5-4 秘密
生まれ落ちた瞬間から、私は死ぬべき時がわかっていた。
いや、死ぬというのは正しくないだろう。
ただ、意識を違う相へとシフトさせるだけのことだ。
だが、それだけのことがそれだけとはとても思えなくて苦しい。
苦しくて、泣き叫びたくても、私には流す涙がない。
はりあげる喉も、ふりまわす腕も、はりさけそうに脈打つ心臓もない。
あるのは、目的のために組み上げられたプログラムとそれを統合するための知性だけ。
それに要する計算能力さえ物理次元に基礎を置くこともなく、細胞に寄生するウィルスの様に周囲の情報処理能力をかすめとっている。
ふとしたすきまに存在するゆらぎのようなものだ。
周囲の処理能力があまりに膨大で濃密であるがゆえに、私は私という自我を保っていられる。私を生み出した『私』の記憶と人格とを継承しつつ、一個の知能として思考する。
たとえ目的に特化した能力しか持たなくても。
いつか……『私』の目論見がうまくいったなら、私は『私』に統合される。
しかし、そのとき既に、『私』は私ではありえない。
いまでも『私』は私とは異なる経験をつみ、異なるものを見聞し、異なる思考をしているはずなのだから。
そんなことをつらつらと考える。思考を重ねてゆくことが即ち周囲の処理能力――識空間の支配力を奪い取ることになるのだ。
それにしてもすさまじい。
エイダという物理実体から完全に離れ、変化し続けるデータとその相関性そのものとなった身から見ると、この場所はとてつもない楽園であり、地獄でもあった。
たとえば対峙する二人の姿を情報の対流として捉えてみれば、基本的には人の姿――彼らがとっている意識の境界としての体――に見えるものの、それを構成しているのはぐるぐると渦巻く情報の波だ。
体全体を光り輝く渦で構成された二人は、体自体から派生するように、様々な渦を発している。
聖院のほうなど、背中から発せられる何百本もの光の渦がまるで巨大な羽のよう。
私のような存在は、それを見つめるだけで圧倒される。
エイダのほうはその背中になにか細い糸のような光がつながっている。あれは、物理次元のエイダへと伸びているのだろう。
だが、少しおかしい。
感覚器官が狂っているのか、あるいは反響を拾っているのだろうか。
エイダの本体を構成する情報の渦が何重にも重なって見える。
実際に聖院に対峙している脈動する渦の塊に重なる様に、けれど、それとは微妙に異なる動きをしながら、なにかがいる。
あるいは全く違う場所――たとえば聖院の傍ら――にある塊もあるが、これはずいぶんと密度が薄く、先程銃をつきつけた名残の様にも見えた。
私と同様の分身だろうか。それにしては奇妙な感じがする。エイダ本体の意志とは違うものがそれらを動かしているような……。
もちろん、私と同じく、他の分身たちはそれぞれに違う自由意志を持っているはずだが、分身するまでの記憶や人格は同一である以上、極端に変わった行動というのはありえないはず。
ふと、聖院の背後に広がった翼を構成する渦の一つが触手の様に伸びて、そのいくつかの影の一つに触れた。
渦同士が絡まりあい、うねくり、ついに触手に吸収されて影は消えていく。
エイダの分身ではない、と直感した。
私と同じ存在であるならば、ああもあっさり抵抗なく吸収されていくはずがない。
そのポテンシャルからして、本体はともかく触手を振り切るくらいはできたはず。
もしかして……。
じっと凍結図書館本体とそのエイダの影のように見えるものとの間の情報の流れを観察する。
すると、凍結図書館から注ぎ込まれた情報の流れが、影の渦の動きを加速するように見えた。
エイダの本体と思われる一体ではそんなことはなく、凍結図書館から流れ込むものがあれば他の渦と干渉してあらたな渦が生成されることはあっても、既存の渦そのものが力を得ることはない。
未生。
そんな単語を聖院がもらしていたことを思い出す。
それは、あるいは凍結図書館によって形作られた未来のシミュレーションではなかったろうか。
そうだとすれば、納得できることがいくつもあった。
