120話 『神戟』
――『神殺しの魔窟』。その最奥部。俺とシーラは遂に守護者を撃破する。
それは、かつての仲間たちの無念を晴らす12年ぶりのリベンジだ。
地に落ちる純白の魔石。シーラはそれを拾い上げると、俺に手渡してくる。レオンと、バルドと、マリステラとの25年間が一瞬で頭の中を駆け巡る。
「……やったぞ、みんな」
と、感傷に浸るが、シーラの言葉ですぐに現実に引き戻される。
「……うげぇ、きもすぎる」
シーラが苦々しく眉を寄せて舌を出し、一切の遠慮会釈なしに俺に呟いて一歩距離を置く。あえて描写はしないが、守護者の攻撃で致命傷を負った俺は今【不老不死】の祝福で再生中。黒い澱のようなうねうねした何かが身体を再構築していて、それを見たシーラさんの感想だ。
「さっきと言ってること違くない!?」
【治癒】も重ねて掛けているが、さすがに欠損箇所と範囲がひどいので少し時間が掛かっている様子。
「……お疲れさん」
「ん。リューズも」
シーラは俺の傍らにあぐらで座り、俺たちはパンと手を合わせる。
利き手の左手でなく、右手を合わせてきたことに違和感を感じ、さっきの戦闘のトールハンマーを思い出す。
「そうだ……!シーラお前、手!見せてみろ」
「わ、ちょっと。顔治ってからにして。ぞんびみたいでえぐすぎる」
「おじさんだって傷つくよ!?」
言葉通り、もう少し再生が進行してから改めて問う。
「手。見せろ」
少しの逡巡のあとで、観念したようにシーラは左手を俺に差し出す。
「痛いのか?」
「ううん。痛くはない。たまに、力が入らなくなる」
「……いつからだ?」
「結構前から、たまに」
それは魔石食いの影響なのか?それとも他になにか病気があるのか?黒髪と関係が?
考え込んでいるとシーラが不安そうに俺を見ている。だよな。考えるとしても、今じゃない。俺はシーラの頭をポンと叩き、そのままわしわしと撫でまわす。
「あとにするか。とにかくお疲れ」
「ふふ。リューズも」
少し休んで、軽く食事を取る。それから、付近を捜して……仲間たちの痕跡を探そう。12年間、俺たち以外に誰も来ていないのなら、どこかに衣服の切れ端かなにかでも落ちているかもしれないから。
そこで、俺たちは二つの違和感に気が付く。それは、ダンジョンをクリアした経験のある俺やシーラでないと気が付かない違和感。
「なぁ、シーラ。俺かお前……、光ったか?」
広間の隅を探索しながら問うと、シーラはふるふると首を横に振る。
ダンジョンをクリアすると、その中の一人が【祝福】を得る。それは、守護者を倒した際に身体が仄かに光る事で示される。
俺も、シーラも『まだ』光を発していない。
そして、もう一つ。俺たちが来た方向の反対側、広間の最奥。明らかにそれまではなかった通路が現れていた。気が付かなかった?いや、そんなはずがない。
情報は足りず、すべてはただの可能性の話でしかない。
推測をつなぎ合わせた俺の頭は、自然とヴァリアル冒険記の一節を思い出していた。
――ダンジョンでは、まれに守護者の交代が発生する。
「リューズ」
シーラが俺の袖を引く。同じ服を六着持っているシーラは新しい服に着替え済みだ。
「さっき最後って言ったけど……、食べていい?」
ダンジョンの道が分かるというシーラの異能。つまり、シーラはこの先があると言っている。
「……そうだよな」
勝手に目から涙が溢れてくるのに、不思議と口元は笑っていた。嬉しいはずなんてないのに。どんな結末になるかなんてわかりきっているのに。
ここ、神殺しの魔窟で死んだ『魔断』は八本腕の鬼の魔物になっていた。もしかすると、ダンジョンで死ぬと魔物になるのかもしれない。
12年前、『神戟』の三人は神殺しの魔窟で死んだ。そして、あの時と守護者が代わっているとするのなら――?
「おっ……、お前らが……、同じ相手に、二度負けるはず……ないもんなぁ」
何の根拠もない自分勝手な想像で、勝手に悲しくなって、誇らしくなる。家族よりも長い時間を過ごした、俺の大切な幼馴染たち。
「行こ。みんな待ってる」
俺はコクリと頷く。
「あぁ、……そうだな」
どんなルールがあるのだろう?どんな仕組みなのだろう?神殿を模した最奥部からさらに奥に続く回廊を進む。少しの飾り気もない暗い道を奥へと進む。そこに待つ何かを思うと、心臓が速く拍をうち、胃の内容物が逆流しそうになる。
今までシーラがクリアした三つのダンジョンも、かつて『神戟』でクリアしたダンジョンも、守護者の間はやはり神殿のようだった。だから、あいつはやっぱり守護者だったんだろう。
神殿を超えて、再びただの岩穴に戻ったダンジョンを進む。
目の前に現れたのは巨大な大空洞。
そこには漆黒の身体の獣が一体、身体を丸めて俺たちを待っていた。獣は、俺たちの姿を見るとゆっくりと身体を起こす。
それは、神話に見る地獄の番犬ケルベロスのような三つの頭を持つ合成獣だった。獅子と竜と狼。その三つの頭をしなやかな四肢が支え、伸びる尾の先端は剣の様に鋭い。
その姿を見て、俺は涙が止まらなかった。
全身が艶やかな黒い毛並みと鱗で覆われた獣。だが、獅子のたてがみは輝く金色で、竜の鱗の隙間から伸びる毛は燃えるように赤く、狼は毛も瞳も澄み切った水色だった。――それは、かつての仲間たちと同じ髪の色だ。
三つ首の獣は、それぞれの瞳で俺たちを見てうなり声をあげる。口元から垂れる涎は強烈な酸であるのか、たれ落ちた地面を溶かす。その眼には一切の自我も知性の色も見えない。濁り煮詰めた戦闘衝動だけが瞳を染めているのが分かった。
「……みんな、待たせてごめん。バルハードに帰ろう」
竜が、獅子が、狼が、開戦を告げるようにそれぞれの頭が咆哮を上げて大地を揺るがす。
「リューズ。『神戟』を超えよう」
魔石をかじり、戦闘態勢に入ったシーラが放つその言葉は、どんな福音よりも力強く俺の心を支えて、奮わせてくれる。
「あぁ、俺たちは……『三食おやつ付き』だ!」




