第九話 逃れ得ぬ運命 4
腰の長剣の柄に手を置いたカールを先頭に、一同が洞窟に入っていく。カールから受け取った角灯で、マルコが前方を照らしているが、周囲から闇が迫ってくるかのようだった。
視界の悪さを嫌ったサラが、ルネッタに断りを入れて、彼女の持つ杖に『光源』の魔法をかけた。辺りの明るさが増すと、頭を抑えつけるような緊張感も、幾分緩和されたように思えた。
「今は構わねんだが、別の機会があったら遠慮してくれや。こっちの明かりが他から見えないとか、すぐに隠せねえとまずい場合もあんだよ」
「覚えておくわ」
後ろを見ながらカールが言うと、サラは素直に頷いた。
角灯は普通に油を使う物だが、周りに仕切りがついていて、火を消さずに光を隠せるようになっていた。どこに敵がいるか分からない場所を探るなら、カールの言ったような事が必要になる場面も多いのだろう。
天井や壁に目をやっていたピートは、人の手が入っている事に気づいた。天然の洞窟に手を加え、通行の邪魔になりそうな物は排除してあるようだ。崩れやすそうな曲がり角には、炭鉱にあるような木材での補強がされてあったので、これはもう間違えようもない。
なんとなく思いついて、適当に選んだ場所で行われたのではなく。入念な準備を重ねた上で、実行に及んだのだろう。
「まだ遠いのか、臭いはしませんね」
「ここが使われたの、だいぶ前だったみたいよ。法医学には詳しくないけど、遺体はどれも白骨化してたから」
「埋められてはいなかったんですよね? ここに動物が来るかにもよりますが、数ヶ月は経ってますよ。埋葬されると何年もかかったりするんですが」
ピートの疑問に、先に見てきたサラが応じている間にも、一行は奥へと進んでいく。青白い顔で歩いていたフレデリカは、見開いた目で周囲を見ながら、足が止まりがちになっていた。
寒そうに自分の肩を抱く彼女の手に、アルカは上から自分の手を重ねてやった。
「無理はするなよ。今から戻ってもいいんだ」
「あ……うん、大丈夫。怖いけど、なんていうのか。私、ここに来たことあるよ」
凍えた人が暖を取るように、フレデリカが両手でアルカの手に縋り付いた。心底怯えながらも、それでも前へ進もうとする彼女に、戻れなどとは言えず。アルカには、小さな手を握り返してやる事しか出来なかった。
しばらく歩いたところで、足を止めたカールが奥の暗がりを指差した。
「っと、着いたぜ。奥に魔導器があんだが、見えるか?」
「どれどれ?」
眼鏡を直しながら、ヒルダが身を乗り出す。そのままカールを追い越していったので、彼は慌てて追いかけた。
サラは周囲に目をやって、危険が無いのを確認すると、複数の『光源』を放った。照らし出された光景を目の当たりにして、ピートが顔を顰める。がたがたと震え始めたフレデリカを、アルカは背後から抱きしめてやった。
奥の空間に長方形の魔導器が置いてあり、手前には蓋の開いた三つの木箱があった。中の一つには、葡萄酒らしきビンが入っている。
魔導器からは導線が引かれ、その先には大きな魔法陣と、積み重ねられた子供の骨が転がっていた。小さい人間の骨だとは分かるが、あまりに多い上、混ざってしまっているので、正確な犠牲者の数は見当もつかない。
壁や床に点在している骨は、術者側の人間なのだろう。何人かはローブを着ているが、流石に所属が分かるような物ではなかった。
「こいつら、ツコ・ガバーニの工作員なのか?」
「どうも間違いないようですよ」
開いていた鞄から、紙の束を取り出して読んでいたピートが、目を走らせたままアルカに答えた。かなりの速読で、次の紙へと移る時間は、内容を把握しているとは思えないほどだ。
彼の眼鏡に反射している文字は、対岸の島国で使われているもので。どこかに報告する為ではなく、作業の進捗状況を記録していた物だった。
「あ、これはまずい」
「どうした?」
横から覗き込んだニーナに、ピートは顔を上げずに答えた。
「三年前、ツコ・ガバーニから運び込んだ三体のジャガーノートに、ここで処置が行われたようです。毒を垂れ流し続け、一定の場所に留まるようにするつもりだったみたいですね」
「そのうちの一体が、私の父が仕留めたやつか」
「おそらくそうでしょう。ただまあ、この記録が処分されずに残っている事から見て、予定通りに終わる前に、彼らは全滅したようですが。問題は、ジャガーノートに対してかけられた『強制』でして」
読み終えたらしく、誰か読みたい人はいるかと、ピートが紙を振って他の面々を見る。手を挙げたサラに紙を渡した彼は、眼鏡の橋を指で押し上げ、思案しながら口を開いた。
「ジャガーノートには、人の集まる場所に留まるよう、『強制』がかけられています」
「街ではないのか」
「ええ。方法や実現性はともかく、街の人全員を避難させられたら、被害は無くせると思っていたんですが。ついてくるか、別の街に行くか、いずれにせよ放置は出来ないみたいですね」
溜め息を吐いたピートの横で、ニーナも眉間に皺を寄せた。
他の者達は、それぞれ辺りに散っていた。マルコとユリカは木箱を調べ、カールが持ち出した紋章の描かれた布と、同じ模様を見つけている。どうもツコ・ガバーニの、酒類を扱っている商会の物らしい。
木箱だけがそうだったのか、商会の人間が関わっていたのか、工作員が化けていたのかまでは分からなかったが。
「これは、がっかりだね」
