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第一話 起点 4



 入学から一週間して授業が開始されても、毎日顔を合わせる面子はあまり変化しなかった。

 基礎教養課程は必修単位が多いので、当然と言えば当然なのだが。



 魔法学院の卒業生は、軍の招集に応じる義務がある。

 それはつまり、最低限の戦力として計算出来る力が求められる、という事でもあった。

 簡単に言うと、実技での合格基準は下がらないし、他で代替も出来ないという事である。



 とはいえ、『魔法』学院の門を叩くような者達だ。

 これから壁にぶつかったり、ある程度の折り合いをつける者もいるだろうが、生徒のほとんどは今のところ『自分は魔法が得意だ』と思っている者が大半だった。



 その例外が、今年の新入生に一人いた。



 校庭に集められた生徒達の中、ピートが最前列で、メモ帳を片手に真剣にシャント教授の言葉に聞き入っている。

 学院の生徒にしてみれば、教授の話は今のところ初歩的なおさらいだけなので、事情を知らない者達は困惑して顔を見合わせていた。



 しかし、老齢に入った女教授にしてみれば、過去に何度か見かけた学生の姿なのだろう。

 まるで動揺も見せずに、話の締めに入った。



「あらゆる魔法の基礎にして、最も大切な事は自信です。

 一言一句間違えずに唱えられるという確信があって初めて、呪文を扱う資格を得たと思いなさい。

 その程度の事が出来ない者に、魔法使いを名乗る資格はありません。

 では、周囲に充分な注意を払いつつ、練習を始めなさい」


 がやがやと声をかけあいながら、学生達が校庭に散っていく。

 そんな中、呼び止められた理事長は、シャント教授と一対一で、高度な魔法制御の訓練に取り掛かり始めた。



 ピートのような例外を除けば、ここの学生は簡単な魔法ぐらいは使える。

 ただし、当然ながらそれぞれの習熟度や得意分野には差があり、今回のお題である炎を苦手とする者は、得意な人間に教えを請うたりしていた。



 アルカとニーナは、少し距離を取って精神集中に入るピートを見守った。

 初めて魔法が成功した時、制御を誤って周囲を燃やすという失敗は、誰でもよくやるからだ。

 現にアルカもやらかした覚えがある。



 二人が急かさずに見守るうち、呼吸を整えたピートが、かっと目を見開いて、気合いと共に魔術言語を紡ぎ出した。



「咲き誇る生命に宿りし、火の精髄よ。

 我が心の導きに従い、その姿を現せ。

 『炎の矢』(ヴェスタ・サギッタ)!」


 相当練習してきたのだろう。

 文句のつけようのない抑揚の詠唱によって、魔法の発動を導く呪文が唱えられ、指先から気の抜けた煙を吹いた。

 なんとも言えない顔で三人は黙り込んだが、しばらく待ったところで何か変化が起きるはずもなかった。



 やがてアルカが、難題に取り組むように指で眉間を揉み解しつつ、口を開いた。



「分からん。

 なんで、ちゃんと詠唱出来てて失敗するんだ」


「はっはっはっ! どうです、驚きましたか。

 これが僕の実力ですよ」


 開き直ったかのようにピートが胸を張ったが、その肩は小刻みに震えていた。

 物悲しい姿に何も言えないでいるアルカと違って、ニーナは冷静に指摘した。



「魔力を扱えていないな。

 呪文に合わせた魔力の操作が出来ていないから、このままでは何度やっても成功しないぞ」


「分かってますよ! ええ、どの専門書や入門書にも、そういうような事が書いてありました。

 ですがね! なんですか、それ。

 分かりませんよ。

 魔力を操作しろって言われても、何をどうしたらいいんですか」


 嘆きながら崩折れるピートに、アルカは言葉を探しながら声をかけた。



「あー……俺も、流石にそこでは躓かなかったから、助言なんか出来ねーんだけど。

 学院の先生の中には、それを訓練する方法を知ってる人もいるんじゃねーか?」


「そうですね。

 正直、何をどうしたら良いのかさっぱりなので、まずシャント先生に相談してみます」


 ピートは膝を抱えて座り込むと、物悲しげな旋律の口笛を吹き始めた。

 どこかで聞き覚えのある曲だが、ここまで暗い歌ではなかったはずだ。

 確か童謡かなにかで、わりと明るい希望に満ちた歌だったはずである。



 対処に困ったアルカが頭を掻いていると、近くに歩み寄ったニーナが揶揄するような目を向けてきた。



「ところで。

 ルカは、ちゃんと出来るのか?」


「ん? まあ、火の魔法は得意だからな」


 ズボンでさっと指先を拭い、指が滑らかに動くか確かめてから、アルカは詠唱を開始した。



「咲き誇る生命に宿りし、火の精髄よ。

 我が心の導きに従い、その姿を現し、そして留まれ。

 『火種』(ヴェスタ・コル)


