教えてよ
先にキタガワが玄関に向かうので、私もソファから立ち上がり自分のカバンを取る。
「もう!」とお姉さん。「せっかく連れて来たのに。一緒にご飯食べればいいじゃん」
それも無視してキタガワは無言。私は情けない顔で、みんなの顔をちゃんと見られず、「お邪魔しました」とだけ言って、うつ向き気味でキタガワの後を追う。
それなのにワラワラとみんな玄関へ着いてくる。
キタガワが余計にキレそうで怖いのに、キタガワの機嫌の悪さなんかものともせず、みんなニコニコ顔だ。
「ヒロちゃんヒロちゃん」
妹がニコニコ顔のまま、ちょいちょいと私を呼んで耳打ちして来る。「キスしたら、どんなんだったか教えてよ?」
慌ててぶんぶん首を振った。この状況でそんな事あるわけないじゃん!
「ヒロちゃん」と今度はお姉さん。「大丈夫だから」
なにが!?と叫びそうになった。
「「「お兄さぁ~~~~ん」」」と手をヒラヒラする妹の友達の3人。
その3人をじっと見てキタガワが言った。「もう6時になるから。気を付けて早く帰れ」
言われて「「「きゃあ~~~~」」」と喜ぶ3人。
いや…私も今のはカッコいいと思っちゃったけど。
靴を履く私の、横に置いた通学カバンをキタガワが持ち、私たちは全員に手を振られて玄関を出る。
キタガワが自分の自転車のかごに私のカバンを乗せてくれて自転車を押して歩き出した。
キタガワの自転車の後を歩く。
「なあ」と言われてピクッとする。
「…うん」
ちょっと立ち止まるとまた言われる。
「なあ」
「…うん」
「…」
「…」
…ぅわ~~もう逃げたい。
キタガワも立ち止まった。「お前、エザワとは、本当はどんな感じだった?」
…エザワ君?何で今またエザワ君が出てくんの?お姉さんは今日の事をどんな風にキタガワに伝えたんだろう。
「…今日一緒だったのは…」小さな声で答えた。「エザワ君じゃないよ?」
「わかってるからそれは」
「…うん」
「お前さぁ、オレには言ったじゃん。オレが他の女子に優しくするのは嫌だって言ったじゃん。…なあ、ちょっと後ろ乗って」
私を後ろに乗せたキタガワの自転車は、すぐ見えてきた小学校の校庭を突っ切り体育館の脇へ。もう暮れかかっているが、体育館では学区のママさんバレーの練習をしていて体育館は煌々と灯りがついていた。中から練習している声が大きく漏れてくる。体育館から渡り廊下でつながった第一校舎の職員室も、まだ先生が結構残っているのかとても明るい。
自転車を置いて、私たちは体育館脇の石段に腰かけた。
「ちゃんと家まで送るから連絡しといた方がいい」とキタガワが言ってくれる。「親、心配するだろ」
「うん、まあ」
腰かけてしばらく何も言わないキタガワ。
「ねえあれ、…今日一緒だったのアイちゃんとその彼氏とかで誘われて6人で行ったの」
「…なあ」とそれには答えずにキタガワが話し始める。「あの、ネックレスより前にヘアピンやったじゃん」
「…うん」
「あの時、お前誰かと一緒のヘアピン、まねして付けてんじゃねえかって女子に言われて、言われるままになってたからオレが口出ししたら、『いいからいいから』って言った」
「いいから、とは言ってないと思うけど…」ちゃんと感謝したと思うけど。
「お前『めんどくさい事になるからもういいから』って」
「…」
そんな事、あの時キタガワに言ったかな…まあでもあそこで何か言っても余計痛手を受けるだけだし、実際そのヘアピンは私の方が先につけてたわけだけど、それでもやっぱりキムラさんのまねをしてると思われるのなら、そんなの付けない方がいいと思っただけだ。ボスキャラのキムラさんと一緒のものをつけてるのも嫌だったし。
「…その時からお前の事気になってた」
「…!」
バッ、とキタガワの方を向く。
「こっち見んな!ちょっ…見ないで聞いて。そん時姉ちゃんがやたらデコったアクセサリー作んの凝ってて、女子に作ってやったら喜ぶから、オレにも好きな子に作ってやれって言うから」
「…!」
「いやだから!こっち見んなつってんじゃん!まだ話続くから!…本当は姉ちゃん、オレの事ハメようとして言ってたんじゃねえかなって思うけど。オレはちっちゃかったじゃん。名前も女みたいだってみんなに言われてたし、そんな手作りのヘアピンとか渡したら普通だったらキモがられるだろうなとか思って。オレもまあ姉ちゃんの言う事は信用してなかったから。でもお前のヘアピンの事があったし、オレが作ったやつだって言わなきゃいいと思って作って渡したら『すごい綺麗』とか言うから」
なんか…尋常じゃないくらい胸がドキドキしてきた!