魔導器に駆け寄って調べたヒルダは、すぐに正体が分かったらしい。肩を落として、つまらなそうに言った彼女に、ついてきたカールが尋ねた。
「なんなのか分かったのかい?」
「うん。正式名称までは覚えてないけど、精神に作用する魔法を補助するやつだよ。例えば、使い手を選ぶ『強制』なんかを、誰にでも使えるように出来る。といっても、効果は大したもんじゃないけどね」
移動の制限ぐらいがせいぜいで、軍や大店で立入禁止区画を作るのに使われているそうだ。近寄るなとか、留まれとか、簡単な命令を聞かせる物らしい。
大きさは大人の腰ぐらい、ざっと一ムテラ(約一メートル)ほどの黒い筒に、床に固定する台座や配線がついている。暗がりでは不気味にも見えるが、ありふれた魔導製品なのだそうだ。
「あんだけ多くのガキを、生贄に捧げるような代物じゃねえと」
「まあそうだね。これで強化した『強制』なんかかけたら、何があっても指定された場所に入れなくなるかな。殺されそうになろうが、仮に自殺しようとしても出来ずに、これによる命令の方が優先される」
「解除は出来ねえのか?」
「無理かなあ。術者から詳細を聞かないと、他の人間にはどうしようもなくって。大きな事故も起こってないから、あんまり研究されてないんだよね」
「他の『強制』で上書きするとかは?」
「あれは相反する命令だと、先にかけられた方しか効かないよ。私も詳しくはないけど、それぐらいは知ってる」
「あんがとよ、それだけ分かりゃ充分だ」
ヒルダは納得いかないらしく、小さい体を動かして、あちこちから魔導器を調べていたが。ジャガーノートについて、彼女より詳しく聞いているカールには、今の情報で大体のところは理解出来た。
ニーナの父親が倒したジャガーノートは、一度取り逃がしたのに、街から動かなかったらしい。臆病な性質の魔獣にしてはおかしな行動も、これのせいだろう。
後は毒の制御を除去してしまえば、成体になったジャガーノートが大量殺戮を行う。周囲の人間が死に絶えたら、次の街へ。術者が死のうが関係なしに、殺されるまで殺し続ける生物兵器となるのだ。
「ろくなもんじゃねえな」
洞窟脇に転がる骸骨を蹴り飛ばして、カールが苦く吐き捨てた。
工作員が毒を撒いて大勢の人間を殺したのだとしても、彼はここまでの嫌悪感は抱かなかっただろう。人間同士の争いに無関係な魔獣を巻き込んでいるから、反吐が出るのだ。しかも餌で釣ったり、眠らせて他所へ動かしたり出来ず、殺すしかないとなれば尚更だった。
司祭姿のルネッタは、子供達の遺体の山の前に跪いて、彼らの冥福を祈っていた。その様子を蒼白な顔で、見るともなしに見ていたフレデリカが大きく息を吐いた。
「あの、ね。ルカ」
「少しは落ち着いたか?」
「うん。大丈夫、とは言えないかな……思い出したよ。全部」
アルカを見上げる彼女は、なんだか透き通った笑みを浮かべていた。
「お願いがあるんだ。ジャガーノートを見つけても、ぎりぎりまで殺すの待ってくれないかな。『その時』が来るまでは、他の動物の子供と変わらないから」
「だが、もしもの場合はどうする気なんだ?」
口を挟んできたニーナを、アルカは咎めるように見た。しかし彼女は構わず、フレデリカの前まで歩いてきて、正面から向き合った。目線を合わせるような素振りもなく、冷たい無表情で見下ろしている。
怯まずに見返したフレデリカが、しっかりと頷く。しばらく見合っていたニーナは、急に何かに気づいたように目を見開いた。
「まさか」
「多分、あなたの思った通り。ここに連れられてきた子供達は、ジャガーノートと一緒に遊んでたんだ。怖い大人達に囲まれて不安だったけど、私達はみんな仲間として、一緒に逃げようとしてた。でも、あの時」
大勢の子供が生贄に捧げられ、ジャガーノートに魔法がかけられ。そのうちの一体が毒で大人達を殺す間に、生き残っていた者は逃げ出したそうだ。
「分かった。マルグリットを説得出来たら、私も反対しない」
「ありがとう。うん、メグにはちゃんと話すつもりだったから、大丈夫だよ」
理事長のマルグリットが愛称で呼ばれるのを、アルカは初めて聞いた気がする。意識が逸れて呆けていたからだろうか。ぼんやり辺りを見ていた目が、なにかの動作をしているカールを視界の隅に捉えた。
もどかしそうな顔で、掴んで引き寄せろというように、手を動かしている。おかげでアルカは、駆け出そうとしたフレデリカを捕まえるのに成功した。
「ルカ、離して」
「どこ行こうってんだ」
ほっとしているカールが見えて、湧いてきた嫉妬心をアルカは意識から追い出した。付き合いが長いはずの自分よりも、カールの方がよく見ている。そんな部分でも優秀な相手に対して、状況も弁えずに嫉妬する自分の矮小さといったら、情けなくなるほどだ。
何一つ勝てやしないと諦めるのと同時に、何か一つぐらい勝ちたいという気にもなったが。優先順位を間違えるなと、アルカは大きく息を吸って思考を切り替えた。
「だって、一緒に居たら絶対に迷惑かけるもん」
「さっきも言ったはずだよな。何かあったら、遠慮なく頼れって。それとも、俺じゃどうにもならないような事なのか?」
「ううん。どうせだったら、ルカにお願いしたい」
「なら、任せろ」
アルカの目を静かに見返していたフレデリカは、泣き笑いのような顔になって頷いた。
「分かった。それじゃ、その時が来たらよろしくね」