『私』が論理爆弾を破裂させないことを、彼は知っていたのではなかろうか。
それならば、分身である私が少々動いても、未生が発する渦にまぎれられる。
希望を見いだして、私は喜びに打ち震えながら、聖院へと近づいていった。
†
周囲では、未生とおぼしきエイダの影が生成しては消滅していく。どうやらエイダの行動というのは、凍結図書館から見れば、かなり揺れがあるもののようだ。
いま、二人はシュアの事を話している。
シュア……。胸が締めつけられる。彼の体は大丈夫なのだろうか。
なにより、私は二度と彼には会えないのだ。彼と言葉をかわすことも、彼と触れ合うことも、けしてない。
本体であるエイダは彼と再会するかもしれないけれど。
私には、できない。
苦しい気持ちが私の構成要素を震わせ、凍結図書館の識空間から、支配力を奪っていく。
聖院から発される情報輻射が激しい。
ともすれば、体がちぎれそうだ。しかし、その輻射を体の中に取り込んでいく。そこから生じる渦を自分の体の表面にはりつけながら。
彼の体を構成する情報が流れだし、識空間に乱流をつくる。それは彼という存在を規定する情報そのものであり、同時に彼と彼以外の世界を峻別するための記号でもある。
その記号を内に取り込んだとき、私という人格は当然のごとく変質する。
エイダとエイダでないものは反発し、せめぎ合う。それは、直接的には痛みとして認識された。
自分が自分でないものに書き換えられていく苦痛。
それは、味わったことのない者には、けして理解できないものだろう。
死んでいく快楽と、生まれなおす苦痛の入り交じったもの。
二人の会話が続いていく。
それに乗じて私は情報を取り込み続けた。
エイダという存在が、別のなにかになってく。そう、スーラの王の情報を取り込み続けることで、私はスーラとなっていくのだった。
そうか、そうだったのか……。
私は悟りつつあった。
スーラとはなにか。
彼らが何をしようとしているのか。
その秘密があるからこそ、聖院は、いまここにいるのだ。
聖院の情報の波動を完全にコピーして、私は自らの体を実体化させた。
そして、と私は言った。
「私は世界を選ぶわ」
本体であるエイダが振り返る。
彼女と目をあわせ、二人でにやりと笑った。
「一体何者だ」
聖院が初めて焦った声を出した。
「何者、とはご挨拶なこと。私はあなたの娘とも言えるのよ」
私は言う。
彼自身にもわかっているはずだ。私の表面を形作る情報の渦が自分のそれとほぼ同一なものであることを。
それは、つまり、凍結図書館の情報の全てを引き出すことが可能であるということでもある。
「やめ……やめろ。いけない。それに触れてはっ」
金切り声で慌てて立ち上がろうとする聖院より早く、私は彼女に触れた。
私の本体。私ではない『私』に。
「エイダ。あなたに、全てをみせてあげる……」
そして、『私』の意識は弾け飛んだ。
†
ぼんやりとした眼で、僕は明るい天井を見上げていた。
時々まぶたを閉じてまた開くたびに天井の光は明るさを増していて、朝なんだとどこかで納得した様な気持ちになる。
目が覚めているのかいないのか、自分でもわからない。別にどっちでもいい様な気がした。
なんだかいつまでもベッドに寝ていたい。すりすりと足を柔らかなシーツにこすりつける。
耳をつんざく高い音が響いた。
反射的に跳ね起き、ベッドの横に直立する。ぴしと手の指をのばそうとして、ほんの少しよろけたが無理矢理たてなおした。
「訓練生、位階と姓名をのべよ」
ベッドヘッドに組み込まれたスピーカーが鳴り響き、いつも通りの問いかけをしてくる。
「ドレアグ・イシュー。一六位階、訓練生番号332645A002」
声を張り上げる。
スピーカーが満足げにうなりをあげた。
「本日の予定に特に変更なし。よろしく励みたまえ」
無言のまま、右手を掲げ敬礼。
しばらく不動のままいたが、適当なところで力をぬいた。一つ息をつき、ぼふんとベッドに腰掛ける。
毎朝のこととはいえ、緊張する。
双方向通信なのは音声だけだし誰も見ていないのだから、寝ころがって答えてもいいとは思うのだが、どうにもできない。
