122話 祝福・【帰還】
神殺しの魔窟、守護者の間のさらに奥。最深部。
俺とシーラは穴を掘る。空洞のど真ん中。穴を掘り、そこに『神戟』を弔う。もう動かない彼らの頬を、頭を撫でると、まだ俺の涙は枯れていなかった。
「あ、髪。色同じじゃない?」
亡骸を右手で指さして、シーラがのんきな声を上げたので、俺はハッと振り返る。
「……お、お前。天才かよ」
「お墓に入れようよ。それならミアリアもいいでしょ」
「お前は優しいなぁ」
しみじみとそういうと、『へへ』と嬉しそうにシーラは笑った。
それぞれの頭を覆う毛の色は、かつての英雄の髪の色と同じだ。聞かれて答えることなど何もない。ただ、俺たちは魔窟をクリアして、『神戟』は英雄だった。ただそれだけだ。この話は、ミアリアにだって告げるつもりはない。
シーラは俺の傍らにしゃがんで、俺が三人の髪を切っているのを眺めている。
「ねぇ。レオン、強かったよ」
「だろうなぁ。……あいつと俺は最初仲悪くてなぁ。言葉使いも荒いし偉そうだし、いっつも喧嘩ばっかしてたよ。と言っても、いつも俺が負けるんだけどな。わはは」
話すたびに、泉のように思い出話が湧いてくる。
「そうそう、五年の時なんてな。上級生からの告白を断ったマリステラがいじめられてさ。俺たち三人で六年に殴り込みに行ったんだよ」
「へぇ。どうなった?」
「俺たちは三人、相手は十五人。しかも年上」
「ねぇー。早く」
わざと焦らして勿体つけると、思いのほか食いついてくれるシーラ。
「当然、ぼこぼこにやられてな。で、途中で思ったんだ。『治癒かけながらならいけるんじゃね?』って。そこからは大逆転。結局レオン一人で十二人倒したよ」
「それはすごい。そこから始まったのか」
「そうだろ!?あいつは本当に強いんだよ」
「残りは?残り三人」
「え?それ必要?」
シーラはジト目を俺に向けて催促をする。
「早く。バルドがいくつ?リューズは?」
「えー、っとな。バルドが……3、かな」
「よわっ。リューズ0じゃん」
「弱い言うな。ま、今と変わんねぇよ。俺は一人じゃなんにもできないってことだ」
レオンの髪を切ってまとめ、続いてバルドに移る。輝くような金色の髪は獅子によく似合う。
「バルドは堅かったよ。守護者よりも全然堅かった」
「ふふん、だろう!?バルドは本当にいいやつでな。あいつがいなかったら俺たちはとっくに解散してたぜ」
続く昔話をシーラは興味深そうに聞いてくれる。
「へぇ。そしたらみんな死ななかったね」
「……お前、それは言うなよ」
最後はマリステラ。昔と同じ透明感のある水色の髪は『水神』の二つ名にふさわしい。
「あのね、マリステラの魔法と比べたら馬のは水鉄砲」
「だろ!?マリステラはマジで天才だから。マリステラだけは、卒業後もスカウトが来てたんだよ」
と、言って自分で気づく。
「……そしたら、死ななかったよな?」
「だね。だけど――」
シーラはマリステラの顔に触れ俺を見る。
「選んだのはマリステラ。楽しかったんでしょ、きっと」
「……バカ野郎。泣かすんじゃねぇつーんだよぉ」
「私は馬鹿じゃない」
俺が髪を切っている間、シーラはマリステラの身体を優しく撫でていた。
「ふふ、サラサラ。レオンと全然違う。あいつはボサボサ」
「本当に死人に鞭打つやつ初めて見たよ」
「マリステラの髪、梳かしたことある?」
「ねぇな。……そんな照れくさい事」
「ん」
シーラは俺にブラシを差し出す。
「やるといい。きっと喜ぶ」
一瞬のためらいののち、俺は震える手でブラシを受け取る。
「……そうだな。借りる」
頬に手を当て、髪を梳かす。まだ少し温かい体温を感じ、目を閉じると本当にそこにマリステラがいるようにすら思える。
