第九話 逃れ得ぬ運命 9
学祭の後も、アルカは三体目のジャガーノートを探していたが、まるで見つからなかった。
何度か説得を試みたものの、理事長の協力が得られなかった事が大きいだろう。
ただの学生でしかない彼には、大掛かりな捜索など行えるはずもなかった。
焦りを覚えながら日々を過ごすうち、季節が冬に変わる。
十二月、期末試験を終えたアルカは、中庭の長椅子で頭を悩ませていた。
結局、教会周辺でそれらしき猫は見かけなかった。
アルカが居たせいで、近寄らなかった可能性もあるだろう。
これは、カリーナが巻き込まれずに済んだと、前向きに捉えるべき事のはずだ。
色々と考えてみたものの、やはり数日後の毒が撒かれた日に、全力を尽くすしかないようだ。
理事長を当てにし過ぎ、自分で準備を整えようとしなかったのは、反省すべき点だろう。
おかげで時間も無いが、まだ手遅れではない。
今からでも挽回出来るはずだと信じて、アルカは人員の手配や、どの辺りの範囲を調べるかについて、考えを纏めていた。
「あ、ここに居たんだ」
声に顔を上げると、フレデリカがやってくるところだった。
「探したんだよ。
ちょっと付き合って欲しいんだけど、いいよね?」
「遊びの誘いだったら、またの機会にしてくれねーか。
今、あんまり余裕が無くってな」
「ううん。
ルカ、言ってくれたよね。
何かあったら遠慮なく頼れって。
どうしても、今じゃなきゃ駄目なの」
「そう言われたんじゃ断れないな。
お供しましょう、お嬢様」
ズボンを叩いて立ち上がったアルカは、フレデリカの後に続いて歩きながら、彼女に問いかけた。
「で、どこ向かってるんだ?」
「えっとね……ルカと最初に出会った森。
うん、あそこが良いな」
「今決めたのか」
「場所はどこでも良かったからね」
後ろ姿からも、無理にはしゃいで見せているのは、痛いほどに伝わってきた。
彼女の方から話すのを待とうと、今まで聞かずにいた記憶に関する事だろう。
あれだけの犠牲者が出たのだ。
自分だけ生き残ってしまったと、罪悪感を覚えても不思議ではない。
彼女の力になれるだろうかという不安はあるが、アルカも出来るだけの事はしてやりたかった。
校舎を横に見ながら、散歩道として有名な石畳を歩く。
あいにく葉は落ちており、秋頃は見事に赤く染まっていた楓の森は、今は味気ない景色になっていた。
「私ね、ツコ・ガバーニで暮らしてたの」
「ああ」
話しだしたフレデリカの肩は、内心の不安からか震え始めていた。
「無理やり連れて来られて、あの洞窟にあった装置で、私達はあいつらの命令を聞かされたんだ」
「泣くほど辛いなら、もっと時間を置いても良いんだぞ?」
「ううん……今が『その時』だから。
伝えられる最期の機会だから」
鼻を啜り、頬に涙を伝わせながらも、フレデリカは懸命に声を絞り出した。
「ありがとう。
ルカに会えて、本当に良かった。
一緒に過ごした日々は、とても楽しかったよ。
何も無かった私に、たくさんの思い出をくれて、本当にありがとう」
「フレデリカ?」
「だから、笑って死ねる」
切なそうに空を見上げたフレデリカが、森の中にある開けた場所で振り返った。
冬の冷たい風が吹き付け、木々や草むらが立てる音が、なんだかとても禍々しく辺りに響いた。
「待たせてごめんね。
こんなに遅くなって、ルカ、怒るかもしれないけど。
ずっと打ち明けようと思ってたんだよ? でも、ルカに嫌われたくなかったから、ぎりぎりまで言い出せなかったんだ」
何かの病気なのかと、アルカが心配そうに声をかけようとした時。
泣きながら笑みを浮かべたフレデリカが、はっきりと言った。
「ツコ・ガバーニから連れて来られた三体のジャガーノートの、最後の一体。
ずっとルカが探してたのは、私なの」
「え……?」
一瞬、アルカには何を言われたのか分からなかった。
しかし、証明するかのようにフレデリカが魔力を操ると、彼女の周りに菫色の魔力光が現れた。
何度かアルカも見た頃のある、特徴的な物だ。
「菫色の魔力光、見えるでしょ? もう、抑えきれなくなってきてるの」
