118話 開戦・『守護者』
――『神殺しの魔窟』、最深部。
まるで神殿を思わせる人工的な大広間で、俺とシーラは遂に守護者に相対する。俺たちの姿を認識した守護者は耳鳴りの様な高音と地鳴りの様な重低音を同時に発した。
「……来るぞ」
「ん」
シーラは左手を真横に伸ばして、真っすぐに守護者を見る。そして呟く。
「【全属性同時開放展開】
頭上と背後に光輪が輝き、それは守護者と鏡写しにも見える。
間を置かず、シーラの左手は、その人差し指は守護者を向く。そこから放たれるのは――、
「【Ⅰ】っ!」
一切の躊躇いなく放たれる最大火力。光輪は回り、その指先からは色とりどりの魔力が入り混じった真っ白な光の帯が守護者を襲う。
大広間の端と端。着弾までの一瞬にも満たない時間。その間に守護者の光輪が輝き、つるりとした口元が禍々しくがぱぁと開いて、着弾目前、光臨から光を放つ。
ズン、と短く一度空気が揺れる。直後、二つの光がぶつかった場所を中心に空気を引き裂く音がして、周囲の空気は一斉に弾け飛んだ。
身構える間もなく、俺は壁へと吹き飛ばされる。目も眩む光の中、音もなく動く影――シーラだ。
両手に黒の片刃刀を持ち、守護者を模すように光輪を六枚の翼に変化させて、まっすぐ最短距離で守護者へと突っ込む。
至近距離での爆発を受けて、守護者は早くも腕が二本吹き飛んでいた。だが、ブドウの皮を剥くように、ぬるりとそこから腕が生える。その再生速度は12年前よりもはるかに速い。
その理由を考えて、俺は自然と奥歯を固く嚙み締め、唇からは血がにじんでいた。
吹き飛ばされた後方で、胡坐で座して地面に右手をつく。いつでも術の発動ができるように身構えて、戦況を見つめる。
――俺はもう、二度と同じ轍は踏まない。
六枚の翼とは別に、シーラの周囲に無数の魔力の塊が浮かぶ。
それらは自律的に守護者の周りに展開して、様々な角度からそれぞれの属性魔法を放ち、守護者を狙う。
対する守護者も光輪から同様に魔力を展開し、シーラの攻撃を相殺していく。双剣の斬り込みは守護者の持つ聖遺物に防がれ、身をひるがえした場所には既に守護者が移動済みだった。
手に持つ三叉の槍がシーラを襲う。
まるで過程を消して結果だけを示すように、その槍は即座にシーラの眼前に迫りくる。かわす間もなく、二本の双剣で受け流しを試みて、動きに合わせて出現させた大きな斧で牽制を図る。
パシッと、空いた手で守護者はそれを掴み、大戦斧はシーラに振り下ろされた。
「は?」
予測していなかった結果に、慌ててシーラは身をよじる。戦斧をしまうが、時すでに遅し。再生したばかりの守護者の手には巨大な大金槌が現れていた。真っ白で、神々しい意匠が象られた雷神の大槌。
パリッと電流が迸り、シーラの顔が引きつる。
「やば」
その威力を、俺たちはよく知っている――。
音よりも早く振り下ろされたそれは、激しく神殿を揺らして、青白い光が眩く目を焼く中で遅れて轟音が耳を劈いた。
震える空気が静まり、守護者の口が意味深な高音を生み出して見据える先にはトールハンマーを持ったシーラがいた。とっさに武器を持ち替えて威力を相殺したのだろうが、代償にその左手は焼けただれ焦げて蒸気を上げている。
「危ないとこだった」
左手は俺の【再生】でジワリと回復していく。さすがに瞬時に再生するような傷ではない。
状況をにらみつつ、【治癒結界】の詠唱を始める。【超速即時治癒魔法】の発動はまだリスクが高い。
即死以外の即時治癒と言う規格外の効果を持つあの術は、一度発動すれば周囲の魔力を用いて継続するが、発動時の魔力だけは自前でなければならない。必要とされるその膨大な魔力は、一度解除するとすぐには発動できない。
一進一退、まるで鏡合わせのようなシーラと守護者の戦い。およそ人の領域を超えたその戦いを見つめながら、戦闘とは別の嫌な予感を感じてしまう。
【全属性同時解放展開】、武器召喚、光輪、翼。魔石食いに由来すると言うシーラの異能。なぜ、守護者と似通っているのか?
