114話 S級パーティ・『魔断』の足跡
俺とシーラは神殺しの魔窟を進む。一直線に目的地が分かると言う正体不明なシーラの異能を用いず、かつて俺が記した手記をなぞりながら、『神戟』の足跡をなぞる様に俺たちは進む。
他のダンジョンと違い、立ち入り自体が固く制限されている七つのダンジョン『深淵の七獄』。もちろんその一つである『神殺しの魔窟』は浅い階層ですら強力な魔物が闊歩している。事実12年前はそうだったし、シーラが軽く倒したオーガ三体だって、きっとB級パーティあたりの剣ならば皮膚に傷もつかないだろう。
魔窟に潜って二週間が過ぎて、明らかな違和感を感じる。
「魔物、少なくないか?」
問いかけるが、俺の手帳を片手に振り替えるシーラは首を傾げる。
「さぁ?来たことないから知らない」
「ここじゃなくてもさ、ほかのダンジョンと比べても明らかに少なくないか?」
「まぁ、そうかも。楽でよくない?」
「……それはそうなんだけどさ」
もしかすると、俺たちの前に挑戦した『魔断』が倒したからなのだろうか?
「クリアしたら魔物出なくなるんだっけ」
「その可能性もあるよな。ま、それならそれでいい。帰り道の『魔断』とバッタリ鉢合わせるかもな」
俺が笑うと、シーラはムッと口をへの字に曲げる。
「それなら私がそいつら倒す。そしたら私がクリア」
「そうはならんだろ」
バルドが先頭を進み、レオンが続き、マリステラの後ろを俺が歩く。俺たちは、最期の日までずっとそうやって歩いてきた。
あれから12年、仲間たちを置いて一人おっさんになった俺はシーラの背中を追って歩く。
「リューズ。また罠あった。ふふ、私はバルドより見つけるのがうまい」
振り返り、シーラは得意げに口元を弛める。
「わざわざ発動させなくていいからな?どうせ帰りは通らないんだから」
「ん?いやだけど」
と、言ってシーラはわざとらしく出っ張った岩を踏んでみる。
「いやだけど……じゃねぇよ!?」
ギギ、ギギギ、と岩が軋む音を上げて壁が動き、その中からは光沢を帯びた金属質なゴーレムが八体現れる。そのうち一体は鈍い黄金色の輝きを示す。
「ほら出た」
「あー……、こいつは硬いぞ。金色のやつが指示を出している。まずそいつを倒せ。そうすると一切連携が取れなくなる」
「おっけー」
シーラはヒラリと宙を舞い、ゴーレムたちの眼前へと跳ぶ。その手にはセレスティアとの闘いでも使っていた漆黒の鞘に収まる反りのある片刃刀。身体に比べていびつに両腕の大きい無機質なゴーレムたちは、見た目によらず俊敏な動きで、その腕を伸ばしてシーラを捕えようとする。
どこにそんなスペースが、と思ってしまうほど、シーラはスルスルとゴーレムたちの猛攻を紙一重で交わしながら、右手で鞘を、左手で柄を持ち機を待つ。
あのゴブリンの森で、セイランと戦って、負けていてよかった。あの敗北がなければこのシーラの戦い方はあり得なかったんだから。そう考えると、そこまであいつは見据えてのあの挑発だったのかもしれないと思うと、どこまで先を読んでいるのかと恐ろしくすら思う。
と、命のかかった戦いの最中にも関わらず、シーラの動きに見とれてしまっていて、両手でパンパンと頬を叩き、ドカッとその場に座る。
シーラとこのレベルの相手の戦闘に於いて、俺のやるべきことは一つしかない。それは治癒ではない。
――考えることだ。
シーラの動きのすべてを見て、考える。12年前、あの守護者との闘いの相手を、頭の中でシーラに置き換えて、何度も何度もシミュレーションする。
――俺は、12年ずっとあの瞬間を後悔し続けていた。
異形と化した守護者の凶刃がマリステラを襲い、俺は【超速即時治癒魔法】を解除して、マリステラをかばい、頭を貫かれて絶命した。
俺は、ずっと、ずっと、ずっと!あの瞬間を何度も何度も何度も、……何度も後悔し続けていた!
