」
アンスヴァルトの司令部にてシーラスヴオ大佐がアレステアたちを前に告げる。
「遂にですね……。準備はできています!」
アレステアが気合を入れて言う。
「命令の内容はどのようなものですか、シーラスヴオ大佐?」
「葬送旅団は前線に接する要衝トレネズンプフ領に向かい、現地司令部の指示に従って先頭に参加せよとのことです。移動は飛行艇で行い、速やかに機動するようにと」
レオナルドが尋ねシーラスヴオ大佐が説明した。
「では、早速行くの?」
「ええ。我々が指揮下にある帝国陸軍司令部からはすぐに行動せよと命じられています。準備はよろしいですかな?」
「もちろん。お酒も準備しておいたし」
シーラスヴオ大佐の言葉にシャーロットがウィスキーで満ちたスキットルを揺らす。
「では、テクトマイヤー大佐に出動を要請します。アレステア卿、作戦に当たって一言お願いできますか?」
「はい! 皆さん、苦しい時代ですが僕たちも頑張ってこの戦争と災厄を乗り切り、死者が穏やかに眠れる世界を目指しましょう」
アレステアが張り切ってそう宣言した。
「それではテクトマイヤー大佐に連絡を」
葬送旅団は帝国陸軍司令部の指揮下に入っており、アンスヴァルトも指揮系統上は葬送旅団の下にあった。だが、艦艇の所属そのものは帝国空軍だ。
『全乗員に通達。本艦はこれより離陸する。離陸に備えよ』
テクトマイヤー大佐からの艦内スピーカーでの通知が響き、アンスヴァルトが戦時下にあるムートフリューゲル空軍基地の滑走路に入り、エンジンを全開にして離陸する。
それからアンスヴァルトは巡航高度に入り、目的地である要衝トレネズンプフ領に接する帝国空軍の野戦飛行場を目指して航行を始めた。
「後方の航空優勢は取れてる感じかな?」
「航空優勢って何ですか、シャーロットお姉さん?」
「どっちが空を握ってるかということさ、アレステア少年。帝国空軍は前線では航空優勢を喪失したって聞いてる。つまり前線の兵士は敵の航空攻撃を受けるだけで、味方の航空支援はないということ」
「前線は厳しそうですね……」
「戦場ってのはどうあっても苦しいものだよ。だから、お酒を飲もう」
「……それでいいんですか?」
シャーロットはスキットルからウィスキーを流し込んだ。
「現地司令部はどこに設置されているのですか?」
「トレネズンプフ領後方の城塞都市マルティアです。そこに帝国陸軍A軍集団第3軍が司令部を設置しています。即応できた師団を指揮下に置き、交通の要衝となるトレネズンプフ領を防衛中とのこと」
司令部ではレオナルドとシーラスヴオ大佐が地図を睨んでいた。
正確な地図はそれだけで軍事機密となる。だが、そんな地図でも今は戦況が記されておらず、地形を把握する程度の役にしかたたない。
『右舷より友軍飛行艇接近中』
艦内スピーカーで空軍の乗員に対する通知が行われる。
アンスヴァルトの右舷から帝国空軍の空中駆逐艦1隻が近づいてきた。
『こちら第10空中艦隊所属空中駆逐艦アルヴィーゼ・ダ・モスト。当空域に接近中の友軍飛行艇に告ぐ。速やかに電波輻射管制を実施し、地上レーダー基地からの誘導によって航行せよ』
『こちら特務空中巡航戦艦アンスヴァルト。了解した』
接近してきた空中駆逐艦からの指示にアンスヴァルトがレーダーを停止させ、無線を受信のみに制限する電波輻射管制を実施する。
「どうやら魔獣猟兵側が積極的な制空作戦に出ているようだな」
「ええ、テクトマイヤー艦長。逆探でこちらを探知し、撃墜する恐れがあると。まだ後方のこの空域すらも安全でないとは。帝国空軍も手酷くやられたようです」
テクトマイヤー大佐と副長が艦橋で言葉を交わす。
電波輻射管制は基本敵地で逆探による探知を避けて行動する際に行うものだ。自分たちが航空優勢を握っている空域で行うことはあまりない。
帝国空軍は魔獣猟兵による初期の奇襲によって起きた前線の航空優勢喪失をまだ取り戻そうとはしていない。主力艦隊による艦隊決戦を避け、前線には空中巡航艦や空中駆逐艦、そしてかなり旧式の空中戦艦を配置している。
「艦長。地上からのレーダー誘導を受信しました」
「よろしい。航行長、誘導に従って飛行せよ」
