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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
第二部・魔石編  逆時計回りの旅

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137話 絶品とは言い難し一皿

 一番最初に魚料理を提供した常連客・エンリケ氏に『料理長を呼べ』と言われ、コックコートの俺は帽子を外して厨房を出る。広い店内には6卓12席が広い間隔で設置されていて、その席は満席だ。エンリケ氏を含む12人はフロアに出てきた俺に視線を向ける。


 彼の座る1卓へと歩みを進める。彼は難しそうに眉を寄せて俺の到着を待つ。俺はまるで処刑台に進むような気持ちで足を進めるが、意外に足はすたすたと進んだので、きっと俺は処刑台に向かう時もこんな風に進めるのだろう、とか関係のないことを考えて進む。


「初めまして。私が本日料理長代理を務めさせていただいているリューズ・レッドウッドです」


 俺が名乗ると彼と奥さんの目が驚きで見開く。

「リューズ!?『神戟』のリューズか!?」

「……今は『三食おやつ付き』ってパーティを組んでいます。シルヴァリアと一緒に」


 俺の答えにどう感じたのか、エンリケ氏は難しい顔で皿を指さす。

「私は銀鱗魚が好物でね。今日のは君が焼いたのかい?」

「はい。何か不都合がありましたか――」

 と、皿に目を落とすと銀鱗魚のポワレは皮まできれいに無くなっていた。再び目を上げた俺の目を見て、エンリケ氏はニッと笑う。


「難しい魚と聞いてるがね。とてもうまかった。これはミゲイロくんも安泰だな、ははは」

「そうよね、そんなパーティ名なら料理がお上手なのも納得よね。ふふふ、『三食おやつ付き』ですって。とってもかわいい」

 奥さんも上機嫌のクスクスと笑い、ワイングラスを傾ける。


「あ……」


 思わず口が震えて、うまく言葉が出てこなかった。それでも何とか声を絞り、勢いよく頭を下げる。

「ありがとうございますっ!」


 各テーブルにお辞儀をしながら急ぎ足で厨房に戻る。厨房内ではサービススタッフが嬉しそうにパチパチと拍手をして俺を迎えてくれた。

「あれ?泣いてない」

 シーラが俺の顔を覗き込んで不思議そうに首をかしげる。

「……仕事中に泣くか」


「料理長代理ー、早く仕事に戻ってくれないと」

 厨房から声が飛び、慌てて背筋が伸びる。

「あっ、悪い!今どこまで行ってる!?」

「8卓のスープまでです。もうじき2卓様も魚入りますよ」

「了解!助かった!」


 ――それからも戦場は続く。


 魚料理の次は肉料理、今日のメニューは『焔角鹿のロースト』。火口近くに住む耐熱性の高い鹿の一種。普通に焼こうとしても火が通らず、家庭用でなく戦闘用の炎魔石を使わないと焼きあがらないと言う高難度食材。当然、火力が強すぎて屋内ではかなりの危険が伴う。だが、ミゲイロ料理長の考案した耐圧加熱鍋を用いれば、多少時間は掛かるが安定して蒸し焼きにできるのだ。


 客席に料理を提供に行ったシーラが帰ってきて、またマヤさんや他のサービスさんが嬌声をあげている。

「お淑やかシーラちゃん、マジでかわいすぎんですけど!?」

「ん、そう?証明書書いて」

「……証明書?」


 当然の事ながら料理に掛かりっきりの俺はそのお淑やかシーラとやらを見る機会が無い。自分でできると言っておいて、自分の想像力が追い付かない。

「俺も見てぇなぁ」


 忙しさに釣られてなのか、つい心が独り言として漏れ出し、ピシッと俺は動きが止まる。


「声、出てました?」

 隣で盛り付けをしている料理人に問いかけると、彼は気まずそうにコクリと頷く。


「見たいって」

 マヤさんが俺を指さしシーラを焚き付ける。シーラは少し嬉しそうにふんと鼻を鳴らし、『しょうがないなぁ』と呟く。


 ――と、その瞬間シーラの雰囲気が変わる。


 スタッフ用に置かれた氷入りのレモン水を高い位置からグラスに注ぐと、それを持って悠然と厨房を進む。本来サービススタッフの厨房立ち入りはよほどのことがない限り禁止事項なのだが、厨房の熱気も気にせず涼しげな笑顔と共に歩むシーラの雰囲気に、誰もそんな事を思いつきもしなかった。


