119話 鎮魂歌
――墓を荒らす咎人に裁きを与えるように、逃げ場なく広場一面を覆いつくす白い炎が地に落ちる。
数百発分の魔力を集めた神の裁きがシーラと守護者ごと地表を灼く。
その熱と衝撃は、遠く離れた俺の皮膚も焼いて、熱と痛みに眉を寄せる。けれど、声を上げるわけにはいかない。術を解くわけにはいかない。壁を背に胡坐をかいて、熱波の先を瞬きもしないで見守る。
その中心にシーラがいるのだから、こんな遠くに命を置いている俺が命をかけずにどうする。
「ヴァアアァァァアアアァァアアァア!」
灼熱の中心から守護者の叫びが聞こえる。まるで『神戟』のような再生ありきの自傷戦術。自分の魔力なので幾何かの耐性があるとは言え、そんなもの誤差とばかりの超高密度の熱波。
俺はなにも見えない白闇の中で、ただひたすらにシーラの無事を願い、術を継続する。
闇より黒く、純粋で、素直で、太陽のように俺を再び照らしてくれた最大の恩人。俺はあいつを、絶対に死なせるわけにはいかない。
俺は、12年前の過ちを胸にシーラの戦いを見据える。きっと涙があふれていたが、すぐに熱で乾いて消えた。
その中心に、シーラはいる。
――やがて、地を灼いた光は消える。
大きく抉れた広間の中心。焼け焦げたボロボロの服で、黒髪で、丸く穴の空いた服の先には白い腹部が見える姿で、シーラは立っていた。再生されたその身体には傷一つついていない。だが、【全属性同時解放展開】の光輪は消え、傷はないがいうまでもなくダメージは大きい。きっと、全力で障壁を張り続けていたのだろう。
肩で息をして、疲労感のある表情ながらシーラは立っていた。
剣一本の間合いの先には今にもぼろ雑巾のように崩れ落ちそうな守護者。じゅくじゅくと膿が広がるように、再生が進む。
「……へ、へへ。リューズの勝ち。……『神戟』は、負けてないから」
力無く笑い、左手にトールハンマーを取り出して、シーラは再生中の守護者にゆっくりと近づく。
あと一撃。今なら、完全に守護者を消せる。
両手でトールハンマーを振りかぶり、守護者に最後の一撃を放つ。
――シーラは左手にわずかな違和感を感じた。
一瞬こわばった左手は力が入らず、勢いよく振りかぶった大槌はそのまま上方にすっぽ抜ける。瞬間、幾度となくあった左手の不調が頭をよぎる。時折力が入らず、干しブドウを落とした事もあった。その違和感がこの最悪の局面で訪れる――。
「え……?」
事態が理解できず、シーラの目は左手を追う。――それはこの局面に於いて明確な隙に他ならない。
守護者の全身から変異して伸びた槍が無数にシーラを襲い貫く。
シーラはそのまま吹き飛ばされ、受け身をとった様子もなく、力感なく数度地を弾む。
「シーラァッ!」
「へ、平気。傷は……治ってる。リューズは……、死ななきゃ治せるから」
俺を見て、地を這うシーラは申し訳なさそうに眉を寄せ、笑う。
「でも、私がダメだった。ごめん」
「ばっ……馬鹿野郎!ダメなはずあるか!お前は……誰より強くて誰よりすごい、……最高の相棒だ!」
その場に胡坐をかき、右手を地面につけた俺は、ぼろぼろと目から涙を流しながらもその場を動けない。動けばシーラの治癒は解ける。12年前と同じだ。
――俺は、ずっと12年前の事を後悔し続けてきた。
「それは嬉しい。……なら頑張らなきゃ」
俺の言葉を聞いてフラフラと立ち上がるシーラは魔石を食べて魔力を補給しようとする。その右手は守護者の剣でストンと切り落とされる。
「……うっざ」