 アルカの手のひらの上で燃え盛る炎が留まり、踊るようにゆらゆらと揺らめく。

 かなり高度な制御が行われているようで、近くで目にした他の学生が驚いたように見ていた。



「どーよ? 火の魔法に関しちゃ才能があるって、魔法を教えてくれた奴も褒めてたんだぜ。

 いやまあ、所詮は田舎者の基準で、このぐらい都会にゃ一杯いるんだろうけど」


「いや。

 そこまで操れる人間は、同世代にはまずいないな。

 素直に誇っていいと思うぞ。

 見直したよ、ルカ」


「そう手放しで褒められると、流石に照れるな」


 指の動きだけで炎を消し去ったアルカが、頬の辺りを指先で掻く。

 ニーナの口元にも微かに笑みが浮かびかけたところで、ピートが泣きながら走り去った。



「あ」


「しまった」


「あら、やっちゃいましたね」


 遠ざかる背中に呼びかけようとして、背後から聞こえた声に二人は背筋を震わせた。

 咄嗟に一歩飛び退いたニーナが、身構えて相手を確認する。

 アルカの方は反応が遅れ、間抜けな顔を後ろへ向けていた。



 そこにいたのは、艶やかな黒髪を持つ少女だった。

 体の動きを制限されないような、少しだぼついた服に身を包み、下もズボンを穿いている。

 顔の造形はニーナの方が優れているものの、女の色気という意味では彼女の方が勝っているだろう。

 そしてまた、それを振り撒いている感じがしないのも、男心をくすぐるような娘だ。



「すみません、驚かせるつもりは無かったんですが」


 彼女、カヤ・マジェーレは、敵意が無いのを示すように両手を挙げて振ってみせた。

 弁解を向けられたニーナは、言葉通りカヤに敵対の意思が無いと分かりつつも、粟立つ肌を抑えられずにいた。



 ニーナは大人に混ざって、帝国最大の競技会で入賞を果たした少女だ。

 当然ながら、幼少の頃より厳しい訓練を課されてきた。



 別に一騎当千だとか、強者を気取るつもりは無い。

 ニーナは自分が強いかどうかも分からないし、さほど戦闘に興味も持っていない。

 しかしそれでも、『驚かせるつもりが無いのに足音が全くしない相手』に対して、本能的な恐怖を感じずにはいられなかった。



「カヤだったっけ? あ、マジャーレさんって呼んだ方がいいか」


「マジェーレです。

 いえ、カヤで構いませんが」


「さっきの見てたなら、何か助言してやれる事は無いかな。

 ピートの奴、どうしても進級したい理由があるから、出来れば助けてやりたいんだけど」


「難しいですね。

 『右足と左足を交互に前に出せば歩ける』という説明以前に、『右足を前に出す方法』を説明しないといけませんから。

 正直、子供の頃から魔法に触れてきた私達のような人間には、分からない事だと思いますよ」


「まあそうだよなあ。

 カヤも、身近に魔法使いがいたんだ?」


「はい。

 父が魔導機の研究者で、その友人知人も魔法使いが多かったですから。

 意識する前に、なんだか自然と使えてましたね」


「なるほど。

 つまり、子供の頃にどうやって魔法を覚えるか、を研究してる人のところに聞きに行けばいいわけだな」


「それ、まだ判明してないと思います。

 いえ、発表された魔法関係の論文を全部読んだわけじゃないので、断言は出来ませんけど」


 アルカは気にせず話しているが、混ざってこないニーナに、カヤは恐縮したような目を向けてきた。

 それが、なんだか怯えた子供のように見えて、ニーナは深く息を吐いて歩み寄った。



 どうも特殊な育ちをしたらしい少女だが、悪い子じゃなさそうだと。



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