楽しいの力
お互い背を向けて水着に着替え、日焼け止めをいつも以上に塗りたくる。
「いぶ」
「どうしたの?」
肩を叩かれて振り返ると、日焼け止めを片手に、恥ずかしそうに顔を逸らすすみちゃんがいた。
「あのね、背中、塗ってほしいなって」
「うん、いいよ」
日焼け止めを受け取ると、すみちゃんは枕に顔を埋めてうつ伏せになる。
すみちゃんに跨って、手に垂らした日焼け止めを腰あたりから背中、水着の紐の下にも手を入れて、首筋まで広げていく。
水に濡れて落ちるといけないので、何度か同じように手を動かす。
「はい、終わったよ」
若干手に残った日焼け止めを腕に塗った後、日焼け止めの蓋を閉める。
「はい、すみちゃん」
すみちゃんに日焼け止めを差し出すが、受け取る気配はなく、じっとこちらを見ていた。
何かやらかしてしまったのか、心臓が激しく動き出す。
「ど、どうしたの?」
「いぶは、エッチな気分にならないの?」
なんだそんな事かと正直ほっとして、すみちゃんに日焼け止めを握りしめさせる。
「別に私すみちゃんの事そんな目で見てないし」
言った後にしくじった事に気づいた。安心しすぎて、うっかりネジを緩ませすぎたせいだ。
「わ、私ってそんなに魅力ない……⁉︎」
すみちゃんはショックで顔を下に向けて、そのまま日焼け止めを離して自分の胸を揉んだ。
余計に悲しそうな顔をした。
「べ、別にね、絶望的なほどないわけじゃないから! ほら、やっぱり大きさより形っていうでしょ⁉︎ 小さいと形崩れにくいから、ね! 別に私、大きさ求めてるわけじゃないし! だって私にも胸はあるし!」
焦りすぎて逆に余計に変な、というか変態染みたことを口走ってしまった。
「いぶも小さいって思ってるんだ。そうだよね。いぶとかあゆからしたら私は関東平野どころか奈良盆地……」
たぶんすみちゃん、昨日あゆちゃんとお風呂入った時に大きさに言及されたんだろうな……。すみちゃんで奈良盆地なら、沙雪さんと小夏は一体何になるのやら。濃尾平野になってしまうのではないだろうか。
「大丈夫すみちゃん。そもそも私は大して胸にときめかないから。すみちゃんが今より大きかろうが小さかろうがどうでもいい。そういう目で見てないって言ったのは、別にすみちゃんに魅力がないってわけじゃなくて、そういう目で見る時ではないってだけであって。然るべき時にはちゃんとそういう目で見るから。だからそんな深く考え込まないで。それに、常日頃からすみちゃんをそんな目で見たら、飢えた変態みたいじゃん」
上手くフォローしたつもりなのに、すみちゃんは何故かガックリと肩を落としていた。
「どうしたのすみちゃん?」
「普通彼女の水着姿みたら少しはそういう気分になるもののはずなのに……」
「そ、そうかな?」
「少なくとも私はいぶをそういう目で見たよ。いぶがそんな大胆な水着着てくれるなんて思っていなかったから余計に……」
そんな事言われるとこっちまで恥ずかしくなって、手で顔を覆いたくなる。と同時に、小夏に選ばれた水着ということだけはバレてはいけないと強く決心した。
「私はこの上にラッシュガード着てパレオ巻くから。すみちゃんの方がその、大胆というか」
「わ、私も後で胸元カバー付けるから」
すみちゃんは本当に小さく、本当に聞こえたのか錯覚するレベルの小声で、その方が胸盛れるからと口にしていた。
変な空気になったので、切り替える為にも服を着て、持ち物と下着の確認もして、準備できたし下に行こうかってタイミングであゆちゃんが入ってきた。
「依吹ちゃん日焼け止め塗って!」
有無を言わす前に私に日焼け止めを握りしめさせ、すぐにベッドにうつ伏せになった。
すみちゃんとは違って顔を上げ、話す気満々なのが伝わってくる。
あゆちゃんが一方的に話していることに対して相槌を返し、時折振られたら返事をするというのを繰り返しながら、すみちゃんと同じように手を動かした。
