116話 人間じゃなくても
八本腕の異形の鬼を倒し、『魔断』の遺品である四本の大剣を回収する。
使い込み、使い古された、身の丈程もある大剣。その根元には『魔断』の刻印がされていた。小回りの利かない大剣という武器は、彼らの矜持であり存在証明だった。
鬼は、ツァルだった。
確証は無い。彼らの武器を持った魔物から、彼の髪の色と同じ色の魔石が獲れただけだ。けれど、それで十分だ。どういうことなんだろう?魔物にされたのか?ダンジョンに巣くうなにかに?
仮に鬼がツァルだとして、鬼から魔石が取れたとして――。考えて、その次の想像は言葉が止まる。
「シーラ、お願いがあるんだけど、いいか?」
「ん。なに?」
なんとごまかしたらいいかと少し考えるが、まっすぐに伝えることにした。
「その魔物、埋めてやりたいから穴掘ってくれないか?」
「いいけど。この辺?」
広間のど真ん中に左手をかざし、『もう少し端に……』と言う間も無く、左手から放たれた風魔法で地面は抉れ、巨大な穴が空く。
「ん。いいよ」
と言われても俺一人でこの巨躯を運べる訳もない。
「疲れてるとこ悪いけど、……手伝ってもらえたりしますかね?」
後方待機おじさんが、命懸けで戦ったばかりの少女に更なる助力を乞う。
シーラは嫌な顔をせず、ひょいと軽く死体を持ち上げると、思いの外丁寧に穴へと入れてくれる。
「ねぇ、リューズ」
二人で穴を埋めていると、シーラが鬼の亡骸を指差して問う。
「これが『まだん』?」
ギクリ、とした時点でもう遅い。シーラはその前提で話を続ける。子供が砂場で遊ぶ様に、魔法で空けた穴を埋めながら。
「なんで魔物になった?」
答える言葉も持たずに、俺はただ首を横に振る。
「……わからん」
「じゃあもしかして――」
あくまでいつも通りの口調で、夕飯のメニューでも話す様な気楽さで、シーラは言葉を続けた。
「魔物は全部人間だったのかもね」
いつもなら、『すげぇなぁ』と感心してしまう様な、先入観を持たないシーラの純粋な視点から生まれる閃き。今だけは、それを恨めしく思う。
「馬鹿野郎……!そんなはずないだろ!?」
愚かな俺は声を荒げ、シーラは一瞬驚いた顔をした後で、不快そうに眉を寄せる。
「なに急に。言っただけじゃん」
「わ、……悪い」
それからしばらくの間、俺たちは無言で穴を埋めた。気まずい空気が辺りを包み、その時間は長ければ長いほど、口を重くする。
四つの大剣を収納魔石にしまい、鬼の亡骸は穴深くへと埋葬を終える。
ふぅ、と短く息を吐き一仕事を終えたシーラは水魔法で手を洗い、おもむろに収納魔石を開いて魔石を取り出す。
無造作に幾つか掴み、口に頬張ろうとする。挑戦的な視線を俺に向けながら――。
その挑発に乗ってしまい、俺の手はまたシーラの手を掴み、それを止める。止めてしまう。
「今度はなに?普通の魔石だけど」
「……そ、そうだな」
「離して。食べないと戦えない」
「……じゃあ戦わなくたっていい」
きっと、シーラはもう答えを知っていて、俺の言葉を誘導している。
「そうはいかない。約束したから。『神殺しの魔窟』をクリアするって。そしたら食べるのやめるって」
自然と掴む手に力が入ってしまう。
「クリアなんかしなくたっていい!だから、もう魔石を食べるな……。魔石は――」
伝えるべきか、伝えないべきか。伝えればやめてくれるだろうか?納得してくれるだろうか?
