第九話 逃れ得ぬ運命 3
春だというのに雪の降った日、アルカは街の近くにある山へと来ていた。
カールの仲間であるルネッタが、趣味の山登りの最中に怪しげな洞窟を見つけたらしい。私有地なので地主を訪ねると、調査結果を教えるならという条件で許可が取れた。どうも売りに出すので、しばらく放置していた山を近いうちにでも調べるつもりだったそうだ。
カール達数名が調べたところ、中には大量の遺体と、怪しげな魔導器があった。
ツコ・ガバーニの者達の死体が数体、それと生贄にされたらしい子供達の遺体が数十人分。おそらくジャガーノート絡みの物だと思われたので、通報より先にアルカに声をかけたのだ。
「ルカ君の言う通り、降ってきたね。だから一日ずらそうって言ったのに」
「うっさいわね。いつまでも、地主や警邏隊に黙ってるわけにもいかないでしょうが。だからって連中が現場を荒らした後じゃ、何か手がかりがあっても分かんなくなっちゃうしさ」
マルコが向ける白い目に、エルフのユリカが吠え返す。面倒くさそうにあしらった彼は、同じく冷たい目でアルカを見た。
「本当に、その娘も連れてくの? 一応は調べたけど、危険が無いとは言い切れないんだよ」
「のっぽの持ってた紋章、見覚えがあるの。お願い、私も連れてって」
「俺からも頼む」
頭を下げるフレデリカとアルカに、賛同しかねる顔でマルコは黒髪を掻いた。
彼女が失った記憶の、手がかりになるかもしれないのは分かる。しかし、もしそうなら、中の遺体は彼女の友人知人である可能性が高いのだ。果たして、そんな物を見せてしまっていいのか、彼には判断がつけられなかった。
「見せてあげなさいよ」
「また君は、そんな簡単に言って」
「簡単じゃないわ」
咎めるようなマルコに首を振ったユリカは、腰を屈めてフレデリカと視線を合わせた。正面から覗き込むエルフを、まだ幼さの残る少女がしっかりと見返す。
「中にあるのは、あんたは見ない方が良い物かもしれない。本当に大勢の子供達の遺体が転がってたのよ。それでも見たいのね?」
「私は知りたいの。自分が誰で、どこから来たのか。本当は怖い。この洞窟を見た時から……ううん、あの紋章を見た時から怖くてたまらないよ。でも、知らなくちゃいけない、ここで逃げたら絶対に後悔するって、私の何かが訴えるから」
言葉通り、両手を組み合わせて訴えるフレデリカは、小刻みに震えていた。ユリカは暖かい笑みで彼女の肩を叩くと、振り返ってマルコを見やる。黒髪の少年は、これ以上の反対はしないと言うように、溜め息交じりに頷いた。
かける声が見つからず、ただ突っ立っていたアルカの肩を、ニーナが無言で叩く。彼女の目に促され、アルカはフレデリカの頭に手を乗せた。
安心させるように、ぽんぽんと叩くアルカを見上げて、フレデリカが笑みを見せる。無理をしているのが分かる、痛々しいものだっただけに、アルカはやや強引に自分の胸に引き寄せた。
「お前を拾った時に言っただろ。何かあったら、遠慮なく頼れって」
「うん」
顔を彼の胸に押し付けたフレデリカの口が、ありがとうと動いた。顔を上げて暗い洞窟を見たアルカは、嫌な予感を抑えきれずに、思わず眉を顰めた。
先の見通せない洞窟など、誰が見ても不気味なものだろう。アルカがそう思ったように、ほとんどの者も不安そうな顔をしていたが、どんなところにも例外というのはいるものだ。
「なんかこう、わくわくするよね」
「僕は同意しかねます」
「なんで? この中には、未知の魔導器があるんだよ。どんなのだろうとか、気になって落ち着かないじゃない?」
「あまり死体は見たくないですから」
「ん、ああ、そうか。ごめん、ちょっと不謹慎だった気がする」
さっと右手で聖印を切ったヒルダが、犠牲となった子供達の冥福を祈る。態度こそ軽かったが、その顔は意外に真摯なものだった。
つられたように、話し相手になっていたピートも祈りを捧げた。彼の場合は作法には何の問題も無かったが、心がこもっていないように見えた。ピートは礼儀としてやっているだけで、犠牲者を悼む気持ちはあまり無いのだろう。
「戻ってきたな」
ニーナの声に他の皆が洞窟を見ると、角灯を持ったカールを先頭に、サラとルネッタが戻ってきた。ルネッタは地母神の白い司祭服を着ているので、いつもの黒いローブに三角帽子姿のサラと並ぶと対照的だった。
先行して安全を確かめてきた三人を加えて、これで全員が揃った事になる。角灯の明かりを消さずに、カールが中の様子を報告した。
「ざっと奥まで見てきたが、危険は無さそうだ」
「あくまで、今のところはですけどね。奥の魔導器を調べたのをきっかけに、事態が急変する事も考えられます。皆さん、くれぐれも慎重な行動を心がけて下さい」
普段から引き締め役をやっているらしく、ルネッタが集まった面々の顔を見る。油断している者がいないのを確認して、結構、というように彼女は頷いた。
「んじゃ、配置を決めるか。先頭に俺が立つ、補佐はマルコが付いてくれ」
「了解」
「あたしとサラで左右を固めるから、ルカとニーナは最後尾ね」
「分かった」
フレデリカ、ピート、ヒルダを、戦える人間で囲んで守る形だ。規則の決まった試合ではないのだから、どこから敵が来るかは分からない。前にばかり戦える者を集めたら、後ろから襲って下さいと言っているようなものだ。これは何でも屋に限らず、護衛対象が居る場合には当たり前の配置であった。
ルネッタも荒事自体には慣れているだろうが、戦闘要員としては名前が挙がった面々よりも落ちるのだろう。大人しく守られる側に回って、護衛の者達に頭を下げた。