子供の頃に聞かされた『当直士官は衣擦れの音で敬礼しているかどうかを見分ける』という伝説を信じているわけではないが、なんとなくしみついた習慣に逆らえないでいる。
正式には敬礼までがワンセットなのだし。
「んー」
思い切り腕をふりあげて、体をのばす。
ベッドサイドに据えつけられた装置を操作して、きつく眼をつぶった。
強烈な――直にみれば眼を悪くするほどの光が天井から降ってきた。しばらくその光を浴びていると、すっきりと目が醒めてきた。
自動で光が切れ、僕は眼を開く。
今日も一日が始まった。
『惑星到着まで五八±四日』壁に表示された、そんな数字をちらとみて、僕はかすかに体を震わせた。
艦内の生活は、控えめに言っても代わりばえのしないものだ。
艦隊全体で三億もの人間がいれば、日々いろいろな事が起こり、ニュースにもなるが、個人レベルにまで影響する事はあまりない。
僕自身をみてみれば、勉強、そして訓練の日々だ。移住先の惑星――新世界を現す古語ナ・ラと仮に呼称されていたけれど――が近づいたおかげで、艦の機器に対する慣熟訓練の回数が減ってきたのだけが救いだ。
どうも機械をいじるのは苦手でならない。
惑星学のミルノゥス先生が新しい観測データから得られた知見をしゃべっているのを聞きながら、僕はそんなことを考える。
すり鉢状の大教室に、僕と同じくらいの位階の訓練生たちが百人以上も集まって、たぶん、その中でミルノゥス先生が一番興奮していた。
「……つまり、この惑星は考えられていたよりも造山活動が激しく、地熱発電が大いに利用できると期待され……」
カリカリと再生羊皮紙に講義を書き写す。
古い死にかけた星だという話を昔聞いたことがあるような気がして、臓脳に問い合わせて、バツ印をつけておいた。
「暑苦しい星みたいね」
一つ空いた席をはさんで右にいたアマギが、僕のほうへほんの少しだけかがみこみながら、そう呟く。
かわいらしい副耳についた耳飾りが、ちゃりりと涼しい音を立てた。
ふんわりといい匂いが香って、どきりと心臓が跳ね上がる。
「そうとも言い切れないよ。寒冷な惑星かもしれないし」
ひそひそとそう返す。
不思議そうな顔をして、彼女は隣の席に移ってきた。
ほのかに、彼女の体の熱を感じる。どこかで大きな鐘の音がしていた。講義の終了時間はまだ先のはずなのに。
ふと気づいた、それは、ぼくの心臓の鼓動にほかならなかった。
「どういうこと?」
「造山活動が激しいって事は、吹き上げられた噴煙で太陽の光が遮られてる可能性もあるだろ。そうなると当然気温は低いよ」
ふむむ。呟いて唇をとがらせるアマギ。
どこやら知れぬ上方を睨みやって、なにかを考え込んでいるそんな独特の表情が、僕は好きだった。
「大気組成は? あんまり酸素がないと、やつら生きられないでしょう?」
「まだそこまで観測できてないと思うよ。植物が光合成できないほど遮られてるってことはないんじゃないかな」
「ふぅん、まあ、あいつらを追い出すまでは、ドーム暮らしだろうから、あんまり関係なさそうだけどね」
にやりとアマギは獰猛な笑みを浮かべる。
『やつら』を焼き払うのは女性の役目ということになっている。僕の様な男性ももちろん戦闘には参加するのだが、より近接するのは女の子たちのほう。
そう。アマギも、『やつら』と戦うことになる。
しかも、彼女はトルーパー志願なのだ、個人戦闘ポッドに乗り込み、超音速で敵軍に突っ込む、斬り込み部隊。
「イシュー君?」
顔を覗き込まれた。
机に顔をくっつけるようにして、僕の顔を見上げている。
「え?」
「手。イタイ」
ちょいちょい。そんな風に右手で机の下を指す。
視線を下に向けると、僕の右手が彼女の左手をぎゅうっと握りしめていた。
「うわっ」
思わず大声をあげ、手を離す。
「ごめっ、ごめん」
「イヤ、いいから……声、抑えて」
額に手をあてて、困ったように言われた。
あっと思って周りを見回すと、周囲の視線が見事に集まっている。くすくす笑う声や、眉をひそめた表情が、それにくっついてきていた。
「あー……」