 シーラは俺の目の前で立ち止まると、はにかんだように微笑み、レモン水の入ったグラスを俺の頬に付けた。

「お待たせいたしました。レモン水でございます」


 正直に言って、率直に言って、目を奪われた。


「ありがとう……ございます」

 すると、シーラのすまし顔はふひっと緩む。

「あはっ、なんで敬語」


 いつものシーラに戻ると、魔法が解けたかのように厨房の空気も元に戻る。

「シーラちゃーん、こっち入っちゃ危ないよ」

「は?全然危なくない」

「はいはい、皆仕事しよ」


 思った以上に短期間でみんなと打ち解けたシーラを見ながら、俺はレモン水をゴクリと飲む。厨房の熱が移ったように火照る頬にレモン水の冷たさが心地よい。

 

 メインディッシュを終えると、いよいよ最後はデザートだ。デザートはシンプルなクリームブリュレ。珍しい食材も難しい技巧も何もない。単純に厳選された新鮮な卵と牛乳を使い作り上げる至高の逸品。氷細工の様な器にたわわに実った麦畑を思わせる濃厚なカスタード、表面にふんだんに振りまいた雪砂糖を直火で炙ってキャラメリゼする。その匂いは鼻腔を通って胃と脳に凶悪かつダイレクトに響く。


「おわぁ」


 ホール側からシーラの感嘆の声が漏れ聞こえ、心の中でニヤリと笑う。


 シーラは1卓の二人へと向けたデザートを皿に乗せる。だが、フロアに出る足が重い。

「私これ……食べたことないのにぃ」

 苦々しい顔で、歯を食いしばりながら重い足をどうにか前に進めようと努力するシーラを見て、こらえていた笑いが噴出してしまう。

「わはは、大丈夫だ。作り方覚えたから、今度作ってやるよ」

 

 その一言でシーラの瞳がキラキラと輝く。

「ダメ、今日。仕事終わったら食べる」

「へいへい。依頼達成できたらな」

「楽勝すぎる」


 シーラは打って変わって羽根のように軽い足取りでホールを出て1卓へと向かう。



 ◇◇◇

 ――デザートを終えると、食後の紅茶かコーヒーを以てコース料理は終了となる。


 食事を終えた客はテーブルにてマネージャーが会計を行う。――審判の刻の始まりだ。


「話を聞いた時はどうなる事かと思ったけど、ちゃんとこの店の味だった。当然代金は払うよ。次の予約はいつが一番早い?」


 エンリケ氏とその妻は次回の予約を取り、満足そうに店を出て行った。


 6組12名、個室とテラス席4組16名。合計で10組28名がこのS級任務の成否を握る。


 一組、また一組と食事を、会計を終えて出口へ向かい、依頼の達成条件を知るスタッフ達もリューズと同様に緊張の面持ちで帰路に就く客の後ろ姿を見守る。


 やがて、最後の一組が食事を終え、マネージャーがテーブルへと向かう。


 細身で年配の老夫婦。身なりからかなりの富裕層であることは窺える。彼らはこの店の常連であり、今日一番遅い時間に店を訪れた組だ。


「料理長を呼んでくれるかな?」

 

 最後の客である彼は穏やかな口調でリューズを呼ぶ。そして、再び緊張の面持ちで姿を現すリューズににこりと微笑む。


 リューズの緊張が一瞬緩み、老紳士は口を開く。


「私たちのテーブルは一番最後だったからかな?はっきり言って絶品とは言い難い料理だったよ。焼きは僅かに甘い。味も少しながらぼやけている。料理から疲労の程が見て取れた。正直このレベルの料理を食べるならわざわざこの店までくる理由にはならないね」


 はっきりと厳しい断罪の言葉。


 己の不甲斐なさにリューズはぎゅっと唇を嚙み、頭を下げる。

「申し訳あり――」

 

 いや、下げようとした。それを老紳士は手で遮る。

「だけどね。私たちが食べているのを、本当に嬉しそうに見ていたんだよ。あの子が」


 チラリと老紳士は視線を厨房の方に向ける。視線の先にはシーラの姿。いつも通り、特に緊張している様子もなく、平然と、どこか得意げにリューズの姿を見守っている。


 それを見て老紳士の顔もほころぶ。


「あんな顔で見られたらね、どんな料理もおいしくなってしまうよ。きっと、食べるのが大好きな子なんだろうね」


 リューズは顔を上げられず、老紳士はポンポンとリューズの肩を叩く。


「がんばりなさい」


 そう告げると、彼は妻の手を取り、ゆっくりと店を後にした。



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