「それで」とキタガワが静かに続ける。「お前それ、普通に学校につけて来てたし」
「…今もまだ持ってるよ。ビーズちょっと取れちゃったけど」
「…ん。今度なおしてやる。…で…」ちょっと恥ずかしそうに言うキタガワ。「お前がそれつけて来てんの見た日はなんか嬉しくて、つけて来てないと『付けてねえじゃん今日』って思うようになって、お前が前髪切って来た時には『バカじゃねえのコイツ』って思ったし」
…どうしよう…まじめに話してくれてるのにすごく可笑しくなってきた。私パッツンにしたもんな…
あ、ダメだ…
ゲラゲラと笑う私だ。我慢できなかった。
「笑うからなこういう感じで」とキタガワが残念そうに言う。「お前そういうヤツだから」
「ごめん…」
「いや…そういうとこも…いいなって思ってる」
そうなの!?
「そいで今度はネックレス作ってやろうと思って、でも学校にはつけて来れねえなって思ってたら、軽く変形させてカバンに付けて来るし。小6の時、お前同クラのヤツ好きっぽかったくせにまだ付けてたじゃん。どういうつもりなんだって…中1ん時もまだ付けてるし。そいでタケダに告られたら簡単にはずすし!」
「違う!あれはキタガワが…キタガワがハヤシさんとかと付き合い始めたってみんなが言い始めたから」
「…」
「嫌だなって思ってはずした」
「なあ!フルカワにお前のどこ好きかって聞かれてわからないって言ったのは、恥ずかしいし、それよりそんな事、お前をちょっとしか知らないヤツに言いたくなかったからだから」
さっき、こっち見るなって言われたけどやっぱり見てしまう。が、今度はキタガワもゆっくり私の方を向いてくれた。そしておもむろに私の両頬の肉を両手の指で挟みぎゅうっと引っ張る。
職員室の灯りが半分落ちて、二人そのままの体勢で1回職員室をじっと見る。
土曜日にここの校庭で『好きだ』って言われた時にも頬を引っ張られた。その時は片方だけだったけど。そしてあの時より強く引っ張られる。
「ひょっ(ちょっ)…いひゃい(痛い)」
「痛くしてんだよ。友達の彼氏のツレでも簡単について行くなって!ちゃんと言ったじゃんオレは。だんだん仲良くなろうって言ったけど、わざわざ付き合おうとか今さら言うのがすげえ恥ずかしかったからだから。それなのにお前、付き合ってないってやたら言うし。…どこが好きかとかじゃねえから。そういうのは今までのいろんな事とか今一緒にいる感じとか全部ひっくるめてだから」
言いながら引っ張った頬をブルブルと揺らすので、なんとかそれを引きはがして「うん」とうなずいた。
「もう!うんじゃねえよ」と言いながら、キタガワがポケットからスマホを取り出してお姉さんからのラインを見せてくれる。
『大変!あんたの彼女、うちの店でデートしてる!』
それでしばらくして『お持ち帰りされた!どうする?』
そしてキタガワ家のソファに座るぎこちない私の写真と、『お持ち帰りした!早く帰ってきな』
いつ撮られたんだろう…
「ごめん。私もキタガワがリストハンド渡されそうになってんのとか、他クラの女子が教室まで会いに来てんのとかも嫌だったのに」
キタガワが私の頬にまた手を伸ばして来る。またつままれるのかと思って少し身をすくめてしまうが、キタガワは私の頬に手を当てて、そして両方の親指でさっき引っ張った所をやさしく撫でてくれる。
くすぐったい。くすぐったいし、ものすごく恥ずかしい。それで少し引き気味に、目も伏せてしまうと「そのまま」と言われる。
「そのまま目ぇ開けんな」
え?と思って思い切り目を開けてしまう。
「もう!開けんなつったじゃん!」
近い!キタガワの顔が近い!キスされる!
私の耳に口を近付けてキタガワが言う。「…姉ちゃんからライン来たときからするって決めてたから」
え!?やっぱりキスされる!?
慌てて目を閉じると、左の頬にキタガワの唇。
ふぁあ…ほっぺたか…一瞬で気が抜ける。
そうだよね、いきなり口とかしないよねって目を開けたらもう目の前に目をつむったキタガワの顔!うわっっ!キタガワの唇が私の唇に…
どおん、と胸が波打って私もギュッと目を閉じた。
ちゅっ、と上唇。ちゅっ、と下唇。うわああ~~~、キスされてるキスされてるキスされてる!と思う間に唇は離れて目を開けると同時にキタガワの頭が私の肩へコツンと落ちる。
そのままキタガワが「もう…すげえ恥ずかしい!」と言う。
うん。私も恥ずかしい。恥ずかしいけどものすごく嬉しいよ。
キタガワの髪の毛が頬にあたってくすぐったい。
そう言うと、そのままぎゅうっと抱きしめられた。座ったままの体制がちょっとキツいけど、そしてすごくドキドキしているけど嬉しいから私はそのまま抱きしめられる。目をつむると小学生の時からのいろんな場面の私の好きなキタガワが、頭の中に次々と登場する。
でもね、と私は心の中で思うのだ。
私が一番好きなのは、今一緒にいてくれる、このキタガワカナエ。