その21
その後、葉月さん本人が瞬間移動してくることはもうなかったが、また前みたいに彼女の文房具が移動してくるようになった。
僕は、他の生徒にその現場を目撃されるのが嫌なので、誰にも見られていない隙を狙って葉月さんに文房具を返すようにした。廊下ですれ違う時にアイコンタクトをして、こっそり文房具を返す、というように。気分は海外ドラマに出てくる麻薬の密売人だった。誰にもばれずにこっそりとブツを引き渡す。
そんな風にして日々は穏やかに過ぎていったが、そんな折、葉月さんが転校するという噂を耳にした。
今まで校内で葉月さんと接触したり話したりという行動は極力避けていたが、その噂を聞いた時だけは我慢できずに、放課後校門付近で葉月さんを待ち伏せて話を聞いた。
「お父さんの転勤が決まって、大阪に引っ越すことになったの」
葉月さんは笑顔でそう言った。
「大阪……。遠いね」
千葉に住む僕にとって、大阪なんて全くの別世界だった。
「うん、遠い。皆、関西弁話すのかな?」
「そりゃ話すでしょ。ばりばりの関西だもん」
「私も関西弁話すようになるのかな?」
「話さないといじめられちゃうよ」
関西弁を話す葉月さんなんて想像ができなかった。
「じゃあ、頑張って関西弁学習しよう」
その後、他愛もない会話を交わして僕らは別れた。瞬間移動の話はあえて出さなかった。千葉と大阪。さすがにこの距離を移動してくるとは思えなかった。もし瞬間移動してしまっても、簡単に返すことができないから困ってしまう。
でも、僕は心のどこかで期待をしていた。それほどの距離を越えて、葉月さんの持ち物が自分の下に移動してくることに。




