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星を待つ丘  作者: 安里優
第2星:竜を狩る軌道光輪
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2-2 排除対象

 気配を殺していたシュアを連れて部屋から出ると、私は苦笑を顔にのぼらせずにはいられなかった。

 シュアの存在を一顧だにしなかった事も、内輪の騒ぎもばかばかしくてならない。

 彼らは、情報商人というものの存在をどう理解しているのだろうか。

 単なる便利屋と思ってはいまいか。

 それならそれで、こちらは利用させてもらうだけだが。

 とはいえ、私自身、ゴシップなんか扱う気にはなれないのが問題だ。私にとっての十年、彼らにとっての百年はいったいなんだったのだろう。


「ごめんね」


 相変わらず半歩先を行くシュアに、苦笑いのまま告げる。彼は、ちらりと私を見て微笑みをその唇にのせた。


「気にするな」

「そうね。……せっかくだから、表のステーションも見ていきましょうか」


 興味あるのだかないのだかよく分からない顔をしているシュアに笑いかけて、通路をぬって歩き始める。

 いくつかの扉で認証を受けて、表通りに向かった。

 それに応じて、通路自体も巨大になり、人通りも増えていく。

 種々雑多な形態をした機械と、それ以上に奇妙な姿の『ヒト』たちが通りのあちこちで動き回っていた。


 大通りに出ると重力が強くなって、軽くはねるようだった歩調も、すとんと地についた。

 さっきまで、斜め下方を上と認識していたものだから、体をくりんと回さなければならなかったけれど。


「多いな」


 周囲に広がる人波を眺めやって、シュアが呟きを漏らす。

 涼しい顔つきの中、値踏むような視線だけが鋭い。


「一つ疑問なんだけど」

「んん?」

「アロじいとの契約は、ガードじゃなかったの?」


 彼の行動の一つ一つを追っていて、気づいた。

 彼は、あの星にいた時は危険なんて気にした風もなかったのに、私と行動を共にするようになってからは、自然に周囲を警戒している。

 だからといって、不安がっているとかそういう様子はまったくないのだけれど。

 そもそも彼の実力からしたら、よほどのことがなければ恐れるようなことにはなるまい。


「ああ、違う。状況を引っかき回すのが俺の役目だった。護星官は、原住民に対しての干渉については、厳格な規定があるからな。俺みたいなのを使って、間接的に事態を動かすしかなかったのさ。さすがに、他の星系からああも干渉されたら、それも難しかったけどな」


 ふむ、そういうことか。

 それなら納得できる。それぞれ、やるべきことが違うわけだ。


「もっと俺が動くようにしたほうがいいか?」

「んー、私の場合、私が動かないと意味ないからね」


 それはそれで危なっかしいんだが、などと憎まれ口を叩くシュアと笑いあいながら通りをさらに進み、ステーションを見渡す辻に至った。

 何度も見慣れた光景なのに、思わずはっと息を飲んだ。


 ヒトがいた。

 幾百、もしかしたら、幾千の『ヒト』が。


 全身が和毛に覆われたかわいらしい小柄な一団は、『天使族』。

 瞳孔の無い赤い瞳と、額に生えた小さな一対の羽が愛らしい。その外見に誰もが惹かれるが、宇宙一の性悪としても有名。


 ユノーの女王種族たちは、揃いの黄色い髪をふりたてて、鈍重だが頑強なベスタ人を使役している。

 支配関係なのに、ベスタに嫁ぐユノーが多いのは、複雑な依存関係があるからだと学者は言うが、私は違うと思っている。

 あれは元から尻に敷かれているに過ぎない。


 緑の鱗が肌のあちこちに露出しているのは、『ケルンの竜鱗』だろう。

 顔つきはそれなりの年齢に見えるが、肌の三割ほどしか鱗で覆われてないところをみると、まだ成年に達してないのかもしれない。

 肌がすべて鱗となって、初めて彼らの社会では一人前と見なされるから。


 女同士大胆に抱き合ってるのがいると思えばシャルア人。

 単性生殖の女性だけの種族だから、別に驚く事は無い。

 ……が、激しい。


 くねるような二つの首を揺らしているのは、ザルガセクションからの亡命者か。

 どちらが疑似頭なのか、私には区別がつかない。


 私よりも細いくらいだけれど、見上げねばならぬような長身のパラス。

 アストラエセクションから、おそらくはへーべ星域に逃亡しようとしているイリス正統族。

 ああ、あっちでは、フローラたちが、天敵のメティスに出会って一悶着だ。

 ヒギエアの一族、パルテノーベ、ビクトリア族、エゲリア船団員、イレーネ星域人、エウノミアン、プシケ、テティス、メルペネメ。


 ひと、人、ヒト。

 人が、歩き、しゃべり、ぶつかり、怒鳴り、笑い、逃げ、交合し、食べ、見つめ合い、転げ回り、さんざめき、ささやき、キスしあい、涙し、立ちすくみ、中には、ここで産卵しているものたちまでいる始末。