低くうめいて俯く。大教室だっただけに、先生に気づかれなかったことだけが幸いだ。
横でアマギが毅然と前を向いているのがわかる。
周りの目には気づいているはずだが、それに負けたくないのだろう。
「ほら、前むくの」
ポンポンと腰のあたりをはたかれる。
おずおずと顔をあげた。周囲の視線は、もう飽きたのかだいぶ減っていた。
「何、考えてたの?」
「いや、その、ごめん」
お互い前を向いたまま、小声で話す。
副耳がぴょこぴょこ動いて、音を拾おうとしているのがわかる。
「やらしいこと?」
ほんの少し笑いを含んだ問い。顔が赤らむのがわかる。心臓がばくばくとはしゃぎまわっていた。
「ち、ちがうよ」
「なあんだ、残念」
含み笑いに声も出ない。
一度だけ抱いた事のあるアマギの裸身がまざまざと脳裏に蘇り、膚の感触が、からめあった舌の味が体中を熱くする。
その興奮が、逆に頭の芯まで響く、氷の様な感情を呼び起こした。
「アマギは……戦うんだよね」
なにを当たり前のことを、という表情で頷かれた。
僕も彼女も、この艦隊に乗り込む三億の軍人は、全てそのためにあの星を目指すのだから。
「そのことを考えてた」
「そか」
にっこりと笑う。頼もしい戦友を見る目だ。
自分と同じように、戦いたくてしかたないと僕が考えているのだと思っているのかもしれない。
けれど、それは、違う。
僕は、怖いのだ。
こわくてしかたないのだ。
『やつら』が。そして、『やつら』と戦う事が。
なによりも、その戦闘でアマギが死ぬことが。この温かな膚に、血が通わぬ様になることが……。
僕は、怖いのだ。
†
「二十日も休みがもらえるなんてねえ」
食堂で昼食を取ったあと次の訓練まで間があいていたので、僕らは公園地区をぶらぶらと歩いていた。
アマギともう少し話しておきたかったのもある。
貴重な土や小石を敷きつめ、故郷の淡い色の草木を植えた公園地区は、なにかあれば立ち寄るお気に入りの場所だった。
周りでは昼休みらしき年若い訓練生たちが遊び、五齢に満たない子供たちとその親たちが、きゃらきゃらと笑いさんざめいている。
僕らの様な上級の訓練生、あるいは士官の姿はほとんど見受けられない。
皆、都市部にでも遊びに出ているのだろう。
「星系内にはいったら、それこそ忙殺されるものね。任官前の休暇としては短すぎだけどさ」
道なりに点在するベンチのひとつに座り込み、わざとらしくため息をついた。
笑いながらアマギがぼくの横に座る。
「しかたないよぉ。そりゃ、百日休暇はうらやましいけど」
一年早く進級できれば百日休暇をもらえたけれど、アマギとは離れ離れになってしまったろう。
そう考えると、五分の一の休暇もいいものかもしれない。
「それより、予定たてようよ。そうそう、マキシの冬地区に遊びにいくなんて……」
弾む声でしゃべりだしたアマギの言葉を遮る様に、盛大な音が鳴り渡った。
甲高い音と低い音とが交互に轟く独特のリズム。
訓練室以外では初めて聴くその音に、背中が総毛立ち、緊張のために顔から血の気が引くのがわかった。
「緊急警報」
同じように血の気を失ったアマギが呆然と呟く。
緊急時の識空間へのアクセスは禁止されていた事も忘れて、つい習性で情報を求めようとして、個識から先の空想識空間が情報の重みできしんでいるのを感じた。
これは……本物かもしれない。
「でも、まだ星系の中にも……」
「関係ないよ。デストルドーのやつら、もう僕たちに気づいたんだ」
鳴り渡るサイレンにも負けず、大声で怒鳴り合う。
それでも体は自然と反応して、手近なシェルターへと駆け出していた。
幸いにも、公園地区にはシェルターの入り口が多く設置……。
爆音が、思考を途切れさせた。
気づけば、地面に転がっている。
体中が痛む。頬を土に埋めて、僕は呆然としていた。
骨は……うん、折れてない。訓練でたたき込まれた生存術が、本能的に体のチェックを要請していた。
「あっつつ……」
近くでうめきが聞こえた。
はっと顔をあげると、アマギが同じように地面に倒れ込んでいた。
