123話 英雄の帰還
◇◇◇
――すべてのダンジョンは、踏破されると魔物を生み出さなくなり、約七日の間は天に向かって光を放つ。
『神殺しの魔窟』が放つ光は、バリルライオ王国北部に位置する首都・バリルライオからも観測できたと言う。雪景色の遠く向こうで、灯台のように、蜃気楼のように、それは真夜中でも空を明るく照らしていた。
長きに渡り踏破不能と謳われた『深淵の七獄』の一つをついに踏破するパーティが現れた、とバリルライオはただちに現地の確認を派遣すると共に、各国へと速報を飛ばした。そのどこかの街で【翼人】アクティカがその報に触れれば、情報は爆発的な速度で世界全土に広がることになる――。
ユルニルドの船着き場は、英雄の帰還を待つ冒険者たちでごった返し、ただでさえ温暖な竜骨の街の温度をさらに上げた。
頭蓋骨の場所に位置する冒険者ギルド、その厨房の中では老年の料理長の耳をその喧騒が心地よくくすぐる。
「……っふっははは。まさか本当にやるとは。勝負飯が効いたかねぇ」
喧騒は次第にギルドに近づいてきて、やがて勢いよくバンと扉が開く――。
◇◇◇
「おっちゃん、戻ったぜ!」
勢いよくギルドの扉を開いて声を上げると、ギルドの中もすでに冒険者で埋め尽くされていて、野太い歓声がビリビリと鼓膜を揺らす。
右も左も怒涛の『リューズ』コール。手拍子と共に鳴り響くコールに俺はカチンと来てしまう。
「お前らなぁ、俺一人でクリアできるわけねぇだろうが……!呼ぶならシーラの名前を呼べ!じゃないと酒おごんねぇぞ!」
コールは一瞬で静まり返り、ざわざわと相談が起こった後でコールは『シーラ』に変わる。
「シ・イ・ラ!シ・イ・ラ!シ・イ・ラ!」
シーラを称えるシュプレヒコールに気分よく足を進めようとするが、急にギルドの空気がひんやりと冷え込む。
「……は?なにやめてんの?リューズのこと馬鹿にしてる?」
あたりの空気は音を飲み込むほど重く、一瞬で氷点下に落ちる。冒険者の皆さんは『どうしたら……』と訴える目で俺を見る。
「あー、じゃあ『おやつ付き』でどうですかね、シーラさん」
「は?三食は?」
「いや、長いんでね。とりあえずそこで手を打ってくれませんかね」
苦笑いでへりくだると、少し考えた後でシーラは腕を組んで頷いてくれる。
「しょうがないか。それよりアレ。早くね」
「へいへい。みんな!コールは『おやつ付き』で頼むわ!俺とシーラのパーティ名だ!『三食……おやつ付き!』」
それと同時に酒の入った収納魔石をテーブルに開く。前に出したのは半分。これは残りの半分だ。どこの世界に凱旋祝いの酒を用意しない冒険者がいるというのか。
メインゲストの登場に、ギルドの熱気は最高潮。
ようやく厨房へと向かうと、シーラはすでに着席していた。
「おう、お帰り。案外早かったな」
「まぁね。シーラが便利な祝福持ってるんで。帰りは一瞬なんだ。ちょっと厨房借りていいっすか?……アレ、作ってやりたいんで」
そういうと、おっちゃんはニヤリと笑って顔の傷を歪ませた。
「じゃあ、ワシの分も頼もうかな」
「へい、了解」
バンダナを頭に巻き、袖をまくり、バンドで留める。
俺の言い出すのをわかっていたようで、おっちゃんはすでに下準備をしていてくれた。まずは千切りキャベツを大量に作り、それからメインディッシュに移ろう。
トトトトトトッと包丁とまな板がリズミカルに音を立てて、ひと玉のキャベツは細い千切りに姿を変えていく。
「『魔断』は、やっぱりダメだったかね」
グラスに酒を注ぎながらおっちゃんがぼそりと呟く。
「……だな。でも、大剣は回収できた。四人、全員分」
そう告げるとおっちゃんは諦念交じりの笑みを見せてグラスを揺らす。
「そうか。そりゃ上々だ。ありがとなぁ、リューズさん」
「いやいや、お互いさまっすよ」
相変わらずシーラは静かで、頬杖を突きながら冒険者たちの声に耳を傾けている。なんだか少し悔しいので、豚ロースに衣をつけて熱した油に投入する。ジュワアッという音と必殺の香りのコンビネーション。シーラの視線はチラリと俺の手元に戻ってくる。
「もうできる?」
「もーちょい」
「そっか」
わくわくした様子でシーラは俺の料理を眺める。
そして、数分後、高温の油の中からこんがりときつね色に上がった大判のカツが姿を現す。ザクリ、ザクリ、と切り分けて皿に移す。キャベツを盛り付け、ヘタを取ったミニトマトを乗せる。最後に果実と香辛料を煮詰めたソースをかけて完成。
「へい、お待ち。鉄板勝負飯……トンカツだ!」
「おぉ」
立ち上る湯気の向こう側で、シーラの瞳が期待に煌めく。
「いただき……ますっ」
両手を合わせてシーラはカツにフォークを刺す。サクッと揚がった衣を貫き、肉汁をキャベツに滴らせる。
きつね色の衣と、熱を帯びたしっとり真珠色をした肉に、艶やかな黒褐色のソースが絡む。
まずは目を閉じて香りを楽しみ、そのままシーラは目を閉じたまま口を開き、フォークを迎え入れる。
ザクッと、衣を歯が裂いて、肉の脂が口に広がる。
「……んへへ、これは勝つよねぇ。うまみがやばすぎる」
目を閉じたままのシーラは幸せそうに顔を弛ませる。
「キャベツと一緒に食うともっとうまいぞ」
「へぇ」
シーラは言われるままにキャベツとカツを一緒に口に入れる。
ザクザクの衣と、みずみずしいシャキシャキのキャベツの食感がジューシーな肉を包む。
「これはランキング上位だぁ。五番くらいには入る」
俺はシーラが嬉しそうに料理を食べる姿をただ眺める。それだけで俺も何か救われた様な気持ちになってくる。
シーラの得た新たな祝福、魔石喰いの副作用、そしてセイランの依頼。考えることもやることもまだまだ山積みだけど、今日くらいはいいだろう?
「ねぇ、リューズ。今度はアレ作って。比べたい」
頰を膨らませながら唐突にシーラが言うので首を捻る。
「アレってなんだよ。……カツ丼?」
「それは312ページ。じゃなくて。砂利で本を包んで揚げてみて。食べ比べたい」
――それは出発前、味のしないトンカツを食べた時のシーラの食レポだ。
嬉々として狂気の提案をするシーラに感傷も一気に吹き飛び苦笑いを浮かべるしかない。
「……絶対作らねぇよ、そんなの料理じゃねぇ」
祭りの様な喧騒と熱気に包まれた最果ての街・ユルニルド。12年前は一人でこの街を離れた王都への道、今は二人で帰路に着く――。




