番外編 シェン国のアッシャー家 3 ノンナの上達
ノンナが鍛錬に参加した日の翌日。
アッシャー家が食事をしている食堂にカン先生が入って来た。
『カン先生!こんばんは』
『やあノンナ。こんばんは。今日は君のご両親にお話があってね』
ノンナが「ん?」と母であるアンナを見る。込み入った話はまだ聞き取れないのだ。アンナが笑顔で対応する。
『ご要件はどんなことでしょう、カン先生』
『この少女の身体能力が普通ではないことだよ。あの反応の速さ、跳躍力、目も身体も相手の動きを見切って、極めて短い時間で反応できる。いったいどんな育て方をしたらああなるのか知りたくてね』
アンナが困った顔になって夫を見る。
ジェフリーが妻の視線を受けて口を開いた。
『妻がこの子の母親になってから毎日少しずつ、遊びの形でいろいろな動きを教えたようです。本人は遊びで覚えただけで、自分がどれほどの能力を持っているか、わかってないと思いますよ』
ジェフリーに話を促されて、アンナがノンナにどうやって基本技術を教えたかを詳しく説明した。
遊びに体術を取り入れたこと、木登りや空中回転、塀の乗り越え方も教えたこと。
『ほう。遊びで。なるほどな。ワシのように厳しく教えるだけが方法ではないとわかってはいたが。こうして成功しているのを目の当たりにすると、自分の指導方法について考え直さざるを得ないようだ』
ノンナが焦れて両親に話の内容を聞きたがる。
「なあに?お父さん、お母さん、なんの話?」
「ノンナの動きがとても良かったって褒めてくださってるわ」
「やったぁ」
『私は家長の座を退いてから若い者の指導に専念しているのだが……』
そこでカン先生が苦笑した。
『遊びで覚えたという子の技能の素晴らしさに感心した。これからは若い者や子どもに教える時にはもっとやり方を考えたほうが良さそうだ。いや実に勉強になったよ』
カン先生の教え方が翌日から少しずつ変わった。
子どもたちの鍛錬に限っては鍛錬の最後にちょっとした遊びを取り入れるようになったのだ。成人している者への指導は相変わらずだ。
ノンナはシェン国にいる間中、カン先生の指導に通い続けた。
五年が経ってアシュベリーに帰国する頃には、体術に関してはジェフリーであっても油断できないほどの腕前になりつつあった。
(体格差、体重差がなかったらどうなっていることか)とノンナの上達ぶりに驚く。
「己の身体が武器」
ある日、ノンナが呼吸を整え、型を決めて真面目な顔でそうつぶやいた。
そんなノンナを見たジェフリーは(あれ?ちょっと自由にさせすぎたか?)と慌てたが、アンナは
「いいじゃないの。何ごともできないよりはできた方が人生が楽しいわ」
とのんびり笑っていた。
それでも母親として少しだけ注意した。
「ノンナ、私はとてもすてきだと思うんだけど、その型と顔はあんまり人に見せないほうがいいと思う。それと『己の身体が武器』も心の中でだけ言いましょうね」
「はぁい」
ノンナはあっさりそう返事をすると「ハッ!」と空中高く蹴りを入れてからアンナのもとに駆け寄り、抱きついた。
「あらあら。甘えん坊さん」
「むふぅ」
アッシャー家が帰国するのはもうすぐだった。
『手札が多めのビクトリア2』 もどうぞよろしく!
2は5年後に帰国してからのお話です。➡https://ncode.syosetu.com/n2535hp/