嘘でもなんでもいいから、こんな顔をさせない為に、アルカは否定してやりたかった。
しかし、次々と思い出される情景が、彼女の言葉が真実だという事を、嫌でも彼につきつけていた。
ここで初めて会った時、『忘却』を使うフレデリカを見て、ニーナが愕然としたのを覚えている。
後にも先にも、彼女のあんな顔を見た事は無かった。
ニーナは修道服の少女が抱えた猫ではなく、少女を、人間の『子供』を見ていたのだ。
そして、アルカは毒で倒れた時の事も思い出してしまう。
菫色の魔力光の事を伝えたフレデリカは、泣きながら謝ってきた。
あの時、彼女は『風の声』で、離れた場所に居るアルカと話していた。
当然、自分の周りにある魔力光も、見えていただろう。
だが、それでも。
目の前に居るのは、アルカのよく知る子供なのだ。
「だけど、お前、これまで普通に暮らせてたじゃねえか。
探せばきっと、何か方法があるはずだ」
「無いよ。
メグも色々調べてくれたんだけど、駄目だった。
あの魔導器に、頭ぐちゃぐちゃになるまで弄くられちゃったからね。
『私が死ぬか、みんなが死ぬか』しか無いの」
荒れ狂っていた理事長の姿が、アルカの頭に浮かんでくる。
そう、この話を聞かされた時から、本当は彼にも分かっていたのだ。
三年前に死んだ術者を連れて来ない限り、誰にもどうにも出来ないんだという事ぐらい。
「私だって、ルカ達と一緒に生きたいよ。
でも、自分の意思じゃどうにもならないから……お願い、私を殺して」
申し訳なさそうに、フレデリカは頼み込んだ。
「ごめんね、こんな事頼んじゃって。
自分で死ねたら良かったんだけど、それも出来ないみたいだから」
なんでこいつは、八つ当たりしたり、恨み言を吐いたりせずに、こんな事を頼んでくるのか。
もっと人間を呪ったり、怒り狂ってもいいだろうと、アルカは遣る瀬無さに奥歯を噛み締めた。
「今までありがとう。
大好きだよ。
ルカも、メグも、ニーナもピートも。
学院の人達も、みんな大好き。
私、みんなに会えて、本当に良かった」
だから、と近づいてきたフレデリカが、立ち竦むアルカの懐から短筒を取り出した。
銃口を自分の胸に当て、祈るように両手を組み合わせてアルカを見る。
「ルカ……私に、みんなを殺させないで」
アルカは震える口を大きく開けて、何かを言おうとしたのに何も言えず。
何もかもを捨てて逃げてしまいたいのに、目の前で自分に向けてくれる彼女の信頼だけは、どうしても裏切れなかった。
涙を流しながらも、笑顔を向けてくるフレデリカと、なんの表情も浮かべられなくなったアルカが見つめ合う。
そして、乾いた音が楓の森に響いた。
「押し付ける形になって、すまなかったな」
「居たのか」
フレデリカの遺体の前で、呆然と座り込んでいたアルカは、かけられた声に顔も上げずに応じた。
とてもそんな気力は湧いてこなかったのだ。
「ああ。
もしもの場合の備えとして、理事長に頼まれたんだ」
ニーナも自分に撃てるか自信は無かったが、理事長はもう一つ保険をかけていたようだ。
アルカが撃った後、立ち去る前にカヤが軽く礼をしていくのを、ニーナは見ていた。
「ニーナ、悪いんだけど」
「分かった。
先に戻ってる……あまり自分を責めるな」
ニーナの気配が遠ざかって一人になっても、アルカの気分は晴れなかった。
そもそも凍りついたように、心は揺らぎもしていないのだ。
ただ、ぽっかりと胸の真ん中に穴が空いたようで、悲しいのかすらもアルカには分からなかった。
自分を責めているわけでもないはずだ。
とにかく、ただただ何もする気になれず、フレデリカに何を言えば良かったのかばかりを考えている。
なんであの時、遠慮なく頼れだなんて、気軽に言ってしまったのか。
少なくとも、フレデリカにこんな決断をさせる為に、言ったわけではなかったのに。
――なあ、フレデリカ。
俺は本当に、お前に何かしてやる事が出来たのか?
問いかけは言葉にならず、ただアルカの胸の中で渦を巻いた。
フレデリカはもう何も答える事は無く、冷たい風が彼女の髪を揺らしていた。




