121話 精一杯の祝福を君に
――神殺しの魔窟、守護者の間のさらに奥。
漆黒の身体を持つ三つ首の合成獣は咆哮を上げて臨戦態勢になる。
「リューズ。くろの、もう使える?」
「あ、……あぁ。いけるが」
「じゃあお願い。あとは私が証明するから」
力強く言い切り、シーラは地を蹴る。何を証明するのかは、言われなくても分かっている。
三食おやつ付きが、神戟より強い事を、だ――。
その場に座して詠唱を始める。料理と魔法はよく似ている。手順と、レシピと、分量が大事。それさえ押さえておけば大きな失敗はない。あとは小さな手間をかけ、『心』を込める事。『料理は心』、こんな局面で料理長の言葉を思い出して一人苦笑してしまう。
シーラは黒い双剣を手に三つ首と対峙する。超至近距離。周囲に無数に浮かぶ立体魔法陣からは水魔法が飛び交い、獅子の爪がシーラの斬撃を止め、竜の尾が超高速で獲物を狙う。
その戦いを遠目に見ているだけで懐かしさが込み上げてくる。俺はいつも、こうやってみんなを見ているのが好きだった。
水魔法の威力は一撃が岩盤を容易に穿つ威力を持ち、尾の斬撃は守護者のどの攻撃よりも速く、鋭い。鉄壁の防御を誇る獅子の爪と牙の前にシーラの攻撃は通らない。
姿形は全然違うのに、どう見ても、その戦い方はあいつらにしか見えない。
魔物と化して、再び守護者に挑み、見事勝利して自身が守護者になった。それならば、こいつらは当然守護者よりも強いはずだ。
それなのに、シーラの動きは、どう考えても三つ首の動きのすべてを読み切って、その先へと至っている。
「はやっ」
竜の尾を皮一枚掠ってかわしたシーラはどこか嬉しそうに呟き、身をかわした反動を使った斬撃はまた獅子に止められる。
「ふふっ、硬っ」
そして、全方位から放たれる水魔法は同数の【全属性同時解放展開】で相殺されて、周囲に細かな霧の雨を降らせる。
「すごっ」
【超速即時治癒魔法】がまるで無意味に思えるくらいに、シーラはほとんど無傷で三つ首との戦闘を続ける。ワクワクした子供の様に、頬を紅潮させて、剣を振るう。
「ビスカに聞いた時から、みんなから聞いて、頭でずっと戦ってた。だからわかる。レオンは速くて、バルドは硬いし、マリステラはすごい。だから、『神戟』は強い。けど、私のほうが強い。だって――」
爪で止められた双剣を放棄して、手には純白の大剣。両手でしっかりと持ちシーラは笑う。
「そっちにはリューズがいない」
ついにシーラの大剣が竜の尾を捉え、甲高い金属音と共に尾は両断される。
だが、その尾は一瞬で元の姿に戻る。まるで、【超速即時治癒魔法】のような超速再生……ん?
戦闘中にもかかわらず、シーラが俺を見て迷惑そうに眉を寄せる。
「ねぇー。くろの、神戟にもかかってない?」
「うわっ!?わわわ悪い!外す!ほら、外した!今!」
大慌てで治癒対象から三つ首を外す。命のかかった局面で何たる失態。
シーラはクスリと笑う。嬉しそうに、少しだけさみしそうに。
「いいけどさ」
戦いは、予想に反して一方的なものとなった。
シーラは、守護者よりも強いはずの三つ首を一方的に蹂躙する。かつて仲間だった者たちが、斬られ、叫び声をあげ、血しぶきを上げる。思わず目をそらしたくなる。けれど、そむけてはいけない。シーラが、命をかけて戦っている。俺は、それを見ていなければならない。12年前と同じく、光輪を纏い聖遺物を手にした最強の相手と彼らが戦う光景を、見ていなければならない。
彼らも今、12年前と同様に絶望的な戦いに挑んでいる。俺は今、どっちを応援しているのだろうか?