帝国空軍は軍用トラックに搭載可能な移動式のレーダー装備を有しており、前線に配置していた。当初設置されていたレーダー基地はほぼ破壊されてしまっている。
アンスヴァルトは地上のレーダー誘導に従って飛行を続け、そして城塞都市マルティアの空港を臨時の空軍基地とした場所へと降下する。
『これより本艦は着陸する。着陸に備えよ』
艦内スピーカーからの通知でアンスヴァルトは滑走路に向けて着陸した。
「到着ですね」
「まずは司令部に行きましょう」
「はい!」
アレステアたちはアンスヴァルトを降りて、空港のエプロンに降り立った。
「わあ。大きな大砲がありますよ」
「高射砲ですね。口径127ミリ2連装高射砲。空軍の高射砲部隊でしょう」
空港には土嚢が積み上げられた陣地にレーダー連動の高射砲が設置されていた。
「あのサイズの高射砲でも空中戦艦に攻撃されたらひとたまりもないけどね」
「飛行艇は大きいからでしょうか……」
シャーロットはそう言ってアンスヴァルトの後部ランプから降ろされた軍用四輪駆動車に向かい、アレステアとレオナルドも続く。
「トラックを下ろすぞ! 準備しろ!」
ケルベロス擲弾兵大隊も装備している6輪の軍用トラックを下ろし始めている。
「シーラスヴオ大佐さん。司令部に向かいましょう」
「ええ。無線封鎖のせいで到着が連絡できていません。到着を知らせましょう」
アレステアが言い、シーラスヴオ大佐も部下が運転する軍用四輪駆動車に乗り込み、アレステアたちとともに帝国陸軍A軍集団第3軍司令部を目指した。
「司令部ってどこに設置してあるんですか?」
「市庁舎の地下だそうです。今は爆撃の危険がありますから」
城塞都市マルティアは古い都市だ。このような古い都市にはかつて起きた戦争の経験から、重要施設の地下は頑丈な造りの避難所として使えるようになっていた。
「城壁がありますね。歴史があるものでしょうか?」
「ええ。古い戦争の時代に作られたものです。帝国に併合される前のもので、併合の際の戦争のときには役に立ったと聞いています」
アレステアが都市を囲う石造りの城壁を眺め、レオナルドがそう言う。
マルティアは古い時代の面影を残す歴史ある都市だ。西方への交易路として重要だったトレネズンプフ領を通過する商人たちが取引をする場所で、そうであるが故に賊や敵国に狙われてきた。
そして、アレステアたちは帝国陸軍の野戦憲兵と軍の指揮下に入った警察によって治安維持とゲリラ攻撃に備えているマルティア市街地を走り、中心地にあるマルティア市庁舎を目指す。
「止まれ」
市庁舎周辺の警備は厳重で装甲化された軍用四輪駆動車がルーフにマウントされた魔道式重機関銃を周囲に向け、土嚢の積み上げられた陣地も構築され、軍用犬を連れた兵士たちも見える。
「葬送旅団のシーラスヴィオだ。第3軍司令部に用事がある」
「確認しました、大佐殿。どうぞ進まれてください」
検問を通過し、アレステアたちは市庁舎の前に軍用四輪駆動車を止めた。
「葬送旅団の方々ですね。こちらへどうぞ」
アレステアたちは車を降り、歩哨が立っている市庁舎に入り、帝国陸軍第3軍所属の将校に案内されて地下に設置されている第3軍司令部に入った。
「葬送旅団アレステア・ブラックドッグ。来ました!」
「よく来てくれた、アレステア卿。私は第3軍司令官のマルティン・ミラーだ」
アレステアが挨拶すると帝国陸軍大将の階級章が付けられた軍服姿の男性が返す。
「戦況を説明するので列席してくれ」
「はい」
ミラー大将が言い、アレステアたちが司令部の地図を囲む。
「まず我が方は交通の要衝であるトレネズンプフ領をまだ確保している。ここには鉄道路線、港湾施設、そして領内を流れるカリスト河を渡河するための橋が集中している」
ミラー大将が地図を指さしながら説明。
「もし、ここが魔獣猟兵の手に落ちれば敵の兵員、兵站輸送能力は大幅に向上し、今現在停止している前線から大攻勢に出ることができるようになる。敵が前進していないのは兵站の問題だという分析があるのだ」
軍隊が押さえるべき要衝はいろいろとある。砲兵の射撃のために高所を押さえることなどだ。だが、もっとも重要なのは兵力の機動と兵站を支える交通インフラである。