痛みに眉を寄せ、すぐに再生した右手で攻撃を仕掛ける。その右手は、左手は、再生した六本腕に捕まる。純白の守護者。その口が耳のあたりまで歪に開いて、ニィッと笑うとその口の中は血のように赤黒く見えた。
次の瞬間、大きく開いたその口はシーラの左肩口にかぶりつく。
「んぐぁっ……!」
大きく抉れた左肩からは血が流れ、一瞬で癒える。それを見て守護者は嗜虐的な笑みを浮かべる。
身体を揺らし、現れた大剣で押さえる手を両断し、なんとか拘束を逃れる。だが、戦況はジリ貧だ。
さっきのトールハンマーのすっぽ抜けは?【全属性同時解放展開】が消えている事からも、魔力切れが近い事は明白だ。それも当然、溶鉱炉を超えるようなあの白熱地獄を耐えきったのだから。
守護者もかなり消耗している。だからシーラが魔力さえ補給できれば。だが、その隙が無い。
「シーラ!こっち!来れるか!?」
地に右手をついたまま、声を張り上げる。【超速即時治癒魔法】は文字通りの生命線。解除するわけにはいかない。動くわけにはいかない。
「頑張る。けど、こいつもそっち行くけど」
「いいから!頼む!」
俺の目から何かを感じ取ってくれたのか、シーラは少し嬉しそうに笑い『ん』と短く答えた。
シーラは力を絞り俺へと向かい移動する。そして、すでにシーラを餌として認識しだした守護者がそれを逃す理由は無い。先刻までのある種神々しさを感じさせる姿から打って変わって、大きく裂けた真っ赤な口と、六本脚で地を這う姿は異形な魔物そのものだった。
明確に守護者に背を向けて、最短距離で俺を目指すシーラ。それを高速で追いすがる守護者。
俺はジッとシーラを睨み機を狙う。距離と、タイミング。チャンスは一度。
――立ち上がり、地面から手を離し、【超速即時治癒魔法】を解除する。そして、前に出る。隙が無い?なら、俺が作る。
「一瞬だけ任せろ!その間に魔石……食え!最後だぞ!」
「うんっ」
俺はずっと、12年間後悔してきた。
捕食の邪魔をされた守護者の、怒りに満ちた右脚が明確な殺意を表す形状に変化して俺を狙う。だが、避けない。俺はその場で両手を広げて立ちはだかる。
何か手があるわけではない。
「うおぉぉぉぉ……!」
魔導障壁を張る。
だが、全身全霊を込めた雄叫びも虚しく、俺の障壁は薄氷よりも容易く砕け散り、守護者の右脚が俺の身体に触れただけで、ごっそりと俺の左半身は抉り取られ、左目の視界も無くなる。今俺がどんな姿になっていても、……そんなものは関係ない。
俺はずっと、ずっと後悔してきたんだ!頭を飛ばされたくらいで意識を無くしてしまった、……あの日の己の根性の無さを!
「俺が、……あれから何回死んだと思ってんだ!こんなもんで意識飛ぶわけねぇだろうが!殺してみろ、馬野郎!」
口から血を吐きながら、精一杯の啖呵を切る。灼ける様な痛みは最大の勲章だ。
「っふふ。かっこよすぎる」
魔石を貪る音のあと、シーラは短く呟いて、俺の肩に触れる。そのままグイっと俺を後方に放り投げ、代わりに俺は【再生】を送る。
「全部お前のせい。消えて」
武器を持たぬシーラが大きく右手を振ると、そこから現れるすべての武器が、重なる重厚な金属音と共に守護者を穿つ。
次いで左手。そして、また右手。まるでオーケストラの指揮者のように、腕を振るう毎にあらゆる武器の合奏が守護者の身体をえぐり取っていく。
幾度と無く振られた両手。最後、大きく伸びあがったシーラが身を屈めながら両手を振り下ろす。
重なる聖遺物の合奏が響き渡り、守護者の身体は光となって消えてゆき、ピリオドを打つかのように、カランと彼の魔石が地に転がり乾いた音を立てた。




