前進
なんて言うべきか、どうするべきか、いくら考えても答えは出なかった。
当然のことだと思う。だって私は、すみちゃんの気持ちの大きさを全く知らないから。きっと私の言葉は、私の想像できる範囲の重さにしかならない。それは、すみちゃんにとってはとても軽い言葉になってしまうかもしれない。
だから、少しでも同じ重さの言葉を返せるように、私はすみちゃんの気持ちの重さを知らなければならない。
「白葉ちゃん」
「ん〜? 何? もう前に進めそう?」
体育でペアを組んだタイミングで、白葉ちゃんに少し聞きたくなった。
「小夏に何か聞いたの?」
「いいや。こなっちゃんは何も言ってないよ。客観的に目を腫らしたいぶっちゃんと今のいぶっちゃんを見た上での判断だよ」
「そっか。あのね、どうしたらすれ違った関係から、まっすぐな関係になれると思う?」
「いぶっちゃんは意地悪だね。未だに過ちを清算できていない人間に聞くんだから。……いや、失敗した人間に聞くのは正しいかな。そうだね、一番はやっぱり、自分の本音を伝えることだと思うよ。言いたくないこと、隠したいこと、たくさんあると思う。でもね、そういうのをちゃんと言葉にして、過ちを受け入れて、しっかりと向き合うことが大切だと思うよ。全部全部、あたしができなかったこと。できていないこと。いぶっちゃんは、間違えないでね」
「ありがとう。白葉ちゃんもいつか向き合える日が来るといいね」
「そうだね。必要なのは勇気だけだけど、あたしは未だにそれを手に入れられない。臆病者なんだ」
白葉ちゃんは自嘲気味に笑ってみせた。そんな白葉ちゃんを私は抱きしめる。
「大丈夫だよ。白葉ちゃんは絶対向き合える。勇気がないなら、私の勇気分けてあげる」
白葉ちゃんは私を抱きしめ返すと、肩を揺らしながらほんの少し笑った。
「ありがとう。でも、その勇気は今自分の為に使ってあげて。あたしは一人で頑張ってみるよ」
◇◆◇◆◇
すみちゃんよりも確実に早く帰れるように、小夏と白葉ちゃんに挨拶せず、早足気味に帰路に着いた。
自分の家を通り過ぎて、着いた先はすみちゃんの家。
初詣の時のすみちゃんのように、塀に寄りかかってすみちゃんが帰ってくるのを待つ。
顔と足に当たる風が冷たくて、ポケットに入れた手も段々と末端が冷えてきて、ほんの少しずつ、身体が赤くなっていく。
それでも、自分の口から吐かれる白い息を見ながら、ひたすらにすみちゃんの帰りを待った。
すみちゃんを立ち直らせようと、小夏が私にしてくれたように遊びに連れて行ってもらっていたのか、帰ってきたのはすっかり日が暮れて、夕食を食べる家庭も出てくる時間だった。
背を塀から離し、手をポケットから出し、すみちゃんと向き合う。
「すみちゃん、おかえり」
すみちゃんはその場で固まって、何を言おうにも声が出ず、白い息だけ吐いていた。
「すみちゃん、少し話せないかな?」
◇◆◇◆◇
すみちゃんの部屋に入れてもらって、コートをハンガーに掛ける。
ココアに染まったカーペットは、綺麗な白に戻っていた。
「ご両親は?」
すみちゃんは俯いたまま、小さな声で素っ気なく答える。
「お母さんは出張。お父さんは飲み……だと思う」
「そっか。じゃあ、少し長居できるね」
床に座って、私の隣を叩く。すみちゃんは静かに、ほんの少しだけ離れて座った。
「何しに来たの」
「知りにきたの。すみちゃんの気持ちを」
「言うことなんてないよ」
「たくさんあるはずだよ」
「もう全部知ってるじゃん」
「知らないよ。私はすみちゃんの気持ちの重さを知らない。私の罪の重さを知らない。だから、知りたい」
「嫌だ。嫌われたくないもん」
「嫌わない」
「嫌われるもん! だって、私が私の事嫌っているんだから! こんな嫌な女、好かれるはずがない」
先ほどまでの消え入りそうな声と違って、言い終わった後に息が切れるほどの大きく勢いのある声を出した。
「それでも私は嫌わない」
「いぶは何も知らないからそう言えるんだよ」
「そうだよ。何も知らない。昔からずっと、何も知らない。だって、見せてくれなかったから。それが私の一つ目の罪だと思う。見せてもらう努力をしなかった。尊重は停滞だって知らなかった。だから、今からでも知りたい。すみちゃんが隠そうとしているもの、見せようとしないもの、それを私は見たい。教えてほしい。一緒に前に進みたい」