下で皆と合流して、ビーチサンダルを履いて海に向かう。
「見えた見えた!」
あゆちゃんと小夏は真っ先に駆け出し砂浜を踏み締める。
「やっぱり海来るとテンション上がるな!」
「何度見てもどこの海見てもやっぱり綺麗だね」
さっさと水着になって、ビーチサンダルを脱いで海に足を入れる。
「冷た──」
小夏に前から水をかけられて、真っ先に顔が濡れる。
「やったな〜」
小夏に思いっきり掛け返すと、冷たっ! と声を出しながら、また水を掛けてくる。
お互い水を掛け合っていると、頭に何かが当たった。
振り返ると、大澤さんと白葉ちゃんが悪戯な笑みを浮かべて、ビーチボールを手にしていた。
「ビーチボールはいかがかな?」
ちょっと離れて潜っていたあゆちゃんも戻ってきて、ビーチボールを投げ合った。
「そういえば、七木さんと沙雪さんは?」
大澤さんは、親指で、パラソルの下で体育座りしているすみちゃんと、ご丁寧にビーチチェアまでレンタルして、サングラス掛けて寝そべっている沙雪さんを指した。
「純蓮泳げないからね〜」
「沙雪さんは?」
「濡れたくないらしいよ」
あの人なんで水着に着替えてまで海に来たのやら。ナンパ待ちの人くらいでしょ。海に入らず海に来るの。
まあ、沙雪さんは海に入る気がないのならいいとして、せっかくだしすみちゃんには楽しんでもらいたいと思ったので、私は小夏にビーチボールを渡して、パラソルに向かう。
「七木さんも海入ろう」
横に座って目線を合わせ、そう声をかける。
「でも私泳げないから」
「私に掴まってれば大丈夫だから。行こう」
「そこまで言ってくれるなら、行こうかな」
「うん、一緒に楽しもう」
すみちゃんの手を引いて皆の元に戻る。
「純蓮、依吹ちゃんにくっつきすぎだよ〜」
「だって私泳げないもん」
あゆちゃんに不服そうに文句を言われるも、すみちゃんはどこか誇らしそうに返していた。
波に攫われそうになったすみちゃんを強めに支えると、嬉しいと溢して笑みを浮かべていた。
流石の小夏も、すみちゃんが掴まっている以上、危ないのでいつものように抱きついてきたりはないので、それもあってすみちゃんはご機嫌なのだろう。
沙雪さんは案の定ナンパに遭っていたのか、それに懲りたらしく、渋々海に入ってくる。水を掛けると何倍にも掛け返してきて、さらにはこっちが油断している時にビーチボール投げてきたりと、大人げないの塊みたいな楽しみ方をしていた。
皆で結構遊んで、夕焼けが沈む頃には疲れて帰り道についた。
「いぶっちゃん、よくあんなに遊んでいたのにこなっちゃんおぶって帰る元気あるね」
小夏はおんぶをせがみ、体勢が安定した瞬間ぐっすりと眠ってしまった。
「小夏軽いから。ごめんね七木さん、荷物持ってもらっちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。私こそ、今日は海で支えてくれてありがとう」
「いえいえ、楽しんでもらうのが一番だからね」
夜は小夏を起こしてバーベキューをし、あっという間に一日が終わっていった。
こうして一日皆と、すみちゃんと向き合って接していると、なんか、好きとか疲れるとか、思ったほど悩むことじゃなかったかもとスッキリする。だって、今日は本当に楽しめたから。
すみちゃんも私が小夏をおぶっていても、文句言わずに率先して荷物を持ってくれたりしたし、もしかしたら私が深く考えすぎただけなのかもしれない。
なんか色々と考えてしまって、もしそれがすみちゃんに伝わっていたとしたら、すみちゃんには申し訳ないことをしたと思っている。
「すみちゃん」
「ん?」
「また一緒に来ようね。皆と」
「うん、そうだね。でもね、私はいぶと二人でも来たいよ」
「じゃあ二人でも来ようね」
今回別荘に来た意味、私には大いにあった。楽しいって、本当にすごいと思う。




