第三話 襲撃 2
学院の東通りを少し進んだ角に、学院生が多く利用する喫茶店があった。
値段と味がそこそこで、長居していても追い出されないところが受けているのだろう。
壁やテーブルが古い木で出来ており、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
一人で本を読んでいる男子学生や、顔を寄せ合って小声で笑う女子学生達。
外の席で通りを眺めながら、珈琲を味わう男子達。
また、別れ話でもしているのか、深刻な空気の男女などもいたりした。
鏡の行事から半月後。
ピートは仕事で予定が合わなかったが、ニーナの紹介でアルカはサラ・ディオールと会っていた。
サラは長い黒髪に切れ長の目をした少女で、雰囲気はニーナに似たところがある。
古典的というか、黒いローブに黒の三角帽子という、実に魔法使いらしい格好をしていた。
帽子の方は、席に着いてからは椅子にかけてある。
彼女は片肘をつきながら、アルカの話を聞き終えた。
流石にアルカも、初対面の人間相手に、時間を戻ったりなんだりといった話はせず。
魔法を無効化する物の心当たりと、鏡についての調査結果を尋ねた。
「まず鏡の方だけど、まだよく分かってないわ。
調べられた限りじゃ、特徴的な魔力の波動を放っているという事ぐらい」
「信号を発しているとか?」
「一定の拍子を、固定の周期で繰り返してるから、その可能性も考えたけど。
少し離れただけで、学院で一番感度のいい測定器でも拾えなくなるのよね。
あれじゃ、何かの魔法に利用するにしても、心許ない気がするわ」
調査には許可も必要だし、別の角度からの検証を思いついたら試してみるつもりだ、とサラは締め括った。
話している最中、眉を顰めたり、考える時に口を尖らせたりと、サラは感情が表に出ていた。
静かにカップを傾けつつ、ほとんど無表情に目だけ動くニーナよりは、よほど付き合いやすい少女だろう。
「魔法の無効化の方は、簡単と言えば簡単ね。
物凄い高いけど、そういう剣や鎧、装飾品なんかは存在する」
「ちなみに、いくらぐらい?」
「城の一つや二つは建つでしょ。
この街の元領主、エメット伯が持ってた槍も、確かそういう機能が備わっていたはずよ。
あれは、魔法を斬れるぐらいだったかな。
統一戦争当時に壊れて、今は博物館にあるけど」
「出回らない類の高級品としてならあるわけか。
あ、確か昔どこかの王様が、なんかそういう剣を持ってたとか聞いたな」
「七百年ぐらい前、この辺りを支配していた王ね。
その王朝が滅んだ後、ツコ・ガバーニとの戦争で奪われて、今では向こうの王家に伝わってるはずよ」
「王家か」
「まあそこまで強力な物じゃないでしょうけど。
魔法の効かない相手と戦うなら、魔法を使わないのが一番よ」
「接近戦で勝てるとは思えねーな」
赤毛の女騎士の鋭い踏み込みと振り下ろしは、アルカでは年季が分からないほどに鍛錬の積まれたものだった。
付け焼き刃の特訓なんかで、対処出来る相手ではないだろう。
「やけに具体的ね。
今なら銃でいいと思うけど?」
「いや、別に再戦するつもりは無いんだが、一応の備えというか」
「それでいいと思うわよ。
何があったかは聞かないけど、厄介な相手を想定しておくのは悪い事じゃないわ。
いつどこで、何の役に立つか分からないし」
護身用の銃ぐらいは用意するか、とアルカは予算の検討をしてみた。
仕事先の魔導具の店にも、短筒は置いてある。
学生に買える程度の物が、あの女騎士相手に役に立つかはともかく、打つ手は増やせるだろう。
「ところで、魔法の覚え方についてはどうだ? 心当たりがあると言っていたが」
「あるにはあるんだけど、本人がいないんじゃね」
「興味ある」
「私もだ」
彼女の方も話したかったのか、まあそう言うならとサラは口を開いた。
「魔力の流れを感知出来ないのよね? だったら、それを分からせる、慣れさせるのが一番だと思う。
知っての通り訓練方法は色々あるけど、瞑想にしても何にしても時間かかるでしょ。
だから、符術はどうかと考えたわけ」
「符術?」
「魔法の道具、炎の杖とかが、短い単語を言うだけで唱えられる原理は知ってる?」
「術式が仕込んであって、道具の方で詠唱の処理を代行してくれるから……だよな?」
「そう。
つまり、呪文の処理は外部でも可能なの。
だから、魔力を流しても壊れ難い物……宝石や水晶なんかに詠唱を仕込んでおくと、呪文の発動までを大幅に短縮出来るのよ」
「サラが言っているのは、紙や木札を使う方法だな。
使い捨てになるが、効果の方に遜色は無い」
そこまで聞いて、アルカには思い当たる事があった。
「魔導銃の弾丸に使われてるやつか」
「ああ、それがあったな」
アルカの仕事先が取り扱ってる商品の一つだ。
魔導銃といっても、魔法そのものを撃つ銃ではない。
火薬の代わりに魔法を使っているだけで、撃つのは鉛玉だ。
有効射程距離、威力、速射性に安全性など、全ての面で魔導銃が優れるが、扱うには魔力の操作が不可欠である。
銃は引き金を引くだけでいいが、魔導銃はその時に弾丸に仕込まれた魔法を起動させなければならないのだ。
おまけに普通の銃の二倍から三倍の値段がするので、警邏や猟で使うような物ではなかった。
「良かったら、俺にも教えてくれないか?」
「符術は二年以降の選択科目だったっけ。
準備に手間もかかるし、高速詠唱を覚えたらあまり使わなくなるらしいけど、まあいいわ。
今日だけじゃなくて、今度、別の機会にもおごりなさいよ」
「分かった。
よろしくお願いします」
改まって頭を下げるアルカに、サラの方も姿勢を正して教え始めた。
「まずはじめに。
ちゃんとした符術を習いたいなら、学院の授業を取りなさい。
その方が早いわ。
後、これは私が教わったやり方だから、効率が悪かったりしても気にしない事」
「はい、先生」
「よろしい。
といっても、魔法が使えるんだったら簡単に出来るわ。
詠唱中に指で組んでる印章があるじゃない? あれを図形にして書いて、それぞれに関連づける記号、注釈みたいなものね。
それを番号毎に、同じ紙に呪文を書いて、魔力を流し込んでやるだけ。
要は、参考書に載ってるあれよ」
「ええっと」
慣れた炎の魔法を思い浮かべ、指の動きを試してみつつ、アルカはメモ用紙に書きだす。
女子二人がカップを手に待っていると、しばらくして終わったようだ。
添削用にペンを出していたサラが、確認してからつまらなそうにペンを懐に戻す。
彼女の目から見て、直すようなところは無かったらしい。
後は試してみなければ分からないが、窓の外を歩く人々は、コートの襟を立てて白い息を吐いていた。
室内に顔を戻した三人が、飲み物のお代わりを注文する。
口々に暖炉を発明した人物に感謝する彼らは、しばらく出ていく気は無さそうだった。