魔物は元人間で、つまり魔石は元人間のなにかだ、と。
だけど、シーラが俺の想像に収まったことなんてただの一度もない。
「人間なんでしょ?」
言葉が喉の奥で止まり、かろうじて俺ができたのは僅かに首を縦に動かすことだけだった。
「やっぱり。なんか納得。たまに声がなんか教えてくれるから」
言葉の意味が分からず、すがる様な視線を送るしか出来ない俺を、シーラは確信に満ちた瞳で見上げ、言葉を続ける。
「リューズ。人間は、人間を食べない」
それは、俺やシーラが時折交わした冗談の様な当たり前の言葉。それを聞いて少しホッとする。――愚かな俺は、シーラの覚悟を見誤っていた。
「なら、私は人間じゃなくていい。約束だからじゃない。私は、私がしたいからそう決めた。戻りたければ戻っていいよ、私は一人で行く。外で待ってて」
俺が掴む力なんてシーラにとっては無いも同然で、シーラは俺に手を掴まれたまま自分の手を口へと運び、掴んだ魔石を口へと入れてガリ、ボリ、ゴリと噛み砕く。
そして、寂しそうに笑う。
「だから、最後に何か作って」
――その言葉には、どれだけの意味と覚悟が込められているのだろうか。
「嫌だね」
俺はハッキリと明確にそれを拒絶して、首を横に振る。それを聞いたシーラは、途端に濡れた犬の様に目に見えてしゅんとしてしまう。
俺はニヤリと笑い、収納魔石を開いてバンダナを取り出す。シュッと布の擦れる音とともにそれを頭に巻き、袖を捲り、バンドで留める。
「一生作ってやる、って言ったはずだが?俺を嘘つきにするつもりか?」
シーラの顔は夏に咲くひまわりの様に、ぱぁっと一瞬で笑顔になる。
「へへ、しないけど」
鬼を埋めたすぐ傍で、焚火を起こして、炎魔石に鍋を置く。
「何作る?」
機嫌を直したシーラは、楽しそうに俺の隣にしゃがんで見上げる。
「そうだなぁ、見てのお楽しみ……と行こうか」
にぃっと口角を上げ、挑発的に答えをぼかす。
まず取り出したのは干し肉。干し肉を惜しげなく鍋に入れ、そこへ食材用の収納魔石からワインボトルを取り出し、鍋に注ぐ。トクトクトク……とリズミカルな音を立てて、瓶は空になり、代わりに鍋に入った干し肉を満たす。一本、二本。シーラの胃袋を満たす為にはこのくらいは必要だろう。
「えっ!?お酒じゃない!?いいの!?」
スン、と鼻を鳴らしたシーラの上げる驚きと歓喜の入り混じった声が頬を緩ませる。
「あぁ、飲むわけじゃないからな。料理で使うだけだから。今日は特別だ」
「特別かぁ」
ウキウキとした様子でそう呟き、まるでショーを見るかのように料理の工程を見守る。
まず、干し肉をワインで煮て煮戻す。
芳醇な香りをふんだんに含む湯気が空洞を覆い、もう一本ワインを空けて傍らの地面へと注ぐ。俺とシーラが掘って埋めた穴。そこへワインを注ぐ。
「『まだん』も飲む?」
「あぁ。おっさん、酒好きだったから」
「『まだん』はおっさん、リューズはおじさん」
シーラの言葉にクスリとしながら、野菜を切る。すぐ火が通って栄養があるもの。ネギ、ミニトマト、ズッキーニにしようか。
煮戻したワインは次第に嵩を減らしてくる。焦げ付かせないように、でも香ばしさは残るように、タイミングを見極めて追加の調味料を投入する。ハチミツで甘みと照りを出し、ニンニクをすりおろし、岩塩と香草をぱらぱらり。牛脂を加えてコクも足す。
硬い干し肉をワインで柔らかく戻しつつ、そのままタレにしてしまう時短術。
「すげぇうまいの作るから待ってろよな」
俺がそう言うと、何かを思いついたシーラは悪戯そうにクスクスと笑う。
「どーでもいい」
何だよそれ、と思った一瞬後にシーラの意図に気が付く。
串に戻した肉と野菜を交互に差し、焚火にで熱した網の上に置いていく。
タレが網から焚火にポタリ、と落ちる。ジュワッと煽情的な音と同時に食欲を強く刺激する甘辛い焦げた匂いが空間を支配する。
「もうすぐできるぞ」
「んふふ。きょーみない」
それは、俺とシーラが出会った初めての食卓をなぞった会話。
「わはは。ミノタウロスが来ないといいんだけどな」
「かんけいない」
焦げすぎないように気を使いつつ丹念に焦げ目を付ける。シーラは鼻歌でも歌い出しそうに、楽しそうにそれを眺める。
やがて、串焼きは完成する。
「お待たせ。干し肉と野菜の串焼き、ワインソース煮込みタレだ」
「わぁ」
赤褐色のタレが炎で照らされて、輝きを増し、トマトの赤とネギの白、ズッキーニが緑の彩りを添える。
シーラは手渡した串焼きをいろんな角度から眺めたあとで、それを地面に刺した。
「これは、『まだん』の。おいしいからね、絶対」
剣を合わせた相手への弔いのように、シーラは彼が埋まる場所に串焼きを刺した。
「いただきます」
もう一本串を手渡すと、シーラはそう言って口を大きく開ける。あの時と違い、横から串にかぶりつく。
「どうだ?」
もぐ、もぐと口を動かしたシーラはじっと俺の目を見てにひっと笑う。
「ん。幸せ」
「そらよかった」
俺とシーラは命を喰らい、笑いあう。たとえ、それが正しくないとしても、あと少しだけ。『神殺しの魔窟』をクリアするまでは――。




