第一話 起点 3
登校初週は、週一杯を使って新入生への説明会が行われた。
帝国では、入学後に年間の受講内容を決める学校が一般的だ。
授業要覧を回し読みしつつ、時には事務方などにも相談しながら、受ける講義を決めていく。
伝手を辿って去年の講義要旨を見せて貰ったり、授業内容を先輩に聞きに行ったりして、新入生達は予定を立てていた。
魔法学院では、受講数によって授業料が変わる事は、基本的には無い。
意欲的な学生であれば、卒業までの間、朝から晩までぎっしりと予定を埋める事も可能だ。
もっとも、可能なだけで流石にそこまでやる人間はまずいない。
定員が決まっていて、埋まった時点で募集を打ち切る事もあるが。
何より、授業料の足しに、非正規雇用の口を探す生徒が大多数だからだ。
授業料が変わる例外は聴講生で、彼らの場合は講義毎に授業料を払う事になる。
アルカ達三人も、中庭のテーブルを囲んで講義要旨を回し読みながら、受講予定を埋めていた。
「ルカ君は、とりあえず魔導工学ですよね。
他に、何か興味のある授業とかあります? 僕は数学を取ろうかと思ってますけど」
「面白そうだけど、あんま余裕ねえな。
奨学金取れてたら別だったろーけど」
「後で掲示板を見に行くか。
募集の貼り紙がしてあったはずだ」
一階の東階段付近を見やりながらニーナが言うと、同じ方を見ながらアルカは呟いた。
「どうせなら、魔導具関係の仕事がいいんだが、なんかあったか?」
「すまん。
そこまで見てない」
「別に謝るこっちゃないけど。
んじゃ、ニーナはどんな仕事やりたいんだ? やっぱ、魔導銃絡みか?」
「とは、関係ないものがいいな。
しばらくは離れたい」
溜め息を吐くニーナを見て、納得したようなしないような顔でアルカは頷いた。
ニーナ・ダフトベルクは、皇帝杯の射撃部門での最年少入賞記録を持っている少女だ。
同世代では剣のカールの、十五歳未満の部門での優勝も大した物だが、大人に混ざっての入賞はかなり話題になったらしい。
もっとも、本人の言によれば、魔導銃での参加に少年の部が無かったからだそうで。
変に騒がれて迷惑したという声には、実感がこもっていた。
「ピートは?」
「僕は資格を持ってますので、司書をやるつもりでいます。
面接は終えましたから、今は返事待ちですね。
学院生が短期で稼ぐ仕事といえば、冒険者なんかよく聞きますけど」
「いや、一攫千金目指して命懸けの大冒険とか、ちょっとなあ」
同意見らしくニーナも無言で頷いたので、ピートは苦笑しながら首を振った。
「そんなの、極一部ですよ。
大半は飼い猫の捜索とか、浮気調査、引っ越しの手伝いからドブさらいまで。
まあ面倒だったり厄介だったりする雑用が、彼らの主な仕事です。
報酬の方も相応ですけど、少なくとも学費の足しぐらいで危険な目に遭ったりしませんて」
「なんか、印象と違うな。
ぱーっと稼いで、『宵越しの銭は持たねえ』って豪遊するのが、ああいう連中じゃねーのか?」
「そうは言うがな」
唸りだしたアルカに、横からニーナが冷静極まりない声をかけた。
「私達魔法使いも、世間の印象では研究ばかりしている連中だと思われているはずだ。
だが、実際には大魔法使いと言われる者達も、成果の売り込みや出資を募ったりなど、環境作りに時間のほとんどを費やしているだろう?」
「魔法学院は、そういう煩雑さを軽減し、研究に専念出来るようにする為に作られたそうですが……講義で時間を取られ、本末転倒になってますしね」
「世知辛え」
夢の無い話だとアルカが首を振ると、中庭の一角を目で示してピートが冗談混じりにこう言った。
「その辺の改善要求でしたら、理事長に直訴してみたらどうですか?」
「じゃ、そうすっか」
「え?」
あっさり立ち上がったアルカが、中庭の長椅子に一人座っていた少女に近づいていった。
長い黒髪を掻きながら書類を睨みつけていた彼女は、近づいてくるアルカを胡散臭そうに見上げた。
マルグリット・ティレン。
成人したばかりの十五歳だが、正真正銘、この学院の理事長である。
魔法学院はそもそも、国と当時のティレン家からの出資により開校したものだ。
初代学院長は魔法、特に魔導においては他の追随を許さない天才だったが、経営手腕は無いも同然だったらしい。
そこで出資者が一族の者を送り込み、代々続いて今に至る。
去年までは、彼女の父が理事長になるはずだったのだが。
本家で不幸があり、そちらの椅子を埋める事になった為、新入生兼理事長という冗談のような存在が誕生した。
その立場も然ることながら、本人の性格もきついので、彼女は周囲から孤立しがちである。
お節介を焼こうとした者も何人かはいたが、何度も追い払われるうちに誰も近寄らなくなっていた。
「なあ、理事長」
「なによ?」
「こう、短時間で楽に儲かる仕事を世話してくんねえか」
「あるにはあるわよ。
公営だし、福利厚生もばっちり。
一刻ぐらい天井の染みでも数えてれば、成人男性の一日分の給料は保証するわ」
「男娼じゃねーか!」
「なに。
せっかく紹介してあげるってのに、不満でもあんの?」
にやにやと笑う理事長に、怒りも顕わにアルカが指をつきつけた。
「当たり前だろ! うちのような田舎の村にはな、嫁の来手なんかねえんだよ。
だから、こないだ農家の次男が迎えた嫁は、元娼婦だ。
普通の店の娘らしいが、そんでも教育はすげえ大変だったって言ってたんだぞ。
男娼だって同じだろ。
金稼げるようになるまで何年かかると思ってやがる、学費の足しになんかならんわ!」
「な……っていうか、そもそもあんたがなめたことぬかしてんのが悪いんでしょ! 短時間で楽に儲かる仕事なんかあってたまるか!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた彼らに、周囲の理事長を見る目が変わっていくのが分かった。
遠巻きにしていた距離感が打ち砕かれ、立場や性格のきつさはともかく、彼女も同年代の少女なんだというように。
「あれ、何も考えずにやってるのがすごいよな」
呆れ半分、感心半分に呟いて、ニーナは再び書類に向き直った。
ピートもアルカという友人には、尊敬出来る部分があると思っていた。
改めて観察しても、アルカは不細工でこそないが決して美形ではない、どこにでもいそうな田舎者の少年だ。
しかし、理事長ぐらいならまだしも、ニーナほど整った顔立ちの美人を相手にすると、ピートでは気後れする。
良い友人関係を築きつつあるはずだが、それでも話す時に若干の緊張を強いられるのは、ずっと変わらないだろうと彼は思っていた。
これは別に彼に限った話ではなく、これまで学院でニーナに声をかけた男子生徒の誰もが、少なからず身構えていた。
そのぐらい、ちょっと手の出しようがないほどの美人なのである。
だが、アルカは自然体なのだ。
女というか、美人に慣れている。
何をどうしたら田舎育ちで、そんなものが身につくのか。
寮の部屋でだらだらしている時に、ピートは聞いてみた事があった。
慣れだな。
返ってきた答えに、その時は困惑したものの。
よくよく考えれば、彼の身近には魔法人形がいたのだ。
美しい造形だという記録はあっても、特徴を捉えた挿絵以上のものは残っていない。
どれほどの美貌なのだろうかと、まだ見ぬ友人の姉に、ピートは少年らしい憧れを抱く事になった。