すみちゃんは膝を抱え、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「私は、良い子じゃない。自分勝手な卑怯な人間なの。いぶに甘えた卑怯な人間。小夏に嫉妬するの。いぶとの距離が近くて羨ましいなって、もっと離れてほしいなって、どうして私がその立場じゃないのって、嫉妬するの。白葉にも嫉妬するの。どこかいぶを守っている目をして、守れる術を持って、いぶへの甘えを必要としない、いぶを守れる強さに嫉妬するの。瀬野君がいぶに気持ちを伝えた時、いぶと恋人関係であって良かったって思ったの。私は嘘つきだよ。告白を断る為に恋人関係を築いたんじゃない。いぶが誰のものにもならない為に、恋人関係を築いて縛ったの。いぶ、モテるから。誰かが告白する前に、機会を奪わないとって思ったの。いぶ優しいから、きっと告白されたら受けちゃうだろうなって」
「そんなこと──」
「私の事好きじゃないのに、恋人になるの違和感感じなかったでしょ。ずっとずっと、私はいぶを縛ってきた、独善的な悪い人間なの。だから、知ってほしくなかった。バレたくなかった。こんな私を見てほしくなかった。私の恋は綺麗じゃない。ドロドロと歪んでいて、燻りまくっているものだから」
すみちゃんはさらに体を小さくして、額を膝につけて丸まった。
「……一つ、教えてほしい。私を縛ってきたって言ったよね。だったら、もっと良いように利用できたはず。それこそ、本当の恋人にできたはず。でも、どうしてそれをしなかったの?」
しばらくの沈黙の後、すみちゃんは鼻を啜らせながら口を開いた。
「いぶの事が、好きだから。本当の幸せまで、奪えなかった」
心臓に錘をつけられたかのよう。鎖で巻きつけられたのよう。頭の中で鐘を鳴らされた気分だった。でも、身体は温かく、安らいだ。
私はすみちゃんを抱き寄せた。
「教えてくれてありがとう。ずっとずっと、一人で抱えさせてごめんね。もう、これ以上抱えてほしくない。だから、すみちゃん──別れよう」
すみちゃんは一瞬で泣き止み、息を深く吸い込んだ。
「嫌だ!」
子どもが癇癪を起こしたかのようだった。止まった涙が一気に吹き出し、弱々しかった声は強くなり、逆に私に縋るように、腕の中で私を離すまいと強く握った。
「別れたらいぶ、誰かのものになっちゃう!」
「そうかもしれないね」
「そんなの嫌だ! 耐えられない! 半端な人間に、いぶを取られたくない!」
「すみちゃん、私ね、白葉ちゃんに言われたの。自分の意思を大切にって。私、白葉ちゃんに自分の意思の確認の仕方、教えてもらった。だから、すみちゃんが危惧してる告白されたから付き合うってこと、絶対にしない。本当に好きな人としか付き合わない。約束する。だから、別れてほしい」
「でも」
私は息を深く吸い込み、吸い込んだ分、気持ちを乗せて声を出す。
「私と付き合っていたら、すみちゃん罪悪感で自分の気持ちを押し殺す事しかできないんじゃないの! 何度も何度も、無理やり押し込んできたんじゃないの! だからいつも、押し込めきれなかった分、泣いてたんじゃないの⁉︎ 私、すみちゃんに辛い思いをさせ続けるなんて耐えられない! すみちゃん言ったよね、私が嫌になったら別れるって! 私は、すみちゃんを傷つける私が、この関係が嫌だ! だから、幼馴染としてリセットしよう! 私はもっとすみちゃんの事知りたい! 綺麗な部分も、綺麗じゃない部分も全部、今までとこれからの分全部知りたい! 全部受け止めるから、受け止めたいから、すみちゃんも私を信用して! お互い自分本位になろう! その上で、私がすみちゃんの事好きになって、すみちゃんが私の事好きでい続けてくれたなら、その時また、改めて本当の恋人として付き合おう」
すみちゃんは声を張り上げながら泣いて、泣いて泣いて泣いて、ようやく泣き止んで、私の額にキスをした。
「分かった。幼馴染に戻ろう。私、いぶに好きになってもらえるように頑張る」
「うん。すみちゃんの事、ちゃんと見るよ。それとね、ずっと私を守ってくれてありがとう」
「えっ……?」
「恋人関係、すみちゃん自身の身勝手な気持ちもあったと思う。でも、私が中途半端な気持ちで誰かと付き合って、傷つくことを避けてもらいたいって思ったんじゃないかな? もし偶然であっても、結果的にすみちゃんに守られた。だから、守ってくれてありがと」
また溢れたすみちゃんの涙を拭うと、真っ赤に腫れた目が出てきて、またクラスの人に心配されちゃうだろうなと笑みが溢れた。