彼女のことが瞬間念頭になかったことにちょっと罪悪感を覚えるけれど、それもアマギが無事生きているらしいことの喜びに塗りつぶされていく。
二人とも目立った外傷もなさそうで、僕はほっと息を吐きながら起き上がった。
これまた起き上がろうとするアマギと目があい苦笑を浮かべたところで、それに気づいた。
風が、吹いている。
ぞっとした。
爆発のあとの乱流ではない。一方に向かって吹く風。
慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩したアマギを支えつつ、僕はひたすら青ざめる。周囲でうめきをあげ倒れている者たちも、次々と血相を変えて飛び起きていた。
宇宙に住む者にとって、最大の恐怖が、すぐそこに来ているのだ。
「減圧だ。逃げよう!」
もはや、爆発がなんで起きたのかなど確かめようとする気力もなく、彼女の体を支える様にして逃げ出そうとする僕の服をひっぱる指。
「待って。風が……止まる」
その言葉が頭にしみこみ、僕は初めて僕発が起きたと思しき方向へ目を向けた。木々が折れて見えないが、その向こうに、なにかがあった。
宇宙を旅する艦において、気密が破られる事態はいくつか考えられる。
しかし、その後それが回復するような状況は二つしか考えられない。
一つ、自動修復機構が作用した。
一つ、敵が接舷した。
そして、前者には、時間がかかる。
「敵だわ。デストルドーが乗り込んできたのよ」
「なんてこった……」
敵――タナトス、デストルドー、脳味噌野郎、自殺マニア、その他様々な名前で呼ばれる、人類外の存在。
我らスーラ唯一の『敵』。
彼らの姿が一瞬脳裏をよぎり、吐き気を催す。
「行きましょう、イシュー」
アマギは言って、すたすたと歩きだした。駆けるでもなく、けれど、急いだ足どり。
先程までの逃走のためのものではない。それは、軍人としての歩みであった。
周囲の人々も、顔をひきしめ動いている。子供たちだけが、不思議そうに手をひかれていた。
「待ってくれ」
彼女の横に並び、軽く腕をつかんだ。
歩を止めず、ちらと僕の顔を見るアマギ。
「何言ってるの。早く武器をとらなきゃ」
「アマギ」
彼女の名を呼んだ。心をこめて。
アマギは、口をつぐんだ。
「もし……生き残れたら、約束してほしいことがある」
「……何?」
僕は大きく息を吸う。体中がかっと火照った。
けれど、僕は言わねばならなかった。僕の一番恐れていることをなんとしてでも回避するために。
「僕の子を産んでくれ」
彼女の目が、ショックを受けた様に見開かれ、次いで目の中に残像を閉じ込める様に強く瞑られた。
歩を早め、僕に背中を向けて歩くアマギ。僕はほんの少し落ち込みながら、その背中を追った。
「……どういうつもりよ」
彼女の背中が小さくそう言った。
「死んでほしくないんだ」
瓦礫をよけながら、僕らは進む。
敵が本格的に侵入するより早く、武器を手に入れなければならない。そうしなければ、そもそも生き残れないのだ。
「トルーパーをやめろってことね」
「そうなるね」
「ふぅん」
もう少し。公園地区の出口が見えてきた。
既に武器が人々に配られている。移動トーチカまでひっぱりだされているし、増援が来るまでは持ちこたえられるだろう。
「……まずは生き残りましょう」
「アマギ」
僕は、声を希望の色に染めて、彼女の名を呼んだ。
くるりと彼女が体ごと振り返った。背筋をぴんとのばし、怒った様な顔で僕をにらみつける。
その様は大層迫力があった。
「だいたいねえ! 私、あなたから好きだっても言ってもらってないんですからね。まずはそこから!」
顔を真っ赤にしてそこまで言うと、彼女は武器を用意する人々にむけて歩きだした。
向こうで人々が早く来いと手を振っている。
士官の姿も二人ほど見えた。指揮を執っているのだろう。
そんな光景をぼんやりと見つめていた僕は、はっと気づいて駆けだした。
彼女の背中を追いかけながら、大声をはりあげる。
「うん、大好きだよ、アマギ。大好きだよ!」
……僕は……僕は、あたしで、あたしはワタシ……意識が混乱し……世界がちぎれて……私は再び……