シーラが言うように、何度も夢に見て、声を上げて目が覚める。そのまま全部夢だったらよかったのに、と何度思っただろう。
目の前でシーラは楽しむように、準備運動のように八体の攻撃をかわし続ける。足の運びと上体移動を駆使して、最小限の動きで。そして、その時は来る。
いや、来ていた。
久しぶりに見る超速。いや、見えないんだけどさ。シーラの右手は鞘を持ち、左手は柄を持っているままなのに、チンと鈴を鳴らすような納刀音が鳴り、それを合図にするように八体は身体を三分割され、ズズズ、支えを失った身体は地に落ちる。
「見てた?」
「いや、見えなかった」
呆気にとられて苦笑いをすると、シーラは憤慨してその場でダンダンと足を踏む。
「は?見ててよ」
「見てなかった、じゃなくて『見えなかった』だからな?」
指揮がどうのと助言をしたのに、結局全員を一刀のもとに斬りおとしている。いや、三分割ってことは二回。二回刀を振るっているはず。
「多分、前より速い。だんだんわかってきた」
シーラはそう言って得意げに笑う。
「……まったく、頼りになる相棒だ」
あきれ半分で呟くと、シーラはクスリと笑い『それはお互い様』と答えた。
――俺たちは魔窟を進む。
時折、野営の痕跡を見つける。煤けた岩は焚火の跡。物品や死骸の類は無い。先行した『魔断』は生きていると願いたいが、もしそうでないのなら、何かを持ち帰らないといけない。髪でも、骨でも、遺品でもなんでも。
弔う何かがなければ、遺された人々の悲しみに区切りはつかない事を知っているから。
かつての俺たちと、『魔断』。当然互いに目指す場所は同じ……、ダンジョンの踏破。つまり、守護者の間だ。必然彼らの野営と思われる痕跡を見ることも増えてきた。
相変わらず魔物は少ない。
神殺しの魔窟に潜って32日目――。
「リューズ」
先行するシーラが緊迫感のある声で俺を呼び、その声だけで俺の全身も臨戦態勢となる。
「死んでる」
シーラが指さす先には魔物の死骸。牛と、馬と、蛇をミックスしたような巨大な魔物が、まるでシーラの持つ大剣で切り伏せられたように、両断されて絶命していた。食べられた形跡は無い。
『ヴァリアル冒険記』の情報だと、ダンジョンではまれに『守護者の交代』が行われると言う。魔物同士が戦い、より強いほうがそのダンジョンの守護者になるそうだ。捕食目的でないのなら、それ以外の可能性は薄い。
だが、守護者の間はまだだいぶ先だ。
じゃあ、この魔物は『魔断』が!?
彼らは生きているのか!?
期待と困惑が複雑に入り混じり、先に進む。
時折、ズズンと遠くから地鳴りが響いてくる。
ひんやりとした、薄暗いダンジョン。狭い岩場を抜けた先には空洞が見える。
「ギィイイイイイイイイエエエエエッ」
金属を真っ二つに裂くような、耳をつんざく魔物の声。
それは断末魔。
シーラと、俺は空洞に至る。
そこには、両断された魔物の死骸と……その傍らに立つ巨大な鬼。見上げるほどの身の丈に、闇のように暗く光る瞳は蜘蛛のように幾つもついていて、頑健な下あごからは鋭い牙が天を衝く。屈強な身体からは八本の腕が非対称に伸びて、そのうちの四本の手は軽くナイフでも持つかのように……、四本の大剣を握っていた。
八つの瞳はギョロギョロと別々に動き、俺とシーラを捕捉する。
――S級パーティ・『魔断』、それは四人全員が大剣使いの魔法剣士で構成されていた。
俺は目元を袖で拭う。
「……行くぞ、シーラ」
合わせるように、シーラの手には純白の大剣が顕現していた。
「ん」
魔断の悲劇を、まだ俺は知らない。




