その22
葉月さんは、それからしばらくして、大阪の学校に転校した。最後の挨拶を交わすチャンスはなかった。あれが最後の会話だった。
僕の心には、ぽっかり穴が空いたようになった。受験が近づいているが、勉強には全く身が入らなかった。
期待した瞬間移動は起きなかった。僕の中学生活は、元の退屈なものに戻った。何一つ不思議なことも面白いことも起きない、同じ毎日の繰り返し。
僕は時々意識して、葉月さんのそばかすの残る顔を思い出そうと努めた。何度も見た顔のはずなのに、僕は葉月さんの顔を正確に思い描くことさえできなかった。葉月さんの顔は、カーテンの向こう側から差し込む光のせいでいつもぼやけて見えた。
そうして季節が移り変わり、受験シーズンになった。
電車で20分ほど離れた公立の進学校が第一志望だった。葉月さんとの間でもう瞬間移動が起きないとはっきりと悟ってからは勉強にのみ集中していたので、準備は万端にできていた。あとは試験本番に風邪など引かず、本来の実力を発揮できれば合格は間違いないはずだった。
そして、受験当日。受験は僕の想定内で進んだ。数学では苦手な問題があり、点数を落としてしまったが、逆に得意の社会では分からない問題がないほどよくできた。残す科目は国語だけ。根っからの文系人間の僕は、国語は得意科目だった。まず合格は間違いないと、朝から続いていた緊張が少し弛んだ。
異変が起きたのはその国語の試験の時だった。現代文の長い評論文を集中して読み、さあこれからと問題を解こうとしたが、鉛筆がどこにも見当たらなかった。机の上には、念のため3本の鉛筆と消しゴムを置いていたはずだったが、鉛筆も消しゴムもどこにも見当たらない。