赤い血が流れ、尾が切られては再生する。シーラの一振りごとに彼らの身体が欠けていき、シーラの一振りごとに、俺の頭の中をあいつらとの思い出が通り過ぎていく。
俺はもう、あいつらを治癒する事は出来ない。
視界がぼんやりとにじんだので、思いっきり唇を、奥歯を噛みしめて必死に抑え込む。守護者と同様再生能力を持っていた三つ首だったが、被弾をいとわず攻撃を続けるシーラの火力の前にはなすすべもなく、やがてその巨体は力なく地を揺らす。
「終わり。強かったよ、『神戟』」
治りたての傷だらけで、ボロボロの衣服で、肩で息をしながらシーラが告げる。
「リューズがいつも自慢してたから。だから知ってたつもり。けど、ずっと強かった」
赤い血だまりで、小さく胸部を動かして浅い呼吸をしながら、竜の紅い瞳はまだシーラを睨む。
「おやすみ。リューズもそのうち行くから」
そう言ってシーラは大剣を取り出す。
「……まっ、待った!」
全力で駆け寄って、荒い息をしながら俺はシーラの手を止める。
「治す?」
「い、いや……。俺が。やるなら、俺が」
俺はシーラに手を伸ばす。
「俺が殺さなきゃダメなんだ。『神戟』は、俺が終わらせなきゃいけないから」
「ん」
シーラが軽く手渡してきた純白の大剣はズシリと重く、それはこれから奪う命の重さを思わせた。
竜と、獅子と、狼の、三つの頭の六つの瞳が俺を見る。
「……ごめんな。俺がもっと、……ちゃんとしてたら、俺が……」
涙声で言葉を詰まらせてしまう。
その瞬間、三つ首が吠えた。ビリビリと空気を震わせて、震える四肢で、再生しない尾で、立ち上がり俺を睨む。
「ヂュ……、ヂュ……ヴヅ」
狼はそう呟くと俺の目の前で大きく口を開く。
シーラも反応していない。敵意は感じない。
鋭い牙は欠け、糸引く口腔内は真っ赤に染まり、その奥から何かがカツンと地に落ちる。
――それは古びてひしゃげた指輪だった。
俺がマリステラに贈った結婚指輪だ。マリステラはいつも、ネックレスとしてつけていて、二人きりの時に少しだけつけてくれた。
その時のはにかんだ顔が今でも鮮明に目の前に浮かぶ。
「ガ、がエず……、ジバあゼ……ヂ」
狼の水色の瞳は、優しく微笑んだような気がした。
俺は抑えきれず、その水色の毛並みの頭を抱きしめる。
「あっ……あ……ああ……!マリステラ……、マリステラ!ごめんなぁ。しっ、幸せにできなくて……ごめんなぁ。愛してる……、ずっと」
その頬に触れると、最期の力を使い果たしたのか、介錯を待つように三つ首は再び横たわる。
「やろっか?」
腕を組んだシーラが気を使ってくれるが、俺は首を横に振る。
「さんきゅー。でも、大丈夫だから。ちゃんと終わらせる」
俺は三つ首に大剣を振りかぶる。
「……レオン!バルド!マリステラ!バルハードに……帰ろうな」
そして俺は剣を振り下ろす。聖遺物であろうその大剣は、俺が振り下ろしただけで三つ首の胴を両断して、赤い雨を降らせた。三つ首は最期に一度ビクンと身じろぎすると、そのまま身体は力が抜けたようにだらりとして、その命を終えた事を告げる。
「……うっ、……うううううあ、うわああああああああああっ」
膝をつき、彼らの亡骸の傍らで、指輪を手に声を上げて泣きわめく。俺の頭を撫でるシーラの身体は、ほのかな光を放っていた。
――その時、『神殺しの魔窟』から天に向かって、まばゆい光の柱が伸びたと言う。それは、ダンジョン踏破の証。
俺たちは、『神殺しの魔窟』を踏破した。