 人間、人間、人間。

 ああ、なんて愚かしく、なんて美しく、なんて無秩序に、人々はあふれているのだろう。

 巨大な繭のような空間の中にあふれる、それらの意志と意識と無意識が、圧倒的な質量となって、私の心に襲いかかってくる。

 それは、一つの感動であった。


「すさまじいな」


 シュアの声に、ふと体に魂が戻されたような気分になる。


「あ、う、うん」


 応えて、彼の顔を見る。

 なんだか楽しそうに、人の群れを見つめていた。

 改めて私もその人々を見つめる。


 星国の崩壊は人々に悲劇と恐怖と貧困をもたらしたが、それがゆえに生じたメリットもまたいくつか存在する。

 それは、人間の多様性であり、社会、文化の多様性だ。

 そこから生まれた芸術、物語、そして歴史、政治のいかに種々雑多なことか。

 地球という一つの星から始まった人類が、こんなにも花開いている……。


 もちろん、それを手放しで褒めるつもりはない。

 どちらかといえば、私はあまりに人類が種として離れすぎるのを警戒しているのだ。

 けれど、こういう風景に感動してしまう自分もまた止められない。


「ここはミグスへの連絡所も兼ねてるから。各星域からかなり流入してるみたいね。内部的に言えば、中央ステーションだってこともあるけれど、何より、政治的に中立なのが大きいんでしょう。『カニンガムの竜』内部の揉め事から離れるなら、とりあえず一度ここを通過したほうがいい、ってわけ。あの……」