「返す、幸せに。って言ってた」
「だなぁ」
「離婚?」
「……違うと信じたいな。そもそもまだ結婚してなかったし」
「愛してる?」
あまりにストレートな言葉に思わず目を開くと、シーラはまっすぐな瞳で俺を見ていた。
「あぁ。愛してる」
まっすぐな瞳に、真っすぐな言葉で返す。シーラは嬉しそうにほほ笑んだ。
「そっか。どんな気持ち?やっぱり、相手のために死ねる?」
髪を梳かしながら考える。
「そうだなぁ。ありきたりかもしれないけど、……相手を幸せにしたい、とかかなぁ」
と、言ってみて急に照れ臭くなり笑ってごまかす。
「わはは、と言っても実際には全然できなかったけどな」
シーラを見ると、目を丸くして驚いた顔をしていた。
「へぇ、それもありか」
そして、髪を梳かし終わると、続けて髪を切る。艶やかな、川のように滑らかな水色の髪。サキ、サキと鋏が軽い音を立てるたびに、髪はマリステラの身体を離れて俺の手元に残る。
「あっ、ねぇ!リューズ。これ!なに!?」
いつのまにか俺のそばを離れて付近を探索していたシーラが不意に大きな声で俺を呼び、手招きをする。
「はいはい、なんですかね一体」
岩場の陰に、隠すように置かれていたのは鞘に入った一本の剣。俺がそれを見間違える訳が無い。
「レオンの……、剣だな」
「やっぱり。ふふ、イズイのお土産にしよう」
シーラは嬉しそうに笑って収納魔石にしまう。業物でも聖遺物でも無い。C級に昇級した記念にウィンストリアの武具店で買った大量生産の数打ちだ。それでも、その剣一本であいつはS級になった。
それから隈なく空洞を探索したけれど、それ以外は何も残っていなかった。
「……埋めるか」
「ん」
俺とシーラは『魔断』にそうしたように、深く掘った穴にレオンたちを埋める。魔石なんか取るはずがない。俺の大事な仲間たちにそんなことをできるはずがない。穴を埋め終わる。
だが、これで終わりではない。
「シーラ、頼むな」
大空洞の入り口。シーラはコクリと頷く。
「うん。……【全属性同時解放展開】」
神殺しの魔窟をクリアしたら、もう魔石は食べないとシーラは言った。だから、もしかするとこれが最後の【全属性同時解放展開】。
「【Ⅳ】」
そう唱えて両手を交差させると光輪から四つの四色の光球が現れる。赤と、青と、金と、銀。その四色の魔力の球は見てわかるほどの強大な魔力をみなぎらせたまま周囲を回転して、天井に向かう。やがて天井付近に至ると、四つの玉は一つに集まる。それは純白のまばゆい光を放ち、相反する魔力同士の引き起こす大爆発を誘発する。
轟音とともに、大空洞は崩落して、無数の岩壁が雨あられと空洞を埋め尽くしていく。もう誰も、あいつらを起こさないように。
踏破されたダンジョンは魔物を生み出さなくなる。ある程度の安全が確保されれば、管理され、調査の対象になるだろう。そんな事は絶対にさせない。あいつらは魔物じゃない。守護者じゃない。英雄だ。『神戟』は、英雄として、死んだのだから。
守護者の間から伸びる通路も完全に崩落させ、通路の痕跡も残さない。
これで終わり。
俺は大きく息を吐く。
「帰ろうぜ」
「うん、帰ろ」
俺は右手を差し出し、シーラの左手が俺の手を握る。
――そして、耳鳴りのような音と共にシーラの『祝福』が発動する。【帰還】。
俺たちは一瞬でダンジョンの外に出てきた。
外は夜で、雪が降っていて、火照った頬に落ちた雪はすぐに解けて伝い落ちる。
俺は雪の上に大の字に寝転がる。この高揚感と喪失感は雪では冷やせない。
隣に寝転がるシーラが伸ばした手が俺の手に当たる。
『神殺しの魔窟』は空へと光を放っていた。それはまるで、囚われた魂が空に還るようにも見えた――。