セレスティアは、魔石食いは禁術だと言った。
歯を食いしばり、地に着く右手を握りしめ、前を見据える。
「シーラ!打つ手がないなら撤退だぞ!戻れ!」
「いやすぎるっ」
一旦後ろに跳んで魔石を頬張る。
守護者の背後の光輪が回り、セレスティアが使ったような自律式魔導砲台が無数に表れる。四方八方全方位から放たれる多属性の光線は確実にシーラの動線を制限し、次第にシーラは防戦一方になっていく。防戦一方ではあるものの、何十発・何百発と放たれるその光線はシーラの身体を焼く事はなく、シーラはやがて来るその時を待っているように見える。
手の武器は鞘に収まる片刃刀。
檻の様に、同時にいくつもの光が交差して、その僅かな隙間を一瞬で感じ取って、極限の集中力でシーラは身をひるがえす。
俺には守護者に隙があるようには見えなかった。だが、シーラは刀を抜いた。絶え間なく交差する光線と、襲い来る六本の武器。その全てに触れずに、守護者に至る刃一枚分の、一瞬の隙間。
光線は幾筋もシーラの身体を貫き、武器が頬を掠めて肉を抉る。それでもシーラは表情を変えずに足を踏み込み、――抜刀。
次の瞬間、守護者の身体は両断される。
違う――、分離だ!
12年前と同じように、今度は守護者は上下に分かれ、足のない上半身はそのまま六本の腕でシーラの動きを抑えこむ。
「は?邪魔っ」
そして、分離した下半身は、鋭い槍に変化した前脚で、その場に固定するように上半身ごとシーラを貫く。
「……ぐっ」
痛みに顔を歪めたシーラ。だが、天を仰ぐ形で抑え込まれたシーラは驚きに痛みを忘れて目を見開き、同時に、俺は叫ぶ。
「【超速即時治癒魔法ォ……!!】
たちまち地面に時計の針を思わせる魔法陣が現れ、時を戻すように、魔力を吸いあげるように回転する。シーラを貫いた傷も、頬の傷もたちまちに癒える。だが、狙いはそれじゃない。
数百発に渡る多重攻撃もシーラに触れる事は出来なかった。きっと、これ以上どれだけ攻撃しても守護者の攻撃はシーラには当たらない。おそらくは守護者もそう思った。だから戦法を変えたのだ。自傷覚悟で攻撃を受けて、シーラの動きを止める為。それは、次に続く攻撃の為。
近くで戦っているシーラは気が付かなかった。遠くで座していた俺でも気が付くのが遅れた。自律魔導砲台が放ち、シーラが避け続けた数百発を優に超える魔力の光弾。避けられ、霧散したその攻撃。霧散した魔力が湯気のようにうっすらと上昇していた事を。
それらは雲のように神殿の上方に集まり続け、収束し、まるで太陽のようにシーラの頭上に輝いていた。数百を超える数限りない膨大な魔力を集めた巨大な一撃。それは神の裁きを思わせ、確かな絶望感を演出する。
例えば――、ここが古の昔に神と呼ばれた者の陵墓で、守護者は墓守で、俺たちは墓荒らしになるのなら、もしかしたらそれは当然の報いなのかもしれない。
――だが、そんなものは関係ない。
いい歳して、我がままで、自分勝手な、ただの感傷かもしれないけれど、俺たちがあの日見た憧憬はきっと罪なんかじゃない。
「シーラ!俺を信じろ……、絶対治す!」
「……っふふ。知ってる」
絶望的な状況に似つかわしくないシーラの笑い声が静かに響き、神の裁きはゆっくりと地表へと迫り、真っ白な神殿は白い炎に灼かれた。