 私は人々の向こうにそびえるものに向かって手をひらひらと振る。


「弾丸列車に乗って」


 雲霞のような人々の向こうに、それはある。

 くろがね色に輝く車体の前面は、まさに超古代の砲弾のようで、途中からのっぺりとした円筒に変わって、それがどこまでもどこまでも継ぎ目なく続いている。

 人の数十倍はある直径の円筒の中には、整然と区分けされた空間が数限りなく連なっているのだ。

 光輪周回列車――一万由旬のこの光輪の中を、巡りめぐる唯一にして強大な運行機関。

 いまも何十もの列車がこの光輪内部を走っているはずだ。

 膨大な運動量とエネルギーをつぎ込まれて。


 ふと見ると、列車はまだ整備中らしい。

 各所に違法に取り付けられたカーゴや貨客ポッドを取り外しているのが見受けられた。


「無駄なのにね。どうせ中央部を通りすぎたら、勝手に増築が始まるわ」

「官僚主義ってやつか」

「資本主義よ。金を取りすぎなのよ」


 車体本体には十分すぎるほどの空間がある。

 けれど、だれもかれもがそこに乗れるわけではない。

 ほとんどの者は、そこまでの金がなく、『拡張部分』に頼ることになる。

 勝手に車体外部にさまざまなものを取り付けて、荷物や人間を乗せるのだ。もちろん、それは鉄道管理委員会の管理からはずれることとなる。


 中央ステーションでは内部に乗り込んでいても、近くの駅で一度降りて、外部の安い席をとる者もまれではない。

 鉄道管理委員会も、建前上では、これらの拡張部分は排斥の対象としている。

 しかし、実際には黙認するのが通例になっていた。

 もちろん、貨客ポッドが途中で脱落しても、管理委員会は知らぬ存ぜぬだ。


 中央ステーションでは、建前にしたがって外しているカーゴやポッドも、実際には廃棄されるわけではない。

 そのまま業者の手に払い下げられ、再び取り付けられるのだ。


「選択肢が少ないから、おのずと料金も値下げされないわけか」


 この光輪の内部移動手段は二つ――歩くか、この列車に乗るか、だ。

 もちろん、ほとんどのセクションには、宇宙空間へと通じる港があり、そこには、ミグスや他の星系に行く船とともに、セクション間を移動する船も寄港している。


 けれど、星間航行船の切符はさらに高価だし、各セクションとの貿易を行う船団は光輪内部の政治に関わるのを忌避しており、亡命者の乗船を拒否することもしばしばだ。

 もう一つ言えば、近距離移動はあまりに燃料効率が悪すぎて、零細船主がいやがるという事情もある。


 まあ、実際には幾人も逃がし屋がいるのは知っているのだが。

 私はそんなことを考えながら、ふと思いついたことを口にしていた。


「ねえ、シュア」

「ん?」

「あれ、乗りましょう」


 そう言うと、彼の返事も待たずに走り出した。

 なんだか、少し楽しかった。



          †



「大丈夫よ。例のセクションを通りすぎて、次のセクションで降りれば、夕飯はアレクサンドリアの中で食べられるわ」


 なんだか不安げに対面の席に収まってるシュアに向けて、私は朗らかに言った。


「いや、俺はそんなことを心配してるわけではないんだが……」

「あ……。でも、もう一つ先まで行くと名物のマッサリアがあるけど……。ルテティア人のおばさんが、ぱっぱか宙を飛ばしてくれるのよ」

「からかってるだろ、お前」


 わかった? と笑ってみせる。

 舌までだしたのはちょっとやりすぎだったか。少し不機嫌そうだ。


「まあ、いい……。何か目的があったんだろ」

「うん。この目で見てみたいの」


 そして、きちんと自分の中で納得したいのだ。

 今回の仕事の目的を。


「物理的接触はなるべく避ける様に、というのが条件では?」

「物理的に接触してないでしょ?」


 せいぜい光学的に観察するだけだ。

 それだけ。

 でも、そんなことが言い訳なのは解っている。クライアントは、仕事の対象に個人的な感情を持たれる事を警戒していると理解しているのだから。


「エイダは情が深いからな」

「そう……かもね」


 だからこそ、こんな仕事を受けたのだ。

 廃棄されたセクションに住み着いて、列車を襲う『山賊』を、排除するなんて。

 けれど、雑談の中で聞いたその計画で、私が穏便な方法を提案しなかったなら、彼らは、文字通り『排除』されていただろう。

 宇宙に放り出されるかなんかして。


「どんな存在でも……自分を脅かす相手ですら愛せる。それが、情報商人の信条だと、私は思っているから」


 透過壁から外を眺めながら、呟いた。

 シュアにはもしかしたら聞こえなかったかもしれない。ただ、不機嫌そうな顔だけはなくなっていた。



          †



 私たちの席は、それなりに上等な場所にあった。

 拡張部分がついていた痕もなく、中央の暑苦しい一般室からも離れて、透過壁からは外の様子がよく見える。

 天頂部の展望付きの特等席とまではいかないが、それなりにくつろげる。

 半個室のような形だが、他の席とは衝立もある上に空間的な操作が加わっているらしく、静かで落ち着いた感じがした。


 シュアと二人で、透過壁から流れる外の風景を眺める。

 速度が速いため、外の風景はほとんど判別がつかないものの、通過するそれぞれのセクションの空気のようなものは感じ取ることができた。

 実際は、意識をあわせれば、識覚が解析しているそれらの映像をちゃんと見ることもできる。けれど、まずはこの空気を感じ取ってみたかった。


 特急は、ほとんどのセクションに止まることなく通りすぎていく。

 中央ステーションにほど近いセクションは活気もあって、さまざまな建築物や空間使用法を駆使して、繁栄を謳歌しているように見えた。

 ただし、時折、崩れ落ちた町並みや、ただただ暗闇に沈むセクションもあって、この光輪内部の政治状況の複雑さを思わずにはいられない。

 人はどこへ行ってもいさかいをやめはしないのだ。

 もしかしたら、それが、娯楽だからかもしれない。


 ぼんやりととりとめもないことを考えていると、そろそろ目的のセクションにさしかかってきた。

 次のセクションは廃棄セクションなので外部デッキには近づかないように、というアナウンスが流れる。


「空気が薄いのよね」

「ふむ。気密が破れてるのか?」

「ううん。廃棄セクションに必要ないだろうって、時々両隣のセクションが酸素を回収するのよ」


 繊毛のように車体を包み込むトンネルの開口部を抜けて、私たちはそのセクションへと突入する。

 彼らは、いまも待ち構えているだろう。

 その姿を捕らえようと、識覚をフル回転させ、受け取る情報を体中の臓脳を使って処理する。


 ……映像が操作されてる?


 なんとなく透過壁に流れる映像を不審に思って、アレクサンドリアに解析させた結果を見て舌打ちする。

 客たちに『山賊』なんてものを見せるわけにはいかないということだろう。


 操作されてるデータを解析して、元の映像を再現した。

 多少輪郭がざらつくが、判別はつくから問題はないだろう。シュアの個識に接続し、映像を共有する。

 巨大な鉤爪のようなものが、目の前を横切っていくところだった。


「狩りの真っ最中のようだな」

「セクションに突入する時が、一番速度が低いから」


 鉤爪はいくつもいくつも視界を通りすぎていく。

 流されて後方に消えていくものもあれば、上方に飛んで行きひっかかったとおぼしきものもある。

 ちぎれた鋼材や、布切れが舞うのが見える。

 嵐のような気流の向こうを見通そうと、目を細めた。別にそれをしたからといってよく見えるわけではないけれど……。


「見えた」


 嵐の合間、蒼い肌が垣間見える。

 あちらには黄色く太い腕が。向こうに消えていくのは緑の瘤。

 いくつもの色がすさまじい速度で後方に流れていく。

 追いきれないものは、とにかく記憶野に収め続ける。


 奇妙な姿だ。

 三本の足は太く、いくつもの関節を折り曲げて、大地をつかんでいる。

 その上にのっかった瘤をいくつもまとめたような体は奇妙だが、力強さを感じさせる。

 頭はその瘤の中のどれかなのだろうか、それとも埋もれているのだろうか。

 判別がつかない。


 四つまでは意識することができたけれど、そのどれもが、嵐の向こうに消えていった。

 詳細に解析すれば、もっとわかることはあるかもしれない。

 けれど、いまは、ただ、その姿を心に刻み込むことの方が重要だった。


「見た?」

「ああ」

「そう」


 私は一つ溜め息をつく。


「次の駅で降りて、アレクサンドリアに戻りましょう」


 それだけ言うと、席に深く座り直し、目を閉じる。

 映像は、まぶたの裏でずっと再生されていた。

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