道路はトラックを走らせられる。鉄道の輸送力はトラックよりも大きい。港はさらに大規模な海上輸送が可能だ。河川を渡河するのに橋を押さえられれば安心できる。
その多くが集中するトレネズンプフ領が両軍の衝突している場所だ。
「我が方には6個師団が存在し、うち2個師団を予備として他の全てを前線に配置している。陣地を構築し、今のところは魔獣猟兵の散発的な攻撃を退けているが……」
地図の上に兵科記号が記された駒が並べられる。
「偵察活動の結果、魔獣猟兵側は戦力を増強しつつあり、既に12個師団が集まっているという報告がある。確かにトレネズンプフ領は狭く、大規模な戦力を同時に展開することは難しい。しかし、人海戦術を受けた場合、耐えられるかは不明だ」
トレネズンプフ領はその重要性に反して狭い地域だ。そのためいくら戦力を集めても同時に展開するのは難しい。道路の数は限られているし、兵力が密集していれば砲撃によって大損害を出す。
「さらに面倒なことがある。帝国国防情報総局と国家憲兵隊公安部門の報告では開戦前から魔獣猟兵は我々の側にスリーパーエージェントを忍び込ませていた。その工作員が敵のコマンド部隊を後方に浸透させている」
魔獣猟兵のコマンド部隊は各地に浸透していた。民間人を装って侵入し、そのまま破壊工作を行ったり、帝国陸軍などの世界協定会議側の軍の軍服を着てサボタージュや偽情報の流布などを行っていた。
世界協定会議では戦闘に参加する軍人には所属が分かるような軍服をちゃんと纏うことが義務とされている。しかし、魔獣猟兵は世界協定に加盟していないので、それらの条約を無視していた。
「あの、魔獣猟兵の支配地域──暗黒地帯に残された人たちはどうなったんでしょうか? たくさん村や都市がありましたよね……?」
そこでアレステアがおずおずと質問する。
「軍が可能な限りの民間人を避難させた。ですが、全員は無理だった。残された住民については様々な情報が入っている」
ミラー大将がアレステアの問いに答え始めた。
「屍食鬼の材料にされたという話。魔獣猟兵の奴隷となったという話。軍政の下、外出を制限されるも危害はくわえられていないという話。そして、武装してパルチザンを組織し、魔獣猟兵を攻撃しているという話」
「パルチザンですか?」
「そうだ。帝国国防情報総局が主導し、帝国陸軍の特殊作戦部隊も暗黒地帯に侵入して住民に軍事訓練を施し、武器を与え、魔獣猟兵の後方を脅かしていると報告されている。具体的な内容は知らされていないが」
アレステアの問いにミラー大将がそう返す。
パルチザンとは占領支配に抵抗し、行動する民兵の一種だ。訓練されておらず、継続的な武器弾薬の供給もない状況で占領軍を攻撃するのである。
占領軍と正面から戦うことはなく、後方の兵站線に破壊工作を行ったり、民間人に紛れて占領軍の動きを把握し、自分の国の軍に報告する情報収集などを行うのがもっぱらの活動内容であった。
「とはいえ、パルチザンは補助的なものにすぎず、それだけで勝利は得られない。下手にパルチザンの行動を活発化させれば魔獣猟兵側に無関係の市民すら虐殺する口実を与えることになってしまう」
「それはいけませんね。戦ってくれるのは嬉しいですが、僕たちが支援できないのに普通の市民だった人に戦ってもらうのは……」
「ええ。そういうことだ。あくまで正規軍が戦い、勝利しなければ」
アレステアが暗い顔をしミラー大将が頷く。
「さて、葬送旅団に来てもらったのは他でもない。魔獣猟兵側に死霊術師の存在が把握されたからである。敵は武装した屍食鬼を使っている。地雷撤去や陽動のための捨て駒として活用している」
「死者の眠りを妨げた上にそんなことをするなんて。許せません」
「非人道的な行為だ。これを行った死霊術師は倒さなければならない。そこで──」
そこで爆音が突然響いた。
「何事だ!? 確認急げ!」
「了解!」
第3軍司令部が突如として慌ただしくなる。
戦争がやって来たのだ。
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